開戦

第18話 南方作戦

 昭和一六年一二月、国家最高指導層による戦争への決断がなされてなお、それでもわずかな望みにかけてその破局回避のための努力を続けている人たちがいる。

 世界の平和と安寧を心から願う善良な人々だ。


 「話せば分かる」


 大昔からあるそんな言葉を信じて、悲しいまでにか細くなった米国とのチャンネルを通じて彼の国に情理を訴え説き続けているのだ。

 だが、未来知識によってそれがかなわないことを知る連合艦隊司令長官の古賀大将は、そのような人たちに尊敬とともにある種の憐憫の情を抱く。

 もはや引き返すことなど不可能、とっくの昔に帰還不能限界点は突破してしまっているのだ。

 あるいは、最初から日米が戦争を避けることなど出来なかったのかもしれない。

 胸中に苦い思いを抱きつつ、古賀長官は壁に貼ってある編成表をみて意識を現実のそれに戻す。

 すでに山本大臣や井上次官がその裏で暗躍する海軍省も、米内総長や宇垣次長が取り仕切る軍令部も最悪の災厄に対応すべく動き出している。

 それは実戦部隊の連合艦隊司令部もまた同じだった。




 南方部隊本隊(全般作戦支援)

 戦艦「金剛」「榛名」

 重巡「高雄」「愛宕」「摩耶」「鳥海」

 軽巡「阿賀野」

 駆逐艦「白露」「時雨」「初春」「子日」「若葉」「初霜」「有明」「夕暮」「暁」「響」「雷」「電」


 フィリピン空襲部隊

 空母

 「赤城」(零戦三六、一式艦攻三六、一式艦偵六)

 「加賀」(零戦三六、一式艦攻三六、一式艦偵六)

 「蒼龍」(零戦三六、一式艦攻二四、一式艦偵六)

 「飛龍」(零戦三六、一式艦攻二四、一式艦偵六)

 「隼鷹」(零戦三六、一式艦攻二四、一式艦偵六)

 「飛鷹」(零戦三六、一式艦攻二四、一式艦偵六)

 重巡「利根」「筑摩」

 軽巡「酒匂」

 駆逐艦「黒潮」「親潮」「早潮」「夏潮」「陽炎」「不知火」「霞」「霰」「朝潮」「大潮」「満潮」「荒潮」「朝雲」「山雲」「夏雲」「峰雲」


 フィリピン攻略部隊

 戦艦「比叡」「霧島」

 重巡「青葉」「衣笠」「古鷹」「加古」

 駆逐艦「吹雪」「白雪」「初雪」「叢雲」「東雲」「薄雲」「白雲」「磯波」「浦波」「綾波」「敷波」「朝霧」「夕霧」「天霧」「狭霧」「朧」「曙」「漣」「潮」


 マレー攻略部隊

 戦艦「長門」「陸奥」

 軽巡「能代」

 駆逐艦「村雨」「夕立」「春雨」「五月雨」「海風」「山風」「江風」「涼風」


 ※他に海上護衛総隊から多数の旧式軽巡と旧式駆逐艦、それに水上機母艦などが船団護衛あるいは上陸支援任務にあたる。




 連合艦隊が保有する大半の艦艇がこの南方作戦に投入されていた。

 また、敵の反撃が軽微だと思われるギルバートやグアムの攻略については海上護衛総隊の旧式軽巡や旧式駆逐艦がこれにあたる。

 当初予定されていたウェーク島については、とある思惑からその攻略は延期となった。

 その一方で、「大和」型戦艦や「翔鶴」型空母といった最新鋭主力艦はこの作戦には参加していない。

 「翔鶴」型の三隻はきたるべき太平洋艦隊との決戦までは秘密兵器として秘匿しておきたかったし、「大和」型のほうはこれを南方作戦に投入してしまっては本土ががら空きになってしまう。

