第十四話:あかりちゃんと、ひまりちゃん

「初めまして、えっと、わたし、魔法少女の、黒川あかりっていいます。で、こっちは妹のひまりです」

 椅子に座っていなかった方の少女、ショートヘアーの黒髪が活発な印象の少女は、そういってわたしに自己紹介をしてくれる。妹らしい、茶髪のボブカットが可愛らしい、妹のひまりさん、の方も、わたしに軽く会釈を取る。

 それから続けて、彼女たちは揃って頭を下げた。

「すみません、突然こんな、お家にお邪魔しちゃって!」

 運動部に所属しているのだろうか。とても活発な印象を受ける彼女は、腰を綺麗に折り曲げて、丁寧に謝罪の姿勢を取った。対するひまりさんは、少し緊張しているのか、おどおどとした様子で、あかりさんを横目に見ながら、動きを真似するように頭を下げる。

「あ、いやっ、それはいいんだけど……」

 わたしは、困惑して顔の前で手を振る。するとあかりさんは、上目にこちらを見つめる。それから頭を上げた。

「……あの、一応、ミネットに、家へ入って待つように言われたとき、わたしとひまりは、起きて、身支度も出来てから、やっぱりお邪魔した方がいいんじゃないかって、言ったんです。でも……」

 聞けば。

 何故わたしの家にそもそも来たのか、その事情は、訊いて納得した。だがそれはともかく、ミネットはそうして、折角気を遣ってくれた二人に対して、大丈夫だから上がりなよ。と、押し切ってくれたらしい。

 いやまあ、確かに外も寒い季節だし、別にミネットが呼んだなら、そこはいいんだけど。見られて困るものもないし。

 ただ。

 わたしは、この場の誰よりも我が物顔で、机に座っているミネットの首根っこに手を伸ばすと、そのまま顔を近づけた。

「……目が怖いけど、どうしたの?」

「あんた、だったらせめて、一言先に教えなさいよ」

「だから言ったじゃないか。リビングに出る前に」

「あんなギリギリで言われても意味ないでしょ。どうする、玉ねぎ食べる?」

「猫に? 毒じゃん」

 ともかく。まあミネットには後で、供物としてオニオンスープでも与えるとして、わたしは改めて、二人に向き直る。

 が、しかしひまりさんだけが椅子に座っていたことからも分かる通り、我が家には椅子が一つしかない。それに机も、小さいものである。とても三人が話せるようなサイズではない。

 わたしは少し考えて、時計に目をやった。

「とりあえず、場所だけ移してもいいかしら?」

 ちなみにこの家までミネットの案内で来た二人。わたしはてっきり、二人は魔法少女なのだから、空飛ぶ箒でも使ってここまで来たのかと、少し淡い期待も抱いたりしてみたのだが、しかしその移動方法は随分と近代的で、なんと電動自転車。それはこのマンションの駐輪場に、鍵をかけて止めておいてもらうことにして、わたしはもう一度服を、部屋着などではないまともな服に着替えたり、メイクを落として手直ししたり、ぼさぼさの髪の毛をくしで梳いたりして、身だしなみを軽く整えてから、二人を連れて家を出た。

 時刻は夜の8時。わたしはマンションの前に回した車に、二人を乗せる。

「ごめんね、軽だからあんまり広くはないけど……でもちょっと、わたしの家はねえ」

 三人中二人が立ち話、なんてのはあまりにも、話をする上で向いていない。だったらいっそ、近くのファミレスまで行って、そこで話そうと考えたのだ。そして、二人もそれで構わないとのことで、わたしはそのレストランに車を走らせる運びとなった。

 ちなみに飲食店ということもあり、ミネットは家で留守番だ。

 ついでだから、家中にバルサンでも焚いて出てくればよかった。

「椅子があと二つあれば、家でも良かったんだけど……ほんとごめんね? 折角、来てもらったのに」

 隣にいるあかりさんと、後部座席で左側、あかりさんの後ろにすわるひまりさんに、わたしは声をかける。

 どうやら、ひまりさんはあまり喋るタイプではないらしく、わたしと目が合うと、小さく会釈をして、気不味そうに目を反らす。そしてあかりさんは対照的に、ややわたしの方に身体ごと向き直ると、大きな目を見開いて、首を横に振る。

