第9話 桜木玲と黒メガネのパパラッチ

とある日曜の昼下がり。俺と桜木は近所の公園を二人で訪れていた。

「おおお!」

「…………」

「おおおおおお!」

「………………」

「おおおおおおおおおおおおおおお!」

 スマホ片手に桜木が奇声を上げ続けている。

 どうやら、また何か新しいゲームを始めたようだ。

 あっちへふらふら、こっちへふらふら。忙しないといったらない。

「……何してるんだ、桜木?」

「何って、スマホやタブレットを使って、色んな場所に隠れているモンスターを見つけて捕まえていくゲームだよ?」

「えーと……それって今話題のあのゲーム?」

「そうそう、今話題のあのゲーム」

 ああ、あれか。

 事故を誘発し、不法侵入者すら出したという悪いニュースがある反面、地域の活性化に一役買っているといういい話も聞くあのゲームか。

 なるほどこれで合点が行った。なぜ桜木がスマホを片手に一喜一憂しているのかを。

「楽しいのか、それ?」

「え? うーん、どうだろう。わかんないかな」

「……そうなんだ」

 えー、でもさっきまでは楽しそうにプレイしていたじゃん?

 つーかよくそんな楽しいのかどうかすらわからないもんで遊ぶ気になれるよな。

「ちょっとどんなのか見せてもらってもいい?」

「もちろんだよ。これで健斗もこのゲームのよくわからない魅力にまさに泥沼に足を突っ込むようにハマっていけばいいよ」

「いや、そんな縁起でもないハマり方をするつもりはないが……」

 それにしても、桜木がここまでハマっているのだ。面白いことにはかわりないだろう。

「なぁ、ちょっと貸してもらってもいいか?」

「いいよ、えっとねー、まずこんなふうにぐるぐる回って、その辺にいるモンスターを探す。それから、このボタンを押してボールをシュートすればゲットできるから」

「ほうほう、大体わかった。んじゃあやってみるぜ」

 俺は桜木からスマホを借りて、言われた通りにぐるぐると周囲を見回してみる。

 お、早速モンスター発見だ。ここですかさずスマホの画面下にあるボタンを押してボールをシュート。捕まえた、捕まえてないの判定が出るまで少し待つ。

「おっし、捕まえた!」

「おー、やったぁ」

 桜木がパチパチと小さく手を叩いて喜んでくれる。

 ああもう、かわいいなぁ。

「それで、この後はどうするんだ?」

「……えーと、本当はトレーニングをしてレベルを上げたりとか」

「ん? どうしたんだよ?」

「いや、私対戦相手とかいないから、レベル上げができないなーって」

「へぇ……俺がやってやろうか?」

「本当!」

「ああ、中々面白そうだしな」

 早速、俺は自分のスマホ(実は先日買い換えたばかり)を取り出して、インストール画面へと即座に移動する。

 即座にインストールボタンを押して待つこと数秒。

 そしてついに、俺のスマホにも桜木と同じゲームが。

「……あれ? 何で?」

 利用規約にも同意して、GPS機能もオンにした。

 しかし、一向に遊べない。

 いや、確かに画面ないにはモンスターの姿が映り込んでいる。

 けど、問題はそこじゃない。そのモンスターを捕まえるためにシュートするボールがまったくないのだ。

「そうだ、健斗。そのゲーム、ボールは全部課金せいだから」

「何だと! こういうのって普通初回ログインボーナスとかあるんじゃないのか!」

「いやぁ……私も最初はそう思ったんだけどねぇ。どうもまだサービスが発展途上っぽくて」

「発展途上とかいう問題じゃないだろう、これは! この間桜木に薦められて始めたソシャゲだってあったってのに」

「ああ、あれね。うーん……まぁこの辺は製作会社によっても違ってくるだろうから、一概にどれが正しいっていうのは言えんだけど」

「……まぁいいや、仕方がない。えーと、ボールの値段は……何だ、百円か」

 それなら、まぁ手が出ないこともないだろう。積み重なっていったらすごい金額になること間違いなしなんだけどな。

 まぁその辺は俺が加減すればすむ話だしな。

 俺はどこか腑に落ちないもやっとした気持ちを抱えながらも、とりあえず十個ほど、ボールを購入してみた。ああ、これでもう千円か。

「そういや桜木はどれくらいボールを買ったんだ?」

「え? え、えーと……私は……」

「……桜木、さん?」

 だらだらだらだらだら、と桜木の全身から汗が噴き出す。それもおそらくは冷や汗と呼ばれる類いのものだろう。

 ああ、相当注ぎ込んだな、こいつ。道理せさっき俺がやった時、あんまり嫌がらなかった訳だ。まだまだたくさんあるから、一つくらい俺が使っても痛くもねぇってことか。

 何つー困った奴だ。そこがまたいいんだけどな。

「それで、いくらだ?」

「い、いやー、それよりはやくモンスター探そうよ。ほら、あそこの茂みとかすっごく胃そうだよ? ね?」

「はぁー、まぁいい。困るのは俺じゃねぇし」

「は、はは」

「んじゃまぁ……どれどれ」

 俺はスマホをかざし、桜木が指差したあたりへとカメラを向ける。

 おお、確かにいる。あのモンスターは俺も知っているぞ。確かヒトカ……あれ?