 これら一連の措置は、主に山本大臣からの要望によるものだった。

 かつて空母「ホーネット」とその搭載機のB25による帝都空襲は、ミッドウェー海戦とともにいまだに山本大臣のトラウマになっているのかもしれない。


 そんなことを思いつつ、古賀長官は編成表にある三隻の軽巡に苦笑する。

 「阿賀野」ならびに「能代」と「酒匂」、それと南方作戦には参加しないが他に「矢矧」がある。

 これら四隻の「阿賀野」型軽巡は本来であればいずれも開戦してからの完成になるはずだった。

 だが、「マル三計画」当時の山本中将が「大和」の建造費を出すことで鉄砲屋ばかりを優遇していると思われるのもアレなので、水雷屋のご機嫌とりに四隻の軽巡の建造予算もまた海軍に献納したのだ。

 四隻合わせて一億円を少しばかり超えるから結構な出費だ。

 古賀長官は、あの好き勝手が服を着て歩いているような御仁でもそれなりに人間関係には気を遣うのだと思うと少しおかしかった。


 ただ、さすがに山本中将もただで水雷屋のご機嫌取りをするはずもなく、四隻の「阿賀野」型軽巡にはかなりの部分で彼の意が反映されていた。

 主砲は当初一五センチ砲六門だったのが九八式一〇センチ高角砲八門とされ、さらに舷側の八センチ高角砲も補給や運用の効率化から一〇センチのそれに変更された。

 このことで、対艦打撃力はいくぶん低下したものの、それと引き換えに長一〇センチ高角砲を合わせて一二門装備することで対空戦闘力は劇的に向上している。

 四隻の「阿賀野」型軽巡はその船体サイズゆえに数に限りがある大型の造修施設でなくても建造できることから、失業対策と造船所の技術向上を兼ねて主に東北をはじめとした経済的に困窮している地方の造船所で優先的に建造されていた。

 そして、それら四隻が完成したのはつい半年前のことだから、まだピカピカの新造艦だ。


 他方、五五〇〇トン型をはじめとした一七隻の旧式軽巡の姿はすでに連合艦隊の編成表には無い。

 こちらは「睦月」型以前の旧式駆逐艦ならびに二等駆逐艦とともに新しく編組された海上護衛総隊に組み込まれたのだ。

 海上護衛総隊は主に海上交通路の維持を目的として編成された組織で、旧式軽巡はいずれも主砲を全廃して高角砲や機銃を増備し、駆逐艦は主砲とともに魚雷発射管の一部を撤去して同じく対空兵装を増強している。

 これら艦はそのいずれもが船体や機関に可能な限りの静音対策を施し、最新の聴音機やソナーを装備することでそれなりに有力な対潜艦艇となっていた。

 また、海上護衛総隊は北方艦隊や支那方面艦隊といった部隊も組み込んで船団護衛や海上交通線の維持、それに近海警備や哨戒任務にも携わる。


 一方、南方作戦に参加する連合艦隊の部隊の中で、フィリピン空襲部隊だけは同地に展開する米航空軍を撃滅したと判断した時点で急ぎ本土に戻る。

 南方作戦に参加する駆逐艦については「白露」型以前の比較的旧式のものが多いが、フィリピン空襲部隊だけは「朝潮」型か「陽炎」型の最新鋭駆逐艦で編成されていた。

 その「朝潮」型と「陽炎」型は条約明け後に何ら制限を課されることなく建造されたことで肥大化し、三〇〇〇トン級の大型駆逐艦となった。

 一隻あたりの建造費も二〇〇〇トン程度のものであれば一〇〇〇万円で収まるところを「朝潮」型や「陽炎」型は一三〇〇万円以上もかかる。

 しかし、大きければその分だけ武装もそれに応じて強力なものが積めるし、居住性も良くなることはあっても悪くなることはない。

 それに、航洋性もよくなるし、応急指揮設備の充実も図れる。


 実際に一〇〇〇トン程度の小型駆逐艦だと外洋において少し天候が荒れただけで波やうねりに翻弄されてしまい、持ち味の高速発揮など出来たものではなかったし、航続距離も短いから頻繁な補給が必要となる。

