第三十一話:会合

「……本当に行くのかい」

 怪訝そうな顔でこちらを見つめるミネットに、わたしは視線を返す。そして、それだけで全てを察したらしいミネットは、小さく息を吐いた。

「正直、ぼくとしては、大人である唯。君だからこそ、対価とか、ぼくの正体とか、そういったものについて、話しただけなんだけどね。それこそ、君が考えているみたいに、事はそううまく、運ばないと思うけれど」

「……うるさい」

 それがお門違いも甚だしい怒りであると、分かっていながら、しかしわたしは怒りを抑えきれず、今度こそ睨みつけた。

「勿論、わたしだって、こんな残酷なこと……伝えたくはないわ。でも、彼女たちだって、魔法少女でしょ。だったら、知っておく権利も、義務もあると思うわ」

 対価について。そして、それに付随して、ミネットの正体についても、同様。

 自分たち魔法少女とはどういった存在で、対する魔物はどういった存在で。そういったことまで含めて、あかりさんとひまりさんは、知っておく必要がある。

 魔法少女を続けるか、あるいは辞めるか。それは、全てを知ってからでも遅くない。

「それより」

 わたしは時間を確認する。二人との待ち合わせ時間――昨日の深夜、それぞれに連絡をして、急遽取り付けた予定にも関わらず、二人とも集まってくれるとのこと。そしてその時間を考えると、もうあまり長話をしている時間はないけれど。

 念のため、わたしは確認しておきたいことがあった。

「あんたはいいの? というか、いざ話し始めた時になって、邪魔とか、しないで欲しいんだけど」

「ああ、そこは心配いらないよ。いくらぼくとはいえ、悪魔は、何も嘘をついて人を騙す訳じゃない。むしろ、契約に重きを置いているくらいさ」

「……よく言うわね。対価のことについて、何にも教えてくれなかったのに」

「それは誤解だよ。ぼくは、あくまで自分から言うようなことじゃないから、言わなかっただけさ。だから、嘘はついていない。事実、訊かれたらすぐに答えたろ」

 屁理屈だ。わたしはそう思った。それこそ、契約を交わすのであれば、それに伴うデメリットも、明確にしておくべきではないのか。と思う。しかし、まあミネットの言いたいことが、分からないでもない。

 それこそ、対価について知っていたなら、少なくともわたしは、まともに戦えていたかどうかも怪しいくらいだ。実際、こうして待ち合わせ時間を日中にしたり、あかりさん、ひまりさんと三人。今集まる最大人数で会おうとしているくらい、死を恐れ始めていた。

 最も近い距離にいる魔法少女の生命力を奪い、生きながらえる。そんな、残酷としか言いようのない対価を背負っていると知って、わたしは自分が死ぬことについてくる、例えば痛みだとか、苦しみだとか。そういった、自分に関する恐怖より、他者の命を奪ってしまうという、対価。それについて、恐ろしくなっていた。

 そして、もう戦いたくないとすら、思っていた。

 何が不死の魔法少女だ。これでは、囮になることもできない。だって、次にわたしが死んだら、きっとあかりさんかひまりさん。そのどちらかが死んでしまうのだから、むしろわたしの囮に彼女らを使っているようなものだ。

「じゃあ、行ってくるけど……邪魔はしないのよね」

 最後にもう一度、玄関先で振り返り、わたしは確認する。

 リビングの机に座ったミネットは、首だけをこちらへ向け。ゆっくりと目を閉じた。

「約束するよ」

 場所は、少し悩んでから、前に奈野さんとお茶をしたカフェ。その中に決めた。

 今日も相変わらず、テイクアウトする人たちは多いが、その代わりに店内で過ごす人は、ほとんど見られない。わたしは都合よく思い、先に一人で店内に足を運ぶ。

 椅子を引き、店員さんがそれから間もなく持って来てくれたドリンク。それにゆっくりと口を付ける。それこそ、前に来た時と同じ、抹茶ラテタピ……なんとかかんとか。つまり抹茶のドリンク。その味は相変わらず、こういうものに疎いわたしが説明できるほど、単純な味ではないが、変わらずに美味しかった。こうして、リピートしてしまうほど。

 けれど。

 始めて飲んだ時の方が、よっぽど美味しく感じたのは、きっと味に飽きたから。ではないだろう。胸が締め付けられるような思いで、反対側の席を見つめながら、わたしは天井を見上げる。