「どうしたの、健斗?」

「いや、あそこにいるのって……」

 トカゲ型モンスターのとなりに、黒い影が見える。

 あれもモンスターなのだろうか。それにしてはえらく人間のような姿形をしているが。

 それにあの格好。うちの学校の制服とそっくりだ。まじで。

「……なぁ桜木」

「えっと、何?」

 桜木はまだ課金した金額の話を蒸し返されると思ったらしい。少し警戒したような声色で応じてきた。

「人型のモンスターっているのか?」

「へ? んー、何体かはいるけど、それも尻尾や翼が生えてたりするから、きっとすぐわかると思う。完全に人型っていうのは……いないんじゃないかな」

「ふーん……そっか」

 桜木がそこまでいうのだ。なら、存在しないのだろう。

 ということは、今あそこで挙動不審に周囲をきょろきょろしているのは桜木や俺と同じゲームのプレイヤーということなのだろう。

「……んにしちゃ動き過ぎじゃね?」

「そうだね。この辺はまだたくさんモンスターがいるはずなのに」

 モンスターを捕まえる際、およそ五秒から十秒程度、立ち止まっている必要がある。

 それはボールをシュートして、判定が出るまでの時間だ。

 つまり、あれほど休みなく忙しく動きまわる必要はない。のだが、その人は右へ行ったかと思うと左へ行き、なぜかぴょんと跳んだかと思うとしゃがんだりしている。

 まったくもって、挙動不審だ。

 一体、どんなレアモンスターを探しているというのだろう?

「ど、どうする健斗? あれ、うちの学校の制服みたいだけど?」

「どうするって……ま、ほっとくのが一番じゃねぇの? ただ遊んでるだけだっていうんならこっちから声をかける必要はまったくないし」

「うん、そうだね。面倒臭そうな展開になりそうだし」

「ああ、そうだ」

 我が校において、桜木は有名人だ。

 成績優秀スポーツ万能容姿端麗の完璧超人。性格もおしとやかで控えめ。

 まさしく、『深窓の令嬢』として全校的に名前が知れ渡っている。

 そこへ同じ学校の制服を着た生徒と鉢合わせをした日には、大変なことになってしまう。

 いや、それだけならまだいい。ましてや新聞部の連中になんて見つかったら、それこそあることないこと記事にされかねない。うちの新聞部、デマやでっちあげなんかも平気でやるからな。なんて性格の悪いことだ。面倒くせぇ。

「とにかく、見つかる前にさっさとこの場を離れようぜ」

「ん? 待って健斗」

「どうした、桜木?」

「……あの人、こっちに向かって来てない?」

「げっ……」

 すぐさま、俺と桜木は踵を返し、早足で公園入り口へと向かった。

 が、そいつは俺たちの前にゴキブリもかくやという素早い動きで回り込んで来て、じろじろと無遠慮に俺たちを観察し始めた。

「失礼ですが、桜木先輩ではありませんか?」

「…………」

 桜木が俺の方を見る。たぶん、素直に答えていいものかどうか判断を仰いでいるんだろう。

 俺はここまで来たら仕方がないと、頷いておいた。

「そうです。……けど、あなたは?」

「おおう、申し遅れました! わたくし、新聞部一年、三枝 美木と申しますです」

 ビシッと敬礼をして、三枝とやらが自己紹介をする。

 一年……ということは同い年か。何で敬語?

「それで、その一年生が俺たちに何の用だ? つか何で制服?」

「校外での活動は制服着用が原則なので。ところであなたこそどなたですか?」

「は? ああ……俺は……」

「ああいいです、みなまで言わずともわかっておりますともええ」

「は?」

 嘘だろ? まさかこんな頭の悪そうなメガネ女子に見破られるとは! 俺たちのカモフラージュも完璧ではないということか。かなり悔しい。

「むっ……今とてつもなく失礼なことを考えていませんでしたか?」

「いやいや、そんなことはないぞ。それで、わかってるってどういうことだ?」

「ああそうでした。わたくし、わかっております。お二人の関係」

「ごくり」

「ごくり」

 二人して息を飲む。

 なぜ、俺たちが恋人同志バレたんだ? 別に隠していた訳じゃないんだからいいけど、なんとなく納得いかない。こんな奴相手に。

「むむ、またですか。まぁいいです。ズバリ、あなたは桜木さんの従者でしょう!」

「へ?」

「え?」

 ズビシッとコ○ンくん張りに人差し指を突き出し、いかにも確信に触れたというドヤ顔を見せる三枝とやら。

 ああ、やっぱこいつ頭が可哀想な奴なんだな。

「ああ! 何ですかその顔は! 他人のことを哀れむようなその目は!」

「いやー……気にすんなよ」

「気にしますよ! 絶対にわたしのことを頭の悪い子とかアホの子とか、小バカにしてるでしょう! 名誉棄損で訴えますよ!」

「わー、そいつはとんだ濡れ衣だぜ」

「キーッ! あったまくるなぁもう!」

 ダンダンッと地団駄を踏む三枝。子供かよ。

「落ち着いて、三枝さん。それで、私たちに何か用があったんじゃないですか?」

「おおっと、そうでした。そこの従者さんになんてこれぽっちも用なんてないのでした」

「ああ? 何だとこら!」

「何ですかこの馬車馬!」

 バチバチバチッと火花を散らす俺と三枝。

 うーむ、どうも俺、こいつのことが苦手のようだ。

「ふん、あなたと話していても時間の無駄です」

「それはこっちの台詞……」

「ところで桜木さん」

「ぐっ……この野郎」

 俺を無視するという強硬姿勢を見せる三枝。まじでこいつ気に入らねぇなおい。

「こんな庶民の憩いの場で、あなたのような上流階級が一体何をなさっておいでなのでしょうか? 是非お聞かせ下さい」

 その質問を聞いて、俺はハッと桜木を振り返った。

 桜木はゲームやマンガ、アニメ等々をこよなく愛するオタク系女子だ。自宅には先日、オタグッズ専用の倉庫まで作ってしまうほど、その熱狂度は凄まじい。

 しかし、一方でそのオタク趣味を桜木は俺や近しい友達以外には伏せている。

 おそらく『深窓の令嬢』という二つ名のせいだろう。学校の連中の夢を壊さないようにという配慮からだと俺は勝手に思い込んでいた。

 そして、今まさに桜木が行っていたのはゲームだ。それも、何も知らない奴が見聞きしたら信じられないという顔をする類いの、今流行中のゲームだ。

 ここで素直に答えれば、桜木の信頼と栄誉は地に落ちてしまう。

 ど、どうするだ、桜木!