 それゆえ、さまざまな理由で駆逐艦という艦種は時代とともにどんどん大型化していった。

 しかし、一方で駆逐艦という艦種は数が必要だから一隻当たりの予算も厳しく制限される。

 国家予算も軍事予算も無尽蔵ではないのだ。

 そのジレンマを解決できる唯一の処方箋は矛盾するようだがやはり「金」しかない。

 金さえあれば、大型で高性能な駆逐艦の数を揃えることができる。

 条件次第によっては外国に造らせることだって可能だ。

 そして、軍縮条約明け後にそれをやってのけた海軍が世界で一つだけあった。

 「山本マネー」で増強著しい帝国海軍だった。


 それまでの「初春」型や「白露」型といった軍縮条約の制限に縛られた駆逐艦と違い、なんら掣肘をうけることなく建造されたのが「朝潮」型であり「陽炎」型であった。

 主砲は連装高角砲四基八門で、「朝潮」型は八九式一二・七センチ高角砲が、「陽炎」型は量産が軌道に乗ったばかりの九八式一〇センチ高角砲が装備されている。

 それらは平射砲に比べて一門当たりの対艦打撃能力は劣る。

 だが、従来の駆逐艦が四門から六門程度だったのを八門装備することでその劣勢を補い、そのことで前方火力は倍の四門になったことから以前のものよりもその戦力は増大していた。

 それに高角砲だから、従来の駆逐艦のそれとは比較にならない対空能力を備えることにもなる。


 また、駆逐艦にとっての決戦兵器である魚雷は五連装発射管を二基備え、このことで一〇本の九三式酸素魚雷を一度に発射できた。

 水雷屋の中には高角砲を減らし、その代わりに魚雷発射管を増備して片舷一五線にするか、あるいはそれが無理なら次発装填装置と予備魚雷を積んで二段攻撃が可能になるよう要望する者もいた。

 しかし、当時のスポンサー殿はさすがにそれは却下していた。

 今後の航空機の進歩を考えれば対空火器を増やすことはあっても減らすことなど考えられないし、なにより魚雷戦を仕掛ける前に敵機に沈められてしまっては元も子もない。

 実際、一発の爆弾で容易に戦力を奪われてしまうのが駆逐艦という艦種なのだ。


 多少のすったもんだはあったものの、結局はいつも通りに金を出す人間の意見が通り、「朝潮」型や「陽炎」型はいずれも対空、対潜、それに対艦攻撃能力についてバランスの取れた艦となった。

 それらは大型化した一方で、量産性もそれなりに配慮されており、船体は可能な限り直線基調とし溶接を多用、さらに主缶も一缶当たりの力量を抑えた製造容易なものを搭載している。

 そして、その「朝潮」型や「陽炎」型が配備されているフィリピン空襲部隊こそが日米戦の先陣を切るはずだった。




 <メモ>


 「朝潮」型(他に同型艦九隻)

 ※数字は新造時のもの

 全長一三八メートル、全幅一二メートル

 基準排水量 三〇〇〇トン

 四缶二軸六〇〇〇〇馬力、三五ノット

 八九式一二・七センチ連装高角砲四基八門

 二五ミリ三連装機銃二基

 六一センチ五連装魚雷発射管二基(予備魚雷無し)

 「朝潮」型は戦艦や空母、それに巡洋艦とともに艦隊行動が出来るよう一八ノットで八〇〇〇浬という長大な航続距離を持つ。

 また、強力な水雷兵装と従来の駆逐艦に比べて格段に強化された対空能力、さらに最新の対潜装備を備えたことで対艦、対空、対潜にバランスの取れた艦隊のワークホースとなった。

 製造のネックになる機関について、缶は戦時急造艦にも搭載できるよう若干の燃費性能ならびに力量の低下を忍んで量産容易なものが搭載されている。

 シフト配置とされた機関は損傷時における抗堪性と生存性を高めることに寄与している。

 さらに、船体の大型化に伴って居住性も向上しており、充実した応急指揮装置の導入と相まってスペックに現れにくい性能の向上も図っている。

 「朝潮」型に続いて主砲をより高性能の九八式一〇センチ高角砲とした次級の「陽炎」型も続々と竣工している。

 両艦型ともに時代の趨勢に合わせて爆雷や機銃を逐次増強し、二五ミリ単装機銃を二〇丁以上増備する艦まで現れることになる。

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