第40話 オアフ島航空戦

 一〇機乃至二〇機ほどの編隊が六つ、こちらに迫ってくる。

 一式艦偵の後席で戦闘機隊の指揮を執る板谷少佐は自身が零戦の操縦桿を握っていないことに対し戦闘機搭乗員としていささかの寂しさを覚えるものの、だがしかしその感情は胸の奥底にしまい込み己が果たすべき役割に専念する。

 戦場において全体状況を把握し、友軍戦闘機隊に適切な情報の提供、つまりは正確な分析と正しい判断を求められる戦闘機隊指揮官の職責はあまりにも重い。


 「一航戦と二航戦、それに三航戦は母艦戦闘機隊ごとに迎撃にあたれ。

 五航戦戦闘機隊はそのまま待機、新手の出現に備えるとともに指示を待て」


 板谷少佐の命令一下、一航戦の「赤城」と「加賀」、二航戦の「蒼龍」と「飛龍」、それに三航戦の「隼鷹」と「飛鷹」の各空母それぞれ二個中隊の合わせて一四四機からなる零戦が翼を翻して敵戦闘機隊に突っ込んでいく。

 高度は互いにイーブン、一方で数は五割ほどこちらが優勢、あとは機体性能と搭乗員の技量が物を言う。

 真っ先に戦場に姿を現したのは米陸軍のP40とP36、それに海軍と海兵隊のF2AとF4Fという雑多な機種で寄せ集められた一〇〇機ほどの部隊だった。

 そのうち数の多いP40は三つのグループに分かれており、それぞれ零戦に立ち向かっていく。


 一方、フィリピンやマーシャル沖などで場数を踏んだ零戦の搭乗員は、遠めから撃ちかけてくる一二・七ミリ弾の火箭を軽々と躱し、敵機と交錯すると同時に機体を旋回させて背後を取る。

 戦慣れした零戦の無駄のない機動と連携に対し、入念な訓練を施されたとはいえそのほとんどが初陣である米戦闘機隊はその動作がワンテンポもツーテンポも遅れる。

 戦場での一瞬の差は容易に生死を分かつ。

 数において、機体性能において、なにより搭乗員の技量と経験において日米の差はあまりにも隔絶していた。

 煙を吐き墜ちていくのはP36やP40、それにF2AやF4Fばかりで零戦のそれはほとんど見られない。


 ただ、零戦もまったくの無傷とはいかず、発動機などに被弾した一〇機ほどの機体が北西方向へ向けて避退していく。

 帝国海軍は搭乗員らに対し無理を厳禁、生存を第一に考えるようきつく申し渡していた。


 一航戦と二航戦、それに三航戦の零戦隊が一〇〇機ほどの米戦闘機隊のそのすべてを蹴散らした頃、緊急発進した二〇〇機の米戦闘機のうちで先陣を切ったこちらも一〇〇機ほどの機体が複数の編隊に分かれて戦闘空域に突入してきた。

 それらの多くはP40だった。

 これに対し、板谷少佐は周辺警戒中だった五航戦の一四四機の零戦に対処にあたるよう命じる。


 結果は先のものと同じだった。

 それはもはや虐殺と言って差し支えない一方的な戦闘だった。

 五航戦の零戦が一式艦偵からの情報支援によって早いうちから敵の存在を捕捉、最初から組織だった戦闘が展開できたのに対し、米戦闘機隊は十数機の編隊ごとに十分な高度も取らないまま五月雨式に戦場に到達して戦闘に入ったものだから、戦力の逐次投入のような形になってしまった。

 常に優位高度と数的優位を維持しながら戦っていた五航戦に加え、さらに敵の先鋒を片付けた一航戦と二航戦、それに三航戦の零戦隊もまた戦列に加わったことで日米の戦力差は決定的となった。


 米戦闘機隊にとって誤算だったのは、戦爆連合だと思いこんでいた日本の攻撃隊が実際にはすべて戦闘機で固められていたことだった。

 レーダーが探知した日本の攻撃隊の規模が三〇〇機近いこともあって、そのうちの半数が戦闘機で残り半数が爆撃機と予想したのだ。

 だから、上空警戒中だった迎撃第一陣で敵戦闘機隊を拘束し、その間に緊急発進した迎撃第二陣以降が敵爆撃機隊を徹底的に叩き、それでも撃ち漏らしがあれば七〇機のSBDドーントレスが最後にこれを始末するという一連の流れを想定していた。

 しかし、そのあては外れ、オアフ島を守る戦闘機隊は初戦でいきなり壊滅的打撃を被ってしまった。

 だが、それでも米軍が日本の攻撃隊を最初からファイタースイープだと読み切っていたとしても結果はたいして変わらなかったかもしれない。

 それほどまでに両軍の力の差は大きく乖離していた。


 米戦闘機隊を鎧袖一触で下した後も零戦隊は追撃の手を緩めることは無かった。

 友軍戦闘機隊が撃ち漏らした一式艦攻をまるで落穂拾いのようなつもりで撃滅しようとオアフ島上空に待機していた七〇機ほどのSBDは、逆に多数の零戦に取り囲まれあっけなく殲滅されてしまった。


 さらに午前の二度の索敵で周辺海域に米艦隊が存在しないことを確信した古賀連合艦隊司令長官は待機していた六〇機の零戦と一〇八機の一式艦攻にオアフ島への攻撃を命令する。

 一〇八機の一式艦攻は全機が奮龍を装備してオアフ島にある陸上砲台群を叩いた。

 オアフ島の陸上砲台群は空からの攻撃には意外に脆く、一式艦攻の攻撃が終了した頃にはその過半が戦力を喪失していた。


 午後には帰還してきた第一次攻撃隊に艦隊上空直掩を委ね、それまで防空任務についていた二一六機の零戦がオアフ島に向けて発進した。

 零戦にはそれぞれ二五番一発が装備されオアフ島の飛行場群を攻撃。

 洋上を高速で動き回る艦艇に爆弾を命中させることを目標に訓練を続けてきた零戦の搭乗員らにとって、的が大きく不動の滑走路を攻撃することは容易かった。

 爆弾搭載量ではかつての九九艦爆とたいして差のない二一六機の零戦による爆撃効果は甚大で、オアフ島のほとんどの滑走路はその使用が不可能になった。


 さらに、午後遅くには一式艦攻もこの日二度目の出撃を敢行、一〇〇機近い同機の攻撃によってオアフ島に展開する航空基地は完全にとどめを刺された。

 敵の陸上砲台と航空戦力に決定的なダメージを与えたと判断した古賀長官はすべての戦艦と巡洋艦、それに半数の駆逐艦をつけてオアフ島に突撃をかけさせた。

 このままいけば明日の早朝、最後の総仕上げが開始されるはずだった。

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