第16話 新型艦攻

 頭でっかちの機体が山本大将と古賀中将、それに宇垣少将の頭上を航過していく。

 偉大なるスポンサー様に向けたデモ飛行中の一二試艦上攻撃機だ。

 九七艦攻の後継艦上攻撃機として採用も内定し、関係者の間ではすでに一式艦攻という呼び名が定着している。


 その一式艦攻の機首が太い理由は四二リットルという大排気量発動機の火星を搭載しているためだ。

 チューニングを馬力よりもトルク指向に振ってなお一五〇〇馬力を叩き出す火星は、現時点において最も高出力を誇る発動機だった。

 一式艦攻が思いのほか早く開発が進んだのは九七艦攻をベースにしていたことと、最初から火星発動機の搭載を指定していたことだ。

 他にも用兵側の過剰ともいえる航続距離や低翼面荷重の要求を緩和し、最高速度も四〇〇キロ超と控えめにしたこと、それになにより「山本マネー」によって潤沢な開発費が供給されたことも大きい。

 一式艦攻は速度性能や航続性能を妥協する一方で、防弾装備の充実や後方機銃を従来の七・七ミリのそれから一二・七ミリへと強化、さらに九七艦攻には無かった翼内機銃を左翼に一丁装備するなど防御力の向上を図っている。


 その一式艦攻はこれまで海軍の主力艦上攻撃機だった九七艦攻に比べて大柄な発動機を積んだために全長は一メール近くも伸び、逆に翼幅のほうはわずかだが短くなった。

 それと、従来の九六艦攻や九七艦攻はそれぞれ三座だったのが一式艦攻では複座となり、その分だけ機体を軽く出来た。

 だが、当然のこととして搭乗員、特に後席の偵察員はやたらに忙しくなった。

 まあ、複座の艦爆乗りから見ればこれが当たり前で、むしろこれまで艦攻乗りの連中こそが人数が多くて楽をしすぎていたのだという冷めた見方もあったのだが。


 その一式艦攻が腹に抱えているのはこれまで見慣れた爆弾や魚雷ではなく、細長い砲弾に翼が生えたような形をしたものだった。

 それは無線誘導方式による空対艦誘導弾、海軍で言うところの「奮龍一型」であった。

 この開発のきっかけは前世における急降下爆撃機の損耗率の高さを知る山本大将と宇垣少将の意向によるものだ。

 昭和一七年半ば以降、米海軍艦艇の著しく増強された対空火器によって九九艦爆による急降下爆撃はその投弾前に被弾して撃墜されてしまうケースが相次いだ。


 名前から連想されるイメージとはうらはらに、低空で引き起こしを必要とする急降下爆撃は、ダイブブレーキを利かせながら低速で敵艦上空数百メートルまで肉薄するという極めて危険な爆撃法でもあった。

 高い命中率と引き換えに爆撃途中で撃ち墜とされる危険もまた極めて高かったのだ。

 そのことで、帝国海軍の空母部隊はあっという間に急降下爆撃機の搭乗員をすり潰すことになってしまう。

 急降下爆撃という戦術が敵に通用したのは開戦からせいぜい半年か、どんなに甘く見積もっても一年程度でしかなかった。

 もちろん、防弾装備を充実させた急降下爆撃機を開発してそれを投入すればある程度は損耗率を引き下げることも可能かもしれない。

 しかし、それもしょせんは対処療法にしか過ぎなかっただろう。

 いかに防弾装備を施そうとも、高角砲弾の破片ならばともかく、米軍が誇る二〇ミリ機銃弾や四〇ミリ機関砲弾をまともに食らえばよほど当たり所に恵まれない限りはまず助からない。

 だから、急降下爆撃に代わる命中率の高い攻撃手段が必要だった。


 そこで、宇垣少将が前世の記憶を引っ張り出し、反跳爆撃や誘導弾の開発を提案した。

 ならば、ついでとばかりに山本大将はその誘導方法について一般から広く意見を募った。

 将来有望な分野だったせいか、あるいは高額な賞金目当てか、それとも誘導兵器という未来的な響きを持つ言葉が関係者らの琴線に触れたのか、わずかな公募期間にもかかわらず本職の軍人や技術者、それに市井の軍事愛好家らから多様な意見が集まった。


 従来の無人標的機の技術を活かして無線操縦できる誘導弾、あるいは赤外線シーカーのようなものを開発して熱を排出する敵艦目掛けて落下する爆弾、さらに音響追跡機構を搭載して敵艦が出す音を目標に航走する音響追尾魚雷。

