第二十四話:一死報いる

 どうやら、不死の魔法とは、生き返る際に、再びすぐ死んでしまわないように、身体を再生する能力も併せているらしい。だがそれは逆に言えば、死んでしまわなければ、再生しないわけで。

 いくら気骨のあることを思ったところで、実際に片足を失ってしまったわたしが出来ることなど、対してないらしい。実際、辛うじて立ち上がったところで、すぐに殺されてしまうだろう。

 これは現実だ。それこそゲームや漫画ではないと繰り返すことになるが、あくまで現実だ。それこそ、この場で能力が覚醒でもして、死なずとも再生。なんてことは出来ない。それはわたし自身が良く分かっている。

「へ、へえ……意外と、タフなんだ。お姉さん」

 だが、そんなご都合主義的展開とはいかなくとも、歯を食いしばって立ち上がったわたし。その姿に、目の前の少女は、今やもう勝利が確定しているような状況に置いて、それでもたじろいでいた。そりゃあそうだ。

 これが普通の魔法少女なら、片足を落とされでもすれば痛みで気絶するか、悶絶して命乞いをするか。ほとんどがその程度だろう。だがわたしは生憎と、乞うほど命に価値を見出していない。

 無論、足の痛みは先ほどから、気を狂わさんばかりに感じているし、そこからぼたぼたと垂れ落ちる血。その量も、恐らくすぐに意識を喪失してしまうほどの量が流れ出ている。どれほどの啖呵を切ったところで、少なくとも一度の死は免れそうもない。

 なら。

 わたしは彼女を正面から睨みつける。

「……あ、あなた、勝ったつもりでいるところっ、悪いけど……」

 言っている側から視界がぼやけてくる。既に一度、嗅いだことのある血の生臭い匂いが、鼻を突き、多量の失血により、意識が朦朧としているのも感じられる。

 だが、これだけは言わないと。

 死ぬ前に。

「あなたにわたしは……殺せないわよ」

 必死に立てていた肘。立ち上がった身体はその後、すぐに崩れ落ちていたらしく、今度は肘も力を失い、がくりとした衝撃を感じて、胴体が地面に崩れ落ちる。丁度左肩から地面へ這いつくばるような形になり、最早息をするのも辛い程だ。

 そんなわたしからの、殺せないという発言。

「っ、は、ははは、はは」

 予想通り、彼女は笑い始めた。

 死ぬ間際の人間が吐いた戯言だとでも思ったのだろう。あるいはブラフだと。

「何言ってるの、お姉さん。ふっ、ふざけたこと言わないで。放っておいても死ぬだろうから、こうして放ってるだけだって、分からないの?」

 そういって近づいてくる彼女。恐らく、先ほどのわたしの発言で、更に強く勝ちを確信したのだろう。だからこそ、近づいてきた。わたしはもう、鉛のように重く感じるまぶたを必死で開けながら、それを待つ。

 近づいてきて。

 わたしの這いつくばった頭。その近くに来るまで。

 じっと。

 死にゆく身体で。

「いいよ、分かった。そんなに殺せないっていうんだったら、今すぐにでも殺してあげる。最後までわたしを挑発する度胸は、正直驚いてるけど、殺せないだなんて、馬鹿じゃないの?」

 そして彼女は、とうとうわたしの眼前まで足を近づけてきた。わたしは最後の力を振り絞って、上を見上げる。

 そこには、こちらを勝ち誇った様子で見下ろす彼女の顔が合って。

 わたしはそこで、本当の本当に最後の力と意識を使って、手に持っていたスマホの電源ボタンを押し込んで。

 ポン。

 そんな軽い音と共に、録画が停止される。それを聞いて、意識は途絶えた。

 人生で、二度目の死だ。

 そしてすぐに目が覚める。

 いや、それはあくまでわたしの主観だ。それこそ、先ほどまでの強烈な痛みに寒気、薄れていく意識の感覚に、手足の先が氷水に付けられているような、あの妙な感覚は憶えなくなっているが、それは何も一瞬のうちに回復したわけではないらしい。

 アスファルト。

 そこに頬を付けて横たわったわたしは、ゆっくりと目を覚ます。だが、目は開かない。息すら一度止め、それからゆっくりと、身体が上下しないほどの小さな息を心掛けて、呼吸を繰り返す。

