第二十六話:こうするしか、ない

 他の魔法少女を襲う理由について、渚さんはこう語った。

 その対価の影響もあり、一時は勿論、殺すのではなく、あくまで脅すなりしてドロップを奪う。という方法で、他の魔法少女からドロップを、必要最低限、拝借していた。勿論、それも悪であると分かってはいたが、しかし自分の悩みを捨てられず。

 だが、そんなことをしていれば当然、情報網、人の噂は伝播する。そうして気付けば、他の魔法少女からも疎まれ、今度は逆に、見かけられただけで襲われる始末。

「……わたしが、間違っていないなんて、言うつもりはありません。勿論、初めに悪いことをしたのは――願いのためとはいえ、わたしですから。だから、仕方ないのかな、とも思いました」

 でも。と、渚さんは続ける。

「……自分勝手だってわかってます。でも、わたしだって、魔物からはドロップが入手出来なくて、毎日願いを叶えるために必要なドロップを見つけるので、精いっぱいなんです。それなのに、あんな……」

 学校でいじめられるのが嫌で、変わりたい。こんな自分は嫌だ。そう願った彼女は、しかし魔法少女になってからも、同じような扱いが続いたのだという。

 そして、それは『略奪者をこらしめる』という大義名分を得たことで、より苛烈なものへとなったらしい。

「っ、お姉さんに、わかりますか? 毎日、学校でもいじめられて、それが嫌でリッグに願ったのに、そのドロップを得るためにもいじめられて……あんな、あんな酷いことをする人たちが、魔物からドロップを持ってて、わたしが持っていないなんて……! ……わかってます。勿論、わたしが悪いのは、分かってます。でも! あんまりじゃないですか!」

 それはほとんど、悲鳴にも似た叫びだった。

 わたしはその言葉を、ただ黙って聞く。

 そこには、善悪などない。当たり前だ。勿論、個人的に思う意見はあれど、それは今言うべきではない。

 まだ顔を合わせたばかりで、未だにこの子のことを、きっとわたしはほとんど知らないのだろうが、それでも、その悲痛な顔、絞り出される辛そうな声、それらに偽りはなくて。きっと、わたしが思うより、よっぽど辛い思いを、彼女はしてきたのだろう。

 それこそ、別に渚さん自身、好きで略奪行為を働いていたわけではない。わたしはそう考える。

「その……く、詳しくは言いません。けど、あんな、特にわたしをい、いじめてきた二人……は、どうしても許せなくて。だから、その……手にかけたんです」

 殺したんです。

 そういって、今にも泣きだしそうな彼女の姿を見て、わたしはますます混乱する。はて、一体彼女の身柄を、どうしたものか、と。

 勿論、彼女の罪は法律では裁けない。何せ日本の法律に、魔法に関する記述など、どこにもありはしないから。ましてや、証拠すらアルプとわたしたちの関係上、ただの一片も残らず、死体すら消えてしまう始末。これでは、実際に殺されそうになったわたし自身が、彼女の行く末、罪に対しての罰を決めるべきなのかとも思うが、しかしそれもまた、気が進まない。

 少なくともわたしは、わたしが人を裁けるだけの人間であると、いくら殺された身とはいえ、思えないのだ。

 可哀想。という訳ではない。いや、確かに彼女の辿ってきた道は、とても幸せとは言えない。それこそ、折角願いを叶えて貰っても、自らの命を懸けて、悪者であるアルプと戦えばいい、訳でもなく、むしろ自分がその悪者となり、願いを叶えるために他者、同じように願いを叶えるため、頑張っている魔法少女にとっての悪とならざるを得ない状況には、正直な所、同情を禁じ得ない。

 だが、わたしはこうも思ってしまう。

 そんなことをしてまで、叶えるべき願いなんて、あるのだろうか、と。

 自らの命を賭けるだけなら自己責任と言えよう。それこそ、願いを叶えるのをやめ、何か悪い夢を見ていたと思い込み、そのまま魔力が尽きるのを待っていればその内、魔法少女という立場から、ただの一般人として生きることになるのだ。それこそ、わたしのように願いを叶え続けなければ、死んでしまうという訳でもない。彼女の願いはあくまで、変わりたい。その願いは、果たして他者の願いを叶えるために、他の魔法少女が命懸けで手に入れてきたドロップを、略奪していい理由になるのだろうか。