 様々な提案や提言が寄せられた中で、当時の山本少将は見込みのあるものに対して多額の援助を行った。

 それが昭和六年のことで、当時の山本少将と宇垣中佐はすでにこの頃には互いの正体を知り、将来確実に起こるであろう戦争への備えを進めていたのだ。


 昭和六年当時の科学力では空想だと思われていたアイデアだが、それでも一〇年近い歳月と潤沢な資金があれば形になるものも出てくる。

 時代が進むとともに、アイデアもさらに多様化し、現在では爆弾に電探を積んでそれが探知した目標に向けて自動的に向きを変えて突っ込んでいく完全なファイア・アンド・フォーゲットもその開発に目処が立ちつつある。

 そして、それらの中で真っ先に形になったのが反跳爆撃と従来技術の延長で開発することが出来た電波誘導方式の空対艦誘導弾だった。


 反跳爆撃については爆弾の形状や投下時の速度の研究といったものが比較的順調に進む。

 投石の水切りの応用だから、十分な予算と人員をつけて実験を数多くやればさほど困難なことではない。

 一方、誘導弾については当面は誘導電波による手動指令照準線一致誘導方式とした。

 現行機種で言えば、例えば一式艦攻の場合は後部座席の偵察員がジョイスティックを使って敵艦に狙いをつける。

 当然、その開発については無線誘導技術が必要になるが、海軍ではすでに無線誘導による標的機のノウハウをそれなりに積んでいたのでその分野については割とスムーズに開発が進んだ。


 この誘導弾開発計画については、どこでこのことを聞きつけたのかは分からないが、陸軍がこの話に乗せてほしいと申し入れてきた。

 宇垣少将によると、前世ではむしろ誘導弾の開発については陸軍の方が進んでいたそうだから、そうであれば共同開発によるメリットは大きいと山本大将が判断したことで陸軍も途中からこれらの開発に携わることになった。


 誘導弾について、海軍では艦攻に搭載できることが前提なので、それなりの大きさと重量に収めなければならない。

 一式艦攻の場合、トルクの太い火星発動機を積んだおかげで従来の九六艦攻や九七艦攻よりも爆弾搭載量が増えて一〇〇〇キロまでの爆弾かあるいは魚雷であれば装備が可能だった。

 そのことから、「奮龍一型」は弾頭重量が五〇〇キロで全体重量も一〇〇〇キロ程度とすることに決まった。


 一方の陸軍はこの噴進弾に二つのバリエーションを持たせ、「イ号一型甲無線誘導弾」と名付けられたものは重爆での運用とし八〇〇キロ爆弾を搭載、「イ号一型乙無線誘導弾」のほうは軽爆に使用され、こちらは三〇〇キロ爆弾を搭載する。

 総重量は「イ号一型甲無線誘導弾」で約一四〇〇キロ、「イ号一型乙無線誘導弾」のほうは七〇〇キロ近くに達する。

 陸軍としては戦車や輸送車両、それに橋梁やトーチカといった様々な目標に使用することを想定しているから、どうしても大小二つのバリエーションが必要だった。

 逆に海軍のほうは狭い艦内に複数のサイズの誘導弾を収容することが難しく「奮龍一型」の一種類のみとなっている。


 これら誘導弾は軍民を問わずあらゆる分野の技術者が手を携えて開発にあたったことと、その開発着手時期が早かったことで一式艦攻とともに開戦前に実用化にこぎつけることができた。

 奮龍の母機となる一式艦攻については誘導弾以外にも炸薬量を大幅に増やした一〇〇〇キロ魚雷や戦艦「長門」の主砲弾を改造した八〇〇キロ徹甲爆弾が搭載できる。

 また、新型の投下器によって二五番なら四発、六番なら翼下のそれと合わせて一六発が搭載できた。


 その一式艦攻が山本大将と古賀中将、それに宇垣少将の見ている前で腹に抱えていた奮龍を放つ。

 炎と煙を吐きながらその奮龍は狙い過たず標的に命中、盛大な爆煙をあげた。

 新しく戦列に加わりつつある一式艦攻と奮龍。

 それらは開戦時における帝国海軍のまぎれもない決戦兵器のひとつだった。


 だが、それ以上の切り札が一式艦攻にわずかに遅れて登場する。

 一式艦攻に電探を搭載した一式艦偵だった。

 「一式空六号無線電信機」という秘匿名称を持つ対空対艦電探は「山本マネー」による潤沢な開発予算と金に糸目をつけない最高のパーツで造られた、当時としては世界最高水準の性能を誇るものだった。

 未来の知識による先読みで本格的な研究着手がどの国よりも早く、そのうえ他国よりも一桁多い研究予算と人員を投じたことで「一式空六号無線電信機」はこの時期で単発機に余裕で搭載できる軽量コンパクト化とともに十分な信頼性も獲得していた。

 そして、この一式艦偵は従来の索敵や対潜哨戒のみならず、電探と無線を活用した戦術指揮機や夜間戦闘機といったバリエーションまで存在する。

 これまでとはうって変わって情報や通信、それに索敵を重視するようになった帝国海軍、それを象徴するような機体だった。

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