一同の視線が自然とスタジオのほうへと向く。あの観音開きの扉の向こうに何があるのか。それは――実際に向かってみなければ分からないだろう。


 お互いがお互いの顔を見る。誰が先頭になってスタジオに向かうのか、探り合っているかのようだった。先頭だろうが最後尾だろうが、スタジオに入ることに変わりはないのに、ここで互いに譲り合ってしまうのは何故なのか。


 結局、自然と司馬が先頭になる形になった。一応、言い出しっぺということになるのだろうし、こうなるのは仕方がない。司馬が歩き出すと、横に長谷川が並び、それに続いて一同も歩き出す。


 ここに集められたのは、男が4人、女が4人。そのうち2人の男は先にスタジオ入りしてしまったから、ここに残っている男は司馬と長谷川の2人だけ。どうにも世の中には男が女をエスコートしなければならない風潮が根強く、だからこそ自然と司馬と長谷川が前に出たのかもしれない。


 ――扉の前までやって来ると、振り返ってみんなの顔を見回す司馬。誰の表情も、緊張で強張っているように見えた。一同を安心させる意味で大きく頷いた司馬は、長谷川とアイコンタクトを取ってスタジオの扉に手をかけた。見た感じ重厚そうな扉は、案外とあっさり開いてしまった。


 扉の向こうには、いかにもクイズ番組ですと言わんばかりのセットが広がっていた。スタジオの中央にはスポットライトが当たり、正面から見て扇状になるように解答席らしきものが並んでいる。それは上段と下段に分かれ、各4席ずつあった。先にスタジオ入りした数藤と九十九は、すでに席へと着席していた。


 天井からは目が痛くなるほどのネオンが輝く看板がぶら下げられている。ネオン看板には【誰がやったのでSHOW】と書かれており、その配色が下品に見えた。そのネオン看板があまりにも目立つものだから、その下にいる人物に気づかなかったのであろう。その存在に気づいたのは、急にスタジオ内に男の声が轟いたからだった。


「さぁ! 九十九さんと数藤さんから少し遅れての入場になります! えっと……とりあえず1人ずつ順番にこちらに来てもらっていいですかね?」


 マイクを片手に持った男は、扇型に広がる解答席を見渡せるような位置に立っていた。看板の真下ということから考えても、スタジオの中央辺りが立ち位置なのであろう。遠目ではあるが、ジャケットの中の赤いシャツが嫌でも目を引く。そんな男は、司馬達のほうへと向かって手招きをした。


 思わず長谷川と顔を見合わせた。マイクを持った男が喋り出した途端、軽快ながら人を小馬鹿にしているかのようなBGMが鳴り出す。それに合わせて手拍子が響いた。もしかして観客がいるのかもしれない――と思ったが、見渡す限り観客の姿などない。きっとあらかじめ録音したものを流しているのであろう。それに合わせて手拍子をするマイクの男が、早く来いと言わんばかりに視線を流してきた。


 ここもやはり、男がエスコートするべきか。あまりにも異質な光景に尻込みしてしまいそうになるが、しかし九十九と数藤は先に解答席らしきところに着席をしている。先駆者がいることもあって、その一歩を踏み出すのは、そこまで難しくはなかった。


 自然と司馬が一番手となり、長谷川達が固唾を飲んで見守るなか歩き出す。すると、マイクの男がやたらに高いテンションで喋り出した。


「さぁ、東京都足立区よりおいでの司馬龍平さん。なんと会社の若き社長さんです。若くして会社のトップにまでのぼり詰めた頭脳は伊達じゃない。果たして、どのような活躍を見せてくれるのでしょうか」


 ――住所はもちろんのこと、会社のことまで言い当てられた司馬は、思わずその場で歩みを止めそうになった。辛うじて堪えて、マイクの男を睨みつける。どこの誰がこんなことを仕組んだのかは知らないが、隅々まで自分のことを調べ尽くされているような気がして気味が悪い。


