インド洋作戦
第42話 オアフ島攻撃その後
オアフ島攻撃と前後して帝国海軍は米国に対して徹底的に揺さぶりをかけた。
まず西海岸一帯で伊号潜水艦による大規模機雷戦を展開、ロサンゼルスやサンフランシスコといった大都市の航路はもちろん、戦略的にあまり重要ではない地方都市の港湾周辺にも機雷をばら撒いた。
爆発時、それが機雷によるものなのかあるいは魚雷によるものなのか判別がつく人間はそう多くはない。
むしろ一般人の多くは機雷よりもなじみの深い魚雷だと思い込んだ。
それゆえに、これまで鳴りを潜めていた日本の潜水艦による魚雷攻撃が始まったと思い込んだ漁民や船乗りはパニックとなる。
その直後から流木やクジラを潜水艦と誤認した目撃情報が相次いだ。
一方、日本の潜水艦を退治してくれるはずの頼みの米海軍はマーシャル沖海戦からのダメージからまったくと言っていいほどに立ち直っておらず、ただちに対潜作戦に使える駆逐艦は数えるほどしかなかった。
沿岸警備隊のほうは太平洋を遥かに超えて来襲した日本の大型潜水艦に対抗できる戦力ではない。
つまり、西海岸で操業する漁民や船員にとって頼りになる存在はほとんど無いということだ。
このことで、西海岸の航路は恐慌状態に陥った。
十分な護衛も無しに日本の潜水艦がウロウロしているようなところに船を出せるはずがない。
西海岸を航行する米国の船が一時的にせよ一気に激減する。
その隙きを突いて三隻の潜水空母が動いた。
伊四〇〇と伊四〇一、それに伊四〇二の三隻の大型潜水艦からそれぞれ二機の特殊攻撃機晴嵐が発進、一機あたりの単価が零戦より一桁多い超高額な機体は熟練整備員によって完璧に調整され、六つの都市に宣伝ビラをばら撒いた。
晴嵐については、搭載発動機のアツタ二一型の出力が低く、速度を出すために防弾装備は皆無でフロートは装備していなかった。
それでも、重たい爆弾を抱えることもなく、積み込んでいるのはビラだから、それなりの速度発揮は可能だった。
だが、フロートを装備していないこれら晴嵐の機体は当然回収不可能だから一度の作戦で投棄される。
このため、関係者の間では宣伝ビラの単価は一枚あたり一〇〇円とも二〇〇円とも噂されていた。
その高価な宣伝ビラには日本軍がその気になればいつでも西海岸に侵攻できること、そして日本軍は一般市民の犠牲を好まないから、住民には早々に避難を開始するよう促す勧告文が記されていた。
それが、はったりでないことは、ビラの存在そのものが雄弁に物語っていた。
もし、これがビラではなく爆弾であったとしたら、少なくない市民が死んでいたはずだ。
そして、その騒動の最中にオアフ島が灰燼に帰したというニュースが政府が厳しい報道管制を敷いていたのにもかかわらず西海岸の住民らの耳に飛び込んでくる。
「次は自分たちだ」
パニックは漁民や船乗りにとどまらず、西海岸の住民の間にまで広がった。
昭和一七年二月下旬
海軍御用達の某料亭
一月あまりにわたる長期航海を終えて本土に帰還した古賀連合艦隊司令長官を労う祝賀慰労会を建前に、山本海軍大臣と宇垣軍令部次長が一席を設けた。
「古賀さん、ハワイ遠征ご苦労さまでした。
長駆ハワイまで進攻した第一機動艦隊の活躍のおかげでオアフ島は文字通り灰燼に帰し、ルーズベルトは崖っぷちへと追い込まれた。西海岸では我が軍の侵攻を恐れた住民の間でパニックが広がっているといいます。
それもこれも古賀さんが完璧な仕事を成し遂げてくれたからこそです。海軍大臣として改めてお礼申し上げる」
深々と頭を下げる山本大臣に古賀長官は謙遜の言葉と苦笑を返す。
「オアフ島における戦果はひとえに将兵たちの献身による賜物です。私は特に何もしておりませんよ」
だが、ここにいる山本大臣も宇垣次長も分かっている。
オアフ島攻撃という困難な作戦に対して古賀長官はただの一隻も沈められることなく友軍艦艇を持ち帰ってくれたのだ。
失ったのはわずかに一〇〇機あまりの艦上機のみ。
それも、その多くは帰投後に修理不能と判断されて海中に投棄したものだ。
第一機動艦隊の全艦艇が参加する一大作戦であったのにもかかわらず、戦死者は搭乗員を中心にわずか数十人に抑えられた。
古賀長官の指揮がいかに卓越したものであったか、この一事で分かる。
話はそれから、山本大臣と宇垣次長による現下の国際情勢のレクへと移る。
長い洋上生活で若干浦島太郎気味の古賀長官に対する配慮だ。
宇垣次長の話によれば、二月半ばに本土へと帰還した一機艦の艦艇は約一カ月をかけて整備されるという。
整備に入るには若干早いような気もするが、開戦劈頭のフィリピン空襲を皮切りにマーシャル沖海戦やオアフ島撃滅と一機艦は激戦続きだったから特段おかしいことでもなかった。
それに南方作戦が進捗中の今は依然として多くの艦艇が海外で作戦中であり、このことで造修施設に余裕があることからこの時期となった。
造修施設の余裕が捻出できたのは戦前に景気対策の一環として東北地方などにドックを建設したこと、さらに前世では産声をあげることが無かった「明石」型工作艦の二番艦「三原」と三番艦「桃取」がすでに就役しており、これら二艦が造修施設の負担軽減に一役も二役も買っていたことが大きかった。
艦艇の整備と併せて乗組員も一カ月の間に交代で休養をとり、搭乗員については訓練がてら内地の若鷲に稽古をつける予定だという。
また、古賀長官がハワイ遠征に行っている間に鹵獲した三隻の「ヨークタウン」級空母の調査もかなりの進捗を見せていた。
「鹵獲した『ヨークタウン』級空母については細かいところではいくつか変更しなければならないところもありますが、エレベーターは大ぶりでそのまま使えますし、機関も特に目新しい技術を使ったものではないのでその運用に問題はありません。
そのことで、これら三艦については意外に早く戦力化出来そうです。
それと、すでに三艦の命名も済んでいます。
『ヨークタウン』が『洋龍』、『エンタープライズ』が『炎龍』、『ホーネット』が『鳳龍』です。
本来であれば空母はお上に名前を選んでもらうのですが、戦時下であることと鹵獲艦であることから、多忙なお上の手をわざわざ煩わせることもあるまいということで私と山本大臣でつけさせていただきました」
嬉しそうに鹵獲空母の名前をレクする宇垣次長に「そのまんまやないかい」と胸中でツッコミを入れながらも古賀長官はそのことを口にはしなかった。
それよりもここにいる三人と、あとは米内軍令部総長と井上次官だけが知る従来の計画に変更が無いのか、それを古賀長官は山本大臣に問うた。
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