第六話:キュア奈野ちゃん

 魔法少女。ミネットたちの種族を、アルプ。そう言うらしいのだが、とにかくミネットたちによって、願いを叶えられた少女たちは、一様に魔物と戦う命運を背負う。

 そして、どうやらただの人間相手には、魔物がそれこそ、1匹や2匹、取り付いた程度ではなんということはなく、精々が気怠さだったり、少ししんどくなる、その程度らしい。それこそ、魔物がただの人間に対して与えられる影響なんていうのは、それこそ死にたいという気持ち、希死念慮に囚われた人間の、弱り切った、免疫力を失った人間の心に取り憑き、その気持ちを自殺へと誘導する。その程度らしく。

「いわば、風邪のウィルスみたいなものだと考えてもらえれば、分かりやすいと思います」

 ケーキをその小さな口に頬張りながら、彼女は語った。

「普通の人にとっては、いちいち風邪を予防するために、ワクチンを打つほどでもない、そんなウィルス。でも、疲労とか、体調を崩していたりとかで、弱ってる時には、途端にウィルスが身体に入って、風邪を引くじゃないですか。そんな感じなんです」

 だから、綾瀬さんの周りには、魔物が巣食ってたんですよ。そういって、美味しそうにタピオカミルクティーでケーキを流し込む。

「そういう魔物たちと戦っているのが、わたしたち、魔法少女なんです。といっても、別にボランティアとか、そういうわけではないですよ」

 そこでふと、わたしにずっと、これまで向けていた視線を逸らす彼女。やがて、何とも言い難いような表情を浮かべた。

「むしろ、魔物を倒すのは、わたしたち魔法少女のエゴ、と言ってもいいかもしれないです。

 それからの説明によると。

 願いというのは、何も一度、ミネットたちに叶えて貰って、それでお終い、そういうわけではないらしい。そりゃあそうだろう。それこそ、願いを叶えて、それでわたしたち魔法少女に、その後何も求めないわけがない。勿論、余程の正義感に溢れた、誰であろうと苦しんでいる人を放っておけない、そんな人ならともかく、大概の人は、その願いを叶えて貰ったという恩に対して、それからずっと、魔物を相手に、文字通り命懸けの戦いへ身を窶すなど、なかなか出来ることではない。

 自分の目の前で死にかけている人を救いたい。そう思うような善性は誰しもが持っているとしても、だからといって、そんな人をわざわざ、我が身を犠牲にしてまで、救いたいと思える人は早々居ない。増してや、年端もいかない中高生である。どこか知らない所、知らない人の不幸より、我が身が可愛いのは、至極当然と言って、差支えない。

 ならば、どうして魔法少女が、魔物を探して毎夜町をパトロールし、魔物や、それに取り憑かれた人を探しているのか。

 それは、あくまで利己的な理由だった。

「願いってのは、ですね。あくまで、叶えて貰って、それでお終い、ってわけじゃないんです。それこそ、そんなことが許されるんだったら、わたしだって、叶えてもらった後は、魔物相手に戦おうなんて、してないかもしれないです。でも」

 叶えて貰ってからが、むしろ大変なんですよ。そういって、彼女は難しそうな面持ちを浮かべる。

「簡潔に言うと、つまりですね。願いってのは、叶えて貰って、それでお終いなんじゃなくて、むしろそこから、その願いを、叶え続けないといけないんです」

 焚火に例えると分かりやすいかもしれないです。と、彼女は語る。

 並べられた薪に、火をつける、ライター。それがミネットたち、アルプの役目であるとしたら、魔法少女が魔物を倒し続けなければならない理由は、その先、その焚火に、燃料となる木を、くべ続けなければならない。そしてその火は、正しく願い。全ての魔法少女が、願った願いが、それぞれの焚火のようである。