「えーと……その……」

 たらり、と頬を汗が伝うのを、俺は見逃さなかった。

 だいぶ苦しんでいるようだ。くそ、できることなら助けてやりたいが、このパパラッチが俺の言うことを素直に取り上げるとも限らないし。ここは自力で何とかしてくれ、桜木!

 桜木の視線が右往左往して、一瞬俺とかち合う。

 俺は身ぶりで、すまんと謝っておく。この状況じゃあ、俺は何の役にも立てない。

「どうなんです、桜木さん?」

 これがジャーナリスト魂という奴なのだろうか。

 ぐいぐいと、まるで後ろから押されているかのように桜木へと詰め寄る三枝。

 くっ……こはもう、俺が出張るしかないのだろうか。

「おい、三枝! ちと遠慮がなさ過ぎるんじゃねぇか!」

「従者の方には聞いてませんので。ちょっと黙ってて下さい」

 バッサリと切り捨てられた。

 くそ、ここで引いてたまるか。

「おまえ、いくら何でもそこまで他人に立ち入られる理由はないだろう。桜木がどこで何をしてようが、おまえには関係ねぇんだから!」

「だから、黙ってろって言ってんじゃないですか。あなたは今、およびじゃないんですよ」

 ぐぅ……このアマぁ……!

「インタビューを受けたいのなら、それなりの話題性を持って来て下さい。そしたら記事にすることを考えてあげなくもないです」

「誰がおまえのインタビューなんて受けたいもんか! ただ、桜木が困ってるのを見過ごせねぇだけだ」

「……へぇ、わたしが桜木さんを困らせていると? 迷惑がらせていると?」

「ああそうだ。そう言った」

「ふーん……っだそうですが、その辺どうなんですか、桜木さん?」

「わ、私ですか……いえ、迷惑だなんてそんな……」

 いや、この手の輩にははっきり言ってやらんと伝わんねぇぞ、桜木。

 桜木は今、外行き用のお嬢様フェイスを使っている。この時の桜木は普段、俺たちへ接する場合とはたま違う対応を取る。

 それこそが桜木が『深窓の令嬢』なんて言われる所以なのだが。

「……だ、そうです。どうですか?」

「何勝ち誇ったような顔してやがる。単に断り切れねぇだけって奴はこの世に五万といる。そう言う奴らの生活をおまえみたいな奴が引っ掻きまわしてろくでもない方向に転がすんだ」

「あれま~……ずいぶんとジャーナリストがお嫌いみたいで」

「全員がそうとは言わないがな。おまえみたいなのは嫌いだ、三枝」

 どうだ桜木、こいつにはこのくらい言ってやるのが正解なんだ。どれほど効果があるかはわからんけども。

「ふー……わかりました。では話題を変えましょう。そうですねぇ……」

 手頃なネタでも探しているのだろう。三枝はきょろきょろと周囲を見回し始まる。

 とはいえ、そう簡単に話題性のある事柄なんて転がっていようはずがなく。

 俺たちの周りには、ほとんどがさっきまでの俺と桜木のように、スマホやタブレットを片手に徘徊している老若男女がいるばかりだ。

 ……なんか、傍から見るとアホだな、あれ。

「ふむ……最近流行りのゲームですね。何でも不法侵入者や前方不注意。外国では死人まで出ているのだとか。これについてどう思われますか?」

「……えーと、非常に危険なゲームだと思います」

「そうまさに生と死を賭けたデスゲーム! 人々は企業の策略に踊らされ、金と命、そして自らの意志すら奪われてしまったのです!」

 急に両手を広げ、芝居がかった調子でそのゲームを扱き下ろす三枝。

「ど、どうしたんだ突然そんなふうに扱き下ろしたりして! まだサービスが始まって間もないそのゲームに対して、おまえは一体何の恨みがあるんだ!」

「んんー? いえいえ、別に恨みなんて何もありはしませんよ?」

「だったらなんでそんなに……」

「別に。たださっきからネタを探していると誰彼構わずぶつかってきて、こっちにが一生懸命に避けようとしたら邪魔だと怒鳴られて、挙句にはこの公園はまるでプレイヤー専用地みたいな扱いになってきて……」

「すげぇ恨んでんじゃん……」

「そんな訳なんで、わたしはこのモンスターを捕まえるゲームが大ッッ嫌いです!」

「なのでわたしはあの手の輩がやっているゲームに対して問題を提起し、上げ足をとり、如何に恐ろしくどれほど危険なゲームなのかを世に知らしめなくてはならないのです!」

「お、おう……そうか」

「ところであなた、さっき妙なことを言ってましたね?」

「へ?」

 それまでの憤怒に彩られた顔色を引っ込め、にっこりと笑顔を浮かべる三枝さん。

 な、何だ……? すっごく嫌な予感がするぞ?

「ちょっとあなたのスマホなりタブレットなりを見せて下さいよ?」

「なん……! 何でそこまでしなくちゃならねぇんだ!」

「いいから。あんな魔のゲーム、この世界生み落としてはならなかったのです。今ならまだ間に合う。あなたも、桜木さんと今後ずっと一緒にいたいのなら、あんなくそゲーは今すぐ捨て去るべきなのです」

