第21話 マレー攻略部隊
日米が戦争の火蓋を切った一二月八日以降、日本軍は各地で快進撃を続けていた。
フィリピンの米航空軍は第二航空艦隊から発進した多数の零戦と一式艦攻によって大打撃を受け、マレーの英陸軍は帝国陸軍の猛攻によって敗走を続けている。
だが、そのような圧倒的に有利な状況の中でさえ、そこは戦争だから懸念材料には事欠かない。
現状、帝国陸海軍にとって最大のそれは英国の最新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウエールズ」と巡洋戦艦「レパルス」の動向であった。
戦艦二隻に軽巡一隻、それに八隻の駆逐艦からなるマレー攻略部隊を指揮するのは今年一一月に当人の予想よりもずいぶんと早く少将に昇進した木村昌福少将だった。
二個戦隊以上の戦力によって編成された立派な艦隊を率いるのだから司令長官と呼ばれることになるが、当の木村長官は違和感を抱かずにはいられない。
その木村長官だが、彼の同期のなかには兵学校や海軍大学での成績が良かったことでとっくに少将になっている者もいた。
だが、あいにく木村長官の学生時代の成績はアレだったから、今回の昇進については誰よりも彼自身が一番驚いていた。
そもそも、ハンモックナンバーが昇進に大いに影響を与えるはずの帝国海軍において木村長官の昇進は極めて異例なことなのだが、そこには山本海軍大臣の意向ならびに宇垣軍令部次長と古賀連合艦隊司令長官の推薦があったことは関係者以外に知る者はなかった。
宇垣次長と古賀長官は前世における木村少将の活躍と働きぶりをよく知っていたのだ。
それとともに、戦争という非常事態の中、従来のハンモックナンバーによる順送り人事とは決別し、これからは実力主義でいくという山本海軍大臣と井上次官の意志の発露でもあった。
一方で、山本大臣は「長門」と「陸奥」を指揮する第二戦隊司令官を木村長官よりも序列が下のこちらも新任少将に差し替えるなど、これまでの慣例に対しても一定の配慮も見せていた。
いくら絶大な権力を握っている山本大臣とはいえそこは海軍組織、軋轢は少ないほうがいいに決まっている。
そのマレー攻略部隊だが、臨時編成とはいえ戦艦一個戦隊に水雷一個戦隊の立派な艦隊だから通常は中将がその指揮を執る。
だが、マレー攻略部隊は南方部隊本隊の一支隊だという建前で人事権を握る山本大臣が少将でも可だと強引に押し切った。
一方、山本大臣からマレー攻略部隊の指揮を任された木村長官は、旗艦を「長門」や「陸奥」ではなく最新鋭軽巡の「能代」にそれを定めた。
マレー攻略部隊の中では最も新しいとはいえ、「能代」は軽巡洋艦にしか過ぎない。
通信設備こそ整ってはいるが、防御力に関して言えば「長門」や「陸奥」といった戦艦には遠く及ばない。
「自分は生粋の水雷屋だから『能代』で指揮を執ったほうがしっくり来る。戦艦の『長門』と『陸奥』については鉄砲屋の二戦隊司令官に任せたほうがうまくいくだろう。適材適所だよ。まあ、それを言えば劣等生だった俺が艦隊司令長官というのは矛盾しているがな」
旗艦を「長門」かあるいは「陸奥」にするよう進言する幕僚らに対し木村長官は笑ってそうこたえたという。
マレー攻略部隊
戦艦「長門」「陸奥」
軽巡「能代」
駆逐艦「海風」「山風」「江風」「涼風」「夕立」「村雨」「春雨」「五月雨」
木村長官にとってありがたかったのは、マレー攻略部隊の駆逐艦のそのいずれもが「白露」型であり、それらは帝国海軍にわずかに一六隻しかない次発装填装置を装備する艦であることだった。
一度に発射できる魚雷こそ五連装発射管二基を装備する「朝潮」型や「陽炎」型に及ばないものの、一方で「白露」型は次発装填装置を使うことで短時間のうちに一六本を放つことが出来るから、予備魚雷を持たないこれらよりも雷撃力は上だと言えた。
だが、それ以上に心強いのは古賀連合艦隊司令長官のおかげで敵戦力の概要を知っていることだった。
古賀長官によれば、自分たちが戦うべき相手は東洋艦隊のZ部隊で、それらは戦艦「プリンス・オブ・ウエールズ」と巡洋戦艦「レパルス」、それに三乃至四隻ほどの駆逐艦で編成されているとのことだ。
そして、それらが日本のマレー上陸作戦を妨害すべく出撃してくるという。
古賀長官がどのような手段でZ部隊のことを知ったのかは木村長官には分からないが、古賀長官が適当な事を言ったり大言壮語を吐いたりするような人間ではないことは木村長官も承知している。
それ故に、マレー攻略部隊に「長門」と「陸奥」という「大和」型を除けば最強戦艦が加えられたことも。
「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」
そんな言葉が木村長官の脳裏をかすめる。
そこへ伊六五潜から「レパルス」型戦艦二隻を発見したという第一報が入ってくる。
通常であれば、伊六五潜から第五潜水戦隊司令部、さらに潜水艦隊司令部や連合艦隊司令部を経由して伝えられるはずの情報をマレー攻略部隊は特例として当該海域の潜水艦から直接受信できる態勢とその許可を古賀長官から与えられていた。
伊六五潜が報告してきた敵艦隊の位置と進路は木村長官からみて合理的なものではなかった。
あるいは敵艦隊は情報が錯綜していることで混乱、迷走しているのかもしれない。
いずれにせよ、さほど遠くはなかった。
木村長官はただちに「能代」に搭載している零式水上偵察機をすべて(といっても二機だが)発進させる。
零式水上偵察機のうち一機はZ部隊が北上した場合、別の一機は南下した場合の予想未来位置にそれぞれ向かう。
敵も伊六五潜が発した電波には気づいているはずだから、その襲撃を避けるのであれば同じ位置にとどまっていることはまずあり得ない。
理想を言えば一機だけを出して残りは予備かあるいは接触維持のための交代の機体として手元に残しておきたいのだが、場合が場合だ。
それに、何かあったときには「長門」や「陸奥」の艦載機を使うといった代替手段もある。
「勝負時だ」
木村長官の中にある武人の勘がそう告げていた。
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