第28話 ファイタースイープ

 「ずいぶんと早いお出ましだな」


 レーダーオペレーターの少しばかり緊張を含んだ敵編隊探知の声に、第一六任務部隊旗艦の空母「エンタープライズ」艦橋で同部隊の指揮を執るハルゼー提督は思わずつぶやきの声を漏らす。

 当然ながら、日本の索敵機に発見された時点で敵艦上機の襲来はハルゼー提督のみならず太平洋艦隊の全将兵が覚悟していた。

 こちらが発見した日本の艦隊は空母を五隻も擁しているのだ。

 これで敵機がやってこないと思うほうがどうかしている。

 そして案の定、奴らはやってきた。

 肉眼ではとうてい捉えることの出来ない遥か彼方の編隊を「エンタープライズ」に装備されているレーダーがついさっき電波の目で捕捉したのだ。

 レーダーを装備した他の艦艇も時間差はあるだろうが、同じように敵影を捉えていることだろう。

 だが、それはこちらが予想した時間より三〇分以上も早く、その規模も意外なくらいに小さかった。


 「日本の艦上機はあるいは戦闘機だけで編成されているのかもしれません。計算では我々を発見して以降、二〇〇ノットを超える速度で進撃しなければこの位置には到達できません」


 ハルゼー提督のつぶやきに航空参謀が律儀にこたえる。

 重量物の魚雷や爆弾を抱えた状態でなお二〇〇ノット以上で巡航できる艦上雷撃機や艦上爆撃機は航空先進国の米国でさえ保有するには至っていない。

 旧式化しつつあるTBDデバステーター雷撃機などは最高速度でさえ二〇〇ノットには届かないのだ。

 一方、最新鋭のSBDドーントレスであれば二〇〇ノットでの巡航は不可能ではないかもしれない。

 だが、それでも一〇〇〇ポンド爆弾を抱えてのそれでは燃費の大幅悪化は避けられないだろうし、エンジンの負担も過大なものになる。

 つまり、仮に出来たとしても二〇〇ノットの巡航速度というのは実用的な速度ではない。

 敵は戦闘機のみで編成されているという航空参謀の言うことが現時点では理にかなっていそうだ。

 だが、それでもハルゼー提督は念のためにその根拠を問う。

 相手が航空の専門家とはいえ、個人の勘や感想で戦いを進めるわけにはいかない。

 納得に値する然るべき根拠は必要だった。


 「レーダーオペレーターによれば、発見された編隊はその反応から七〇乃至八〇機程度とのことです。これは五隻の空母から発進した数にしては少なすぎます。

 それと、各空母間で出撃時間が調整できなかった、あるいは大編隊を維持できないといった技量未熟による理由はフィリピンからの報告を信じる限り期待できません。日本の搭乗員が大編隊を組めるだけの技量を有していることは在比米航空軍のレポートからも明らかです。

 そうなれば、あと考えられるのは戦闘機だけで編成されたファイタースイープくらいのものです」


 航空参謀の過去の戦訓やデータを踏まえた推測に首肯しつつ、だが一方でハルゼー提督は疑問を呈する。


 「ファイタースイープか。連中、そんな味な真似をどこで覚えた」


 その表情に猜疑心の色を浮かべるハルゼー提督に、これも推測ですがと断って航空参謀は自身の考えを開陳する。


 「先に戦闘機隊を進出させて敵戦闘機を排除、しかる後に爆撃機隊が攻撃を仕掛けるファイタースイープは欧州では一般的な戦術です。おそらくは同盟国のドイツあたりから入れ知恵でもされたのでしょう」


 「航空参謀の言う通りだと、敵の第二波こそが本命というわけか」


 自身の推測をハルゼー提督が受け入れてくれたことにホッとしつつ、航空参謀は話を続ける。


 「そうなります。敵の第一波が戦闘機だけでなく戦爆雷の混成であればこちらとしては願ってもないのですが、この場において連中が波状攻撃といった一つ間違えれば戦力の逐次投入になるような攻撃法を選択するとも思えません」


 「まあ、こちらとしてはファイタースイープをしてもらった方が助かる。これもまたある意味において戦力の逐次投入だからな。むしろ、一度にまとまってこられた方が嫌だった」


 航空参謀との会話の裏で、ハルゼー提督は彼の言葉と自身が持つ知識の刷り合わせをおこなっている。

 現在のところ発見した敵艦隊には五隻の空母しか確認されていない。

 しかし、カウントミスあるいは発見漏れなどがあるかもしれないから、敵の空母は六隻であるという前提に立ったほうが安全だろう。

 ハルゼー提督が事前に航空参謀から聞いた話によれば、日本が保有する六隻の空母は全体で三五〇機程度、どんなに多く見積もっても四〇〇機には届かないらしい。

 敵が七〇乃至八〇機によるファイタースイープを仕掛けてきたということは、第二波は二〇〇機から多くてもせいぜい二五〇機までだろう。

 敵にしたところで、まさか空母を裸にしたままで全機を出撃させることはないはずだ。

 それ相応の数の防空戦闘機も用意しているだろう。

 いずれにせよそうであれば、それぞれ六〇機のF4FとSBDで十分に対処できる。

 ハルゼー提督は断を下す。


 「戦闘機のみであれ戦爆連合であれ、どちらにしたところで七〇乃至八〇機の戦力であれば無視もできん。F4F隊に迎撃させろ。SBD隊は上空待機、F4Fが撃ち漏らした敵が向かってくればそれを始末せよ」


 敵の第一波に対して数は少しばかりこちらが不利だが、狭い飛行甲板に離発着できる海軍最高峰の技量を持つF4Fの搭乗員であれば問題ないだろう。

 敵の戦闘機はフィリピンでP36やP40を散々に打ち破ったらしいが、植民地警備軍にしかすぎない陸軍のひよっこ搭乗員と海軍のエース部隊である母艦航空隊のF4Fの搭乗員とではその技量に天と地ほどの差がある。

 まず、負ける心配は無いはずだ。

 ハルゼー提督は艦隊上空から西へ向けて進撃を開始したF4Fの編隊に向けて将官が吐く言葉にしてはいささか品格にかけるエールを送る。


 「思い上がった東洋の猿どもに目にものをみせてやれ。キル・ジャップスだ!」

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