「こえーよ! やべーよこいつ目が本気だよ! ど、どうしよう桜木ぃ!」

「お、落ち着いて下さい、健斗くん! 三枝さんも。今回は私へのインタビューだったはずですよ!」

「おっと、そうでした。わたしとしたことがついうっかり」

 こつん、と自分で頭を軽く小突く三枝。何だかこいつの行動パターンがわかってきた気がするぞ。

「それで、早速質問なのですが、あなたは先ほどわたしが言ったようなことを考えたことはありますか?」

「えー……いいえ、ありません。第一、そんなゲームが存在すること事態知りませんでした」

「ふむふむ、なるほど……しかし、それはおかしいですね」

「ああ? 一体何がおかしいってんだ?」

「ん? えーと」

 三枝は考えをまとめるように、頬に手を当てて、視線を左上に逸らした。

 たぶん、何かまたよくないことを考えていそうだな。

「……先ほどのあなたの言い分はまるでゲームの存在と趣旨を理解しているかのようだ発言でした。なら、恋人であるはずの桜木さんも知っていなくてはおかしいでしょ?」

「あ、あう……それは……別に、おかしくはないだろ」

「ほう? なぜです?」

「お、俺が自分のやってることまですべてを桜木に報告する義務なんてないからだ」

 我ながら、苦しい言い訳だった。

 確かにその必要はない。が、これだとまだ、桜木がゲームの存在を知らないかったと明確に断ずるにはまだ足りないからだ。

「ふむ……まぁいいでしょう。それで、お二人はここで何をしていたのですか? 何やらスマホを除いていたように見えましたけど」

「おまえ、視力いくつだよ?」

「両目とも三・〇です」

「人間の視力じゃねぇ!」

「いいから答えて下さい。それとも何ですか? やはり二人でボールをシュートしてモンスターをゲッチュするゲームをしていたというのですか?」

「そ、そんな訳ないだろ……なぁ桜木?」

 桜木に話題を振る。

 どうか話を合わせてくれ、桜木頼む!

「そ、そのぉ……」

 嘘を吐くことに慣れていない桜木は、だらだらと汗を掻き、ぐるんぐるんと視線を泳がせまくっていた。……それじゃあこれから嘘を言いますって言ってるようなものだけどな。

「あ、あそこの写真を撮っていたんです!」

「写真? しかしあそこには植樹された木があるだけ。撮っても何も面白いようなものはありませんよ?」

「い、いいいいだろ別に俺たちの趣味なんだからさぁぁ!」

「わ、わかりましたよわかりました! 近い、顔が近いですって!」

 と、そこで妙な違和感を覚えた。

「ところでおまえ、何でそんなに詳しいんだ? 嫌いなんじゃないのか? あのゲーム」

「嫌いですよはい。プレイヤーの端末を片っ端から破壊して回りたいくらい嫌いです」

「だったらなんでそんなに詳しいんだよ?」

「だめでしょうか?」

「あー……いやだめっていうか」

 何となく府に落ち無かっただけだ。

 嫌いといいつつ、詳しくなるくらいに調べる。そんな必要性がどこにあるというのか。

 嫌いなら嫌いで、ほっときゃいいものを。

「ほら、健斗くん。三枝さん言ってましたよ。あのゲームに対して問題提起するって」

「え? それがどうしたんだよ桜木……?」 

「いや、だから……」

「これだから、学年ワーストワンのおバカさんは困りますね」

「何だと! ワーストワンじゃねぇよ! 桜木のお陰で何とか平均点取れるくらいまでは持ち直してんだからな!」

「それ、威張って言うことじゃないと思いますけど」

 三枝があきれたような目で俺を見てくる。くぅ……おまえにだけは言われたくねぇ!

「まぁいいです。教えてあげましょう。わたしがなぜ詳しいのか、その真相を」

 三枝は腕を組み、まったくないと言っていいほどない胸を逸してまるで勝ち誇ったかのようににやりと口の端をつり上げる。

「敵を叩くにはまず敵を知ることです。今現在起こっている問題とこれから起こるであろう問題を想起することで、より説得力のある発言をすることができるというものです!」

「な、何だと……!」

 こいつ、ただのバカじゃなかったのか! 腐ってもジャーナリストの端くれという訳か!

