第七話:変身とか勘弁してほしい

「とっ、とにかくですね、どうやら、わたしたちは願いによって、その魔法が決められるらしいんです」

 顔を真っ赤にして、それから奈野さんは話を続けた。

 正直、わたしとしては、それどころではない。まず、何々の魔法少女、という文言が、ミネットのセンスによって、その場で決められているのだとしたら、わたしが与えられた、不死の魔法少女、という肩書はともかくとして、奈野さんが与えられた、愛の魔法少女、なんて名前には、いよいよ呆れすら覚える。何よ、愛の魔法少女って。センス終わってんじゃん。

 初め、奈野さんを見たときも、日曜お昼の魔法少女かな、なんて疑ったりもしたものだが、どうも魔法少女という存在は、お洒落で格好いいものではないらしい。

 ……というか。

 今、改めて気付いたのだが、そういえば、奈野さんは初めて会った時、そして、それからもしばらくの間、そういえばあのフリフリドレスに身を包んでいたことを、わたしは思い出す。

「だから、わたしの場合は、恐らくお父さんとお母さんの中を、繋ぐ、それから関連付いた、紐とか糸とか、そういう魔法になったんだと思いま……。……聞いてます?」

 相変わらず、顔を真っ赤にしたまま、誤魔化すように説明していた奈野さんは、わたしがどうも上の空であることに気付いたらしい。頬を膨らませ、こちらを見つめる。

「あっ、ごめんごめん、いや、ちょっと気になることがあったの……」

「え、どうかしましたか?」

「いや……大した事、じゃないこともないか。とにかく、服に、ついてなんだけど」

 動揺が隠せない。それほど、わたしは、気付いてしまった事実に、戦慄していた。

 もしかして。

「……魔法少女として、戦うときとか、魔法を使うときって……変身、するのよね、多分」

「……? はい、しますよ?」

 流石にここではできないですけどね。そういって、きょとんとした顔を浮かべる奈野さん。

 わたしは続ける。

「もしかして、なんだけど、わたしも変身、するの?」

「へ? まあ、はい。当たり前じゃないですか。どうしたんですか? いきなり」

「い、いや、その、変身の衣装って、ね。もしか、しなくても、あのフリフリのドレス、だったりする、よね」

「……? はい」

 わたしは、丁寧に、万が一にも腕が当たってグラスが倒れないように、奈野さんの方へ移動させてもらうと、それから改めて、机に突っ伏した。

「……やだぁ」

 え。

 嫌すぎる。

 もう願いを叶え続けるとか、どうでもいいかなあ。

 このまま朽ち果てて行こうかなあ。

「え……で、でも、まあ確かに初めは恥ずかしいですけど……ちゃんと後で、わたしたちを見た人には、ミネットが記憶操作の魔法で、つじつまを合わせてくれますから、大丈夫ですよ?」

「いやそんなMIBみたいなこと言われても……」

 違う。

 人からどうせ忘れられるから、恥ずかしくないなんて思えない。

 奈野さんがそれで折り合いを付けられて、平気なのは、きっとまだ高校生だからだ。

 それくらいの年なら、まあ確かに気恥ずかしさはあるだろうけれど、それでも、年齢とか、体型からして、決して似合わないわけではないのだ。だがわたしはそうではない。考えても見て欲しい。今年30のOLが、夜な夜な、日曜お昼からやってる魔法少女のような、フリフリ女子女子としたドレスを着て、挙句の果てに、隣には現役高校生の女の子が同じ格好。

 一体前世で何をやらかせば、これほどの辱めを受けることになるのだろう。

「心配しなくても、身長に合わせてサイズは調整されるだろうし、大丈夫ですよ?」

 それに意外と動きやすいですし。そういって、わたしを励まそうとしてくれる奈野さん。その励まし方が微妙にずれていることに、早く気付いてほしい。

 わたしは顔を机に突っ伏したまま、喋る。

 さながら、最後の力を振り絞るかのようにして。

「……奈野さんも、ね。わたしと同じ年齢になったら、今のわたしがどれくらい嫌な思いをしながら、この先変身してたのか、わかるように、なるわ……」

「なんだかんだで変身はするんですね、この先」

 とにかく。

 気持ちを切り替えよう。

 わたしはグラスを元の位置に戻して、話の続きを聞くことにした。

 正直、さっき少しでも心の中で、愛の魔法少女って(笑)と思ってしまった自分に、言いたい。

 そんな少し恥ずかしい肩書き程度じゃ済まないことが、この先、そう遅くない内に、お前の身に降りかかるんだぞ、と。人を笑っている場合じゃないぞ、と。

 死ねと。

「それで、次に綾瀬さんの使う魔法についてなんですけど。でもこればっかりは、ミネットに聞かないと、分からないんですよね。それか、一度変身してしまえば、どうすれば魔法が使えるようになるのか、感覚で理解もできるんですけど……」

「……感覚で?」

「はい。なんというか、説明がし辛いんですけど、腕を動かすときに、いちいち右手を上げるぞ、とか、左手を握るぞ、とか、考えないわけじゃないですか。そんな感じで、元からあったものとして、分かるようになる、って感じっていえばいいのかなあ。とにかく、一度変身して、魔力が身体を伝う感覚さえわかってしまえば、魔法を扱うこと自体は簡単ですよ」

 なるほど。まあ、これに関しては、わたしは何とも言えないのだが、しかし、奈野さんが言うからには、そんな感じなのだろう。それこそ、熟練度自体は、やはり経験によるものだとしても、しかしそうやって、魔法を出す、それ自体は、何も難しいものでもないと。てっきり、魔法陣でも描いたり、呪文でも唱えたりするのかと思って、少し身構えてしまったが、それならまだ、戦闘のハードルは下がった。

