第二十一話:喋る猫
「い、いや、わたしは大丈夫よ? だから、そんな……ね?」
余り詰め寄らないで上げて。わたしはそうあかりさんに伝えるように、彼女の方を見る。しかし彼女は、納得しない。
「いや、駄目ですよ、綾瀬さん。それこそわたしたちは、ミネットから、あかりさんの願いとか、能力とか、そういうことについて、色々と聞いてるんですから。……そんなの、不公平じゃないですか」
そういって眉を顰めたあかりさんは、再びひまりさんへ向き直る。
「だから、アンタもいい加減言いなさい」
あかりさんとひまりさんは、双子らしい。
らしい、というのは、一目でそう分からず、本人から、帰り道に訊いたことで発覚したのだが、双子、とのことで。
それも、二卵性双生児らしい。
つまり、一つの卵子から二つの命が生まれる一卵性双生児と違い、二つの卵子から、二つの命が生まれる二卵性双生児は、それこそ場合によっては性別すら異なることもあるみたいだった。
そして、そんなくらいなので当然、あかりさんとひまりさんの見た目も、凡そ似ているとは言えない。いや、高校生にもなると、いくら双子、それこそ一卵性双生児とはいえ、個性がファッションや髪型、体型などに表れてくる頃なので、そもそも高校生にもなって似ていること自体、そう多くはないのだが。とにかく、二人の服装から何から、とても似通っているとは言えなかった。
それでも先に生まれた、お姉さんのあかりさんは、いわゆるショートヘアー。毛先をくるんと後ろに巻いていて、とてもかわいらしく、活発な印象を受ける。実際、服装もパーカーにインナーでタンクトップ、下にはジャージ生地のショートパンツと、最早この秋口には寒いとすら思えるほどの、動きやすい服装に身を包んでいた。そしてそこから伸びる足は、細いながらも筋肉質で、先ほど魔物との戦闘の際に見せた、あの動き。あれにも納得できるような、引き締まった足をしていた。
一言で表すなら、健康的。という言葉がぴったりだろう。
そして、後に生まれた妹のひまりさん。彼女もまた、ショートヘアー。しかし、性格を知っていくうえで意外だなと思ったのは、あれほど活発なあかりさんが、黒髪であるのに対し、ひまりさんは少し明るめの茶色。チョコレート色、という方が正しいかもしれないくらいの、あくまで暗めの色ではあるのだが、しかしまあ、それにしたって染めているのは確実だろう。これはわたしの完全な偏見なのだが、ひまりさんはそういうお洒落に対しては、あまり気を遣っていないとばっかり思い込んでいたが、むしろ逆なのかもしれない。
実際、それは服装にも顕著に表れていて、あかりさんがパーカーにショートパンツという、活発な服装であるのに対し、ひまりさんはいわゆるお洒落着。それこそ今日も、デコルテの見えるチェック柄の明るい色をしたシャツに、下はフリルのあしらわれたキャミソール。下はスキニージーンズと、見た目はともかく、性格にはギャップを感じざるを得ない。それこそ彼女の怯懦な性格からは想像もつかないほど、派手と言えば派手だった。
あまり、体型の如実に顕れる服装は、好まないとばかり思っていたが。どうやらそんなことはないらしい。それこそメイクにおいても、あかりさんよりもしっかりと、アイシャドウやアイラインまで凝っている印象だ。
まあ、あかりさんの戦闘スタイルからして、魔物を見つけるためのパトロールに、それほど気合いを入れたところで、どうおせ汗や何やらで崩れてしまうから、というのもあるとは思うが、何せわたしは、ひまりさんのそんな、女子女子とした一面に、驚いていた。
ともかく、そのあかりさんに叱られたひまりさんは、小さく肩を竦め、怯えた様な目であかりさんを見つめ返す。
「……だ、だって……」
その後に続く言葉は、しかしその硬く閉ざされた唇から、出ることはない。
わたしは、このままだともしかしたら、喧嘩、というか、あかりさんが更にひまりさんを責めるのではないか。そう思い、慌てて間に入る。
「いや本当に大丈夫だから! それこそ、ほら、願いを聞いたところで、それが戦闘で有利になるわけじゃないじゃない? だから、ほら、言いたくないなら、わたしは全然大丈夫だから、さ?」