 俺は何だか負けたような気がして、意味もなく悔しがった。

 それはそれとして、九条と比べるとやはりかなり貧相だなー。

「……健斗くん? 何かよくないことを考えていますね?」

「い、いやー、何のことかわからないぜ桜木さんよ」

 俺の背後でゴゴゴゴゴゴゴッ、と何かが音を立てている。

 だ、だめだ! 早く頭の中を空にしないと。

「た、確かに俺はおまえの言う通り、あのゲームをしているさ。けど、おまえはあのゲームをやったことがあるのか?」

「いいえ、まったく少しもミジンコほども興味はありません。あんなくそゲー」

「だ、だったら少しやってみろよ。俺の貸してやるから」

「いえ結構です! あんなのをやるくらいだったら死んだ方がマシです!」

「そんなに嫌か!」

 いやびっくりだわマジで。まさかそんなことを言い出す奴が現れるなんてな。

「大体何ですかあなたは! さっきからわたしの邪魔をして!」

「なっ……最初に邪魔をしてきたのはおまえの方だろうが!」

「わたしがいつ何時、あなたの邪魔をしたというのですか!」

「俺たちのデートを邪魔してんじゃねぇか! 今まさに! この瞬間に!」

「そんなの仕方ないでしょ! 今しかないと思ったんですよ! 学校じゃあ桜木さんには常に取り捲きが着いてるんですから!」

「あー、そうだったな」

 確かに、常に桜木の周りには女子が四、五人は集まっている。

 あれも桜木の人望の成せる業か。

「そいつは同情するぜ」

「ええして下さい。先輩から何度も催促されてるんです。桜木さんのスキャンダル記事はまだかって!」

「同情して損した! 何だスキャンダルって! やっぱそういうのが目当て何じゃねぇか!」

「あたり前でしょ! この機会を逃したら、先輩からどんな目に合わされるか……」

 考えるだに恐ろしい、ということらしい。

 三枝の瞳には恐怖が宿り、目の端にうっすらと涙すら溜まっていた。

 一体どんな魑魅魍魎のうごめく場所なんだ、新聞部……。

「わ、わかりました。それでは話を戻しましょう!」

「さ、桜木さん……そこの鬼とは違い、あなたはすごく思慮深い人だったんですね。好きになっちゃいそうです……!」

「おい、桜木はやらねぇぞ! 後手ぇ握ってんじゃねぇよ!」

 何どさくさにまぎれてやってんだ、見逃す訳がねぇだろうがよ。

 なぁ桜木、と同意を求めようとして彼女の方を見ると、何やら顔が赤くなっていた。

 えーと、どうしたというのだろうか。

「ほほう……『桜木は誰にも渡さねぇ。俺だけの女だ』ってことですか」

「うおっ! いや、そこまで言ってねぇけど」

「まぁ仕方ありません。この場は桜木さんは諦め、インタビューを再開するとしましょう。……だいぶ脱線してしまいましたし」

 その辺は普通に反省しているらしい。

 なら、妙な質問もしてこないだろう。

「ズバリ、お二人は恋び……もとい主従関係な訳ですが」

「わざわざ言い直す必要あったか、おい!」

「実際のところ、どこまで行ってるんでしょうか? 手は繋ぎました? キスしました? もしかしたら若いお二人のことです。その先のことまで……いっでぇ!」

 パシンッ、と三枝の頭を叩いてやった。

 まったく、すぐ調子に乗りやがるぜ、こいつ。

「何をするんですか痛いじゃないですかこの暴力色情魔!」

「だぁーれが暴力色情魔だ! てめぇが悪いだろうが! 変な質問ばかりしやがって」

「うう……わかりました。節度は守ります」

「ったりめぇだ、たく……」

「はははは」

 桜木の乾いたような笑い声が耳に痛い。

 俺は三枝の頭をもう一度叩くと、さっさとしろとあごで示した。

「何なんですか、まったくもう……こちらは時間がないというのに」

 こっちにだって時間はねぇよ。おまえに気を取られている間にもう昼近い。どうして桜木との楽しい一時をおまえごときのせいでふいにさせられなくてはならないんだドちくしょう!

「こほん……では気を取り直して。最近、同じクラスの九条琴音さんとも仲がいい様子ですが、一体どういう経緯でお友達になられたのでしょう?」

「ど、どういう経緯と言われましても……」

 そんなのゲーム関係に決まっている、と正直に言えれば何も苦労はない。

 しかし、桜木も九条も自分がオタ趣味を持っていることを世間一般に隠している身だ。特に九条はあの大財閥の一人娘ということもあり、往々にその趣味をひけらかすことすらできない。

 よって、この質問にはいずれにしろ、嘘を過分に含んだハイセンスは言い訳が必要となって来る訳だが。

「……少し前、お話する機会があって、それで……意気投合したんです」

 うーん、少々、いやかなり厳しいな。

 これでは、突っ込まれた際にまた答えなくてはならない。とはいえ桜木だ。ここが限界だろう。嘘ではなく、しかし真実を語ってもいない。そういう圧倒的バランスの上にしか、この煉獄を乗り越える術はないぞ、桜木よ。

「ほう、ではどのような話を?」

 ほぅらきた。

「そ、それは……」

 だらだらだらだらだらだら、と全身の水分が出てきてるのではと心配になるくらいの量の汗が滴り落ちている。これはもうだめだ、そろそろ助け舟を出すべきだろうか。

「おい、三枝。もういいだろ……」

「待って。大丈夫、だから」

「大丈夫っておまえ……」

 そんな、息も絶え絶えの状態で……。

 この数十分の間に、著しく成長を遂げた桜木の姿に、俺は感動すら覚えてしまう。

 頑張れ、頑張れ桜木。

「わ、私、たちは……その」

「その?」

「え、ええ……待って、ちょっと待って下さい」

「はぁ……どうしたのですか?」

「思い出します、すぐに思い出しますから!」

 どうやら、九条との思い出はゲームやアニメ、マンガやラノベといった媒体に関連したものしかないらしい。こんな事態になることなど予測できるはずもないのだから、仕方がないのだけど。ああ、口を挟めない自分がもどかしい。

