第7話 蒼龍と飛龍

 山本次官、それに宇垣大佐と初めて正体を明かしあった酒席は必ずしも古賀中将にとって楽しい話題ばかりではなかったが、それでも艦艇の話をしている時は悪い気分ではなかった。

 やはり海軍軍人である自分は艦というものが好きなのだ。

 山本次官が話していた戦艦や空母といった艦艇、それらに搭載する装備の内容は極めて興味深いものだった。

 その中で出た話で、古賀中将が印象に残ったものを一つ上げろと言われたら、間違いなく空母を挙げるだろう。

 まあ、鉄砲屋から飛行機屋へと宗旨変えしたのだから、当然ではあるのだが。


 その空母だが、ロンドン軍縮会議の際に、これまで空母については一万トン以下のものは制限が無かったはずなのが、同条約によってこれを保有制限の枠内に組み込むことになった。

 この措置はすでに「鳳翔」を保有し、さらにワシントン条約の時には一万トン以下の空母が制限の枠外だったことを利用して「龍驤」をはじめとした多数の小型空母を整備しようと考えていた日本にとっては認めがたいものであった。

 このとき、軍縮会議に海軍随員として参加していた山本次官はそれならばと「鳳翔」を廃艦とし、残りの制限枠内で新規の空母を建造することを条約参加国に認めさせた。

 ロンドン会議における一万トン以下の空母の制限は、ワシントン条約からみれば法律の遡及適用とも言っていい理不尽なものであったことを米英ともに理解していたから割と簡単に認められることになった。


 そして、世界恐慌に付け込んで荒稼ぎをした山本次官は「赤城」と「加賀」を除く残った二七〇〇〇トンの枠で装甲空母の建造を提唱し、実際にその建造費と搭載する艦上機の費用として当時の額で約一億円を海軍に献納していた。

 古賀中将はそのことを思い出して嘆息する。

 個人が空母の建造費を出すなど前代未聞だろう。

 そして、その空母が装甲空母なのは、あるいはミッドウェー海戦で受けた山本次官のトラウマからくるものなのだろうか。

 その空母は別の意味でも訳ありだった。

 山本次官のなにげない爆弾発言が思い返される。


 「ああ、あれだな。造修施設のスケジュールの都合でマル二計画で一隻、さらに軍縮条約からの脱退を見越して時期をずらしてもう一隻造るやつだな。あれは二七〇〇〇トンと言っているが、実際には三〇〇〇〇トンを大きく超えることになるはずだよ」


 そのときの山本次官はいたずら小僧のような顔だった。

 根が真面目な古賀中将は、いくら日本に不利な条約といえども外国との間で取り交わした約束事なのだから、それはそれで守るべきものではないかと思っていたから少しびっくりした。

 まあ、実際のところは日本も「赤城」や「加賀」を空母へと改造した際、基準排水量が三〇〇〇〇トンを大きく超過していたのを偽って二六九五〇トンと他国へ通告した前科があったのだが。


 「古賀さんは『レキシントン』級空母を見たことがありますか。米国はあの艦を三三〇〇〇トンと言っているが実際は違います。あれはどう少なく見積もっても三五〇〇〇トン、下手をすれば四〇〇〇〇トン近くあるはずだ。つまり、有利な条件で条約を批准した米国でさえその条約を律儀に守るつもりなどないのですよ。だったら我々もやらなきゃ損だ」


 山本次官の苦笑交じりの言葉に古賀中将はそんなものかと思ったが、政治については彼はなかなかのセンスを持っている。

 だから、たぶんそうなのだろう。


 「空母の名前も決まっていますよ。一番艦は『蒼龍』、二番艦は『飛龍』になるはずです。と言うか私が決めさせてもらった。まあ、前世そのまんまだがね」


 さすがにいつの時代も金を出す人間は強い。

 本来であればお上にお伺いするはずの空母の命名権すらあっさりと持っていってしまう。

 だが、あまり金の話ばかりするのもアレだ。

 古賀中将はさりげなく空母の諸元について尋ねた。

 山本次官は面倒くさかったのか、あるいは細かいことまでは覚えていなかったのか、話を宇垣大佐に丸投げし、彼に詳細を説明させた。



 <メモ>


 「蒼龍」型空母(同型艦「飛龍」)

 ※数値は搭載機数を除き竣工時のもの

 ・全長二四八メートル、全幅三一メートル

 ・基準排水量 二七〇〇〇トン(各国への通告値。実際は三二五〇〇トン)

 ・飛行甲板 二四七・五メートル×三三メートル

 ・八缶四軸 一五二〇〇〇馬力、三一ノット

 ・格納庫二段、昇降機二基

 ・カタパルト二基

 ・常用六六機(※就役直後の複葉機を運用していた時代はこれよりもかなり多い)

 ・一二・七センチ連装高角砲八基、二五ミリ三連装機銃二〇基


 当初、航空偵察巡洋艦的な運用を求められたことで三五ノット以上の速力を要求されたが、純粋な航空打撃戦力のための堅牢なプラットフォームとして建造すべきというスポンサー氏の意向が優先されたことでこのような艦型となった。

 艦幅が大きく艦内容積に余裕があったことから格納庫は上下ともに二〇メートルの幅を持ち、長さは前後エレベーター間の一五〇メートルを確保した。

 このことで、大型化した最新の機体でも上下合わせて五〇機近くを収容でき、さらに長方形に近い飛行甲板に二〇機近くを露天繋止することで常用機は六六機にのぼる。

 排水量の制限から、装甲は格納庫上面の長さ一五〇メートル、幅二〇メートルの部分だけで、それ以外についてはエレベーターも含めて非装甲となっている。

 なお、案の定というか、艦隊運動の便を考えて「飛龍」の艦橋を左側にしようという意見が出たが、これはスポンサー氏が速攻で却下したことで立ち消えたとなった(宇垣大佐談)。

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