第13話 合衆国海軍

 太平洋艦隊司令長官のキンメル大将が日本海軍に対して抱いていた危惧は、どうやら合衆国海軍上層部も共有していたようだった。

 キンメル長官の呼びかけで開かれた会議の中で、彼は日本海軍が整備しようとしている戦力が自身が想像していた以上に大規模なものであったことを上層部から知らされる。


 昨年その姿を現した超巨大戦艦「大和」型の二番艦と三番艦については、これら二隻はともに近日中に竣工し、二番艦は「武蔵」、三番艦は「信濃」という名前になるという。

 そして、彼女ら三姉妹が進水した直後に同等かあるいはそれ以上の長さを持つキールがすぐに据え付けられたことが最近になって判明している。

 このことについて、情報部ではこれを「大和」型の四、五、六番艦ではないかと判断しているらしい。

 また、この四番艦から六番艦については一八インチ三連装砲塔ではなく二〇インチ連装砲塔が装備される可能性があることも指摘されている。


 一連の話を聞いたキンメル長官は目眩がする思いだった。

 「大和」型三隻だけでも頭が痛いのに、日本海軍はこれに加えてとっくの昔にさらなる三隻の「大和」型の追加建造に着手しており、そのうえそれらが二〇インチ、つまりは五〇センチ砲を装備する改良型になるかもしれないというのだ。

 五〇センチ砲ともなれば、その砲弾重量は二トンに達するはずだ。

 キンメル長官にとってわずかに救いだったのは、「大和」型四、五、六番艦の就役がどんなに頑張っても一九四三年半ば以降になるということだった。

 そのころにはこちらも三五〇〇〇トン級戦艦六隻に加えて、建造を加速している六隻の四五〇〇〇トン級高速戦艦のうちの何隻かは完成しているはずだし、新型空母や新型巡洋艦、それに新型駆逐艦もそれなりの数が揃っているはずだから戦いようはある。


 だが、そんな先の話よりもまずは現状への対応だった。

 日本海軍はこの春には「大和」型が三隻、これに従来の「長門」型二隻と「金剛」型四隻の合わせて九隻の戦艦を保有することになる。

 「伊勢」や「日向」、それに「山城」や「扶桑」といった旧式戦艦はすでに後戻り出来ない状態まで解体が進んでおり、これらが復帰する心配はないらしい。

 一方、太平洋艦隊に配備されている戦艦は「コロラド」級と「テネシー」級、それに「ペンシルバニア」級に「オクラホマ」級の合わせて九隻。

 数の上では互角だ。

 だが、質では勝負にならない。

 日本海軍は九隻のうちの三隻までが新型戦艦であるのに対し太平洋艦隊はそれが一隻も無い。

 しかも、日本の新型戦艦はいずれも七万トンから八万トンの排水量を誇るモンスターだ。

 正面からぶつかれば、太平洋艦隊の敗北は必定だ。


 さらに、追い打ちをかけるようにキンメル長官に嫌な情報が告げられる。

 横須賀と神戸、それに長崎で建造されている大型艦は、実は一二インチ砲を九門搭載する巡洋戦艦だと情報部が判断しているという内容だった。

 日本海軍ではこれを超甲巡と呼称しているらしい。

 これについて、キンメル長官は海軍上層部の面々に対してその三隻は実は超甲巡ではなく空母ではないかという自身の考えを開陳する。

 あの、航空主兵主義者の山本が資金提供しているのだから、空母以外には考えられない、と。


 だが、ここでキンメル長官は意外な事実を知らされる。

 日本の民間造船所で建造が進められている大型貨客船が実は空母として建造され、間もなく完成するかあるいはすでに竣工しているということだった。

 貨客船として建造している途中で空母への改造がなされたのか、あるいは最初から空母として建造されたのかまでは分からないが、それが一隻ではなく二隻もあるのだという。

 名前も「隼鷹」と「飛鷹」だと判明しているから、これは確度一〇〇パーセントの情報と見て間違いないとのことだった。


 このことで、キンメル長官は合点がいった。

 なぜ、情報部が横須賀と神戸、それに長崎で建造されている大型艦が巡洋戦艦だと判断したのかを。

 もし、横須賀と神戸、それに長崎で建造されている大型艦が空母だった場合、それらが完成すれば日本海軍は戦艦九隻に対し空母もまた九隻となる。

 日本の山本の思惑はともかく、大艦巨砲主義者のキンメル長官にとってこの編成はいささかバランスの悪いものに思える。

 米国は現在一五隻の戦艦と六隻の正規空母を擁しているが、もし日本が米国を仮想敵としているのであれば、空母を減らして戦艦を増強すべきだ。


 だが、もし横須賀と神戸、それに長崎で建造されている大型艦が巡洋戦艦であれば、戦艦が一二隻に空母が六隻となるから、対米戦を考えた場合はこちらのほうがバランスがとれた戦力といえる。