「いえいえ、気にしないで下さい! それより、いいんですか? 晩御飯、好きなの注文していいなんて」

 今回も例に漏れず、わたしのおごりである。というか、流石に高校生とご飯を食べるときに、割り勘なんて出来ないし、する気もないし。

 わたしは、首を縦に振った。

「うん、勿論よ? わたしもお腹空いたし、二人とも遠慮せず、デザートまで頼んじゃっていいからね」

「……デザート……」

 あかりさんの声が、少し落ち着いた、活発な少女。という具合の声だとしたら、今聴こえてきたのは、正しく小鳥のさえずるような、かわいらしいもの、という具合。わたしは驚いてルームミラー越しに、ひまりさんを見る。どうやら、デザートというのがかなり気になったらしい。ひまりさんは、先ほどまで目を合わせてくれなかったのだが、今やすっかりわたしを見つめている。

「ん、甘いの好きなの? ひまり……さんで、良いのかしら」

 恐らく、人見知り気味なのだろう。隣で静かに、自分のことのように顔を綻ばせるあかりさんを見ていると、それは伝わってくる。

 そしてひまりさんは、小さく首を縦に振った。

「す、きです。甘いの、すき」

 言いながら、恥ずかしそうに顔を赤く染める。それくらい人と話すのが、本来であれば苦手なのだろう。しかし、それ以上に、デザートが好き。

 なるほど、この年の子は、みんな甘い物で身体が構成されているのだろうか。少なくともわたしは、そもそもお腹だって空いていないし、空元気をこの子らに悟られないようにするので、精いっぱいだったが。

 四人掛けのボックス席に案内されたわたしたち一行は、わたしの対面にあかりさんとひまりさんの姉妹が座る形になった。そしてテーブルには、各々持ってきたドリンクバーと、それから注文したご飯。しかし、まあ予想していた通り、二人ともかなり遠慮をし始めたので、わたしは二人が注文したもの以外にも、取り敢えず多めに色々と頼んだ。今はその料理、サラダにポテトに、二人がそれぞれ頼んだピザやグラタンなどが並んでいる。

 美味しそうな香りが鼻を掠め、わたしは思わず胸やけを起こしてしまったが、それを何とか表情には出さないように心がけながら、グラスに入ったドリンクに口を付ける。

 ウーロン茶である。

 子供の頃はどうして、大人たちはご飯の時に、ジュースを一緒に飲める数少ない機会であり、おまけに飲み放題という、このドリンクバーという夢の様なシステムを利用して、お茶やらコーヒーやらばかり飲むのかと、とても不思議に思っていたのだが、しかし今となっては、それが分かる。なんというか、お茶が結局一番、ご飯と合うのだ。

 いや勿論、ポテトやハンバーガーならわたしもコーラを、とも思ったが、そこで思い直す。そういえばたまにマックを食べるときも、絶対にアイスティーをストレートで注文している。

 運ばれてきた料理を前に、わたしの方を伺うようにしていた二人へ、わたしはご飯を食べるように勧めた。すると、二人とも手を合わせて小さく、いただきます。そういって、それからぱくぱくとご飯を食べ始め、ジュースを美味しそうに飲む二人を見ながら、わたしは、若いっていいなあ。なんて、本当にいよいよな感傷に浸り始めている。

 勿論、この子たちも魔法少女ではあるのだが、それにしても、やっぱりこうであるはずなのだ。年頃の高校生、というのは。

 胸がきつく締め付けられる感覚に、わたしはそこで目頭が熱くなるのを感じる。固く閉ざした唇が震え、思わず歯で噛む。

 何をやっているんだ、わたしは。

 こんな子供たちの目の前で、泣いてしまいそうになるなんて。情けないにも程がある。周りを見渡すと、それこそファミレスよろしく、彼女と同年代程の男女も、小さい子供を連れた家族連れも、みんな楽しそうにご飯を食べている。そんな光景を見て、泣いてはいけないと、自分を戒めようと、わたしは更に辺りを見渡すのだが。

 どうにも目に着いてしまうのは、高校生の女の子ばかりで。

 奈野さんも、あんな風に、友達と幸せに遊ぶことがあったかもしれない。そんなことを連想して、余計に悲しくなった。

「ごっ、ごめん、ちょっと……」

 限界だった。

 わたしはそこで席を勢い良く立つと、そのままカバンを持って化粧室へ向かう。去り際に見た彼女たちは、そんなわたしを、それぞれご飯をもぐもぐと食べながら、不思議そうな顔を浮かべていた辺り、どうやら気付かれてはいないらしい。

