第41話 オアフ島灰燼

 鉄砲屋の血が騒いでいた。

 戦艦「大和」から吐き出される一二発の四六センチ砲弾の発射に伴う暴力的なまでの衝撃が腹を、全身を揺さぶる。

 少し痛い、けど快感だ。

 わずかに遅れて「武蔵」の、そして「信濃」の砲声も聞こえてくる。

 最高のサウンドだ。

 これに勝る音楽などこの世には存在しないだろう。

 体の芯が歓喜の雄叫びをあげる。


 だがしかし、仮にも「大和」艦長ともあろう者がそのような感情を表に出すわけにもいかない。

 第一戦隊司令官の傍らに立ちながら、難しい表情を装って戦況を見守るだけだ。

 もちろん、「大和」艦長も今の状況にまったく不満が無いわけでもない。

 そもそも、「大和」の本来の主敵は米戦艦だ。

 だが、その彼女たちはマーシャル沖海戦で日本の空母艦載機によってことごとく撃沈されてしまった。

 奮龍によって対空砲火を封じられ、航空魚雷を片舷に集中被雷した結果、どの艦も急速に転覆して海底深く沈んでいったという。

 甲板で戦っていた者は奮龍によって爆死、艦底にいた者は艦が転覆したことで脱出が困難となり、そのため戦艦乗り組みの生存者は数えるほどしかいなかったらしい。


 いずれにせよ、第一機動艦隊の完全勝利で幕を閉じた同海戦は、しかし鉄砲屋に複雑な思いを抱かせる結果となった。

 戦艦が航空機に勝てないことを完全に証明してしまったからだ。

 もちろん、これまでに戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と巡洋戦艦「レパルス」を帝国海軍の基地航空隊が撃沈するという事例はあった。

 しかし、あれは圧倒的に優勢な帝国海軍の大部隊が寡兵の植民地警備艦隊の戦艦を数の暴力によって袋叩きにしたというだけで、必ずしも航空機の優位が証明されたとは言えない側面があった。


 だが、マーシャル沖海戦は違う。

 第一機動艦隊と太平洋艦隊という日米最強の主力艦隊同士のガチのぶつかり合いだったからだ。

 結果は明白だった。

 同海戦では九隻の友軍空母から飛びたった艦上機が一二隻の米戦艦を一瞬にして葬ったのだ。

 しかも、そのときには多数の巡洋艦や駆逐艦も同時に撃沈破している。


 それ以降、帝国海軍に戦艦優位を説くものはいない。

 あの海戦の結果を前にして航空機に対する戦艦の優位を唱えることが出来る者がいるとしたら、そいつはよほどの大物か底抜けのバカのいずれかだ。

 まあ、九九パーセント後者だろう。

 それでも「大和」艦長は夢想してしまう。

 もし、「大和」が米戦艦と逆の立場だったならばどうなのだろうかと。


 「大和」には優秀な射撃照準装置を持つ一六基三二門もの高角砲があるからあるいは敵機を寄せ付けないのではないか。

 それに、爆弾や魚雷を多少食らった程度では分厚い装甲に鎧われた七八〇〇〇トンの艦体はびくともしないのではないか。

 そのあたりどうなのか、真実を知りたい。

 そんな益体もない考えを、しかし頭から叩き出し「大和」艦長は現実に意識を戻す。


 オアフ島要塞とよばれた陸上砲台からの反撃はすでに無い。

 オアフ島には四〇センチ砲をはじめとした巨砲が同島の固い地盤にいくつも据え付けられていたらしい。

 だが、それらのうちでめぼしいものは一式艦攻が奮龍によってすでに撃破していたらしく、「大和」に対してはおそらくは一二・七センチ砲か一五・二センチ砲といった陸軍で言えば重砲、海軍から見れば中小砲が撃ちかけてきたくらいだ。

 それらも、「大和」と「武蔵」、それに「信濃」の三六門の四六センチ砲のつるべ撃ちによってあっさりと撃滅された。


 そして、ここからは見えないが、今頃は「比叡」と「霧島」の三六センチ砲、さらに一〇隻の重巡洋艦の二〇センチ砲も別の目標へ向けて咆哮をあげているはずだ。

 真珠湾の煙が、オアフ島全体から立ち上る煙が次第に激しさを増す。

 だが、「大和」も、そして「武蔵」も「信濃」もまだまだ砲撃をやめるつもりは無かった。




 最終的に「大和」と「武蔵」、それに「信濃」からは二五〇〇発あまりの四六センチ砲弾、それに「比叡」と「霧島」から一二〇〇発の三六センチ砲弾が同島に降り注いだ。

 さらに、一〇隻の重巡からも六〇〇〇発の二〇センチ砲弾が同じく同島に叩き込まれ、その鉄と火薬の総量は五〇〇〇トンをゆうに超えた。

 一方で、艦砲射撃の効果が薄い、あるいは精密攻撃が必要と思われるものには爆装した零戦や一式艦攻が繰り返し空爆を仕掛けた。

 特に自動車については乗用車や土木作業車の区別なく、動くものも動かないものも徹底的に破壊した。

 さらに、貯水池や浄水場、それに発電所や変電所といったインフラもまた軍施設との区別なく容赦なく破壊した。


 しかし、これで終わりでは無かった。

 海上では補給船団に随伴してきた敷設艦がオアフ島周辺に機雷を敷設した。

 前世の戦争終盤において機雷の恐ろしさを知った宇垣次長の主導の元、一般的な触発機雷はもとより磁気機雷や音響機雷、それに水圧機雷といった各種の感応機雷の研究開発が山本マネーによって長期にわたって続けられた。

 そして、それらの成果物がオアフ島の航路帯を中心にばら撒かれる。

 その間、水上電探を搭載した一式艦偵や零式水偵は周辺海域で潜水艦狩りを実施、海中から第一機動艦隊の艦艇を狙う刺客を次々に仕留めていった。


 五隻の戦艦と一〇隻の重巡洋艦、それに七〇〇機を超える艦上機によって繰り返された艦砲射撃と空爆は軍施設のみならず、市街地に対しても致命的な破壊をもたらした。

 オアフ島は灰燼に帰した。

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