 その判断が付かないわたしは結局、彼女を家に招いた。そして今は、その道中。

 その理由は明白だ。

 わたしは、この期に及んで、彼女の、わたしを殺そうとした理由などをあれこれと明白にしておきながら、最終の判断をミネットに委ねようとしている。

 彼女の身柄をどうするべきか。

 このまま、改心させるべきか。

 いや、それこそ彼女が改心するという保証すらない。というかそもそも、わたしはあくまで彼女の事情、のっぴきならないその事情を訊いただけであって、そもそも改心させる目的すら持っていない。あまつさえ、ミネットに判断を、責任を押し付けようとしているのだから、きっと罪深いのは、彼女よりもわたしなのだろう。

 卑怯だと思う。

 だが、そんな風に自己嫌悪するばかりでも、責任転嫁するばかりでもなかった。

 ミネットに頼る理由。それは他にもあって。

 記憶操作。

 ミネットが使えるあの魔法を、わたしは頼りにしていた。

 不幸な生い立ちで、変わりたいと願った彼女が、すでに手をかけてしまった二人の魔法少女――果たしてそれがどんな子だったのかはともかくとして、殺してしまった以上、その事実は揺るがないし、かといって、このまま彼女を、対価のせいで、魔物からドロップを得られない以上、見逃すわけにも、そんな悪手で願いを叶えさせ続ける訳にもいかない彼女を、野放しにしておくわけにもいかない以上、わたしが考えられる最良の方法は、記憶操作だった。

 つまり、ミネットによって、彼女の記憶を操作してもらい、初めから魔法少女なんてしていなかった。まずはそう思わせて、そして直に切れる、願いに費やしていた魔力。それが切れて、元の内面と外面に戻ったところで、もう一度、初めからそうであったと思わせて、普通の生活に復帰させる。という方法こそ、最良であるとわたしは考えた。

 そんな対価を持っている以上、とてもではないが、今後も魔法少女を続けさせるわけにはいかない。いくらわたしが、彼女のこれまでに同情しようとも、だからといって、罪は罪で、罰は罰だ。ただでさえ、二人も人を手にかけたわけだから、その報いはしっかりと受けて貰わないといけないわけで、そうなると落としどころとしては、やはりその辺りだろう。

 それから程なくして、家に着いたわたしは、玄関の扉を開ける。とはいえ、彼女、渚さんには、詳しい話を、と説明して家まで連れて来たので、未だに不安そうな表情は消えていないが、それでもわたしが手を指し示すと、大人しく扉をくぐった。

「……お邪魔します」

 そういって、肩を竦めて、怯えたように見える彼女は、やはり普通の中学生で。半ば善悪の区別がつかない――それこそ、いくら酷い目に遭わされたからといって、それが願いを叶えるための対価であるとしても、人を殺していい理由にはならない――それを分かっていない年頃の少女に、わたしは見えた。

 だからこそ思う。

 変わらなくていい。

 別人になろうとなんて、しなくていい。

 勿論、性格はそう簡単に変わるものじゃない。きっと、彼女はこれまでのように、魔法少女出会った時の様な、明るい、自分の望んだ理想の性格ではなくなるだろう。困る事、不便に感じることも、多々あるかもしれない。

 だが、それでも。

 こんな魔法少女なんて、ろくでもないもので居続けて、おまけに人の願いを踏みにじらなければならない。そんな対価を背負ってまで、理想を追求する。そんなことをするよりは、きっと素敵だと思う。

「……渚さん」

 わたしは玄関の扉。そのカギを閉めながら、彼女の背中に語る。

「……正直、わたしも人のことを、あれこれ言えるほど、大した人間じゃないけど。でも……大丈夫」

 その言葉に、渚さんは当然、きょとんとする。当たり前だ。そもそも、ミネットに相談して、記憶操作であれこれしてもらう。そのことは当然、彼女には伝えていない。それに、記憶操作によって、この言葉すら、忘れられてしまうだろう。

