第11話 戦艦大和
昭和一五年一〇月一一日、紀元二千六百年を記念した特別観艦式が横浜沖で盛大に執り行われていた。
帝国海軍が誇る多数の戦艦や空母、それに巡洋艦や駆逐艦が海面を埋めている。
これにかかる費用は燃料代一つとっても莫大なものだが、そこは「山本マネー」によって問題はない。
その横浜の空には四基もの発動機を搭載した大型飛行艇や、いかにも軽快そうな単発機が整然とした編隊を維持して進空し、人々の熱い視線を集めている。
だが、それらの中で圧倒的に見物人たち、あるいはそれに紛れて監視の目を向ける外国の間諜らの目を惹きつけてやまない、他の艦艇のそれとは一線を画した一隻の超巨大戦艦の姿があった。
従来のペースで建造していれば少なくともあと一年は完成までに時間を要したはずだったその戦艦は、だがしかしISO規格の取得(ランクアップ)合戦に伴う工程管理の概念の普及とその洗練、さらに昼夜を分かたぬ三交代で工事が進められたことで今回の特別観艦式においてその勇姿をお披露目することが可能となった。
「大和」型一番艦、最新鋭戦艦「大和」。
この「大和」の特別観艦式の参加については、日々米国との関係が悪化する中においてその存在をあくまでも秘匿しようとする海軍内の一部勢力の反対があった。
彼らは戦争が始まるまで「大和」を秘密兵器として、そして切り札として取っておきたかったのだ。
だがそれに対し、海軍の意義はその戦力による戦争抑止効果だという正論と建前を押し通して山本長官が公開すると言い張り、喧々囂々の議論の結果、最後は金に物を言わせた山本長官の意見が通った。
口を出す者より金を出す者が強いのは洋の東西を問わない。
その山本長官が平時でありながら昼夜兼行によって「大和」の建造を促進したのは、この特別観艦式で同艦を衆目にさらすことを大きな目的の一つとしていたからだ。
「大和」の存在を明らかにすることによって、帝国海軍はいまだに戦艦中心の大艦巨砲主義を信奉していると諸外国の海軍関係者らにミスリードさせることが出来る。
莫大な建造費を要する戦艦を伊達や酔狂で造る国など世界中のどこを探してもあるはずがない。
そういった先入観を山本長官は利用した。
そのために、三億円も散財してしまったが。
それでも、「大和」の存在を知った米海軍は何もしないわけにはいかなくなったはずだ。
日本の巨大戦艦に対抗すべく、必ず建艦計画の見直しが行われるだろう。
山本長官としては、願わくば米海軍には予算と資材を戦艦建造に徹底的に割り振って欲しいところだった。
その一方で、「大和」を公開したことによる副作用も山本長官は理解している。
このような巨大戦艦の威容を見た多くの市民はきっとこう思うことだろう。
「巨大戦艦を手にした帝国海軍は無敵だ」
あるいは「米英恐るるに足らず」と。
つまり、「大和」の公開は国民に安心を与えると同時に戦争推進派を勢いづかせる結果にもなる。
それでも、日本が米国との戦争を回避することはすでに不可能なことを山本長官は知っているから、多少戦争推進派が勢いづいたところでどうということもなかった。
その「大和」だが、全長二八七メートルはこれまで日本国民が世界最強だと信じていた「長門」型より六〇メートル以上も長い。
その巨体に四六センチ三連装砲四基一二門を搭載し、一八六〇〇〇馬力で二九ノットを発揮する、などといったスペックを公開する必要はなかった。
近侍として左右に控える「長門」と「陸奥」との差を見ればどんな素人だってその戦艦が桁外れの戦力を有していることなど一目瞭然だったからだ。
一方、これを見た他国の大使や駐在武官らはその巨体に驚愕、あるいは畏怖した。
欧米の海軍列強が続々と竣工させつつある三五〇〇〇トン級の新鋭戦艦など、この「大和」を前にしてはまったくの無意味な存在に過ぎないのではないか。
「長門」型に比べて圧倒的に巨大な船体から、そこに施された装甲もまた従来のものよりもはるかに分厚いはずだ。
主砲塔の大きさも、砲身の太さも長さも「長門」型とは比較にならない。
