第二十五話:対価
「……殺さないの? わたしのこと」
「え?」
実際、彼女を今更、奪い取ったメスなどで脅した所で、すでに動画ファイルという、この上ない脅しの素材、再びの敵意、殺意に対する抑止力を得ているわたしは、改めて、魔法の力ではなく、本当に落ち着いた頭で考えて、それを返却する。だが、驚いた様子を示した彼女は、それを恐る恐る受け取りながら、そんなことを聞いてくる。
わたしは思わず、訊き返してしまった。
「あっ、え、えと、その……殺さないん、ですか、わたしのこと」
「……いや、別に言葉遣いが気になったんじゃなくて」
君はそれよりももっと気にすることがあるだろう。
人の太ももを切り落としてはいけませんって、学校で習わなかったかな。
「……殺さないから、安心して」
わたしはそういって、衣類に着いた土や砂を払う。ふと気づいたのだが、どうやら肉体と一緒に、衣類も再生するらしい。いや、巻き戻った、という方が、この場合は正しいのかもしれない。
殺される前の状態に、回帰する。といった仕組みなのだろうか。
彼女は、そんなわたしを相変わらず、地面にへたり込んで見上げている。その表情や体制に、先ほどまでの様な、悪感情のようなものは感じられない。それこそ、人が変わったように大人しくなってしまっている。
やりすぎたかな。わたしはそんなことを思う。それこそ、わたしが彼女の立場だったとしたら、大の大人が、死んだはずなのに生き返って、後ろから抱きついて四肢を拘束されて、挙句の果てに喉元に鋭い刃物を当ててくる。そんな体験、いくら自分が先に仕掛けたとして、怯えるのは無理もない。
だが。
なんだろう、怯えているというより。
やはり、人が変わったような印象を受ける。
「その代わり、質問には答えて欲しいかな。流石に、わたしもこのままあなたを、じゃあバイバイって帰すわけにもいかないから」
その違和感も解消したく思って、わたしは彼女にそう告げる。彼女は、そんなわたしを上目に見つめながら、黙って頷いた。
「は、はい、お願いします。だから、その、殺さないで下さい」
いや、怯えてもいるらしい。泣き出しそう、というわけではないけれど、明らかにこちらを警戒して、どんよりとした目を向けている。
とにかく。
わたしはそんな彼女を連れて、場所を変える。毎度のことだが、魔法少女というのは、やはりわたし以外、全員と言っていい程年端もいかない少女なわけで。そんな女の子を、座る場所も何もない、それこそ路地裏で、地面に座らせたまま話を訊くというのは、流石に可哀想だと思うし、通報されかねない。
だからやっぱり、わたしは場所を変えることにした。幸いだったのは、その路地裏から大通りに出たところに、またしてもファミレスがあったことだろう。
かくして、席に着いたわたしは、ドリンクバーを二人分頼み、飲み物を持って席へと戻る。彼女は何が飲みたいのか分からなかったので、取り敢えず、オレンジジュースを入れてみた。
「はい、飲んで」
奈野さんとか、あかりさんとか、ひまりさんとか。彼女たちとこうして話す時とは違い、わたしはあくまで冷静に、平静に、そして冷徹に。決して明るくならないように努めて、彼女に飲み物を勧める。いや、まだ事情を一切聞いていないので、これからどうなるかは分からないけれど、だからこそ、妙に慣れ合うべきではないだろう。
人殺し、ならぬ魔法少女殺しの疑惑が掛かっていることは、決して忘れてはいけない。
「……頂きます」
俯いたまま、こちらをあまり見ようとしない彼女は、そうしてわたしが差し出したコップに手を伸ばし、小さく口に含む。それをゆっくりと飲み下し、小さく息を吐いた。それを見届けて、わたしは改めて本題に移る。
「色々聞いても――いや、質問するから、ちゃんと、正直に答えてね」
言いかけた言葉だが、これは何も、聞いてもいいかな。なんて話ではない。わたしは思わず、優しくしてしまいそうな気持ちを抑え、表情を真顔に戻すよう努める。彼女はそんなわたしの言葉に、小さく頷いた。
「名前は?」
「倉見 渚、です」
「なるほど、倉見さんね。……いくつ?」
「14歳、です」
14歳。ということは、中学二年生か、あるいは三年生である。
……。
え?
