マーシャル沖海戦

第23話 太平洋艦隊出撃

 開戦から三日も経てば、さすがに各戦線における状況もかなりの程度把握できるようになってくる。

 だがそれは、キンメル太平洋艦隊司令長官にとってはうれしくないニュースばかりだった。

 在比米航空軍は開戦劈頭、日本海軍の機動部隊の襲撃をうけ壊滅的ダメージを被った。

 特に戦闘機隊の被害は大きく、P40やP36は敵の戦闘機によって散々に打ち破られ、搭乗員のほとんどが戦死したらしい。


 その在比米航空軍を一蹴した日本の機動部隊はすでに帰国の途にあり、現在は台湾の基地航空隊がそれを引き継いで連日の夜間爆撃で飛行場の復旧を妨害しているという。

 他方、マレー沖では英海軍Z部隊の最新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウエールズ」と巡洋戦艦「レパルス」の二隻が一度に撃沈されるという驚天動地ともいうべき事態が起こっていた。

 そのうえ信じられないことに、英国の二戦艦はそのいずれもが航空機による攻撃によって沈められたとのことだ。

 戦艦以外の艦艇もすべて撃沈されるかあるいは鹵獲されたという。

 Z部隊が全滅してしまったために海戦の詳細は分からないのだが、当時傍受された無線から判断する限り、二隻の英戦艦はサイゴン基地に展開する日本軍の基地航空隊の攻撃によってやられたことだけは間違いないらしい。


 それと、キンメル長官にとって意外だったのは日本海軍が南方資源地帯攻略作戦に対して六隻もの戦艦を投入してきたことだった。

 このことで、最大戦力が重巡洋艦にしかすぎないうえにさらに数も少ない連合国艦隊は積極的な行動をとることが出来ずにいるという。

 また、六隻の戦艦以外にも「高雄」型や「古鷹」型といった重巡、それに旧式軽巡も多数確認され、それらを合わせると二〇隻近い巡洋艦が南方戦域で活動中とのことだ。

 それら艦艇による手厚い護衛の中、無傷で上陸作戦を完遂させた日本軍は各地で快進撃をみせ、連合国軍地上兵力はそのすべての戦線で押し込まれているらしい。


 圧倒的に友軍不利な状況の中、それでもキンメル長官は希望を捨ててはいない。

 昨年の「大和」ショック以降、太平洋艦隊は増強につぐ増強を重ねてきた。

 従来、大西洋艦隊と五分五分だった主力艦の戦力比は今では七対三かあるいは八対二となっている。

 巡洋艦や駆逐艦にしても新鋭艦を優先配備してもらったうえに数も増している。

 そして、今すぐに出撃すれば日本艦隊は南方作戦で作戦中の六隻の戦艦は太平洋正面では使えない。

 日本軍は三隻の「大和」型戦艦を除けば超甲巡と呼ばれる艦型不詳の巡洋戦艦しか残っていないはずだ。

 今、戦いを仕掛ければ、太平洋艦隊は相当有利な状況で日本艦隊とまみえることができる。


 それに、急ぐ必要があった。

 在比米軍の継戦能力は半年程度だと見積もられている。

 太平洋艦隊がハワイから出撃したとして、フィリピンに向かうまでの間にマーシャルやトラック、それにパラオといった日本軍の要衝を打ち破っていかなければならない。

 残された時間はあまりにも少なく、それゆえに失敗は許されない。

 もちろん、今出撃すれば、戦場でクリスマスを迎えてしまうのは分かっている。

 戦場でのメリークリスマスはあまりぞっとしないが、これも戦争だ。

 相手のあることだから仕方がない。


 「いや、違うか」


 キンメル長官は考えを改める。

 今出撃すれば、クリスマスを迎える頃には日本艦隊との決着もついているはずだ。

 もちろん太平洋艦隊の勝利で。


 「クリスマスと戦勝祝賀会を兼ねるのも悪くない」


 そう思い直し、キンメル長官は壁にある編成表をみやる。

 信頼を寄せる手練の将兵らが乗り込む自慢の艨艟たちの名がそこに記されていた。



 第一任務部隊

 戦艦「ウエストバージニア」「メリーランド」「コロラド」「テネシー」「カリフォルニア」「オクラホマ」

 軽巡二、駆逐艦一二


 第二任務部隊

 戦艦「ニューメキシコ」「ミシシッピー」「アイダホ」「ペンシルバニア」「アリゾナ」「ネバダ」

 軽巡二、駆逐艦一二


 第一六任務部隊

 空母「エンタープライズ」「サラトガ」「レキシントン」

 重巡六、駆逐艦一二


 第一七任務部隊

 空母「ヨークタウン」「ホーネット」

 重巡四、駆逐艦八



 戦艦が一二隻に空母が五隻、それに巡洋艦が一四隻に駆逐艦が四四隻の合わせて七五隻からなる堂々たる艦隊だ。

 これ以外にも上陸船団を守る護衛部隊があり、こちらも巡洋艦と駆逐艦を合わせて二〇隻余を数える。

 一方、予想される日本艦隊の主力は三隻の「大和」型戦艦と、いまだ未確認の超甲巡が同じく三隻、それに空母が六隻。

 巡洋艦については南方戦域で確認されていない「妙高」型重巡や「最上」型軽巡、それに艦型不詳の「利根」ならびに「筑摩」という重巡かあるいは大型軽巡とみられる艦を合わせて一〇隻程度。

 これらに三〇隻から四〇隻程度の駆逐艦が付き従うものと見積もられている。

 数においてこちらが有利だが、日本艦隊には「大和」という決定的な兵器がある。

 その強大さはいまや世界中に知れ渡っており、日本国民は「大和」と「武蔵」、それに「信濃」を国の誇りとして絶大なる信頼を寄せているとキンメル長官は聞いている。


 強大な決戦兵器。

 だが、それは裏を返せば決して失ってはならない戦力ともいえる。

 だから、自分たちが「大和」と「武蔵」、それに「信濃」をまとめて葬ってしまえば日本国民の戦意は一気に萎えるはずだ。

 キンメル長官は決意する。

 日本艦隊相手に圧倒的な勝利を挙げ、一気に戦争終結に導く。

 そして、それを可能にする力が太平洋艦隊にはある。


 「太平洋艦隊の出撃準備を急げ。目標はマーシャル。そこで一気に日本艦隊を撃滅する」


 いささか演技がかった声で幕僚らに命じるが、士気を鼓舞する演出をするのも責任者の務めだ。

 キンメル長官率いる太平洋艦隊が、米国最大の暴力装置が動き始めた。

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