「……そう、あれは一ヶ月ほど前のことでした。私は図書室で一人勉強をしていたのです」

「ふむふむ」

「すると、そこへ何の前触れもなく九条さんが現れました」

「なるほど」

「そこで彼女は言いました」

「何と言ったのですか?」

「……『あなた、そんなふうに勉強しないと成績を維持できないのですわね。まったく、庶民とはつくづく融通の効かない子が多いですわ』と」

「ほうほう……え? それって」

「だから私は言いました。『そんなことはないですよ。授業だけで十分ことう足ります。私がこうして勉強しているのは、ちょっとした時間潰しのためですよ』と」

「えーと……」

 さて、桜木は一体何を言っているのだろうか。

 俺の知る限り、そうした事実はないし、仮にそうそう出会いだったとしたら、現在進行形で二人の友情は続いていないだろう。いくら何でも言い訳や作り話にすらなっていない。

 しかし桜木はその話で、三枝を誤魔化しているつもりらしい。どんどんと先を続ける。

「すると九条さんは言いました『時間潰し? この後、何かご予定でも?』と」

「さ、桜木……さん?」

「なので私も言いました『ええ、ちょっと彼氏とデートなんです』と」

 うーん……こうして目の前ではっきりと彼氏宣言されるのも、何だか少し気恥かしい気がするな。もちろん嬉しいんだけど。

「九条さん言いました『なら、少し私とお話しませんこと?』と」

 そこまで言うと、桜木の顔がわずかに綻んだ。

「『ええ、もちろんです』と私は答え、健斗くんがやって来るまでの間、私たちは楽しい時間を過ごしました」

「へー、そんなことがあったのですか」

「ええ、そんなことが合ったのですよ」

 にっこりとほほ笑む桜木。

 チラと俺の方を見て、ウインクをかましてきた。

 まったく、冷や冷やさせる。

「それで、一体どんな話を……?」

「それはもちろん、ゲー……」

「わーわーわーわー!」

 突然、それはもう割と唐突に大声を出して、桜木と三枝の前に躍り出る俺。

 何も知らない人間が見たら、さぞ気味悪がることだろうな。

 いや、実際に三枝が若干気味悪がってる。……どうして俺がこんな目に。

「……どうしたました?」

「え? ああ、いや……何でもない。ちょっと足下に虫がな」

「はぁ……その程度で慌てないで下さい。あと邪魔なんで退いて下さい」

「わ、悪かったって」

 三枝からじとっとした粘着質な視線を向けられて、俺はすごすごと桜木の後ろへと退がる。

 ……ま、これで何とか桜木が口を滑らせそうになったのを防げたし、よしとするか。

 チラと桜木を盗み見ると、きょとんとした顔で俺を見ていた。

 自分のやったことがわかっていないらしい。まったく、そう言うところはお嬢様っぽいぜ。

「では、妙な邪魔が入りましたが再開します。桜木さん、あなた今ゲー、とおっしゃいませんでした?」

「ふえ!」

「…………」

 ああもう、やはり聞かれていたようだ。桜木も予想外だったらしく、すっとんきょうな声が上がる。

 俺は頭を抱えたくなるのを必死で堪え、上手く誤魔化せよと桜木の背中に念を送る。

「ゲ、ゲー? 一体何のこと? OCGの話?」

「OCG? 何ですか、それは?」

「ああ! いえ何でもないです!」

 今この瞬間だけは、桜木に対してバカと言いたい。

 何いきなりオフィシャルカードゲームの話していんだ。

 こんなんじゃ、いつかボロを出す。

「こ、こんなもんでいいだろ? 今日の取材はこの辺ってことで」

「あ! 待ちなさい!」

 俺は二人の間に割って入り、桜木に逃走の合図を出す。

 しっかり伝わったらしく、桜木は頷き、一目散に駆け出した。

 さすがは学年でも一、二を争う俊足の持ち主。はえーな、おい。

 俺はと言えば、桜木と比べると、だいぶ遅い。おそらく、もう十メートルは話されたんじゃないだろうか。

 そして三枝だが、こいつ普段から取材やら何やらで体を動かしているだけあって、桜木には劣るものの結構早い。もうあと数センチの距離まで詰められてしまった。

「ま、待ちなさい、なぜ逃げるのです!」

「お、おまえが追いかけてくるからだ! こっち来んな!」

「そんな無茶を!」

「インタビューは終わりだ、終わり!」

「いいえ、まだ終わってません! あなたにも聞きたいことができました! 待てー!」

「くっ……待てと言われて待つバカがどこにいるってんだ!」

 一方、まったくと言っていいほど体を動かすことのない俺。

 最近は桜木の影響でアニメやマンガを見聞きすることも増え、それが更に俺の運動不足に拍車をかけていた。

「捕まえましたよ! 大人しく勘念して下さい!」

「いやぁぁぁ! 止めてぇぇぇ!」

「ちょっと! 変な声出さないで下さいよ! まるでわたしが襲ってるみたいじゃないですか!」

 三枝が俺の首根っこを掴んでくるものだから、思わず大きな声を上げてしまった。

 それにより、周囲でスマホやタブレットを片手にうろうろしていた人たちが振り返る。

「あの、何でもないんです! 大丈夫です!」

 三枝が弁明しようと体を反転させる。

 それにより、彼女手が離れた。

「よし、今だ!」

「お騒がせ――あっ! おいこら待てぇー!」

 三枝と距離を取る。

 一体、俺たちは何をしているのだろう? この状況、周囲の人たちの目にはどう映っているのだろう?

 慣れない運動で酸素不足になりつつある脳みそで、そんなことを考える。

 ああもう、どうしてこんなことに!

「おい、しつこいぞ!」

「あたり前です! それがジャーナリスト魂というものです!」

 ものの数秒で、離したと思った距離が縮められる。ついでに足が動かなくなってきた。

 つーか無理があるんだよなぁ……俺が誰かと張り合おうなんて。

 なんてことをぼんやりと思っていると、突然に額から派手に地面へと倒れ込んでしまった。

 ついに限界が訪れて、足をもつれさせてしまったようだ。

「くくくくくくく……ここまでのようですね」

「くっ……だが、どんな脅しや拷問をされたって俺は屈指な……」

「これを見てもまだそんなことが言えますか?」

 そう不敵に微笑んで桜木が取り出したのは、一枚の写真だった。

 そこに映っていたのは俺。そして、その隣で仲睦まじそうに映る桜木。

「あなたの桜木さんは交際されている。これは周知の事実です。しかし、ここに映るのは桜木さんが無防備に近づいて来たことをいいことに彼女のサラサラの髪の匂いを嗅ぐ変態の姿」

「な、何でおまえがそれを……!」

「くくく、何の話をしているのかはわかりませんでしたが、しかぁし!」

 俺は三枝の手からその写真を奪おうと試みた。

 だが、三枝の反応速度は俺を上回り、更には体力的に限界のきている俺に、奴の上を行くことなど到底不可能な話だ。

 三枝は難なく写真に狙いを定めた俺の腕を避け、二歩後ろへ後ずさった。

「ほら、この写真をバラまかれたくなかったら……いえ、桜木さんに見せられたくなかったら、大人しくわたしの質問答えるのです」

「く、くそぉ……わかった。俺に答えられることなら全部話す。だから、それを桜木に見せることだけは止めてくれ……!」

「いいでしょう。では質問一です」

 三枝は俺の頭上でヒラヒラと写真を揺らしている。

 くそ、満足するまで俺を逃がさねぇ気か。

「あなた……もしかしてゲーム好きですか?」

「ふぉ! 何だいきなり藪から棒に!」

 聞きたいことってそれなのか?

