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【3】


「それでは、本題に入る前に簡単にルールをご説明いたします」


 このルール説明というものは、きっとこれを観ているであろう対象――視聴者に向けてのものなのであろう。一体、誰に向けて放送されているものなのかは分からないが、これがもしネットなどで垂れ流されているのであれば、きっと不審に思った視聴者が通報してくれるはずだ。すでに相手は了解もなしに8人もの人間を誘拐しているのだ。特にやり方自体が大問題であろう。いいや、実際に起きた殺人事件を題材に取り扱う時点で、コンプライアンス的にも問題がある。しかも、その犯人が解答者の中にいるだなんて、色々な意味で問題に抵触してしまうことだろう。やり方として、番組のあり方としてもアウトだ。


「先ほども説明しましたが、これから皆さんには実際に起きた事件を題材としたクイズを出題させていただきます。そして、出題される事件の犯人は――この場にいる誰かということになります」


 解答者に向かってではなく、あくまでもカメラ目線でルールの確認を行う藤木。耳障りなBGMは聞こえなくなったし、わざとらしい手拍子からも解放された。けれども、この広さのスタジオに訪れる静寂というのも、それはそれで不快だった。その中に響く司会の藤木の声が、その辺の冷たい空気を震わせる。それが絶妙にハーモニーを奏でているようで気味が悪かった。


「解答者の皆さんには、出題された事件の犯人を当てていただくわけです。もし正解すれば、そのたびに番組から賞金1千万円をプレゼント! 一攫千金も夢ではありません!」


 どうにも現実感がわかないのは、たった1問正解しただけで、賞金として1千万円が進呈されるシステムのせいだろう。クイズ番組などで賞金が出るのは定番であるが、わずか1問で1千万円は破格すぎる。この金額設定に無理があるせいで、どうしても現実的に捉えることができないのであろう。出題される問題だって、実際に起きた事件なのかどうか怪しいところだ。もし、これをエンターテイメントとして成立させるのであれば、やらせ全開のフィクションで構築するしかない。何もかもがガチンコのノンフィクションでは成り立たないはずだ。しかし、こうして了解もなしに誘拐され、解答席に座らさせているのも事実。このクイズ番組を目論んだ何者かは――どこまで本気なのだろうか。自然と司会の藤木の背中を睨みつける司馬。


「ただし、賞金を獲得するためには、一定の条件を満たす必要があります! それは、正解者が全体の過半数を越えることです。もし過半数を越えることができなかった場合は、仮に正解した方がいたとしても賞金は発生いたしません! しかも、その問題の犯人を除く方の中からランダムで1名の方に降板していただきます。その場合、犯人だった方は逆に番組を卒業となります。正解が過半数を越えた場合、正解者には賞金が発生し、くわえて問題の犯人だった方は降板となりまーす!」


 賞金を獲得するためには、解答者の過半数が正解しなければならない。もし正解者が過半数に満たなかった場合、当然ながら賞金は発生しない。それは理解できるが、その後の文言がどうにも曖昧である。正解者が過半数を越えた場合、出題されていた問題の犯人が番組から降板する。過半数を越えなかった場合、犯人を除く解答者の中からランダムで1名が降板する。そして、出題された問題の犯人は卒業。――この降板と卒業という言い回し。意味合い的には同じようだが、わざわざ区別しているのはなぜなのか。


「ただですねぇ、これだと過半数に満たなかった場合の正解者の方があまりにも可哀想です。そこでですね、番組とは関係ないのですが、正解者の方には正解者ボーナスとして、ご希望の品を支給させていただきまーす。まぁ、視聴者の方は、後でスタッフが美味しくいただきました――的なご褒美が、正解者の方にあると思っていただけば結構でーす。あぁ、でもこれはわざわざ説明するようなものでもなかったのかもしれないですねぇ」


 正解者が過半数を越えなかった場合でも、それなりの恩恵が正解者には発生する。希望するものを支給――ということは、嗜好品である煙草なども希望できるのであろうか。なんにせよ、番組とは直接的に関係のあることではないし、視聴者が把握しておかねばならないものでもない。言わば、余計な情報であるといえよう。


「それと、最後にひとつだけ。番組を進行するにあたっての不備などが発見された場合、それを改善するためにルールを改変することがあります。それは、その都度解答者の皆さんはもちろんのこと、視聴者の方にもお知らせしますのでご安心を」


 このルールに関しては、ルールの途中改変があるということを暗に示している。いいや、暗にというか大々的にだ。そこに不備があった場合――という条件が乗っかっているのが幸いであるが、まさか最終問題は得点が1億点になるとか、ベタなルール改変が入ったりするのだろうか。それはそれで全く笑えないが。