 それでも。

 かつて同じように、いじめられて一時はとても悩んだわたしだからこそ、言えること。

「魔法なんかなくたって、変わりたいって思えば、変われるから。……だから、きっと、大丈夫」

 その言葉に、怪訝そうな顔を浮かべる渚さん。

「ど、どういう……何ですか?」

 言いたいことが分からない。そう言いたげな渚さんに、わたしは構わず言葉を続ける。

「……わたしと違ってさ、渚さんは、まだ中学生でしょ? だったら、大丈夫」

 魔法なんかに頼らなくても、きっと、あなたなら大丈夫。

 人生長いんだから。

 その人生を途中でリタイア仕掛けて、それでも尚、リタイア出来なかったわたしが、彼女にこう言っているというのは、なかなかに妙な光景ではあるけれど、それでも言っておく。どうせ彼女は明日になれば、今日のことなど、わたしのことも含めて全て忘れてしまうのだけれど、それでも。

 大丈夫だよ。

 そう言って、振り返った彼女に、わたしは微笑みかける。

 そして。

 とうとう、ミネットと、渚さん。その二人――一匹と一人の対面に、わたしは一歩下がって立ち会う。

「……やあ」

 初めに声をかけたのは、ミネットだった。それに対して、渚さんは心底驚いたような反応を見せる。

「ね、猫が、喋った……!」

 いや。

 会ったことはないけど、アンタの所のリッグ。カラスも喋るんでしょ? そう言いたい気持ちをぐっと抑える。そうして、わたしはミネットの側に着いた。

「まあ、立ち話もなんだからさ。掛けて」

 そういって椅子を指し、彼女をそこに腰掛けさせる。そしてわたしは、またもや無遠慮に机の上――わたし普段そこでご飯食べるんだけどね――に居座るミネットへ、話しかける。

「……彼女は――」

「ああ、大丈夫。今知ったから」

 そう言って、わたしの言葉を遮るミネット。

「あれでしょ? 巷で噂になってる魔法少女を襲う、魔法少女の話だよね」

 そういってこちらに顔を向けるミネット。外見が猫なので、その表情は、わたしには分からなかったが、恐らくミネットのことだ。きっと、訳知り顔でいるに違いない。

 腹立つな。

 そういえば、ヨーロッパで昔行われた、魔女狩り。その際、黒猫も同時に、その狩りの対象として、つまり魔女の使いとして、たくさん殺されたと、昔どこかで知ったのを思い出す。

「ちょ、ちょっと、唯。僕に何をする気なのさ」

 そういって、机の上でわたしから後ずさるミネット。それを見て、ポケットから取り出したスマホを再び、ポケットへしまった。

「いや、一番硬くて、アンタをどつくのに適してるのが、スマホしかなかったから、これでどつこうとしただけよ。気にしないで」

「いや気にするなあ。大丈夫? 動物愛護団体に電話する?」

 と、そんなやりとり、いつものそれをしていたところで、ふと、くすくすと笑う渚さんの笑い声が聞こえて来て、目を向ける。

 そこには、口元を抑え、顔を背けながら、肩をふるふると震わせる姿があった。

「すっ、すみま、せん、その、ふたりのやりとりが、あの、っ、面白、くて……!」

 それからしばらく。

 彼女の笑いが収まるまで待ってから、わたしはミネットに説明を始めた――正直、わたしとミネットのやりとりは、少なくともわたしとしては本当に殺意を抱いているが故に出るものであって、少なくとも冗談半分であるつもりはない。だからこそ、こうして渚さんのように笑われたり、それでなくとも仲が良い、なんて思われたりするのはとても心外で、ともすれば気恥ずかしくなるのだが、それはともかく。

 ……ともかく。

 初めて出会った時よろしく、やはりミネットは、わたしの心や、思考回路、頭の中を読もうと思えば読めるらしい。そんな彼は、実際にわたしのこれから言おうとしていた言葉を、全て察知したらしい。

「なるほど、言いたいことは、大体わかったよ」

 そういって、依然として机に座るミネット。その後ろに立つわたしへと振り返る。

「つまり、ぼくにこの子の記憶を操作して、一般人に戻して欲しいってことだね」

 話が早くて助かる。なんて思えず、わたしは嫌悪感を露にした表情を思わず浮かべる。

 やはり、何度経験しても、こうして自分が言っていないことを把握されるというのは、どうにも気持ちが悪い。はっきり言って、不快だ。

「おいおい、そんなこと思わないでよ。……でもまあ」

 こうするしか、無いかな。

 そういって、改めて向き直る。

 椅子に座り、机に手をつくでもなく、只々、改めて居心地の悪そうに、緊張した様子で、わたしとミネットを見つめる渚さんへ、彼は向き直る。

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