「……中学生?!」
わたしはそこで思わず、席から身を乗り出す。だがその風貌――身長が高く、落ち着いた外見であることも相まって、そう感じるところもあるのだろうが、それにしたって、中学生。
今のところ、わたしが出会ってきた魔法少女達のなかでは、最年少じゃないか。いやまあ、そんなことを言い出したら、その彼女たちからすれば、わたしはどう考えても最年長なのだが。
悲しいことに。
いや本当に悲しい。というか恥ずかしい。改めて何で、わたしだけこの歳で魔法少女? もしこれが十歳若くても嫌だな。
殺してください。
と、まあ。
危うくフォークでわたしの首を突きそうになったのはともかくとして。
聞くところによるとどうやら、彼女もまた、魔法少女になったからには、それなりに叶えたい願いも、それによって得た魔法もあるらしく。これが普通の出会い方をした魔法少女、それこそあかりさんやひまりさんなら、わたしも詳しく詮索することはなかったのだが、事が事だ。それこそ、わたしは実際に命を奪われている。なので色々と訊いたところによると、どうやら、彼女が願ったのは、自分を変えたい、変わりたいという願いらしい。勿論、そんな願い自体は誰しも、人生で数度、では効かないほど願うことであり、言ってしまえばとても普遍的、ありきたりな願いではあるのだが、彼女の場合、それが人並み外れていた。その為、魔法に頼ることとなったのだろう。
リッグ。
クランブ=リッグ
そう名乗るカラス――恐らくミネットと同じ、アルプなのだろう――に願いを叶えて貰った。と告げた彼女は、続ける。
「わたし、リッグに願ったんです。こんな、優等生ぶってるわたしじゃなくて、ありのままに生きたい、って」
そう白状したわたしは、当然大人であるため、「アナ雪?」と言いかけた言葉を、ぐっと飲み込んだのはともかくとして。
変わりたい。
それが彼女の願いであるらしい。
そしてその願いは叶えられたそうだ。実際に、彼女が言うに、外見も、内面も、それまで貫いてきた性格もひっくるめ、全てが変わったという。それこそ、これまでの内気な性格は改善され、人と話していても緊張することもなく、学校でいじめられることも無くなり、友達も瞬く間に増えたと。そして外見も、本人曰く、あまり好ましくない見た目から、今や見違えるほどに綺麗な見た目で、理想の自分になれたと。
確かに、そう言われて着目すると、彼女の見た目はとても中学生離れした、それこそ誰が見ても美人だな。という印象を抱くような見た目だ。それに、セクハラになりかねないのでわたしは自重したが、身体の方も、凡そ中学生離れした発育をしているように思う。
なるほど、これが彼女の理想の姿なのか。
出合い頭にわたしを殺そうとし、実際にそれを為しえた彼女のことを、わたしはてっきり完全なる悪人、人の心など持ち合わせていない様な、狂った人物だと勝手に想像していたが、どうやら彼女もこれで、言ってしまえば中学生染みている。何のことはない、普通の少女だ。それこそ、魔法少女であるということ以外は。
「でも」
そこで俯いた彼女は、それから勢いよく頭を下げた。
「すみませんでした。……その、いきなり襲ったりして」
「……いや、まあ……」
わたしは思わず、言葉に困る。
勿論、不死であるわたしなら別に、今となってはどうということはないし、それこそ、奈野さんの形見であるドロップを守る。という当初の目的は達成された以上、そして落ち着いて、更に彼女の願いを聞いてしまった以上、今更それを責める気には、当事者、被害者であるからこそ、責めるつもりにはなれなかったが。しかしどうだろう。ここでわたしが、安易に許しの言葉を投げかけるのも、それはそれで無責任であると感じた。
それ故、わたしは、気にしていないよ。という言葉を投げる代わりに、一つ質問で返した。
「……わたし以外にも、他の魔法少女を、殺したことは、あるの?」
これは純粋な疑問だった。そして、その答えは凡そ、想像が付いていた。なにせ、あの手練れた襲い方。相手の不意を突き、一気に畳みかけるような攻撃。そして、わたしが死に際に、一矢報いようと取った動画。それを知って、明らかに取り乱した様子。どれを取っても、恐らくわたしが初の犠牲者。という訳ではないのだろう。
果たして彼女は、わたしが見ている限りにおいて、素直に白状した。
「……お姉さんを含めて、三人……」
そう答えた彼女の数字。三人。それはわたしを抜いても、二人は確実に、手にかけているというわけで。
その数字を、多いか少ないか。なんて言える立場にないと、分かった上で言わせてもらうと。やはりその数は、多かった。が。
その後の彼女がした弁明。それを聞いて、わたしはますます、判断に困った。
「……仕方ない、なんていうつもりはないです。でも……わたし、魔物から、ドロップを……手に入れられないんです」
その後、色々と質問を繰り替えし、判断に困ったわたしが取った行動。それは、彼女の身柄を、ミネットへと渡し、改めて判断を仰ぐ。という行動だった。そしてその道中、彼女は語った。
対価。
リッグと名乗ったカラスが説明したところによると、どうやら彼女の願いは、変わりたいという願い。勿論、そういった個人の願いに沿って、固有魔法は由来のあるものが付与される。そこまではわたしも知るところだ。
だが、その後の話は寡聞にして知らない。
「対価って……説明、受けませんでしたか?」
果たして、リッグと呼ばれるカラスが律儀で憶えていたのか、あるいはリッグと契約した魔法少女にだけ付与されるものなのか、それは全く分からないが、少なくともわたしがミネットから説明を受けていない言葉を、彼女は続ける。
「魔法、契約には、それ相応の対価が必要で、願いを叶え続けるためには、それ相応の対価を支払わないといけない……って、契約の時に、言われたと思うんですけど……」
わたしはそこで、怪訝な顔を浮かべる。なんだろう、それ。そんな話、本当に初耳で、そんな制度があったなんて、知らなかった。
いや、それこそわたしの契約は、切羽詰まったものであり、そもそも願いをまさか実際に適えてくれるなんて、よもや本当鬼不死の身体を与えてくれるなんて、思ってもみなかったから、ミネットの説明が抜けていただけかもしれないが。それにしたって、それこそ奈野さん、あかりさん、ひまりさんという、同じアルプによって契約を結んだ彼女たちからも、そう言った話は一切聞いていない。
わたしは背筋が薄ら寒くなるのを感じて、続きを聞く。
「あなたの対価は……何なの?」
彼女は答える。
「……魔物じゃなくて、他の魔法少女からじゃないと、ドロップが手に入れられないんです」
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