第27話 攻撃隊

 「空母が五隻に大型水上艦が七乃至八隻、そのうちの三隻はその巨大さから間違いなく『大和』型。他に十数隻の駆逐艦か」


 索敵に放ったSBDドーントレス急降下爆撃機のうちの一機が報告してきた数字にハルゼー提督は首をひねる。

 日本の連合艦隊には「蒼龍」ならびに「飛龍」という二隻の装甲空母のほかに、戦艦や巡洋戦艦を改造した「加賀」と「赤城」、それに商船を隠れ蓑にして秘密裏に建造された「隼鷹」と「飛鷹」の六隻の空母がその指揮下にあることが確認されている。

 水上打撃艦艇も「大和」型戦艦といまだ詳細な情報はつかめていないものの、超甲巡と呼ばれる、おそらくは三〇〇〇〇トン級の巡洋戦艦もまたこれを擁しているはずだ。

 この超甲巡については、「大和」型と同様に三隻程度が存在するものとみられている。

 さらに、南方戦域ではいまだにその存在が確認されていない「妙高」型重巡や「最上」型軽巡、それに「利根」ならびに「筑摩」という艦型不詳の巡洋艦についても、おそらくは戦列に加わっているだろう。

 だがしかし、空母はともかく十数隻あるとみられる大型水上打撃艦艇のうちの半数がいまだに発見されていない。


 「連合艦隊のうち、未発見の空母一隻と残り半数の大型水上打撃艦はおそらくは別働隊として動いているのでしょう。我が艦隊の側背を突くか、あるいは上陸船団を狙っているのかもしれません」


 作戦参謀の推測に対し、だがしかしハルゼー提督は懐疑的だ。


 「意図としては理解できるが、ただでさえ劣勢の連中が戦力分散などという愚を犯すか?」


 仮に別働隊を編成したところで、こちらの三〇機にも及ぶ索敵機の監視網から逃れることはできない。

 必ずどこかで引っ掛かるはずだ。


 「見つからないとすれば、別働隊はすでに発見された敵主力艦隊の遥か後方にあるか、あるいはこの戦域には存在しないかのどちらかしかありません」


 「存在しないのはともかく、遥か後方に別働隊を置く意味はあるか」


 ハルゼー提督は無遠慮にその疑念の表情を作戦参謀に向ける。

 一方、良い意味でも悪い意味でもハルゼー提督の表情の豊かさを知る作戦参謀は淡々と話を進めていく。


 「例えば、前衛に防御力の高い戦艦部隊を配置し、その後方に空母部隊を置くというのでしたら理解できます。ですが、空母を前面に押し出して水上打撃部隊が後方に控えるというのはまずありえません。

 それと、先程も申し上げましたが、別働隊はこの戦域を大きく迂回して上陸船団を狙っているのかもしれません。一部の空母や『大和』型を除けば、連合艦隊の艦艇は三〇ノットを大きく超える高速艦ばかりです。敵はこちらの上陸船団の位置次第では捕捉が可能だと見込んでいるのでしょう」


 「つまり、キンメル長官が早々に上陸船団を後方に避退させた判断は正しかったというわけか」


 そう言ってハルゼー提督は会話を打ち切って断を下す。

 こちらも敵の索敵機に見つかっている以上、悠長に話し込んでいる暇はない。

 別働隊のことは気になるが、かといって連合艦隊の主力を無視することも出来ない。

 なにせ空母が五隻に「大和」型というモンスター三姉妹がすべて勢揃いしているのだ。


 「よし、攻撃隊をすべて出せ。目標は発見した連合艦隊主力。一気に叩きつぶせ!」


 ハルゼー提督の命令一下、五隻の空母からF4Fワイルドキャット戦闘機九機にSBDとTBDデバステーター雷撃機がそれぞれ一八機の合わせて二二五機が飛行甲板を蹴って西の空へと飛び立っていく。

 これだけの攻撃隊を出してなお、各空母には直掩としてF4FとSBDがそれぞれ一二機ずつ残っている。

 ハルゼー提督としてはSBDやTBDといった対艦攻撃能力を持った機体はすべて敵艦隊攻撃へと差し向けたかったのだが、航空参謀の進言もあって索敵爆撃隊のうちで索敵任務につかなかった機体を残すことにした。

 航空参謀によれば、日本の空母は現在のところ五隻が確認されており、そうであれば最低でも一五〇機、場合によっては二五〇機近い艦上機が同時に押し寄せてくる可能性があるという。

 いくらこちらのF4Fが強力でも三倍乃至四倍もの敵機を同時に捌くことは難しい。

 少数機でも取り逃がせば、一発の被弾で戦力を喪失しかねない空母は重大な危機にさらされる。


 だが、F4FとSBDが合わせて一二〇機もあれば、これらの攻撃をしのぎ切ることは十分に可能だ。

 それに、索敵爆撃隊が攻撃隊に参加せずともSBDとTBDは合わせて一八〇機もある。

 これだけあれば、SBDだけですべての敵空母を叩くには十分だし、TBDも九〇機もあれば三隻の「大和」型戦艦を全艦撃破することも夢ではないだろう。

 日本軍の航空機でさえ英戦艦を沈めたのだから、米海軍のトップエリートである母艦雷撃隊にそれが出来ない道理はないはずだ。


 発艦事故もなく、全機が無事に発進し終えた時点でハルゼー提督は勝利を確信する。

 確かに、日本軍はフィリピンで在比米航空軍を散々に打ち破り、マレーでは英国の誇る最新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウエールズ」と巡洋戦艦「レパルス」を撃沈した。

 だが、それは圧倒的な物量を誇る日本の正規部隊が寡兵の植民地警備軍を数の暴力によって打ち破ったに過ぎない。

 しかし、今回日本軍が相手取るのは合衆国の正規部隊、しかも精鋭中の精鋭である太平洋艦隊だ。


 一二隻の戦艦はそのいずれもが旧式だが、一方でその中でも特に戦力の大きなものばかりを集めている。

 空母は合衆国海軍が保有する七隻の空母の中でも最有力の五隻だ。

 一四隻の巡洋艦はいずれも戦闘力の高い重巡かあるいは「ブルックリン」級軽巡で、日本のどの巡洋艦とも互角以上に撃ち合う力を持っている。

 四四隻の駆逐艦も比較的艦型の新しいもので固めている。

 その太平洋艦隊が正面からの殴り合いで連合艦隊に後れを取るはずがない。

 その大戦力はハルゼー提督に勇気と安心を与え、それと同時に戦意をこれ以上無いほどまでに高めてくれる。


 「キル、ジャップス!」


 ハルゼー提督は胸中でいつもの言葉を吐く。

 それは、自身への叱咤であり、激戦の中へ身を投じる攻撃隊搭乗員らへのエールでもあった。

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