10

 郷に入れば郷に従え――なんて言葉があったりするが、好んでこんなところに軟禁されているわけではない。とりあえず生きるために最低限必要なものは揃っているわけだが、そもそもここに軟禁される理由も分からないし、今後どうなるかも分からない。もしかすると、食糧が尽きてもここに軟禁され続けるのかもしれないし、ほんの1時間後に解放される可能性だってゼロではない。とにかく、郷に入れば――が指すところの【郷】が、あまりにも得体の知れないものとなっている。


 ふと、その時のことだった。急にサイレンのような音が部屋に鳴り響く。まるで甲子園の試合開始と試合終了を告げる時のような音だ。小野寺が食糧庫から戻ると、部屋に変化が起き始めていた。


 本来ならば何もなかったはずの壁。そこがシャッターのように開く。さしずめ、隠し金庫といった感じで壁の中から姿を現したのは――随分と古いテレビだった。俗にいうブラウン管というやつであり、右側にはチャンネルを変えるためのダイヤルらしきものがついている。テレビが三種の神器と呼ばれていた時代を彷彿させるものだ。創作物の中や、昔の映像の中で見たことはあるものの、実物を見るのは初めてだった。


「こりゃ、随分と懐かしいものが出てきたもんだ――」


 足掻いても仕方がないと、この状況を受け入れてしまっているのか。ブラウン菅のテレビを見た出雲は懐かしそうに目を細める。テレビが完全に姿を現わすと、出雲と小野寺が近づいてさえいないのにテレビが点いた。ぼんやりと、ゆっくりと色がついていくブラウン菅テレビ。モノラルであろうスピーカーからは安っぽいBGMと手拍子が流れ始めた。


「なんだ……これ」


 分からないことばかり。はっきり言って分からないことばかりだった。自分達がここに軟禁されている理由。突如として壁の中から現れたブラウン菅のテレビ。そして、なんの前触れもなくブラウン菅に映ったのは、クイズ番組らしきセットと、その中央で手拍子をしている七三分けの男。画面の左上には時刻らしきものが表示されている。


 時刻は9時45分。窓の外は青空が広がっているということは、現在午前9時45分ということか。普段の生活からすると、かなり寝坊をぶっこいてしまったことになる。


『さぁ、それでは記念すべき最初の解答者の方が入場です! 東京都豊島区よりお越しの数藤学さん。東京工業大学理学院にて推教授をされておられる研究者様です。その風体からはマッドサイエンティストにしか見えませんが、要注目人物の1人と言えるでしょう!』


 カメラは固定されているようで、七三分けの男が誰かの紹介をしたところで、どこかにカメラが寄るなんてことはない。淡々と七三分けの男を映しているだけだ。しばらくすると、画面の端から男が姿を現した。長い髪の毛を後ろで束ねた男は、ぱっと見た感じ、若そうには見えない。髪の毛を後ろで束ねるというスタイルと年齢にギャップがあり、なんだか不気味にさえ見えた。その風貌から、七三分けの男がマッドサイエンティストと表現したのにも、なんだか納得できる。


『それでは、お好きな席へとどうぞー!』


 七三分けの男は、司会進行というポジョションにいるのだろう。解答席らしきセットの前で立ち止まった数藤と呼ばれた男に対して、好きな席へと着席するように促す。しばし立ち止まったままだった数藤は、小さく頷くと席へと向かった。このやり取りだけで数分の時間を浪費してしまっていた。ようやく数藤が着席するが、司会らしき男はセットの中央へと戻ると、またしても手拍子を始めた。セットを見る限り、席は全部で8席ある。普通に考えれば、他に7人が紹介されるべきなのであろうが、どうやらその様子はなさそうだ。


「――なんだ? このグダグタな番組は」


 段取りが悪いのは画面越しからでも分かる。ただただ司会らしき男が手拍子をするだけの映像を見せられるのは、思っている以上に苦痛である。


「さぁ? なんというか……多分、クイズ番組なんでしょうけど」


 今は輝いてはいないものの、スタジオの上部からぶら下がっているネオン看板に視線を移すと、小野寺はぽつりと呟いた。ネオン管を組み合わせて作られている文字列。実際に光ってみなければはっきりとしたことは言えないが、どうやら【クイズ 誰がやったのでSHOW】と書かれているらしい。なんだかよく分からないが、セットの雰囲気からしてクイズ番組であることに間違いはないだろう。


「こんなところに閉じ込められたと思ったら、今度はクイズ番組かよ――。ますます意味が分からんな。誰が何のためにこんなことをしているのか」


 大きく溜め息を漏らした出雲に対し「今はとりあえずこれを見守りましょう。何か意味があるのかもしれませんし」と返す小野寺。壁の中から現れたテレビに映ったクイズ番組。これにきっと何かしらの意味があるはず。そう思い込まねばやっていられない。自分達が置かれている状況が、あまりにも意味不明で理不尽なのだ。


『ようやく2人目の入場です! 東京都文京区にお住いの九十九ヒロトさん。なんと有名大学を卒業しておきながら大人になりきれず、現在無職です! しかもアグレッシブな無職というやつで、親の金を食い潰す勢いで遊びまわっているドラ息子。これは私の偏見ですが、高学歴の無職ほどタチの悪いものはないと思います!」


 司会らしき男が紹介しているのは、当然ながらクイズ番組の出演者なのであろう。それにしても、随分と出演者の扱いが酷い。完全に馬鹿にしているようにしか見えなかった。


 一体、自分達は何に巻き込まれているのか。何のためにここにいるのか。全てが曖昧なまま、テレビを黙って見ていることしかできない小野寺と出雲。


 姿を現した九十九は銀のような髪の色をしていた。カメラが固定されているようで、いちいち寄ったりもしないため、詳細までは分からないが、随分とパンクな格好をしているらしい。確かに、社会人といった出で立ちには見えなかった。


 九十九が解答席に着席してからしばらくの間、軽快なBGMに合わせて司会らしき男が手拍子を続ける映像が続く。もしかすると、ずっとこのまま同じものを見続けなければならないのか――そう疑い始めるほどの時間が経過した頃、再び司会らしき男が口を開いた。そこからは一気に6人が入場し、解答席へと座る。妙にテレビ慣れしているような……8人の出演者の中で、唯一BGMに合わせて手拍子をする女性の格好はどこかで見たことがあった。


 解答席が埋まったのを確認してから、司会らしき男が名を名乗る。やはり彼はクイズ番組の司会者らしい。そして、時刻が10時になると、小野寺達の見ているクイズ番組の詳細が明かされる。どうやら、過去に起きた未解決の事件がクイズとして出題されるらしい。しかも、まだ捕まっていない、その事件の犯人は――解答者の中にいるようだ。日夜、事件を解決しようと努力している警察を愚弄するかのような内容である。そのコンセプトに、小野寺は少しばかり腹が立った。


 窓からは太陽光が差し込んでくる。テレビに表示されている時刻は10時。普通、クイズ番組といえばゴールデンタイム――夜の時間帯に放送されるイメージが強く、午前の10時に放送されるというのは、なんだか変な感じがする。もっとも、どう考えてもこれが地上波で放送されているとは思えなかった。


 理由も分からず、どこかの高層階に軟禁されてしまった小野寺と出雲。最低限のことは保障されているものの、ここから出られるメドはついていない。


 テレビの中では変にテンションの高い司会者……藤木が、改めて細かいルールの説明を始めたのだった。

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