第25話 ハルゼー提督

 マーシャルがもぬけの殻だったことに対してハルゼー提督はさほど意外さは感じなかった。

 戦艦一二隻に空母五隻を基幹とする世界最強の太平洋艦隊が押し寄せて来たのだ。

 他にも一四隻ある巡洋艦は、そのいずれもが重巡洋艦かあるいはそれに匹敵する戦力を持つ「ブルックリン」級軽巡洋艦だ。

 駆逐艦もまた新型の粒ぞろいだ。

 五隻の空母に搭載された艦上機は予備の機体を含めれば四〇〇機近くにのぼる。

 尋常一様な戦力でこれらに対抗することなど不可能だ。

 太平洋艦隊という戦力差が隔絶した相手に戦いを挑んでもいたずらに損害を増やすだけでメリットはほとんど無い。

 日本軍はそう判断したのだろう。

 口にこそ出さないが、ハルゼー提督は合理的な選択をした日本軍を少しばかり見直していた。


 だが、一方でハルゼー提督は怪訝に思うこともある。

 日本の連合艦隊がすでに出撃し、こちらに向かってきているという情報があったからだ。

 もし仮に、連合艦隊が太平洋艦隊との決戦をこの地で希求するのであれば、戦わずしてマーシャルを放棄したのはいささか矛盾しているような気がしないでもない。

 ここマーシャルには複数の飛行場があり、かなりの数の航空機を配備することが可能だったはずだ。

 つまり、ここに有力な航空隊を進出させておけば、太平洋艦隊に勝てないまでもある程度はこちらの航空戦力を削ることが出来た。

 一〇〇機程度の戦闘機を用意しておけたなら、こちらの艦上機もまったくの無傷とはいかなかっただろう。

 もちろん、日本軍もそれに倍する被害は覚悟しなければならないが。

 だがしかし、日本軍はそれをやらなかった。


 「あるいは、出来なかったのか」


 日本海軍は現在、南方資源地帯の攻略に相当な戦力を出しているとハルゼー提督は聞いている。

 戦艦だけでも「長門」型と「金剛」型が合わせて六隻、それ以外にも「高雄」型重巡をはじめとした有力艦艇が相当数南方戦域の広い範囲に分散して連合国艦隊と対峙している。

 さらに、フィリピンやマレーには極めて有力な日本の航空戦力が展開していることも分かっている。

 現状、日本海軍は南方戦域と太平洋の二正面作戦を強いられている格好だ。


 一方で、太平洋艦隊はマーシャルへ向けて戦力のそのほとんどを集中している。

 敵の分力を我が全力で叩くという理想的な状況だ。

 ハルゼー提督は敵の日本軍の立場になって考えてみる。

 そうなると、例えばマーシャルの防衛をあきらめてトラックかあるいはパラオに戦力を集中して反撃密度を上げるという選択肢もある。

 トラックはマーシャル以上に基地としての設備が充実しているし、そのうえマリアナやパラオからも支援が受けやすい位置にある。

 だが、連合艦隊はトラックよりさらに東進してこちらに向かってきていることが友軍潜水艦によって確認されている。

 その連合艦隊の戦力の詳細は不明だが、「大和」型戦艦や複数の空母が含まれているというから連合艦隊の主力と見て間違いない。


 ハルゼー提督は彼らの考えが今ひとつよく理解できない。

 だが、それでも連中がトラックを超えて東進している以上、マーシャルを決戦場と定めているのだろう。

 一方、この連合艦隊の動きに対して戦艦「ウエストバージニア」に座乗するキンメル太平洋艦隊司令長官は、同艦隊がこちらに向かっているという情報が入ってきた時点で全艦隊の舳先を西へ向けさせた。

 キンメル長官からすれば、連合艦隊との決戦は望むところなのだろう。

 だが、一方でキンメル長官は上陸船団を後方に下げさせた。

 キンメル長官がとった措置をハルゼー提督は妥当なものだと思っている。

 正面からぶつかれば太平洋艦隊が負ける心配はないが、それでも連合艦隊が戦闘を避けて上陸船団に襲いかからないとも限らない。

 英国や日本の戦艦が中速中防御志向なのに対して米国のそれは低速重防御だ。

 新型戦艦の「ノースカロライナ」級であれば二七乃至二八ノット程度の速度発揮が可能だが、旧式戦艦はいずれも二〇ノットをわずかに上回る程度でしかない。

 一方で「大和」型戦艦は二八乃至二九ノット、いまだ未確認の超甲巡に至っては最低でも三〇ノット以上と見積もられている。


 だから、太平洋艦隊の戦艦部隊が連合艦隊の戦艦にスルーされてしまうとその速度差から追いつくのは無理だった。

 もちろん、上陸部隊にもそれなりの数の巡洋艦と駆逐艦を護衛に配してはいる。

 だが、これら戦力では「大和」型はもとより超甲巡でさえ対抗することは困難だろう。

 それに、空母を伴っていないから頭上はがら空きだった。

 ハルゼー提督としては、連合艦隊がそういった作戦をとってくるのであれば空母艦載機で叩くつもりだが、それでも万一ということもある。

 「大和」型戦艦、あるいは敵の空母の一隻でも撃ち漏らせば、上陸船団は極めて深刻な危機を迎える。


 「まあ、そうはさせんがな」


 このままいけば、明日の深夜か明後日の未明にはこちらの空襲圏内に連合艦隊を捕捉できると予想されている。

 まずは空母から大量の索敵機を出して連合艦隊の先制発見に務め、敵の詳細な戦力を見極めるとともに艦上機の大群によって一気に叩く。

 そして、混乱に陥った敵の艦隊にキンメル長官直率の戦艦部隊が殴り込みをかける。

 太平洋艦隊の必勝パターンに持ち込めば連合艦隊の全艦撃沈も夢ではないだろう。


 「首を洗って待っていろ、古賀」


 敵の指揮官の名前をつぶやきハルゼー提督は闘士を高める。

 最近になって連合艦隊司令長官に就任したその男は、日本海軍きっての航空主兵主義者だという。

 同じ主義を持つ者同士、相手にとって不足はない。

 ハルゼー提督はいつもの言葉を胸中でつぶやき、ふたたび己にはっぱを掛ける。


 「キル、ジャップス!」


 日米決戦の時は間近に迫っていた。

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