 目頭が潤んでいるのは、きっと気のせいだから。

 と、そこで店内のドアが開く音。それに反応して、わたしは思わずそちらを見つめる。

 果たしてそこには、あかりさんとひまりさんが、お店の中を見渡しているところだった。

「あ……っこ、こっちこっち」

 口に含んだ飲み物を飲み込みながら、わたしは慌てて席から手を上げる。すると二人は、すぐにこちらへ気付いてくれたらしい。ハッとした様子で、やや慌てたように席へ近づいてくる。

 そして、最初に近づいてきて、焦った様子を浮かべながら詰め寄ってきたのは、あかりさんだった。

「ど、どうしたんですか、綾瀬さん! 大事な話って、な、何かありましたか?!」

 そしてその後ろから、ひまりさんも不安そうにこちらを見つめている。

「何か……け、怪我とか?」

 怪我をしているのはわたしではなく、むしろあなたの方だけれどね。そう心の中で苦笑いしながら、わたしはひとまずレジを手で示した。

 注文を待っているのか、少し困った様子でこちらを見つめている店員さんを。

「まあ、話はこの後ゆっくりするからさ。先にほら、何か飲み物でも、注文しておいで? お昼ご飯は、もう食べたのかしら」

 それからレジに向かい、すぐに注文を終えた様子の二人。その後姿を見ながら、わたしは改めて、昨日の出来事がまるで夢であったかのような錯覚を憶える。

 ミネットとの対話、ではない。

 その前。ひまりさんと公園で出会い、色々と話を訊いて、最終的に見せてもらった、あの背中を埋め尽くさんばかりの青あざ。しかしこうして、今も身長が低く、ややメニューが見えにくそうにするあかりさんの元へ、メニューを手渡すひまりさん。それから、恐らく小さいね。とでもいったのだろうか。二人で和気藹々と、ドリンクを選んでいる姿を見ていると、とてもこのふたりの仲が、悪い物とは思えない。

 いや、実際に悪いわけではなく、むしろ、とても仲良しなのだろう。そして、それを覆してしまうのが、対価というもので。

 だとすれば果たして、あかりさんにその頃の記憶はあるのだろうか。自分の大好きな――ひまりさんの願い故、とはいえど――妹を、ああも手酷く痛めつけ、なぶっていたという記憶。そしてひまりさんは、一体どんな気持ちで、そのあかりさんと、今こうして、話しているのだろうか。

 その胸中は計り知れないが、こうして見ていると、やはりわたしの決めた選択肢は、間違っていなかったのだと思う。これほど仲の良い二人であるならば、やはり、真実を伝えるべきだ。

 わたしはまず、話の始め方として、ひまりさんの願いを知ることとなったと、ひまりさんへ伝えた。とはいえ、ひまりさんの願いが願いであるため、言葉を慎重に選びながら、恐る恐る。といった風ではあったが、それにしてもひまりさんの反応は、凡そ想像していた通りの物だった。

「……あかりさん、は、ひまりさんの願い……知らないのよね」

「はっ、はい……と、いうか、わたし、誰にも言わないでって、ミネットにお願いしたはずなのに……」

「え、え、なになに、どんな願いなの、ひま?」

 三者三様の反応。少なくともわたしは、ひまりさんがミネットに、他言無用とお願いしていたことに対して、おいあの畜生、早速人との約束破ってんじゃねえか。と思ったし――いや、そもそもお願いをされただけであって、それを約束した憶えは、きっとミネットに無いのだろう。少なくともあの後、わたしが調べたところによると、悪魔との契約とか、約束とか。そういったものは、とにかく破ろうとして、悪魔が破れるものではないらしい。

 これは決して、悪魔が義理堅いとか、約束を重んじるものだから、とか、そういう話ではなく、もっと根本。

 約束を破れないという、ルール。それは例えば、ヴァンパイアが流れる川を渡れないとか、許可なく人の家や部屋、そういった領域に入れないとか、そういうものと同じ、ルール。

 そして、恥ずかしがっている様子のひまりさん。だが、そりゃあそうだろう。何せ、ひまりさんの、自分の願いというのはつまり、あかりさんに好かれたい。あかりさんに、恋愛対象として、好きになって欲しい。という願いなのだから。