 次いで耳。聴覚を研ぎ澄ます。

「っ、ああ、もう! どうしよう、どうしよう……!」

 すると聞こえてくるのは、先ほどの少女の声。それも、かなり焦っている様子の。

 その声がどうやらうつ伏せで生き返ったわたし。その左後ろ辺り、それもかなり遠くの方から聞こえている声だと分かり、わたしはゆっくりと目を開く。

 この方法は、正直奇跡のように思いついたことで、しかも二度は使えない。恐らく、次に殺されでもしたら、それこそ彼女が余程の馬鹿でもない限り、ドロップをわたしから奪って、そのまま逃げるだろう。そうなれば、目的は達成できない。守るべきものを守れない。

 わたしは精神操作の魔法で、自分を律すると、慎重に薄目で辺りを見渡し、それからゆっくり目を開く。澄ませた耳からは、相変わらずあの魔法少女の切羽詰まった声が聞こえてくるが、それに注意をやりながら、ゆっくりと視線を落とし。

 右手首に付けていた腕時計が、ぎりぎり見えるように手首を動かして、時刻を確認する。

 それによると、どうやらわたしが最後に意識を失い、それからいずれ失血死なりとどめを刺されるなりして殺され、そして生き返るまでにかかった時間。それは五分ほどであると思われる。とはいえ、とどめを刺されたような形跡は、わたしの伏している地面にもない。もし仮に、わたしの首へ先ほどの大きなメス。あれを振るって、しっかりと殺したのだとしたら、それはそのまま地面へと少なからず影響を与えているはずだ。だが、視界を可能な限り見渡してみても、そういった形跡はない。そうすると、やはり自然に失血死したのだろう。

 上々だ。

 わたしがとどめを刺されず、あの後、自然に失血死したということは。

 彼女も、あの死ぬ間際に取られた動画。あれの重要性に、ちゃんと気付いてくれているということだから。

 わたしのドロップを盗むことより、スマホのパスワードを解くことへ躍起になってくれているということだから。

 今や、ネットワーク社会の発達により、クラウドというシステムが構築されている。それはわたしの持っているスマホも同様であり、実際に動画などは、あまり知られていないことだが、アカウントに紐づけがされており、一度保存されてしまった動画などは、そのパスワードとアカウント名を知っていれば、辿ることが出来る。それこそ、スマホが壊れたところで、パソコンなどから辿ることが出来る。ということで。

 それがどういうことか。

 つまり、わたしが不死であると知らない彼女にとって、撮影された動画を、スマホのパスワードを解いて、正規の方法でちゃんと削除しなければ、いずれ警察の手などによって、それが暴かれた際、その動画から、自分のことがばれる。ということである。

 まあ、それでなくとも、最近の技術を用いれば、壊れた携帯からデータを復元することも、きっと出来ないことではないだろうし、どちらにせよ捨ておくわけにもいかないのか。

「もうっ、ほんと厄介なことしてくれたなあっ、くそっ、くそっ!!」

 相当に苛立っているらしく、何度も何度もわたしのスマホのパスワード。それをでたらめに入力しては、拒否される彼女。その後ろへ、足音一つ、物音ひとつ立てないよう、靴を脱いで裸足でにじり寄ったわたしは、それを眺める。

 地面へ屈みこみ、人のスマホを触っている彼女の側へ。

 先ほどとは、立っている姿勢が逆で。

 今度はこちらが不意打ちを仕掛ける。という点に置いて、力関係も逆だった。

「動かないで」

 わたしはそう言いながら、すっかり焦って、地面に置いていた彼女の武器であろう、メス。それを逆手に持ち、喉元へ付きつけ。

 後ろから抱きつくような姿勢にもつれ込ませる。

「――だ、誰っ? さっきのお姉さんの、仲、間……?」

 お尻を地面について、そのまま後ろに体重を移動させたわたしは、そのまま抱きついた彼女ごと、二人で路地裏に座り込むような体制を取る。そして極めて冷静な状態に、魔法でなっているわたしは、両足を伸ばす。

 裸足であることも幸いして、見た目は極めて不格好かつ品の無いことになってしまってはいたが、しかし、彼女の両足を上から回すようにして、開脚した状態で固定することにも成功する。