「だから、あくまで簒奪。魔物から、魔力を、わたしたちのエゴで奪い取るわけです」

 彼女はそう言って、ストローを使って飲み物を掻き混ぜる。

「自分の願いを実現し続けたいから。叶った願いを、少しでも長続きさせたいから。……正直、魔物と戦うために必要な魔力なんて、大したことはないんですよ。それこそ、魔物1体に着き、1、2個落とす、あのドロップ。あれ1個あれば、わたしなんかでも、魔物は10体を軽く倒せるくらいの魔力は、得られますからね」

 魔物を倒すために魔物から魔力を奪う、その行為よりも。

 願いを叶える。叶え続ける。そして、その為に必要な魔力こそ、大量に必要なんです。

 だから。

 彼女はそこで、残っていたケーキを全て口に頬張る。

「やっぱり魔法少女なんてのは、エゴの塊で。……どっちが悪なのか、分かったもんじゃないんですよね」

 エゴ。なるほど、少なくとも、彼女にとって、魔法少女として活動するということは、そういう風に映っているらしい。まるで、人に悪さをするものを相手取り、それで得た魔力で、自分のエゴを満たす。その摂理に、どこか不純さというか、不誠実さというか。本来、人助けとは、もっと見返りを求めない、そんな風であるべきだ、と。

 しかし。勿論、そんな風に信じて止まない彼女の考えに、わたしは苦言を呈するわけでも、実際にこれをその場で伝えたわけでもないけれど。わたしはどちらかと言えば、無償の人助けに、あまり高潔さを憶えない人間であった。

 きっと、そういうところもまた、高校生の彼女と、社会人としてこれまで暮らしてきたわたしとの、考えの差、なのだろう。いや、勿論彼女の考え方を否定するわけではない。むしろ、支持されて然るべきだし、人助けとは、欺くあるべきだ。だが。

 そんなことを言い出したら、医者も警察も、消防士も看護師も、主に人助けへ直接従事する仕事はおろか、直接人命に携わらなくとも、仕事というのは、多かれ少なかれ、人が望むからそこに存在するわけで。一見すると、人助けとは言えないような仕事でも、必要であるから存在して、そしてそれに従事する人は、少なからず誰かを助けている。わたしはそう思う。

 そして、仕事とは、賃金が発生する。労働の対価として、金銭が授受される。

 魔物を倒し、人々を希死念慮、自殺願望から救い、対価として魔力で願いを叶え続ける、魔法少女。

 誰かが必要とする仕事を行い、求められた成果を上げ、対価として金銭で暮らしていく、社会人。

 そこにどれほどの違いがあるのだろう。

 なんて。

 そんなのは所詮、詭弁でしかないし、言葉遊びでしかない。彼女が言いたいことは、そんなことではないのかもしれない。

 現実はまるで人の死にたいという気持ちを食い物にするような魔法少女。そして想像していたような、人々を陰ながら助け、跋扈する敵と対峙する、理想的な魔法少女。そのギャップに、やはり思うところがあったのだろう。いや、無論わたしはこれでも大人なので、そういうギャップや、対価を貰う、そしてそれを我が身の為に使う、献身というよりは、あくまでGive and takeな魔法少女の姿にも、折り合いは付けられる。しかし彼女はまだ高校生。どうしても、まだそういった折り合いをつけるのが、苦手な歳なのだろう。