 それと、上層部の連中がなぜ米国であれば大型巡洋艦と類別されるはずの日本の三隻の艦を超甲巡とは呼ばずに巡洋戦艦と呼んでいるのかはキンメル長官にもおおよその想像はついた。

 日本海軍が言うところの超甲巡とはつまりは重巡洋艦を超える大型巡洋艦という意味らしい。

 だが、排水量と備砲をみれば、これはもう巡洋戦艦といって差し支えない。

 それに、大型巡洋艦と巡洋戦艦、つまり大きな巡洋艦と脚の速い戦艦とでは一般人が受けるイメージは大きく違う。

 仮想敵である日本海軍を強大に見せておけば海軍予算も通りやすいはずだ。

 だから、合衆国海軍では日本の三隻のそれを超甲巡あるいは大型巡洋艦とは呼ばずに巡洋戦艦と呼称する。

 まあ、そういったところだろう。

 海軍もまた、国家予算に縛られるお役所のひとつに過ぎないのだ。


 いずれにせよ、胸中にわだかまっていた疑問の一つが解消されたことに伴って新たに湧き上がった疑問についてキンメル長官は上層部に問う。

 日本の民間造船所で建造されている二隻の空母の性能はどの程度のものなのかと。

 それについて、上層部は実のところ確たる情報を持ち合わせてはいなかった。

 しかし、それでも日本の建艦能力からみて、最大でも中型空母程度の能力を持つ艦ではないかとの予測をキンメル長官に示す。

 そして、それら二隻が完成した場合、既存の四隻を含めて日本の空母部隊は三五〇機から四〇〇機程度の航空機運用能力を持つものと見積もられているという。

 そのことで、海軍上層部はベテラン空母「ヨークタウン」を太平洋に回し、さらに建造中の同級三番艦を秋に予定されている就役を夏に繰り上げてこちらもまた太平洋艦隊に配備することを決定したとのことだった。


 また、それと合わせて新型艦上機の配備を急ぎ、太平洋艦隊の空母については夏までには戦闘機はF4Fワイルドキャット、急降下爆撃機はSBDドーントレスで統一されるという。

 キンメル長官としてはありがたい配慮ではあった。

 空母部隊指揮官のハルゼー提督もこれを聞けば大喜びするはずだ。


 だが、キンメル長官は口にこそしないが、本音を言えば「ワスプ」や「レンジャー」も太平洋艦隊に回してほしかった。

 これら二隻の空母、合わせて百数十機の艦上機が太平洋艦隊に加われば鬼に金棒だ。

 しかし、対岸の欧州ですでに戦争が始まっている現状ではそれが無理筋であろうことは彼も理解していた。

 それでも、だ。

 太平洋艦隊の空母が三隻態勢から五隻態勢になれば日本の空母部隊に対抗することは十分に可能だ。

 そのうえ、艦上機はすべて新型になるのだから、これで文句を言えばバチがあたる。


 そうなると、あとの懸念は戦艦だった。

 日本の戦艦一二隻に対してこちらは九隻。

 しかも、日本側にはモンスター三姉妹がいる。

 どう見ても勝算は薄い。

 そのことをキンメル長官は正直に上層部に訴える。

 上層部からの回答は明快だった。


 「『ニューヨーク』と『テキサス』、それに『アーカンソー』を除くすべての旧式戦艦を太平洋に回す」


 このことでキンメル長官は愁眉を開く。

 つまりは日本側一二隻に対してこちらも一二隻で戦うことができる。

 しかも、日本側は一八インチと一六インチ、それに一四インチに一二インチと砲口径がバラバラなのに対し、こちらは「コロラド」級を除けばすべて一四インチ砲で統一されている。

 これは砲戦にあたっては決定的な強みになる。

 それに日本の戦艦は一二隻のうちの七隻までが装甲が薄く攻撃力の低い超甲巡と呼ばれる巡洋戦艦かあるいは旧式の元巡洋戦艦だ。

 怖いのは「大和」型の三隻と、あとは二隻の「長門」型だけ。

 ならば、真っ先に「大和」型と「長門」型の五隻を潰せばいい。

 二四門の一六インチ砲、それに一〇四門の一四インチ砲をもってすれば、それは十分に可能だ。

 たとえ「大和」の重要区画を撃ち抜けなくとも、一六インチ砲弾や一四インチ砲弾であれば非装甲部や艦上構造物に命中すればそのダメージは甚大だし、被害が累増すれば「大和」型といえども戦闘力は維持できない。


 「これなら勝てる」


 キンメル長官は胸中にわだかまっていた暗雲が消え、曙光が差し込んでくる気分だった。

 だが・・・・・・

 キンメル長官は、合衆国海軍上層部は完全に読み誤っていた。

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