 まあ、そんなことをしなくとも、喉元に刃物を突き付けられた状態で、すでに動けないことは確定しているのだが。

「仲間も何も……言ったでしょ」

 脳みそが冷水に浸されたが如く、先ほどまでの、死の淵にある思考とは違い、極めて冷徹な思考回路に切り替わったわたしは、呼吸すら荒げずに答える。

「あなたがさっき、殺してくれたお姉さん本人よ。……言ったでしょ、殺せないって」

 今度こそ、雌雄は決した。決着した。完全に、優劣が付いた。

「どうする、今度はあなたが死んでみる? それとも、大人しく降伏する?」

 彼女も、わたしやあかりさんのように、魔法で身体能力を強化できるかどうか、とか、あるいは他に魔法少女がいるかどうか、とか、そう言ったことは正直、この期に及んで未だに分からない。だが、一つだけはっきりしている。

 手に持って、首に刃先を当てがってみて、どうやらこの刃物はかなりの切れ味を有しているらしい。それこそ、なにも魔法由来の武器だから、というより、そもそものメスとしての性能によるものだった。

 そりゃあそうだ。何せ、メスというのは手術に置いて、患者の皮膚を切り裂き、開くための鋭利な刃物だ。それこそあかりさんが使っているような包丁とか、後は一般的な刃物で言うとカッターナイフなどとは、比べ物にならないほどの切れ味を有しているわけで。

 事実、少し当てた際、彼女が身をわずかに動かした。その程度でも切れてしまったのだろう。肩越しに見つめる刃先には、赤黒い血が滲んでいた。

 わたしは咄嗟の判断で、頸動脈付近に当てず、喉の正面辺りに、突き立てるように当てていた自分へ感謝する。

 勿論、一度殺されている以上、わたしがこの子を殺した所で、それは正当防衛と主張するに足るだけのことだし、そもそも魔法少女は死ねば存在や記憶ごと、何もかもが抹消される以上、わたし自身に不利となるような問題も起こりえない。というかそもそも、殺されている以上、殺してやろうかと、思わないでもない。きっと、わたしが初めての相手――略奪の相手ではないことは、成れた口ぶりや素振りから伝わってくる。きっと彼女は、幾人も他の魔法少女を害して、そのドロップを奪っていたのだろうことは確かだ。

 だが、それとわたしが彼女を殺していいかどうかは、また別の問題だ。

 どうしよう。

 正直に言って、わたしは彼女に同情する点もあるし、一方で情状酌量の余地はもうないと思う点もある。それを列挙していけば本当にきりがないけれど、だからこそ、生殺与奪を決めあぐねていた。

 だから。というわけではないが。

 結局、わたしは穏便に事を済ませることにする。つまり、一旦は話を訊くことにしたのだ。

 といっても、わたしも馬鹿ではない。それに、お人好しでも、善人でもない。よもやここで、あなたにも家族や友人がいるでしょう。なんて言って、話を訊いたら終わり。なんてことにはしない。少なくとも彼女はわたしを殺している犯罪者である。なので、話を訊くにあたって、警戒は怠れない。

「……こ、降伏します。だから、その……い……」

 命だけは助けてください。とでも言いたいのだろう。だが、言えないのだろう。少なくとも彼女が先にわたしを殺そうとしたし、殺したし。

 わたしは溜息を吐いて、精神操作の魔法を解除する。

 駄目だ。

 この魔法は、冷酷になるときは便利だが、使い勝手がいいわけではない。

 分かっている。わたしはきっと、この魔法を使ったままの思考回路だったら、それこそ命を助ける代わりに、彼女が逃げられないよう、極めて合理的な判断として、あのメスでそれこそ足首の筋を切ったり、尋問して脅すための材料を聞き出しかねない。実際、頭にアイデアとしてそれが浮かんでいて、疑問に思ったから魔法を解いてみたらこれだ。

 冷静に考えろ、綾瀬唯。

 そんなことを、いくら自分を殺そうとした相手とはいえ、彼女の年はそれこそ高校生くらい。ひょっとすると、あかりさんやひまりさんよりも若いかもしれない。そんな彼女が、わたしを殺そうとした理由。

 精神操作の魔法によって、合理的な判断をするべき場合じゃない。

 人間的な判断をするべき所だ。

 一度殺されたくらい、なんだ。

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