 強いて言うなら、そもそも魔法少女としてこの先、生活していく上で、コンスタンスに変身していかなければならないことを思うと、生きていくハードルは思いっきり上がったが。

 真剣に悩む。変身して生き恥を晒すか、潔く死ぬか。

 うん、選ぶとしたら間違いなく後者かな。

 ほんと嫌すぎる。

「んー、どうしよ、でも、やっぱり人目に付く場所で変身してみる、なんてのは出来ないですもんね。それこそ、今はミネットもいないわけだから……」

「いたとしても嫌だけど、まあ確かにね」

 少なくとも、巷で話題には上るだろう。それこそ、こんなカフェでいきなり変身でもすれば、そこそこの騒ぎにもなりかねない。

 それに、変身したくない、とは言っていながら、しかしまあ、まさか本気でこの先、隠居をするわけにもいかない。折角奈野さんとミネットに助けられた命だ。

 そうして二人、どうしたものかと悩む。

「あ、だったら、いきなり実地でってのも、あれですけど……今晩、お時間は空いてますか?」

「夜? え、うん、まあ空いてるけど……どうして?」

 奈野さんは、ストローで底の方に溜まったタピオカを、器用に全て吸い尽くしてもぐもぐしてから、話を続ける。

「いや、本当は、綾瀬さんがちゃんと練習して、魔法を使えるようになってから、とか考えてたんですけど……でも魔力が尽きたら、綾瀬さんの場合、即命に関わってくるじゃないですか。だから、もういきなり実地練習といきましょう!」

 習うより、慣れろって言うじゃないですか! そういって、奈野さんはにっこり笑う。

「え、で、でも、大丈夫なの? わたし、言っておくけど、運動神経めちゃくちゃ悪いわよ……?」

「いや、それは大丈夫だと思いますよ? 何せ、魔法少女の素質は、元の運動能力と同じくらい、魔法の素質も関係してきますから! 少なくとも、原初の願いを叶えちゃう綾瀬さんなら、それこそ昨日の魔物の1匹2匹、片手でピン、ですよ」

 いわれて、わたしは昨日の魔物、あの気味の悪い動き方をする、人形を思い出す。もしかして、魔物とはどれもこれも、ああいうグロテスクな見た目をしているものなのだろうか。だとしたら本当に嫌すぎるし、勘弁してほしい。

「じゃあ、今日の、夜11時から、いつもわたしがやってるパトロールを一緒にやって、魔物がいたら、変身してみましょっか」

「でも……ほんとに大丈夫? わたし、絶対足引っ張ると思うけど」

 奈野さんは、ドヤ顔で胸を張る。

「心配せずとも、大丈夫です、いざというときは、わたしが守って見せますから! それに、危なくなったら逃げてもいいですし」

「んー、それならわたしとしてはありがたいんだけど……なんか、ごめんね、恩返しのつもりが、こんな研修みたいなことまでしてもらっちゃって」

 そういって、わたしは頭を下げる。しかし彼女は、首を横に振った。

「いやいや、そんな謝ることじゃないですって! わたしも、やっぱりあの時、救えなかったっていう負い目がありますから。……本当なら、あの時に助けられていたら、魔法少女なんかにならずに、済んだのに」

 そういって、落ち込んだ様子の奈野さん。勿論、わたしはそんなこと、それこそ微塵も思っていないし、むしろ自殺を選んだわたしが、こうして曲がりなりにも生き長らえているだけで、御の字であるのだが。しかし彼女は、そう思えないのだろうか。

 もとはと言えば、わたしが死にたいと思っていた、その気持ちが原因だし、気にすることはないのだが。

 そして、わたしと奈野さんは、それから再び、他愛もない話へと戻った。

「そういえば、奈野さんって、何処の高校に通ってるの?」

 わたしはそう尋ねながら、追加の飲み物が必要か、ふと気になる。すっかりケーキもタピオカも、綺麗に飲食し終わった奈野さんに比べ、わたしの飲み物は、まだ半分近く残っている。かといって、ペースを合わせるようにして、急いで飲んで、じゃあ解散。というのも、どうにも味気ない。

「え、高校ですか? えっと、このカフェから割と、すぐ近くにあるところなんですけど……掛川高校って、分かりますかね?」

 掛川高校。その名前に、わたしは思わずタピオカを勢いよく吸い上げてしまい、気管に入る。

 幸い、それで窒息することはなかったが、しかしむせてしまった。

「だっ、大丈夫ですか?!」

 慌てて奈野さんは、席を勢い良く立ち上がると、わたしの元まで回り込む。それから、背中を優しく擦ってくれた。

 わたしはしばらくして、咳が落ち着いたところで片手をあげ、彼女にもう大丈夫であることを示す。奈野さんはそれでも、少し不安そうな表情は浮かべていたが、再び自分の席へと戻った。

「ほ、本当に大丈夫ですか……? 何か、わたし変なことでも言いませんでした……?」

 わたしはまだ喉に異物感を憶えながら、なんとか応える。

「い、いや、大丈夫……急にあの高校の名前、出されたもんだから、ちょっとびっくりしただけ……」

 驚いた。

 私立掛川高校。

 何とも奇遇。いや、住んでいるところがそもそも近いのだから、それほど驚くべきことでもないのかもしれないが、しかし。

 わたしの母校ではないか。

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