曲がりなりにもプロ根性というものか。ほんの少し表情にかげりを見せた凛であったが、そのまま下段の左から2番目――すなわち、司馬の下の席へと座る。着席したあとも慣れた様子でカメラ向かってポーズを決めていた。席はアイドルという性質からセンターを好んだのであろう。もっとも目立つであろう上段のセンター寄り――司馬とアカリの席こそが、本当なら座りたい席だったのであろうが。


「えっと――次はどちらさんですか? あの、どちらでも構いませんので、どうぞこちらへ」


 残っているのは高校教師の柚木と、まだ寝ぼけているような様子の高校生――眠夢である。柚木はどこか警戒心が強いように見えるし、なかなか踏み出せずにいるのだろう。眠夢はこの期に及んで、まだ眠たそうに目をこすっている。ある意味、こんなわけの分からない状況で、眠気が勝るというのは羨ましい限りであるが。


 結局、柚木が戸惑っている間に、ふらふらと眠夢のほうが解答席のほうへと歩み出した。それと同時に、一気にスイッチ入れるマイクの男。またしてもテンションは一気にマックスだ。


「続いては東京都江戸川区よりお越しの西潟眠夢さんです。三度の飯より寝ることがお好きなようで、寝坊はもちろんのこと、寝過ごしてしまった授業は数知れず。言わば現代の眠り姫――どうか、この番組まで寝過ごしませんように」


 少しばかりおどけた様子でマイクの男が言うと、これまたあらかじめ録音されていたものを流したのであろう。複数の笑い声が周囲に響く。お笑い番組などを盛り上げるために使われている手法ではあるが、いざ実際にスタジオで聞いてみると、なんともわざとらしく薄ら寒いものである。


 眠夢は覚束ない足取りながらも下段の左端に着席。空いていた上段の右端の席は、おそらく遠いから選択しなかったのであろう。とりあえず近くにあった空席に座ったという印象が強かった。


 自分を除く全員が解答席に着席したことで、ようやく決心を固めたのであろう。柚木が解答席のほうへと向かってくる。


「最後の解答者は、東京都品川区よりお越しの伊良部柚木さんでーす。現役の高校教師であり、まだお若いこともあり、生徒からも人気があるそうです。さて、いつものように生徒のお手本となることが、当番組でもできるのでしょうか。その辺りもしっかりチェックしていきましょう!」


 当然、柚木が座ったのは唯一の空席である上段の右端。これで8人全員が着席したことになる。


 上段は左から順に九十九、司馬、アカリ、柚木。下段は左から眠夢、凛、長谷川、数藤。自然と上下段へと綺麗に男と女が分かれた形での着席。それでも、合いの手を入れる手拍子は止まらず、またBGMも止まらない。解答者全員の入場は終わったわけであるし、もうBGMなどいらないだろうに――。誰もがそんなことを考えているであろうさなか、マイクの男がさらに声を張り上げた。


「そして、皆様のお相手をさせていただくのは、司会の藤木流星です! 6月18日、現在は9時55分。もうまもなくスタート。さぁ、テレビの前のみなさんもご一緒にぃぃぃ!」


 どうやら、マイクの男は司会進行をする役割を持っているらしい。言われてみれば納得だ。名前は藤木というらしいが、明らかに司馬達とは立場が違う。おそらく、藤木はあちら側――司馬達をこんな目に遭わせた側の人間であろう。何か知っているかもしれない。


「クイズ! 誰がやったのでSHOWぉぉぉぉぉ!」


 そんな藤木がコールすると、あらかじめ仕掛けられていたのであろう。これまたいかにもといった具合のクラッカーが弾け、紙テープが一斉に宙へと舞う。本来ならば祝い事の時など、その場を盛り上げるために使われることの多いクラッカーではあるが、これほど場違いな使い方を見たことがなかった。紙テープは解答席へと降りかかり、一同がそれをすぐさま払いのける。


 温度差――あまりにも温度差がある。わけも分からずにクイズ番組へと参加させられることになった一同と、そのクイズ番組を進行させようとしている藤木なる司会者。双方の温度差は明らかだった。ネオンの看板が、司馬達を小馬鹿にするかのごとく光り輝く。


「番組の開始は10時からです! それまで今しばらくお待ちくださぁぁぁぁいっ!」


 藤木はカメラ目線で言うと、BGMに合わせて手拍子を続ける。構成的なものは良く分からないが、テレビなどではスポンサーの提供などが行われる間なのであろう。むろん、こんな馬鹿げた番組にスポンサーがいるとは思えないが。


 軽快で安っぽいBGM。1人で手拍子を続けていることに――いいや、ようやく温度差というものが気になったのか、解答席の方へと視線を持ってきた藤木が、明らかに解答者へと手拍子を促すように、オーバーな手拍子を始める。それにまんまと従う気はなかったのであるが、ある意味で職業病というやつなのであろう。凛がカメラ目線で手拍子を始めた。位置的な都合で顔までは見えないが、きっと笑顔を見せていることだろう。