「いえ、これはたんなるジャブです。何事も、ウォーミングアップが重要なんですよ?」

「ああそうかよ。……ゲームは、まぁ人並かな」

「ほう? では次です。最近、桜木さんが学内でいつもと違う行動を取ることが多くなったらしいんです。先生方はあなたとの交際をきっかけに悪い印象を受けていると思っているようですが……」

 三枝は膝を折り、俺と視線を合わせてきた。

 そのまっすぐな、曇りのないガラス細工のような視線に、俺は思わずごくりと生唾を飲み込んでしまう。

「本当にそうでしょうか?」

「ど、どどどういう意味だ?」

「どういう意味もこういう意味も、そのままですよ。何かしらの影響を受けたのはあなたの方だ。違いますか?」

「そ、それは……」

 じーっと、吸い込まれるような水晶のごとき真っ黒な瞳。

 目を逸らしたくなって、でもなぜかそうしてはいけない警報が鳴り響く。

「……ち、違うに決まってる、だろ?」

「なぜ疑問系なのでしょうか?」

「うぐっ!」

 何なんだこいつ。この、俺の心の中を見透かしてやろうとしているかのような言動は。

「……ふむ。まぁいいでしょう。では第三の質問です」

 三枝の顔が俺から離れる。

 だが、注がれる視線に変化はない。

「わたしは思うのですよ。桜木さん、実はみんなから見られているような『深窓の令嬢』なんかじゃないんじゃって」

「えーと……それはどういう……?」

「成績もいい、容姿端麗、スポーツ万能……そんな人間は存在しない。それがわたしの考えです。しかし桜木さんは絵に描いたようにそれらすべてを、まるで教本か何かのように完璧に演じている」

 三枝の顔が、歪に歪む。

 一体、こいつは何が言いたいんだ?

「そう、まるでアニメがマンガか。それこそ創作上のキャラクターでも演じているかのように一寸の狂いなく」

 ドキンッ、と心臓が跳ねた。

 ま、まさか桜木の秘密がバレたんじゃないだろうな?

 俺は目の前のパパラッチを恐れずにはいられなかった。

「な……んで、そんなことを?」

「その反応……まぁ半分くらいはあたりというところですか」

 確信を持って、三枝はそう言い放つ。

 こいつはどこまで知っているんだ?

「……あなたから聞きたいことはこれですべてです。あとは本来の趣旨に従って、桜木さん本人に訊ねたいと思います」

「……待て」

「それでは。わたしは桜木さんを探さないと」

 三枝が踵を返す。

 何で、おまえがそんなこと言うんだよ? どうしておまえが、桜木の秘密を暴こうとするんだよ? だっておまえは桜木と何の縁もない、ただの同級生のはずだろ?

 そう問い正してやりたい気持ちで一杯だった。

 けど、思いは言葉にはならず、三枝の後ろ姿を呆然と眺めていることしかできなかった。

「待って、三枝さん!」

 突然、桜木の声が響く。

 すぐさま三枝が振り返り、一泊遅れて俺も振り返った。

「桜木……? 何で?」

「ああ、桜木さん。ちょうどよかった。あなたを探していたところです」

「あなたのやっていることは、すごくおかしいですよ!」

「おかしい、ですか。これはまた妙なことを言い出しましたね」

「妙なことではないでしょう。だってあなたの行っていることは、まるでちぐはぐですから」

「へぇ……わたしのどこがちぐはぐだと?」

「あなたは最初、最新ゲームの危険性と問題性を際立たせるために取材をしていたはずです」

「それが? こんな場所で学内一の有名人と出会えたなら、そちらに取材対象を変更するのは自然なことだと思いますけど?」

「確かに、一見するとそうでしょう」

 桜木の息が上がっている。たぶん、全力疾走で逃げ、そしてまた全速力で戻って来たのだろう。証拠に、普段の体育の時間には決してかかない汗をかいている。

「でも、あなたの行動にはまるで一貫性がない」

「……何を調べ、どんなことに興味を持つかなんてわたしの勝手のはずです」

「その通り。そこに私が口を挟むことでないのは十分承知しています。けど、これだけは言わせて下さい」

 シン、とその公園内が静まり返った。

 いや、あまりの緊張感にそう錯覚してしまっただけかもしれない。

 どちらにせよ、俺の耳には一切の音が途絶え、また桜木と三枝、二人息づかいだけが鮮明に聞こえてくる。

 そんな極限状態の中で、俺は二人を交互に見比べる。

 どちらも毅然とした態度は崩さない。まるで、互いが互いを誤っていると、そう確信しているかのように。

 そして、たっぷり五秒ほどの時間を経て、桜木はようやく口を開いた。

「三枝さんあなた――ゲーム好きですね?」

「は? おいおい、何言ってるんだ桜木」

「そうですよ、桜木さん。わたし、ゲームはおろかマンガやラノベの類いすら読みませんよ?」

「いいえ、あなたはゲームが好きで好きでたまらないゲームオタクのはずです」

「いやいや、オタクとかそんな恥かしい単語は使わないで下さいよ」

「恥かしい? なぜです?」

「だってオタクといえば人類の負け組。リア充を恨み妬み、そして自分の手は一切汚さず努力せず、あまつさえ他力本願によってのみ願いを叶える害虫のような存在じゃないですか!」