 こんな折り合い、つけない方がいいのかもしれないが。

 だからわたしは、悩みに悩んだ末、少し悲しそうな笑みを浮かべて、悪とはどちらだ。なんて難しくも、的を射たような彼女の質問に、一時は黙ってしまった口を開く。

「そんなに難しく、考える必要はないと思うわ。そんなことを言い出したら、それこそわたしなんて、願いを叶え続けないと、死んじゃうし」

 あくまで明るく。もっと楽観的でいいと思うよ。そんなニュアンスで、言った一言だった。

 だが、そんなわたしの一言は、それこそ余計だったのだろうか。彼女は、一瞬納得したように目を伏せ、それからすぐに慌てた様子で、わたしを見つめ返した。

「……っ、ち、違いますよ? あの、別にわたし、そんなつもりで言ったわけじゃなくてですね。その……すみません」

 疑問符が浮かぶ。

 彼女は何を謝ったのだろう。

 そう不思議に思うわたしに、彼女は申し訳なさそうにフォークを置いて、言葉を続ける。

「もっ、勿論、それは叶える、叶え続けるべき願いですよ? それこそ、本当なら、わたしがあの時、手を掴み損ねずに、助けられていたら、そもそも綾瀬さんは助かっていたわけですし。だから……わたしの願いとは違って、綾瀬さんの願いは、もっと大切で、価値のある願いですから。だから……そんなつもりではなくて。……すみません」

 今度こそ、明確に頭を下げる奈野さん。わたしはそんな彼女に、必死で手を振った。

「いやいや、待って、やめてよ! どうしたの急に! ちがっ、そんなつもりで言ったんじゃないわよ!」

 願いを叶えるなんて、エゴだ。そんな彼女の発言を受けて、わたしが傷ついたとでも勘違いしたのだろうか。別にわたしとしてはそんなつもりで言った先の発言ではなかったし、そもそもそんなこと、考えてすらいなかった。なんというか、場の雰囲気が重くなってしまったので、それを少しでも何とかしようと思っての言葉だった。

 しかし彼女は、わたしが決死の努力で顔を上げさせたその後も、依然として申し訳なさそうに、目を反らしていた。

 だからわたしは、その、拍車をかけて暗くなってしまった雰囲気を、少しでも明るくするために、話題を変えようとした。

「そ、そのっ、奈野さんの願いって、ちなみに何なのかな? もし良かったら、聞かせて欲しいんだけど。……駄目?」

 元々、気になっていたことではあった。どうやら、願いというのは、その人の有する魔法。それに影響を与えるらしく、それが戦い方にも関係してくる。そして、わたしが見ていた限りにおいて、そしてこうして話していても、彼女が願った願いは、想像が出来なかった。

 よもや、スパイダーマンみたいになりたい、なんて願ったわけでもないだろうが、しかしあの魔法。

 魔法の糸を、それこそ蜘蛛の巣よろしく、縦横無尽、とにかくでたらめに張り巡らせ、あまつさえ魔物を搦め取ることも出来る、あの魔法。あれが一体、どんな願いによってもたらされたものなのか、興味があった。

 それこそ、わたしの願いは、そのまま魔法の力としても与えられたようなものだから、余計に気になる。わたしも、この不死性以外に、戦闘用の魔法が使えるのか、あるいはただ魔力が尽きない限り、死なないだけの人間――いや明らかゾンビだけど――なのか。

 もし後者なのだとしたら、早急に戦い方について考える必要があるし、前者のように、わたしも何か戦うための魔法が付与されているのだとしたら、これまた早急に特訓しなければならない。

 願いを叶え続ける。それは焚火のよう。とは、上手く言ったものだ。どうやら、魔力を定期的に費やして、願いを叶え続けていないと、その願いは徐々に、炎が小さくなっていくように、薄らいでいくらしい。それは、大半の願いに置いては、直接命に関わることはないだろう。どんな願いであれ、またすぐに魔力を補填すれば済む話だ。

 だが、わたしはそうもいかないかもしれない。死にたくない。なんて願いをしてしまったせいで、もしもその願いに対して魔力を常に供給出来なければ、その時どんなことが怒るのか、想像出来ないし、あまりしたくもない。それこそ、半死半生、身体が徐々に腐り始めでもしたら大変だ。

 社会人として働いている時は、我ながら生ける屍のような生活だと、自虐的に考えていたこともあったが、まさかそれが実現されそうになるとは。全く嬉しくないし、勘弁してほしかった。