 普通、このような番組には多くのスタッフが関わっており、出演者に対しても進行の指示などをしてれるものなのであろう。しかしながら、おそらくあちら側――解答者ではないと思われるのは司会の藤木のみであり、それ以外にスタッフの姿などない。だからなのか、どうにもグダグダになってしまっているのは否めなかった。このまま番組開始まで、軽快で安っぽいBGMが流れ続け、司会の藤木はオーバーに手拍子し続けて、そして誰が見ているかも分からぬ画面の向こう側に向かって、元アイドルの凛は愛想を振りまくのだろうか。


 司馬は考える。この番組のことを。そもそも、この番組は無理矢理に拉致するという手段で出演者を集めている。もちろん、出演者の意向などは丸無視だ。しかも、番組収録以外は、鍵のかかる楽屋という名の部屋に閉じ込められるわけだ。この時点で拉致監禁罪が成立する。しかも、取り扱う問題も、文字通り問題だ。過去に起きた殺人事件――しかも、未解決の事件を取り扱うなんて、どんな神経をしているのだろうか。殺害された人の周囲には家族や友人など親しかった人間がいる。もし、その人達がこの番組を観たら、きっと悲しむのではないだろうか。大体、過去に起きた事件の犯人を独自に調べ上げ、それをクイズの答えにするなんて馬鹿げている。


 ――とにかく、色々とこの番組には問題が多すぎる。地上波はもちろんのこと、ネットなどで配信されたところで、必ずや問題視されることだろう。ならば、それを最大限に利用すればいいのではないか。つまり、視聴者に訴えかければいい。自らの意図で番組に出演しているわけではないこと、拉致をされて、なかば強制的に番組に出ていること。それらをカメラに向かって訴えかければ、不審に思った視聴者が通報してくれるはずだ。


「なぁ、あの藤木ってやつ――俺達で取り押さえられないか?」


 密談をするのであれば、BGMが流れているうちのほうがいい。司馬は前を見据えたまま、隣の九十九へと話しかけた。


「で、視聴者に向かって助けを求めるってか? はっきり言って安直すぎるだろ。大体、内容が内容なだけに地上波でこんなことをやればコンプライアンス以前の大問題になるし、ネットで不特定多数に垂れ流すってのもリスクが高い。それこそ、俺達が結託して番組をジャックして、視聴者に助けを求められたら意味がないしな。8人もの人間を拉致して、こんな番組をやってのけようとするやつが相手なんだ。今は静観したほうが利口だ。それと、さっきも言ったけど俺はあんたらと馴れ合う気はねぇんだ。誘いたきゃ他のやつを誘え。まぁ、止めはしねぇよ」


 司馬の考えはあっさりと見抜かれていたようであり、九十九に鼻で笑われた挙げ句に一蹴されてしまった。慎重なのは悪いことではないし、九十九の言っていることが間違っているとは思わない。けれども、素直にされるがまま――というのは面白くなかった。


「でも、このままでは――」


 本当に馴れ合うつもりなんてないのであろう。司馬のちょっとした反論に対して、九十九は無視という手段をとってきた。この男に協力を求めるだけ無駄なのかもしれない。例の口振りからして数藤もあてにならない。男性陣のなかで話を聞いてくれそうなのは長谷川くらいであるが、いささか席が離れているせいで密談はできそうにない。通路を挟んで隣となるアカリとでさえ、コソコソと内緒話をするには距離があった。


 なんだか頭の中をぐるぐると回り始めたBGM。スタジオの中央で相変わらず手拍子を続ける藤木。そのテンションについていっているのは凛だけであり、司馬を含めるその他の面々は、やや遠巻きに藤木の動きを伺っている。果たして、それぞれが何を思い、この場に着席しているのだろうか。


 ふとなんの前触れもなくBGMが止まった。それと同時に藤木が手拍子を止める。辺りの電気も落ち、中央の藤木をスポットライトが照らした。BGMに耳が慣れてしまっていたせいか、静寂が痛く感じた。


「6月18日――10時。今、この時をもってして、クイズ番組の常識が覆ります。実際に起きた事件……それを実行した犯人は、素知らぬ顔で解答席に座る。あなたの隣の席の人は大丈夫ですか? もしかすると、犯罪者なのかもしれません」


 解答席側の明かりが落とされているため、はっきりとは分からなかったが、自然と九十九と目が合ったような気がした。隣の席に座る人間が犯罪者かもしれない――。なんとも物騒な響きである。


「さぁ、いよいよ始まります。新感覚クイズ番組――誰がやったのでSHOW!」


 わざわざ仕切り直しのようなことをする必要があったのだろうか。司馬の冷静な突っ込みをよそに、一度は落ちたはずの照明が再び解答席を照らす。ネオン看板は光り輝き、これまた古いクイズ番組のようなジングルが流れる。昭和テイスト……いいや、平成テイストというべきか。とにかくひと昔前といった具合のタイトルコールが行われた。


 ――まだ現実感というものがわかない。本当にこれから、実際に起きた事件を題材にしたクイズ番組が始まるのだろうか。そんな不安と不穏の空気が、スタジオ内にはただただ渦巻いていたのであった。

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