第四話:タピオカミルクティー?

 翌日。

 自殺のためにと、自分の部屋にあるもの、その大半を処分してしまったわたしは、殺風景な部屋で目を覚ます。

 今やわたしの部屋にある家具と言えば、机にパソコン――初期化済み――に、シングルベッド、その程度だった。勿論、衣類の類は、それでもクローゼットの中へ収納していたが、それにしたって、わたしはそれほど衣類を大量に持っている方ではない。精々、スーツが2着に、ワイシャツが3着、あとは私服がちらほら、という程度で、すべてがクローゼットに収まり、それでもまだスペースが開いているほど。

 だから当然、朝起きたわたしは改めて、物寂しい部屋にうんざりとした気持ちを抱いた。そして、昨日のあれが夢でなく、やはり現実に起きたことなのだと、ついに認めざるを得なかった。

 自殺に失敗して。おまけに魔法少女なんていう、歳不相応なものになってしまったという、現実。認めたくないし、出来ることなら目を反らしてしまいたい。

 だが、そうも言っていられない。

 わたしは昨日の晩、あの後帰ってきてから寝る前に充電していたスマホを手に取ると、時刻を確認する。午前9時を少し過ぎた頃で、丁度外も、日がが初秋の町を照らし始めていた。

 ベッドからおもむろに身を起こす。

 欲を言うなら、このままわたしは部屋でだらだらと、自殺一つ満足にできなかった自己嫌悪にでも浸っていたい、そんな気持ちなのだが、しかしそうもいかない。何せ今日のわたしは、これからの予定が詰まっているのだ。

 昨晩、あれから色々と、わたしは奈野さん、それからミネットに、魔法少女、及び魔法について教えてもらった。だが、それは一晩で語れるほどの物でもないらしい。それに、公園に移動した時点で、時刻は12時を過ぎていた。流石にそんな夜中に、年端もいかない女の子をいつまでも連れまわしているのが、それこそもし巡回中の警察にでも見つかってしまえば、いよいよ事態はややこしい。勿論、わたしと彼女に血の繋がりはないし、いうなればさっき知り合った程度。そんな女の子を、夜の公園にいつまでも連れまわしている。

 どう好意的に解釈しても、事情聴取は免れないような事案だった。

 だからわたしは、色々と聞きたいことはあったのだが、それを途中で切り上げると、あの後すぐに奈野さんと、連絡先の交換だけして、家に帰ろうとした。本来なら、それこそ補導されないよう、そして危険な目に遭わないよう、わたしが家まで送ってあげた方が良かったのだろうが、彼女はそれを取り付く島もない程断った。魔法があるのに、怖いものなんて、精々、幽霊くらいです。そういって明るく笑う彼女の言うことは、確かにごもっともである。

 並大抵の変質者なら、彼女の魔法があれば、むしろ傷つけずに抵抗する方が難しい程。それほどの殺傷能力は、わたしも一度、目の当たりにしている。

 ともかく、そんな奈野さんの言う通りに、家に帰ったわたしは、その道中も、メッセージをやり取りしていた。

 そしてどうやら、彼女は明日、学校が休みらしく、一日、予定が空いているらしい。だから、今日の続きの説明は、また明日、させて欲しい、と。そんなメッセージが、丁寧が文面で送られてきた。

 わたしは感心した。どうやら最近の高校生には似つかわしくないほど、彼女は礼儀正しい。初め、助けてもらった時などは、わたしも動揺していたし、恐らく彼女も、目の前で不死のゾンビよろしく、死んだわたしが起き上がった時などは動揺していたのだろうが、それでもなんというか、とても礼儀礼節がなっている。親御さんの育て方が良かったのだろうか。

 わたしは、そんな彼女に感謝の意を返信すると、それから明日、何時にどこで待ち合わせをするか、そんな予定を立てた。

 ちなみに、集合時間は11時。場所は、彼女もわたしも家が遠いわけではなく、電車でも二駅程度しか離れていないということで、その間にある、少しお洒落なカフェを提案した。