 そして最後に、あかりさんの反応。それは誰よりもわかりやすいものだった。つまり、興味。どうやらひまりさんの願いが相当に気になるらしく、隣に座っている日葵さんへ対して、明らかに身体を寄せて、詰め寄るような形で。

「ちょっと、何でわたしだけ教えてくれないのよ! ひま、わたしも知りたいんだけど!」

 と、そこで運ばれてきた、二人の飲み物。それを手渡し、続きを話す。

「……あかりさん、ひまりさんの背中について、何か、知ってたりする……かしら」

 そうしてわたしは、恐る恐る彼女に尋ねる。ちなみに、今回の会合において、わたしが一番言葉に気を遣ったのは、この話題である。勿論、彼女が何も知らず、対価の発生時の記憶が、そのまますっぽり抜け落ちているのなら、正直、それが一番、あかりさんとひまりさん。その両名にとって、幸せなことであると思っていた。だが、もし憶えていた場合。

 それも、鮮明に覚えていた場合、辛いのは、ひまりさんよりも、実はあかりさんであると、わたしは思っていた。

 いや当然、殴られて、実害を被っているのはひまりさんであるため、それより辛い、というのは些か、あかりさん贔屓に映るかもしれないが、それにしたって、あかりさんの現状を思えば。

 ひまりさんを恋愛対象として好きで、それでなくとも元から妹として好きで。誰よりも大切に、大事にしていて。しかしそんなひまりさんを守りたい。そう願って魔法少女になったが故、自分自身がひまりさんをこうして傷つけてしまっている、現状。それを思うと、わたしは正直、同情せずにはいられない。

 勿論、願いの効果は絶大だ。きっと、あかりさんが生きている限りにおいて、そして魔力が潤沢にある限りにおいて、ひまりさんはあらゆる災厄、危険から文字通り、守られるのだろう。それほどに願いの効力は、絶大だ。だが、その代わりに自分自身の手によって傷つけてしまうでは、意味がない。

 果たして、あかりさんは、そんなわたしの質問に対して、それまでひまりさんに、

「ねえ、あんたどんな願いなのよ、お姉ちゃんに教えなさいよぉ」

と、笑って詰め寄っていた表情。それを瞬く間に曇らせた。そして、ゆっくりとわたしの方を見つめる。それから、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「……わたしです」

「お、お姉ちゃんっ」

 と。

 そこで横合いから割り込むように口を開いたひまりさんは、おどおどとした態度で、それを抑えるように、あかりさんへ手を伸ばす。だがあかりさんは、そんな風にされても続けた。

「……わたしが、やりました。わ、分かってます! 勿論、そんな風に、ひまのことを、叩いたり、殴ったりしたら駄目だってのは、わたしが……一番よく、分かってるんです。……でも……」

 最悪だ。

 最悪の事態だ。いや、予想はしていたけれど、どうやら本当にわたしの予想通り、彼女は、あかりさんは。対価の影響を受けて、ひまりさんを虐げた時の記憶。それを鮮明に憶えているらしい。

 わたしは、そうして、そんな落ち込むあかりさんを慰めるひまりさん。対して、そんなひまりさんへ向かって、項垂れるようにして、深く深く頭を下げるあかりさん。その様子を見つめ、思った。

 やはり、この二人には、対価について、しっかりと説明をしておかなければならなかった、と。

 今日、こうして集まって、説明をする機会を設けたわたしの判断は、間違ってはいなかった、と。

「うん、大丈夫だよ、あかりさん。……勿論、ひまりさんにしたことは、駄目なことだけど、でも、大丈夫」

 それはあなたの所為じゃない。

 そう切り出して、わたしは対価の説明を、二人へした。とはいえ、内容的にも難しい話であるし、受け入れることもまた、そう易いものではないだろうから、これまた随分と、説明には難航したのだが、しかしそれでも。二人とも、わたしが一通りの説明を終え、不明な点を訊いた時に何も言わなかったのを見るに、多少は理解してくれたのだろう。

「……つまり、あかりさんの願いと、ひまりさんの願い。それぞれに、相反するような対価が、定められてて……あかりさんは、ひまりさんを傷つけずにはいられなくなるし、ひまりさんは、あかりさんを……元々、好きだったの。憶えてないと思うけれどね。それで……わたしが今日、二人を集めたのは、それについてなの」

 ここからが本題よ。

 そう言って、わたしは最後に改めて、二人の顔を見つめる。

「魔法少女、辞めるんだったら、今の内よ」

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