第5話【信奉者】
校舎の内に突入するや真央の身体は急制動。振り返る。忍が駆けてきた。
「あっ、ごめん……」
いくらなんでも『死ね』は無かったと、反射的にそのことば、[ごめん]が口をついて出ていた。
(よかった、追いかけてきてくれた……)
「いいって、いいって」と忍は軽く口にしてさらにもう一歩詰める。「良かったね、今日も口きけたじゃん」真央はそう耳元でささやかれた。
「毎朝……ありがと……」真央は小声で返事した。
「せんせーの恥ずかしがり方を見るのが毎日のお楽しみで」
「ちょっと!」
「じょーだん、じょーだんっ」
とは言え、ここに関してはけっこうホンキなのだと真央は思っていた。
(……ま、楽しまれてもいいか……)
友だちを置き去りにしてひとり先にバスに乗ってしまう。
(……フツーならこれだけで絶交モンだ……)真央は思う。
——にも関わらずそれほどに怒られていない。
真央は本人も自覚するとおり陰キャである。思考パターンは常にネガティブ方向。〝友情〟についても斜め45度から見下ろすようにじとっと見つめている。そうしていつも思っていることは、
(友情は対等だろうか?)ということ。
〔友だちになってあげている〕〔友だちになってもらっている〕、こんな人の心の機微をかき回すような危うい関係性が〝友情〟にあるのではないのかとこれまで疑って生きてきて、今なおそれを完全に否定できないまま。
そして真央は自身と忍の関係性に改めて思いを馳せる。
(……だとすると、わたしと忍の関係は……)
(……とても変な関係、だ……)
現に毎朝、坂道の通学路。同時刻そこにいる生徒の視線が真央と忍に集まる。真央は他人の視線に敏感で、これについては思い違いでも勘違いでもないという或る確信があった。
(わたし達のことなんか無視してくれればいいのに……)と思っても視線の干渉をビシビシ感じるのである。
実際露骨に嫌な話しも耳に届いている。それは客観的には〝悪口〟とは言えないのかもしれない文字通り『他愛も無い』こと。しかし文字通り他者への愛が無いように真央には思えた。〝他者〟とはもちろん真央自身のことであるが。
『忍は優しいね』
(……そういうことを言う人は単数じゃない……)
それはどこからどう見てもどう考えても、残酷なほどに〝可哀想なコと友だちになってあげている〟、という意味だった。
(……そのくらい似合わない釣り合わない奇妙な二人組に他からは見えるんだ……)
だが問題は当の忍である。その忍は或る時真央に言ったものだった。
「わたしは真央の信奉者だから」
(…………最初はこんな感じじゃない……)
たった今この時だって真央は自身の境遇が信じられない。(これが現実なのか)と。その点、毎朝自分達に奇異の目を向ける他者達との違いは、実はほとんど無い。
(本当にここに〝真央結界〟が存在してるんじゃないか)と、そう思えるほどだった。
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