あかりさんはどうやら、公平性を重んじる性格なのだろう。というか、単に真面目なのかもしれない。それこそ、先ほども言っていたように、願いを自分たちだけ一方的に知っている。という状況が、あまり好ましくないらしい。だからファミレスでも自分から言っていたし、こうしてわたしが聞いた以上、答えないひまりさんに、苛立ちを感じているのだろう。
というかそもそも。
人見知り気質なひまりさんが、わたしの言葉を明確に遮って、反射的に断った願いの内容。それを果たして、あかりさんは知っているのだろうか。なにせあれほど、あのひまりさんがひた隠しにした内容だ。知っていないとしても、何ら不思議ではない。
己が心から抱える願い。それは存外、人に教えにくいものだから。
わたしのような、突発的な生存本能とは違って。
「……わかりました」
果たして、あかりさんは渋々。といった様子で、首を縦に振る。それを見てわたしは安堵した。
勿論、姉妹である以上、喧嘩は多少なりとも起こるものだ。生憎と、わたしに姉妹兄弟の類はいないけれど、それでも最も親密な、血の繋がっていない他人。と言われるほど、姉妹兄弟は、意見が食い違うことも、時にはあるだろう。どちらも同年代で、歳の差がないともなれば、猶更だ。見たところ、性格も真反対なようだし、それは何も、責められたことではない。
ただ、少なくともわたしの前で、いや、それをいうならわたしが見ていない所でも、あまり好ましくはないのだが、とにかく二人に喧嘩をして欲しくなかった。
それこそ今回の件は、わたしの軽率な興味本位の質問が起因である。となればより一層。二人には、仲良くいてもらいたい。わたしはなにも、揉め事を起こすつもりでひまりさんに質問をしたわけではないのだ。
「……でもひま? 相手の願い事を教えられたら、自分も教えないと、失礼だからね? ほんと、わたしはともかく、綾瀬さんくらいには教えてあげないと、ほんと駄目だよ?」
「……ごめんなさい」
その言葉を聞いて、ああなるほどと、わたしは納得する。
予想通り、どうやらあかりさんも、ひまりさんの願いについては一切、知らされていないらしい。それなら確かに、あそこまで怒るかどうかはともかく、まあ不満に思って問い詰めるのも、分からないでもない。
しかし、それほどまでに言いたくない願いとは。そんなことを考えながら、わたしはアクセルペダルにかけていた足を、ゆっくり踏み始める。
家に着いたところで、ふたりは何度もわたしに、今日の食事に対する礼を述べてから、自転車にまたがる。その頃になっても、未だあかりさんはひまりさんに対して、怒っているような素振りを見せてはいたが、しかし本当に仲が悪いわけではないらしい。事実、駐輪場の街灯は少し暗く、それこそ深夜ともなれば、自転車の鍵を差し込む、鍵穴は判別できないくらいで。だからあかりさんがカギを開けた後、ひまりさんがどうにも鍵を上手く差せずにいた。そこへ、わたしがそうするよりも早く、あかりさんはポケットからスマホを取り出し。
「んもう、これくらい、ちゃちゃっとしなさい」
そういって、ライトで手元を照らしているところを見て、わたしは思わず綻ぶ。
なんだ、やっぱり仲が悪い訳じゃないんだ。むしろ、わたしのことを慮って、人見知りなひまりさんを、怒っていたくらいなのだろうか。
「本当に、今日は色々とすみませんでした、ありがとうございます!」
「ご、ご馳走様でした、パフェ、美味しかったです……」
そう言って頭を下げる二人に、わたしはとんでもないと笑う。
「いやいや、わたしの方こそごめんね、何にも戦闘のお手伝いとか出来なくて……」
ちなみに次回のパトロールの際も、ふたりが着いてくれるらしい。一時はどうなるかと思わされる今日の戦闘であったが、二人の強力なサポートがあれば、わたしも安心して、魔法少女としての特訓が出来そうに思う。それこそ、今日あかりさんがやっていたような、魔力をアシストにした、戦闘スタイル。毛色は違えど、わたしとあかりさんの固有魔法は、存外似通っている――戦闘に不向きという点で。だからこそ、ああやって、基礎の身体能力を向上させて、戦うスタイル。あれは是非とも勉強したいし、一刻も早く、身に着けたいと思う。
死なないだけ。では魔物と戦う上で、武器にも何にもなりはしないが、ああやって近接戦を仕掛ける上では、この上ないアドバンテージになるだろう。それこそ、逆の立場だったなら、わたしが魔物で、不死の魔法少女を相手取るのだとしたら、それはこの上なく嫌な戦いになる。