少なくとも一七インチかあるいは一八インチのそれだろう。
一七インチ砲であれば五〇口径、一八インチ砲であれば四五口径といったところか。
いずれにせよ、自国の三五〇〇〇トン級の新鋭戦艦とは隔絶した戦力を擁しているはずだ。
東洋のちっぽけな島国、その日本が造りあげた超巨大戦艦のニュースは駐在武官やマスコミによってまたたく間に世界中を駆け巡った。
二番艦と三番艦も来年の春までには完成するという情報と併せて。
このニュースに最も衝撃を受けたのは帝国海軍を仮想敵とする米海軍だった。
米海軍ではあと半年もすれば待望の最新鋭戦艦「ノースカロライナ」が就役するのだが、彼女はそれが成った時点ですでに二線級の戦力でしかなかった。
一六インチ砲九門の「ノースカロライナ」に対して「大和」は一七インチかあるいは一八インチのそれが一二門。
戦力の隔絶はもはや絶望的とすら言えた。
だから、米海軍としては「大和」型戦艦への対抗上、両洋艦隊法の一部見直しが必要だった。
この計画では六万トン級戦艦五隻の建造も盛り込まれている。
だが、この六万トン級戦艦でさえ一六インチ砲が一二門と、明らかに砲口径で「大和」に見劣りする。
当然、防御力も「大和」の方が上だろう。
その「大和」に対抗するには米国も急ぎ一八インチ砲搭載戦艦を建造しなければならない。
このままだと、日本の連中は次には二〇インチ砲搭載戦艦すら造りかねない。
実際に「大和」という超巨大戦艦は、場合によってはその三連装砲塔を連装とすることで二〇インチ砲を搭載できるだけの冗長性を兼ね備えているように見える。
それほどまでに圧倒的な艦容なのだ。
それゆえに、いまだに大艦巨砲主義者が最大勢力を誇る米海軍において、「大和」への対抗措置は最優先事項とされた。
とりあえず、当面の間は一六インチ砲搭載戦艦を大量建造して数の力で「大和」型に対抗するしかない。
その間に一八インチ砲搭載戦艦を設計、建造して正面から「大和」型と戦える戦力を充実させる。
だが、国内の建造施設と欧州大戦という差し迫った現下の情勢を考えるのであれば、おそらくは六万トン級戦艦の一六インチ三連装砲を一八インチ連装砲にした改良型を建造するのがせいぜいだろう。
それでも、一八インチ砲が八門だから、一二門を搭載する「大和」型に対しては不利な状況は変わらないのだが。
かと言って「大和」への対策を怠るわけにもいかない。
米海軍にとってその存在はあまりにも大きすぎる。
だが、世界最大の経済力を誇る米国といえども莫大な建造費を要する戦艦はおいそれと追加予算が認められる訳ではない。
しかるべき代償が必要だった。
だから、その代償として他の艦艇予算が削られることはやむを得なかった。
米海軍上層部は「大和」によって苦渋の決断を強いられることになった。
諸々の要素を勘案した結果、米海軍は空母や巡洋艦、それに駆逐艦の建造数を減らし、そこで捻出した予算と資材を戦艦増強に充てる方針を打ち出すことになる。
「大和」の公開は、山本長官の意図した通り米海軍の戦備におおいなる負の影響を与えることになる。
<メモ>
「大和」型戦艦(同型艦「武蔵」「信濃」)
・全長二八七メートル、全幅四一メートル
・七八〇〇〇トン
・一二缶四軸一八六〇〇〇馬力、二九ノット
・四六センチ三連装砲四基一二門
・一二・七センチ連装高角砲一六基三二門、二五ミリ三連装機銃六〇基
当初予定されていた一五・五センチ副砲を全廃することによって捻出された空きスペースに可能な限りの高角砲と機銃を搭載、対艦攻撃力だけでなく対空能力においても世界水準を大きく超える。
八万トン近い巨艦でありながら一八六〇〇〇馬力の機関出力と長大な船体によって二九ノットの高速を発揮、改装で高速化を図った「長門」型はもちろん、三〇ノットを誇る「金剛」型とも行動をともにすることが可能。
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