 息が切れる。小刻みに喉が震える。そのまま、震える手でわたしは扉を開け、中に転がるようにして入ると、後ろ手に鍵を閉め。

 せめて泣き声が漏れてしまわないよう、手で口を覆って、扉に背を預けた。

 声にならない、押し殺した音が喉から小さく高く漏れる。

 ダメだな。わたし。

 こんな風に泣いたって、どうしたって、奈野さんが帰ってくるわけでもないのに。それに彼女たちの説明してくれた、わたしを訪ねてきた事情。それも、とても有難いし、本当なら、彼女たちに感謝の言葉を、泣くよりも先に言わないといけないのに。

 生半可に明るく振舞おうと、出会ってからさっきまで、そう心がけていた分、その反動だろうか。わたしはどうにも悲しく、そしてより強く、奈野さんのことを思い返してしまう。

 そうだ。

 これはゲームやドラマなんかじゃない。この非日常的な魔法少女、なんてものになったせいで、危うく忘れそうになっていたが、あくまでわたしは、一人間だ。それこそ、人が死んだことを、あの人の分まで頑張ろうとか、あの人のしたかったことを代わりに。なんて、そんな綺麗な思いを胸に抱いて、前に進める訳じゃない。むしろ、その場にとどまりたくなる。

 進むのではなく、足を止め、一生奈野さんのことを思いたくなる。

 目の前で。あんな風に殺されて。脇腹を噛み千切られて。怖かったろうに、痛かったろうに。それでも彼女は、いくらわたしの魔法があるとはいえ、あんな風に最後の最後まで、人の為を思って。

 それに引き換え、わたしはどうだ。触れなければこうはならなかった、奈野さんの顔に出来た痣に触れて。おまけに、ウォーキング程度にしか、パトロールを捉えていなくて。

 魔法少女どうこう以前に、これでは人として失格だ。

 奈野さんは、わたしが殺したようなものじゃないか。

 死にたい。

「……っ……」

 気が付けば、わたしは涙を流しながら、首に手を当てていた。

 勿論、この時点で、というか泣き出しそうになった時点で、それこそわたしは自分の身体に魔法でもかけていれば、良かった。そうすれば明るく振舞うことも、こうやってお手洗いに籠ることもなかった。だが、わたしはそうしたくなかった。

 それは何も、我が身可愛さ、悪影響を被りたくない、とか、ミネットに注意されたから、とかではなく。

 こうやって苦しみ、悲しみ、それらをせめて受け止めることが、今のわたしが思いつく、今のわたしが出来る、せめてもの贖罪だと思っているから。こうすることで、せめて。

 首に指が食い込む。息が詰まる。喉が痛くなり、吐き気も襲ってくる。首の血管も締まっているのか、顔に血が昇る。わたしは思わず顔を歪めながら、余りの苦しさに、息を吸い込もうとして、慌てて自ら息を止める。

 死ね。

 おまえなんか。

 わたしなんか。

 唇だけで恨みの言葉を、自らに吐き捨て、わたしは更に息を止め続けた。

 その時。

「あ、あっ、綾瀬さん……大丈夫ですか……」

 多目的トイレの扉をノックする音に、わたしは肝を潰す。咄嗟に喉から手を放してしまい、大きく噎せ返る。

「なっ、なに? ってか、えっと……」

 この声は。

「ひまりちゃん?」

 びっくりした。いや本当にびっくりした。わたしは背中に冷や汗をかきながら、慌ててその場に立ち上がる。そうして、背を付けていた扉に向かいなおった。

 扉の向こうからは、再び声がする。

「あ、はい、ひまり、です……。なんだか、お手洗いが長いから、心配になって……その、持ってますか?」

 持ってますか? 何を?

 わたしは今だふらふらとする足取りを正し、咳の治まった喉で、なんとか深呼吸を繰り返しながら、考える。といっても、何も落ち着いたわけではない。心臓が口から出そうな程驚いたお陰で、その鼓動は早鐘を打っているし、扉から視線は離せない。少なくとも、カバンだけは持たないと。後、なるべく早くに出てあげないと。

 それにしても意外だ。まさかひまりちゃんが呼びに来てくれるとは。

「その……持っていないんでしたら、わたし、あるので……使いますか?」

 だから何を?

 わたしは頭がはてなマークになる。

「ご、ごめん、話が見えてこないんだけど……」

 いや、まあ人見知りらしいし、会話が、というか、話を脈絡に沿って話すというのがあまり得意でないのは分かる。だから躊躇われるが、わたしはそこで思わず尋ねた。

「さっきから言ってる、持ってるとか持ってないとかって……何のこと?」

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