第26話 索敵

 「あと一〇分程で折り返し点だ」


 一式艦偵を操縦するペアの一飛曹に声をかけつつ飛曹長はハズレくじを引いたかなと少しばかり落胆する。

 第一航空艦隊と第二航空艦隊はこの日、夜明け前に一二機の一式艦偵を索敵に放ち、さらに三〇分後に同じ数の同機体を発進させた。

 索敵法としては一般的な二段索敵だ。

 仮に索敵第一段の偵察機が敵を見落としても第二段の機体がこれを拾う。

 そのうえ、飛曹長が聞いたところでは午後にも同じく一二機の一式艦偵を出す予定だという。

 一航艦と二航艦の九隻の空母にはそれぞれ六機の一式艦偵が搭載されているから機体のやりくりには余裕がある。


 だが、それでも飛曹長からすれば、少しばかりやりすぎのような気がしてならない。

 一式艦偵はこれまでの九七艦攻や九七艦偵と違い電探を搭載している。

 目視だけに頼った従来の機体とは一線を画す探知能力を有しているから、これほどまでの数の機体を出す必要はないのではないか。

 しかし、一方で探知能力が向上した代わりに搭乗員の負担も増えた。

 特に後席のそれは顕著だ。

 三座から複座になったことで、これまで二人でこなしていた業務を一人でやらなければならなくなった。

 偵察や航法、それに電探の操作まで一人で抱え込むのだから忙しいことこのうえない。

 電探の表示画面をにらみつつ目視による全周警戒、さらにその合間に航法チャートに必要事項を記入したり必要な計算をしたりするから時間が経つのもあっという間だ。

 それでも、敵を発見することが出来ればその苦労も報われる。

 だが、そのような幸運に恵まれるのは一二機ある一式艦偵のうちの一機かあるいはせいぜい二機までの話だろう。


 その索敵線のうち、敵艦隊を発見できる確率が高い中央の部分は士官搭乗員が機長のペアが担当している。


 敵艦隊がいそうな場所ほど危険度が高くなるのは当たり前だ。

 だから、危険な索敵線こそ士官搭乗員が担当する。

 いわゆるノブレス・オブリージュとかいうやつらしいのだが、うがった見方をすれば士官搭乗員に優先して手柄を挙げさせようとしているとも思えなくもない。

 それゆえ、自分たちのような准士官や下士官のペアは索敵線の中でも敵艦隊との遭遇確率が低い外側の索敵線を飛ぶことが多い。

 安全なのはそれはそれで有り難いことではあるのだが、飛曹長とすれば不満が無いといえば嘘になる。

 やはり偵察機の搭乗員になった以上、第一発見にはこだわりたい。

 それに、うぬぼれるわけではないが、自分たちのペアは海軍航空隊の中でも最高峰の技量を持つと自負している。

 まあ、それを言ってしまえば一式艦偵のペアはいずれもが選りすぐりのエースたちばかりなのだが。

 何せ、たった一機で必要とされる情報を求めて敵中深く切り込んでいくのだ。

 いつ敵に襲撃されるか分からない中、低速で貧弱な武装しかない一式艦偵で偵察任務に携わるペアは技量とともに相当な胆力が要求される。

 どのような危機に際しても沈着冷静に対処できる機転と、なによりどんなことをしてでも情報を持ち帰るという不屈の闘志が必要だ。


 だから、一式艦偵のペアは技量優秀で素行優良、それに命令に忠実な者が選抜される。

 すでに、母艦航空隊の偵察隊は海軍航空の中でも最も優れたエース部隊としての評判も定着している。

 いささか、自画自賛な感情を抱きつつ、飛曹長はその視線を全周警戒のそれから電探表示画面に戻す。

 その瞬間、飛曹長は息を飲むとともに目を凝らす。

 二度確認した。

 間違いない。


 「電探に感。進行方向やや左だ。機首を一一時の方向へ向けろ」


 飛曹長の命令に一飛曹が機体を加速させつつ左方向へ機首を向ける。

 少しでも早く敵を確認する、それになにより素早く逃げるための下準備だ。

 残念ながら、零戦と違って機外アンテナなどの突起物が多い一式艦偵は加速こそトルクの太い火星発動機のおかげでそれなりだが、一方で最高速度は四〇〇キロを少し超える程度だから、戦闘機に比べて明らかに劣速だ。

 だから、最初から少しでも速度を上げておく。

 ここまでくれば、燃費の悪化などは些細な問題だ。


 やがて、飛曹長と一飛曹は眼下に敵艦隊を発見する。

 すかさず飛曹長は敵艦隊を発見したことと、その位置だけを打電する。

 敵の数や艦種識別、それに速度や進撃方向の情報は後回しだ。

 まずは敵が存在すること、それを伝えるのが最優先だとふだんから耳にタコができるくらいに徹底的に教え込まれている。


 飛曹長が打電終了を合図するとともに一飛曹が発見した敵の艦種を告げてくる。

 一飛曹は飛曹長が打電しているわずかな間に全周警戒を行いつつ、敵の艦種の確認をしてくれていたのだ。


 「戦艦六からなる一群、さらにその後方に空母三からなる一群」


 飛曹長はこれまでの付き合いのなかで、一飛曹は少しばかり口数が少ないというか説明不足なきらいがあったものの、その技量と人間性は十分に信頼していた。

 だから、端的な一飛曹の言葉をそのまま飛曹長は打電する。

 その最中、機体が急に傾く。

 それと同時に、一飛曹の「逃げます」という切迫を含んだ声が飛曹長の耳に飛び込んでくる。

 おそらく敵の迎撃機が迫ってきているのだろう。

 相変わらず口数が足りないが、それでも意味は十分に通じる。

 操縦と全周警戒はもちろん、自身の命すらもペアに委ねつつ飛曹長は打鍵に専念した。

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