「い、いえ、駄目ってわけじゃないです、けど……でも……」

 そういって口ごもる。何か言いにくい理由でもあるのだろうか。

「ご、ごめんね、別に、無理に聞こうとか思ってるわけじゃないわよ? ただ、折角だから、少し気になったくらいで。だから、全然、言いたくなかったら、言わなくてもいいんだけど……」

 顔色を窺うようにしてわたしは付け加える。すると彼女は、首を横に振った。

「い、いえいえ、そういうわけではないですっ。ただ、その……。綾瀬さんは、不死の魔法少女、って言われてたじゃないですか」

「ん、うん」

 あまり嬉しくはないけれど。なんだよ、不死の魔法少女って。この黒猫、ネーミングセンス無しかよ。とも思ったけれど。

「でも、わたし、そんなカッコいい魔法少女じゃないっていうか、その、イタいっていうか……」

「イタい?」

「……はい。だから、笑わないで聞いてくれるなら、願いは全然、教えてもいいんですけど……」

 笑わないですか? そう言って、不安そうにわたしを見つめる彼女。わたしは、首を縦に振った。

「勿論、笑ったりしないわ。だって、命を懸けてでも、叶え続けたい願いなんでしょ? だったら笑ったりしないわ」

 そう言うと、少し安心してくれたらしい。彼女は、しかしそれでも眉にしわを寄せ、目を左に反らしながら、小さく口を開いた。

「……お父さんと、お母さんが、仲良くなります様に。って、お願い、したんです」

「……え?」

 めっちゃいい子では?

 というか、笑う要素がどこに?

 思わず目を丸くして、わたしは奈野さんを見つめる。

「……元々、わたしのお父さんと、お母さん、ずっと仲が悪くて、いつも喧嘩とかしてて……それで、丁度3か月くらい前、離婚しそうになってたんです」

 なるほど。3か月前と言えば、それこそ奈野さんが魔法少女になったのも、それくらいだったか。

「で、わたし、それが嫌で、毎日、いつも思ってたんです。離婚して欲しくない、ずっと仲良く暮らしてて欲しい、って。そしたら、ある日突然、ミネットが現れて、願いを叶えてくれるっていうから……だから」

 お父さんとお母さんが、仲良くなります様に。そうお願いしたのか。

 わたしは口に咥えたストローを離す。

「……素敵やん」

「で、ですかね」

「いや、ごっつ素敵やん。わしホンマ泣いてまいそうや」

「え、誰?」

 ともかく。

「いやほんとになんていうか、凄い良い子っていうか……それから、ちゃんとご両親は、仲良くなったのかしら」

 わたしが尋ねると、奈野さんは久しく影の差していた顔を、明るくさせる。

「はい、そりゃあもう、これまでが嘘みたいに、二人とも毎日仲良くて、これまで、わたしが見たことないくらいでした。最近もずっと、二人でどこか出かけたり、家でもいっぱい話すようになったりして、ほんと嬉しいんです」

「……話を聞いてる限りにおいて、どこもそんな、わたしが笑う要素なんてなかったけど……ほんとに良い話じゃない?」

 わたしは我慢できなくなって、そう尋ねる。すると、途端にまた、にこやかだった顔を一瞬固まらせ、それから恥ずかしそうに背けた。

「……ほんとに、言わないと駄目ですか」

「え、まあ、そりゃあここまで引っ張られたら、気になるわ」

 イタい、といっていたのも気になる。

「なに、なんか、カッコいい魔法少女じゃないって言ってたわね。不死の魔法少女が、どうこうって」

 黙って小さく頷く奈野さん。

「まあ、それでいうなら、わたしの、この不死の魔法少女、なんてのも、大概痛いと思うけど。……奈野さんは、何の魔法少女なの?」

 長い沈黙。

 そしてその後、奈野さんは小さく口を開いた。

「愛です」

「……あい?」

「愛の、魔法少女、です……」

 顔を真っ赤にして、というか何なら泣き出しそうなほど、恥ずかしそうにしながら、彼女は言った。

 愛の魔法少女。

 ……プリキュアかな?

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