「だめですよ、三枝さん。そうやって自分を卑下にするのはよくありません」

「卑下になんてしてないです! わたしはわたしの意見を言っているまでですよ!」

「そうですか。なら、残念です」

「残念?」

 桜木の言葉を上手く飲み込めなかったのか、眉間に皺を寄せる三枝。

 大丈夫だ。俺もよくわからなかったから。

「私、あなたとはいいお友達になれると思っていました。でも、残念です」

「それはつまり、あなたとわたしは相入れることはないと?」

「その通りです。これを見て下さい」

 そう言って桜木が差し出したのは、彼女のスマホだった。

 そこに映っているものを見て、俺は唖然とした。

 なぜなら、映っていたのはついさっき、三枝に見つかるまでの間俺と桜木でやっていたボールをシュートしたモンスターをゲットするゲームの起動画面だったのだから。

「そ、それは……」

「そう。三枝さんが毛嫌いする、最新のソーシャルゲームです。あなたの大好きな」

「は、はぁ! 何を言っているんですか、桜木さん! わたしは、そんなゲーム……」

「だめですよ、そんなふうに言っては!」

 ぴしゃりと、三枝の足掻きを桜木が跳ね除ける。

 俺は、あまりに急な展開ゆえに事態についていくことができず、呆然としたまま成り行きを静観していた。

「な……なぜ! なぜあなたにそんなことを言われなくてはならないのですか!」

「……昔、こんなことを言っていました。『他人に負けるのはいい。でも、自分には負けられない』、『行くぞ、AUO――武器の貯蔵は十分か!』と」

「そ、それは……伝説のゲーム……なぜあなたがその台詞を……ハッ」

「ふふ、語るに落ちるとはこのことですね、三枝さん」

「く、くぅ……」

「ど、どういうことだよ、桜木?」

「まだわかりませんか、健斗くん? 三枝さんもまた、わたしたちと同類だった、ということですよ」

「わ、わたし、たち?」

「ええ、私と私の彼氏、健斗くんの妹さん。そして九条琴音さん」

「おい桜木、その話は……」

 いくらなんでも、本人の承諾を得ずにそのことを言ってしまうのは問題だろう。

 九条はあれで、立場もあるんだし。

「大丈夫ですよ。もう」

「九条さんって、九条財閥の?」

「ええ、その九条さんです」

「か、彼女もまた……だった?」

「はい。私の大切な友人です。そしてあなたも」

「え……? それってどういう……」

「あなたも、私とお友達になって下さい!」

 桜木が右手を差し出す。

 それがどういう意味を持つのか察することのできないほど鈍感な三枝ではなかった。

「……わ、わたしがその手を握るとでも!」

「ええ」

「わたしはあなたたちに酷いことを言いました!」

「すべて、水に流しましょう」

「…………」

 三枝の視線が、差し出されたままの桜木の右手へと落ちていく。

 おそらく、迷っているのだろう。その手を、握っていいものかどうか。

「わたしはオタクです。恥かしい人間です。他人の不幸を嗤うのが好きです。ゲームもマンガもアニメも、大好きです。でも、ずっとそれが嫌でした。わたしは……!」

 目の端に涙を溜め、独白する三枝。

 その言葉の一つ一つを聞きながら、しかし頷くことすらしない桜木。

「わたしは……周囲に本当の自分をさらけ出してもいいのでしょうか?」

「それは――だめでしょう」

「え?」

「へ?」

 三枝の口から素っ頓狂な声が漏れる。つられて、俺も似たような声を出してしまった。

「あの……今の流れから言ってここはいいと答える場面なのでは?」

「そう言われましても。他人の不幸を密の味とする、なんて愉悦部理論を披露されて、おいそれと頷く訳にはいきませんよ。それは人道に反する行為です」

「あ、あの……でも今、自分に負けるのはだめだって……」

「あの程度の台詞で陥落するなんて、三枝さんって結構チョロイんですね」

「あ、ああ……ああ」

 三枝が頭を抱えてふらふらと後退する。

 そんな彼女を嘲笑う、我が恋人。

「いやぁ……ざまぁないですねぇ」

 にやにやとほくそ笑む桜木。

 何だか、どっちが悪役かわからねぇな。

「そんな……そんなバカな! わたしは……」

「第一、私の健斗くんをいじめるのがだめなんですよ。そのツケはきっちり払ってもらいますからね?」

「くっ……だったら、わたしも今回のことを記事にしますよ! 桜木玲は真正のオタクだった。あなたの趣味、全校生徒の衆目にさらしてあげます!」

「どうぞご自由に。しかし、信じる人がいますかねぇ?」

「何を……?」

「学校一の才女と脚色を繰り返す新聞部。さて一体どちらを民衆は信用するか。見物ですね、これは」

「こ、このぉ……」

「あー、あの……お二人さん? ヒートアップしているところ悪いんですけど、そろそろ帰りませんか?」

 もう嫌だこんな空気! 早く解放してくれ!

 しかし、俺のそんな切なる願いなど届くはずもなく、俺を間に挟んだ罵り合いは更にエスカレートしていくのだった。

「あなたがこんな人だとは思いませんでした! 鬼、鬼畜、人でなし!」

「ふふ、あなたにそんなことを言われる筋合いはありませんよ? 自称新聞部のエースさん」

「キーッ! 自称じゃないです! 本当にエースなんです!」

「ああ、チョロイン加減がエース級なんですねわかります!」

「何…だと!」

 何だか、一周回って仲がいいような気がしてきたな、これは。

 妹や九条とはまた違った友人を獲得できて、俺としてはかなりいい気分だ。

 こんな状態でなかったら、本当に最高の気分なんだけど。

「大体あなたは!」

「ふーん……何ですかこのおっちょこちょい」

「くのぉ……ちょっと成績がよくて運動が出来てモテモテで彼氏がいて見た目もいいからって言いたい放題ですね!」

「何ですかぁ? 羨ましいんですか? 嫉妬なんて見にくいですねぇ」

「くそ、くそくそくそぉ!」

 だんだんと地団駄を踏む三枝。

 はぁ……何だかシリアスな雰囲気が一気に壊れちまったなぁ。

 俺はポケットからスマホを取り出すと、例のゲームを起動させた。

「……おっと、レアモンスター発見。早速ボールをシュートしてっと……」

 二人の言い争いが終るまで、ゲームでもして待っていようかな。

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