第24話 第一機動艦隊
ハワイ沖を哨戒中の伊号潜水艦から太平洋艦隊出撃の報を受けた古賀連合艦隊司令長官はただちに「あ号」作戦を発令、第一航空艦隊ならびに第二航空艦隊からなる第一機動艦隊を出撃させた。
第一機動艦隊
第一航空艦隊
「翔鶴」(零戦六〇、一式艦攻三六、一式艦偵六)
「瑞鶴」(零戦六〇、一式艦攻三六、一式艦偵六)
「神鶴」(零戦六〇、一式艦攻三六、一式艦偵六)
「蒼龍」(零戦三六、一式艦攻二四、一式艦偵六)
「飛龍」(零戦三六、一式艦攻二四、一式艦偵六)
戦艦「大和」「武蔵」「信濃」
重巡「熊野」「鈴谷」「最上」「三隈」
軽巡「矢矧」
駆逐艦「初風」「雪風」「天津風」「時津風」「浦風」「磯風」「浜風」「谷風」「野分」「嵐」「萩風」「舞風」「秋雲」「夕雲」「巻雲」「風雲」
第二航空艦隊
「赤城」(零戦三六、一式艦攻三六、一式艦偵六)
「加賀」(零戦三六、一式艦攻三六、一式艦偵六)
「隼鷹」(零戦三六、一式艦攻二四、一式艦偵六)
「飛鷹」(零戦三六、一式艦攻二四、一式艦偵六)
重巡「妙高」「羽黒」「足柄」「那智」「利根」「筑摩」
軽巡「酒匂」
駆逐艦「黒潮」「親潮」「早潮」「夏潮」「陽炎」「不知火」「霞」「霰」「朝潮」「大潮」「満潮」「荒潮」「朝雲」「山雲」「夏雲」「峰雲」
空母九隻に戦艦三隻、それに巡洋艦一二隻に駆逐艦三二隻からなる堂々たる戦力だった。
艦上機のほうも常用機だけで七二六機にのぼる。
このうち「大和」と「武蔵」、それに「信濃」の三隻の戦艦、それと「妙高」と「羽黒」、それに「足柄」と「那智」の四隻の重巡はそれぞれ第一艦隊と第二艦隊から臨時編入されていた。
そして、一航艦それに二航艦はともに空母の周囲を戦艦や重巡が取り囲み、さらにその外周を軽巡と駆逐艦が守る二重の輪形陣となっている。
一航艦は古賀長官が、二航艦は小沢長官が指揮を執り、古賀長官は「翔鶴」を、小沢長官は「赤城」をそれぞれ旗艦に定めていた。
防御力の高い装甲空母を擁する一航艦は前衛として二航艦の前方三〇浬に位置しており、二航艦の後方には補給部隊が控えている。
補給部隊は海上護衛総隊の旧式軽巡や駆逐艦、それに水上機母艦の護衛を伴っており、必要に応じて一航艦や二航艦の艦艇に燃料等を補給する。
空母「翔鶴」に将旗を掲げた古賀長官の目に同艦の前方を固める「大和」が映り込んでくる。
後部に三連装砲塔が二基あるそれは前世のものとは随分と印象が違って見える。
同じことは、「翔鶴」の艦橋でもいえる。
電探関連の機材が所狭しと並び、電探の操作員も艦橋の一等地ともいえる場所に陣取っていつでも敵の出現状況を報告できるようになっている。
さらに、敵情報を描くためのボードやリアルタイムに彼我の位置情報や戦力を把握できるように工夫された簡易の兵棋台と駒も用意されていた。
昔の水上艦同士の砲雷撃戦ならばともかく、航空機や潜水艦が飛躍的に発達した現代の三次元立体戦闘においては、頭の中だけで状況を整理するにはあまりにもその戦いは複雑化していた。
それに、一分一秒を争う洋上航空戦では逡巡している暇はない。
古賀長官にとっても情報のスムーズなフローの構築は何より有り難かった。
そして、これらを用意してくれたのは軍令部の宇垣次長だと古賀長官は聞いている。
彼は終戦のぎりぎりまで第五航空艦隊司令長官を務めていたから、その時の経験と教訓が活かされているのだろう。
その宇垣次長が言っていたことが思い起こされる。
「昭和一六年における我々の技術力は前世の昭和二〇年の水準すら上回っています。資源不足で代用素材を多用するしかなかったあの頃に比べれば信頼性は月とスッポンです。
確かに現世の零戦と前世の紫電改を比べれば諸元こそ紫電改のほうが上ですが万全の状態で戦に臨めた紫電改など数えるほどしかなかった。当時は発動機の不調や機体の工作精度不足などでずいぶんと歯がゆい思いをさせられたものです。ですが、今は違う。ISO規格のおかげで稼働率は高く、電探と無線を活用した航空管制の洗練度も前世のそれとは大違いです。
それに一航艦と二航艦の正規空母も九隻のうち五隻までが装甲空母ときている。旧一航艦に比べて第一機動艦隊のほうは空母の数が五割増し、艦上機のそれは八割増しです。しかも搭乗員はすべて一騎当千の熟練。敵に先手を取られることなく正面からぶつかり合えば我々の勝利は間違いありません」
陣頭指揮を執る自分を力づけてくれていたのか、はたまたプレッシャーをかけてくれていたのかは今となっては分からないが、宇垣次長は黄金仮面らしからぬ笑みと少しばかりの羨望の色を浮かべてそう言ってくれた。
おそらくそうなのだろう。
山本大臣も宇垣次長も本音を言えば、自ら艦隊を率いて太平洋艦隊との戦いに臨みたかったはずだ。
海軍軍人として、武人として、そして前世の記憶を持つ者として。
だが、自身の立場がそれを許さない。
山本大臣は井上次官とともに継戦派をはじめとした内なる外敵と戦い、宇垣次長は米内総長の後ろ盾を得て米英と戦うための知恵を絞る。
それは絶対に必要なことだ。
それゆえ、未来の記憶を持つ者の中で太平洋艦隊と戦える者は今は自分しかいない。
だから、古賀長官は国を守ることとは別に山本大臣と宇垣次長のためにもこの戦いは決して負けることはできないと思っている。
そんな古賀長官の思索に航空参謀の声が飛び込んでくる。
「哨戒機の発進準備が整いました」
対潜哨戒のために一式艦偵が夜明け直後から交代で艦隊の頭上から海中の刺客に目を光らせるのだ。
宇垣次長によれば、帝国海軍は戦争終盤、敵の潜水艦によってずいぶんと空母が食われてしまったという。
だから、古賀長官はくれぐれも敵潜水艦には気をつけるようにと宇垣次長に強く念押しされていた。
「よしっ、出せ」
命令からほどなくして複座の艦上機が飛行甲板を蹴って上空へと駆け上がっていく。
その様子を見ながら古賀長官は太平洋艦隊との決戦に向けてその思考を切り替える。
必勝を期す連合艦隊司令長官として、そして第一機動艦隊の指揮官として古賀長官にはなすべきことが山積していた。
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