 とにもかくにも、司馬達はルールに従うという選択肢しかない。この場ではあくまでも弱者だ。


「さぁ、簡単なルール説明は以上です。それと、これをご覧の皆さまへ――。これをご覧になられている方のことを、こちらでは今後【オーディエンス】と呼ばせていただきます。実はこの【オーディエンス】は、選ばれた方なのです。この番組は誰もが視聴できるものではありません。選ばれたごくごく一握りの方のみが視聴できるのです。視聴する環境については、最大限整えさせていただいたつもりです。ですから、どうか当番組をお楽しみください」


 ここで司馬にとって新情報が出てきた。どうやら、これはネットを介して不特定多数に対して配信するものではないらしい。選ばれた人間――【オーディエンス】という存在のみが、この番組を視聴することができる。どれくらいの【オーディエンス】が存在するのか、どんな環境下で番組を視聴するのか――不明な点は多いが、はっきりしたこともある。すなわち、視聴者に向かって助けを求めたところで、通報などをしてもらえる可能性は低いということだ。多くの人間に見てもらえるからこそ、その中の誰かが通報してくれる可能性が出てくるのであって、選ばれた少数にしか視聴してもらえないのであれば、その可能性が低くなるのは当然。仮に【オーディエンス】が通報しようにも、それができないような環境を作り上げているに違いない。その辺りはきっと抜かりがないはずだ。


 ふと、隣からぽつりと声が聞こえてくる。それも、司馬にしか聞こえない程度の、やや抑えめのトーンでだ。


「こんな馬鹿みたいなクイズ番組、それこそ世の中に出回ったら大問題だ。だから、視聴者を限定したのかもなぁ」


 声が聞こえてきたほうへと視線をやると、当然ながら九十九の姿があった。おそらくは司馬に対して言ったのであろうが、あくまでも視線は正面を向いているから返事をしていいのかどうか迷った。しばらく考えてから、司馬は九十九と同じように前を見据えつつ口を開く。もちろん、声のトーンは抑えめにして。


「あぁ、こんな人殺し探しをさせるような番組――まず倫理的にアウトだろう」


 司馬が漏らした言葉は、九十九のほうへと向かって飛んでいくと、溶けるように消えてしまった。分かりきっていたことであるが無視されたらしい――と思っていたら、随分と間を置いてから「そうだよなぁ」と返答があった。九十九の横顔は気味の悪い笑みを浮かべていた。


 司馬は新たな情報を頭の中にインプットする。この番組は誰もが視聴できるものではない。選ばれた【オーディエンス】と呼ばれる人間のみが視聴することができる。どのような基準でそれが選ばれるのかは不明であるし、どのような形で視聴しているのかさえ分からない。ただ、このクイズ番組に関与しているのは自分達だけではないことは間違いない。


 スポットライトの当たり方が変わる。この辺りの操作は、藤木だけではできないように思える。まるで藤木に注目させるかのごとく、スポットライトが藤木へと集まった。その際、藤木のマイクを持っていないほうの手の中に――リモコンのようなものが握り込まれていることに気づいた。なるほど、照明などはリモートで操作しているらしい。状況を伺いつつ、現状を打破すべく観察をする司馬。このような時こそ冷静になり、ひとつずつデータを洗い直すことが重要だ。ささいなことであっても、データを積み重ねて組み合わせることで、それは形を大きく変えるかもしれない。この考え方は、いわば司馬の帝王学のようなものだった。


 スポットライトで充分に注目を集めた藤木。大きく息を吸うと、これよりもさらに声を張る。


「さて、それではいよいよお待ちかね――クイズを進めて参りましょう! 第1問はごくごくシンプルな形式で出題します。これから、ある事件を再現した映像を見ていただきます。映像を見たのち犯人の名前をお手元のフリップに書いていただき、解答する形になります!」


 解答席に座った時点で、手元に数枚のフリップとマジックペンが用意されていたことは分かっていた。どうせ解答する時に使うのだろうと思っていたが、やはりそうらしい。もっとも、クイズ番組におけるフリップの使い道など、それくらいしかなさそうなものであるが。


「当然ですが、登場人物の名前は全て偽名とさせていただきます。本名を出してしまうと、一発で犯人が分かってしまいますからねぇ」


 どうにもカメラに向かってのアピールが強い藤木。司会者という立場であるから仕方がないのかもしれないが、どうにも解答者を置いてきぼりにしている感じは否めない。なんというか、自分の世界に入っているというか。


 これもまたリモート操作なのか。気味悪く輝くネオンの看板がゆっくりと上昇し、代わりに大型のモニターが降りてくる。解答席の真正面に降りたそれは、映像を見せるモニターになるのだろう。


「それでは、 張り切って参りましょう! 第1問!」


 藤木の言葉を合図にして、いよいよ始まる第1問。これから果たしてどうなってしまうのか。モニターを睨みつけながら、司馬は唇を噛んだのであった。

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