第43話 挑戦状
「計画に変更はありません。我々の次の作戦目標はインド洋となります。
先日シンガポールが陥ち、フィリピンのほうも大勢は決しました。南方資源地帯を跳梁していた連合国艦隊もそのほとんどをすでに撃破しております。
つまり、第一機動艦隊が西へ向けて進撃するための機は熟したということです」
従来計画に変更は無いのかという古賀連合艦隊司令長官の問いかけに山本大臣は力強く答える。
それとともに、山本大臣は古賀長官に一枚の紙片を手渡す。
そこには作戦参加艦艇の一覧が記されていた。
第一機動艦隊
第一航空艦隊
「翔鶴」(零戦六〇、一式艦攻三六、一式艦偵六)
「瑞鶴」(零戦六〇、一式艦攻三六、一式艦偵六)
「神鶴」(零戦六〇、一式艦攻三六、一式艦偵六)
「蒼龍」(零戦三六、一式艦攻二四、一式艦偵六)
「飛龍」(零戦三六、一式艦攻二四、一式艦偵六)
戦艦「大和」
重巡「熊野」「鈴谷」「最上」「三隈」
軽巡「矢矧」
駆逐艦「初風」「雪風」「天津風」「時津風」「浦風」「磯風」「浜風」「谷風」「野分」「嵐」「萩風」「舞風」「秋雲」「夕雲」「巻雲」「風雲」
第二航空艦隊
「赤城」(零戦三六、一式艦攻三六、一式艦偵六)
「加賀」(零戦三六、一式艦攻三六、一式艦偵六)
「隼鷹」(零戦三六、一式艦攻二四、一式艦偵六)
「飛鷹」(零戦三六、一式艦攻二四、一式艦偵六)
戦艦「武蔵」「信濃」
重巡「利根」「筑摩」
軽巡「酒匂」
駆逐艦「黒潮」「親潮」「早潮」「夏潮」「陽炎」「不知火」「霞」「霰」「朝潮」「大潮」「満潮」「荒潮」「朝雲」「山雲」「夏雲」「峰雲」
空母が九隻に戦艦が三隻、それに巡洋艦が八隻に駆逐艦三二隻からなる堂々たる艦隊だった。
艦上機はこれまで通り常用機は七二六機だが、前作戦の戦闘機中心の編成だったものからマーシャル沖海戦のときのそれに戻されている。
満足そうにうなずく古賀長官に対し、山本大臣は彼が不在時に進捗をみせていた外交というか謀略について説明する。
「ドイツから一機艦のインド洋への派遣、ならびに同地における英軍掃討の要請が大本営を通じて海軍省にきています。
これに対し、私と宇垣は同国に対してスエズ打通を持ちかけました。ドイツとイタリアでスエズ運河を奪取してほしいと。もし、これがかなえば、それは日欧交通線の開通を意味する。
そうなれば、一機艦は地中海を経由して大西洋に進出、空母艦載機によって大西洋上の英商船を掃滅してご覧に入れてみせる。そう、ドイツに返答しています」
山本大臣の説明を受けた古賀長官は、事が予定通りに進捗していることに安堵するが、それでもやはり確認しておきたかった。
「ドイツの反応はいかがですか」
「こちらで捕まえたソ連スパイを絞め上げた結果、バクー油田をめぐるドイツ軍の攻勢計画が漏れているというヨタ話をでっちあげてドイツ側に伝えたところ、やけに熱心に食いついてきましたよ。連中はスパイの身柄まで要求してきました。
まあ、そっちのほうは尋問中に自死したということにしておきましたが」
悪い笑顔でそう話す山本大臣に古賀長官は、やはりこの人は連合艦隊司令長官よりも海軍大臣、軍令よりも軍政畑のほうがよほど能力を発揮すると再認識する。
まあ、前世においては彼の後釜として尻拭いをさせられ、そのことで苦労して死んだのだ。
一個人として、山本大臣に思うところが無いかといえば嘘になる。
だが、愚痴と批判は胸中にしまい古賀長官はもう一方の相手について尋ねる。
味方ではなく敵、英国の話だ。
「香港やシンガポールといった東洋の要地を次々に陥とされたチャーチルは今、政治的苦境に立たされています。そのうえ、太平洋艦隊の敗北とオアフ島の壊滅によって恐怖した豪州が戦争からの離脱の動きを見せている。
まあ、同情はしませんが、チャーチルも頭が痛いことでしょう」
そう言う山本大臣の表情にはわずかばかりの喜色が浮かんでいる。
ルーズベルトやスターリンとともに日本を戦争の惨禍に叩き込んだ首魁の一人が苦悩するさまは、まさにざまあみろと言ったところなのだろう。
だが、古賀長官が今知りたいのはそのことではない。
次の言葉を待つ古賀長官の様子を忖度したのか、空気の読めない山本大臣にしては珍しく真っ直ぐ本題に切り込む。
「チャーチルは我々の挑戦に対して逃げることは出来ません。
先程も言った通り、香港やシンガポールといった東洋の要地を次々に陥とされ、そのうえインド洋を戦わずして我々に明け渡すようなことをすれば彼の政治生命は確実に潰える」
小さく首肯する古賀長官を見据えつつ、山本大臣は言葉を続ける。
「欧州からの情報ですが、英海軍は現在、本国艦隊や地中海艦隊から戦力を抽出してそれを東洋艦隊に振り向ける動きを見せているとのことです。
予想される戦力は戦艦が六乃至七隻、空母が五乃至六隻、それに巡洋艦と駆逐艦が合わせて二五乃至三〇隻程度と見積もられています」
山本大臣の言葉に古賀長官は確信する。
東洋艦隊は間違いなく一機艦の前に立ちはだかると。
そして、思い出す。
山本大臣と宇垣次長の合作を。
英国と、そして世界に宛てたそれを。
「帝国海軍は四月一日を持ってインド洋に進攻する。
この戦いは日本の存亡をかけた戦いであるのみならず、長年にわたる欧米列強の植民地支配の軛からアジアの民を解放するための戦いでもある。
アジアの人々には日本と共に戦えとは言わない。
だが、刮目してこの戦いの行く末を見守っていただきたい。
日本は必ずこの戦いに勝ち、そして必ずアジアの民に自由をもたらします」
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