これはスポーツではないけれど、そういえば昔、部活でやっていたバスケットボール部で、顧問の先生が言っていたことを思い出す。
相手の嫌がることをしなさい。
その言葉は、それだけ切り取れば倫理観の狂った言葉に聞こえなくもないが、しかし誰かを相手取った、対戦、対決という形に置いては、とても大切なことだ。
「次は……明後日だっけ、よろしくお願いします」
あくまで教えてもらう立場、守ってもらう立場に現状、あるわたしは、二人に頭を下げる。そこでまた、あかりさんとひまりさんは、色々と謙遜していたが、ともかく。
若い二人が自転車を立ち漕ぎで帰っていくのを、建物に隠れるまで見送ってから、わたしは改めて携帯で二人とのグループラインに、今日のお礼の文面を送ってから、ポケットにスマホをしまう。そして、家へと戻った。
「やあ、おかえり」
扉を開けると、玄関先でミネットが座って、出迎えてくれる。
わたしはそれを黙って見つめながら、靴を脱いだ。
「……あんたが、せめて喋らなくて、かわいい黒猫だったら、わたしももうちょっと、インスタに上げようとか思うんだけど」
「え、酷いなあ。ぼく、かわいいだろ?」
そういって、リビングへと向かうわたしの後を、小走りで付いてくる。いや、まあ、確かに見た目は、とても愛らしい黒猫だ。わたしも猫派である以上、それは認める。ただ。
喋るんだよなあ。
こいつ。
それも、割とウザい性格だし。
「今日の戦闘は、どうだった?」
椅子に腰を下ろし、冷蔵庫から取り出したペットボトルの水を飲むわたし。その太ももへ無断で飛び乗ってきたミネットは、わたしを見上げて喋る。
「どうもこうも……まあ、無事に終わったわ」
「そっか、それはよかった、何よりだよ」
どうして今日、戦闘があったということを知っているのか。そんなことは一々聞かない。きっと、心を読む魔法か何か、とにかくそんな訳の分からない魔法で、勝手に知っているのだろう。
それよりも。
わたしは家に帰ってきたら、すると決めていたことがあった。
「わたしの魔法について、なんだけど」
首根っこの皮をつまんで、ミネットを机の上にあげる。どうやら、猫の習性、それ自体は変わらないらしく、情けない声を出してだらんとリラックスしたような体制になったミネットは、大人しく、机の上に足を着いて座った。
「ん、どうしたの、何か質問かい?」
顔をプルプルと振り、リラックス状態から戻ったミネットは、改めてこちらに身体を向ける。わたしはそこに詰め寄りたい気持ちを抑える。
質問したい内容。
それは勿論、糸の魔法について。
奈野さんからどうしてか引き継いだ、あの魔法について。
知らないとは言わせない。
今日の戦闘のことだって、わたしたち魔法少女のことは、色々と知っているらしいミネットのことだ。勿論、これについても把握していないはずがない。
わたしは切り出す。
「……あのさ、あんた、わたしたちのこと、色々とお見通しみたいじゃない? だったら、わたしの魔法についても、色々と知っている訳よね」
「ん、そりゃあまあ、ぼくはアルプとして、君たちに魔法少女になってもらうよう、お願いしている立場だからね。……まあそうだね。全部って程じゃないけど、分かっているつもりだよ」
わたしは表情が険しくなるのを感じる。きっとこの怒りは、奈野さんの忘れ形見とも言うべき、魔法。糸の魔法が、使えないことに対しての怒りだ。そして、それをミネットに向けるべきではないと、分かってはいる。
色々と、これまでミネットとは冗談の言い合いもしたし、何なら現存するわたしの身内の中では、一番付き合いが長いのも、他ならぬミネットだ。だから、こんな風にお角違いな怒りを向けられたところで、困らせてしまうと、分かってはいるのだが。
しかしわたしは、そんな怒りを向けずにはいられなかった。
ペットボトルを握る手に、力が籠る。
「わたしの使える魔法、あかりさんとひまりさんに、説明したのよね?」
果たしてミネットは、そんなわたしの質問に対して、事も無げに返した。
「うん? 唯の使える魔法……精神操作と、不死のことだろ?」
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