「それでは司馬龍平さん。あちらの解答席へどうぞ」


 マイクの男が解答席へと手を差し伸べ、司馬はずっとマイクの男を睨みつけながらも解答席へと向かった。特に席が決められているような感じもなかったため、九十九の隣に着席する。上段の左端に九十九、その隣に司馬という形。数藤は下段の右端に座っていた。どちらもいけ好かないが、それでも近くに座ってしまうのは、この状況に放り込まれた仲間という意識が働いているのであろう。


 陳腐なBGMとマイクの男によるパフォーマンスが続く。司馬が着席したのを見計らってか、次は長谷川が歩き出した。このような状況だというのに、しっかりと順番を守るあたり、悲しきかな日本人といった具合だ。


「続いては東京都世田谷区よりおいでの長谷川大さん。誰もが目を引く長身ではありますが、ご職業は手堅く公務員で、バリバリ脂がのった30代。地道にコツコツと。積み上げられてきた経験は、どのように影響を及ぼしてくれるのでしょうか。期待しましょう」


 長谷川が紹介されている間に、司馬は解答席から辺りを見回してみた。ぱっと見た感じ、カメラはスタジオ全景を捉えているであろう固定カメラが1台のみ。当たり前だがスタッフなどは見当たらない。少なくともプロの仕事――つまり、本当のテレビ番組ということはないだろう。


 軽快だからこそ安っぽく聞こえるBGM。合いの手を入れるように鳴り響く手拍子の音。しかしながら、スタジオにいるのはマイクを持った男と司馬達だけ。解答席から見渡すスタジオは、なんだかとても広く見えた。


 長谷川は下段の右から2番目――すなわち、数藤の隣へと着席した。上段の左側には九十九と司馬、下段の右側に数藤と長谷川。自然と男が綺麗に分かれる形となった。もしかすると、長谷川は無意識にバランスを取ろうとして、数藤の隣に座ったのかもしれない。


「さぁ、どんどん参りましょう! 続いては女性陣の入場になります」


 マイクの男は相変わらず奇妙なテンションで続ける。それがなんだか独り相撲を取っているようであり、客寄せのピエロが空回りしているみたいに見えた。


「東京都板橋区からおいでの木戸アカリさん。ごくごく普通の偏差値の学校を出て、ごくごく普通の大学を卒業。そのままごくごく普通のランクの企業へと就職したオフィスレディー……略してOLをやっております。さぁ、番組内でもごくごく普通のスタンスを貫くことができるのでしょうか?」


 意を決して足を踏み出したアカリに対して、なかなかに酷い言い方である。確かに見た目も地味であるし、そこまでランクの高い企業に勤めているわけではないのだろうが、どうしてこんなところで晒しあげみたいなことをされなければならないのか。彼女の足元のサンダルが、さらに彼女をみすぼらしく見せているような気がして、なんだか気の毒にさえ思えた。


 アカリは上段の右から2番目の席――つまり、解答席の中央にある通路を挟んだ司馬の隣へと着席した。


 ――ここで意外な才能というべきか、テレビ慣れしている反応を見せたのは、アイドルの凛だった。アカリに続いて足を踏み出したかと思ったら、すぐさまカメラの位置を確認して、スキップのようなステップをしながらカメラ目線で手を振る。ちらりと見えた彼女の横側には笑顔が張り付いていた。


「続きまして、東京都渋谷区からお越しの桃山凛さんでーす。知る人ぞ知るアイドルグループの元メンバーですが、ちょっとしたスキャンダルを起こしてしまってグループを脱退。果たして、当番組で復活を果たすことができるのか」


 マイクの男に紹介された瞬間、張り付いていた笑顔がほんの少しだけ強張ったように思えた。その話題が出た時は明言を避けていたようだが、どうやら男関係のスキャンダルを起こしてグループを脱退したのは、凛で間違いないらしい。

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