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【2】
普段から寝覚めがあまり良いほうではなかった。低血圧なのかなんなのか分からないが、とにかく朝というものが苦手であり、季節を問わずに布団から出るのが億劫だった。きっと、散々引っ叩かれたのであろう。彼は両頬がヒリヒリとするのを感じつつ、ようやく上半身を起こした。
「全く――相変わらず呑気なやつだな。この状況で良くもまぁ、ぐっすりと寝られるもんだ」
上半身を起こした先には、見慣れた人物の顔があった。仕事上、いつも顔を合わせているベテランの刑事。親子ほどの年が離れた男は、彼と長年のコンビを組んでいる。
「ケンさん。あれ? ここって――」
まだ起きたばかりだし、元より朝が弱いこともあって、頭がうまい具合に回ってくれない。とりあえず辺りを見回してみるが、四畳一間の部屋の中にいるらしい。ただし、床も壁も天井もコンクリートがむき出しになっており、随分と部屋の中は殺風景だ。そこで、自分がソファーに寝ていたことに気づく。同じようなソファーがあるから、自分とケンさんの分なのであろう。状況が把握できていないためか、やや脱線した方向へと思考が向いてしまう。
「知らん。目が覚めたらお前と仲良くここにいたわけだ。昨日の記憶も妙に曖昧だし、どうやってここに来たのかも覚えていない」
徐々にクリアになってくる頭。コンクリートに包まれた部屋。たまたま彼の正面にふたつの扉があった。右手には窓があり、そこから光が差し込んでいる。ただ、どういうわけだか窓の内側には鉄格子が入っていた。
彼――こと
「外を覗いてみろ。絶景が拝めるぞ――」
出雲に言われて鉄格子のはめられた窓へと歩み寄ってみる。ちなみに、出雲ことをケンさんと呼ぶのは小野寺だけである。刑事ドラマをきっかけに刑事を目指した小野寺のなかに、ベテラン刑事はあだ名で呼ばれなければならないというルールがある。そんな理由で、健永の健をとってケンさんと呼んでいる。本人には何度もやめろと言われた呼び方であるが、最近は慣れてきたのか、それとも呆れられてしまったのか、小野寺の呼び方にクレームが出ることはなかった。
窓を開けた途端、生温い突風が部屋の中に吹き込んできた。それに驚いて目を閉じる小野寺。おそるおそると改めて目を開けてみると、出雲が言った通りの絶景が広がっていた。まず目の前に広がるのは真っ青な空。梅雨時期であるため空気はじっとりとしているようだが、空は青く、そして雲が少しかかっている。そして――はるか眼下には街並みらしきものが見えた。ここがどこなのかは分からないが、おそらく高層ビルの一室といったところなのであろう。
「ケンさん……ここってどこなんですか?」
小野寺が問うと、出雲はソファーにどかりと座り込む。
「さぁな。人に聞く前に自分で調べてみろ。お前も新米の刑事ってわけじゃないんだから」
出雲はいつもこうである。分かることは教えてくれれば良いというのに、あくまでも自分の力でやらせようとする。今の世は効率化が求められており、出雲のやり方はやや古臭い。まぁ、そんなことを口にしたらゲンコツのひとつでも飛んでくるだろうから、大人しく従うわけだが。
小野寺くらいの世代になると、分からないことはとりあえずネットで調べるという習慣がついている。いつも通りにスマートフォンを取り出そうと、ジャケットの内ポケットへと手を伸ばしたが、しかしいつもスマートフォンを入れていたはずのポケットは空っぽだった。
「どういうわけだか携帯はなくなってるし、財布もなくなってる。挙げ句の果てに煙草までどっかにいったみたいだ。まぁ、お前も同じみたいだし、俺がボケたってわけじゃないらしいな」
ソファーに座ったまま、右足でトントンとリズムを刻んでいるのは、おそらく煙草が吸えないストレスからくるものなのであろう。出雲とコンビを組んでいる小野寺は知っている。それがいずれ大きくなり、盛大なる貧乏ゆすりに変貌することを。
「――さすがにまだボケるって年齢には早いですしね」
そう言いながら自分のポケットをまさぐってみると、スマートフォンはもちろんのこと、財布までなくなっていた。紙煙草派の出雲とは違い、小野寺は電子煙草を
「だが、もう孫がいてもおかしくはない年齢だ。それよりも小野寺、お前煙草持ってないか? この際、お前がいつも使ってるインチキ臭い機械で吸うやつでも構わん。どうにもニコチンが切れると頭が働かん」
現状、わけの分からない状況に陥っているのに、しかし煙草が思考のトップに浮上してしまうのは、煙草吸いの悲しき性質だ。そんなことを言われたら、こちらまでニコチンを欲してしまうではないか。
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