 正直、最近の高校生がどういったものを好み、そもそもカフェはどういうのが趣味なのか、そもそもカフェよりカラオケボックスの方がいいのではないか、なんて色々と考えはしたのだが、結局他にいい場所も思い当たらず、取り敢えずカフェ、という、半ば逃げ口上のようなメッセージを送ってしまった。

 だが、どうやら悪くない選択だったのだろう。奈野さんも、そのカフェ自体は気になっていたらしく、ひとまずはそこでお茶でも、ということになった。

 お茶。

 高校生に人気――今もまだ人気なのかは、わたしのような20代から卒業しようとしている人間には分からないが――のタピオカミルクティーを、果たしてお茶と言っていいのか、悩むところである。いやまあ、一応ミルクティー、つまり紅茶ではあるので、お茶といえばお茶か。

 起き上がったわたしは、昨日の恰好のままだった服に手をかける。それを脱いで、洗濯機へ放り込む。……つもりだったのだが、洗濯機は只今、我が家にはないことを気付く。仕方なく、その横にあるランドリーバスケットへ放り込んだ。それから下着も外す。昨日は疲れていて、化粧だけ落とした後は、そのまま泥のように眠っていたので、すっかり忘れてしまっていたことなのだが、わたしはお風呂に入っていない。それに、疲れているのか、頭もぼうっとする。恐らく、少し寝不足なのだろう。時間はともかく、質が浅い眠りであったのは間違いない。それこそ、色々と悩むことが多すぎて、とても熟睡できるようなメンタルではなかったのだ。

 そんな頭をすっきりさせるため、わたしは熱いシャワーを頭から被る。浴室に湯気が立ち込め、少し朝の空気で冷えた身体に、じんわりと熱が伝わっていくのを感じる。

 そしてわたしは、胸が何故か痛むのを感じた。

 勿論、外傷ではない。それこそ、昨日の指先ですら、数分で完治してしまうほどの自然治癒力を秘めてしまった身体だ。聞くところによると、魔法少女というのは、その度合いこそあれど、一様に、わたしのような自然治癒力の底上げ、いわゆるリジェネを持っているらしい。つまり、怪我をしても、それは魔力で治療するか、放っておいても、ある程度は治る。それは例えば、出血が早く止まったり、打撲してもそれほど痛みを感じなかったり。流石に骨折ともなると、前述の通り、魔力を注ぐことで、治すことが出来るらしいが。

 しかし、昨日のわたしは魔力を、治癒の為に使ったり、そういうことはしていない。というか今のところ、魔力の使い方自体が良く分かっていないし、変身の方法も同じくだ。それであの回復力。ミネットが言うには、骨折したとしても、数分で同じように治癒される。とのこと。それほどまでに、不死の願いとは、強大な恩恵をもたらせてくれるらしい。

 では、この胸の痛みは。

 結論から言うと、何のことはない。わたしは、熱いシャワーを気持ちいいと、そう思える自分に、こうしてまだ生きている自分に、何故か涙を流していた。

 初めは何か、気の迷いとも思った。シャワーが熱くて泣くなんて、寡聞にして聞いたことがない。だが、それでも一度泣いていると、自覚してしまったわたしは、それからしばらくの間、とめどなく溢れ出る涙を、シャワーで誤魔化すように、顔へ浴びながら、声を押し殺して流していた。

 そうか。

 生きているって、こういうことなのかもしれない。

 そんな、分かったようなことを思いながら、わたしはその気持ちが収まるまで、存分に涙を流してから、ようやく髪の毛と身体を洗い、浴室を後にした。

 それから、わたしは下着姿でドライヤーを使って、髪の毛を乾かしたり、化粧をしたり、乾いた髪の毛をどう結ぶか、どんな髪型で行くか悩んだり、そう言ったことを久しぶりに悩みながら、あれこれとあわただしく部屋を行き来する。それこそ、これまでのわたしは、毎日毎日、苛烈な環境で働いて、休日も満足にないような生活を送っていた。勿論、残業や休日出勤をしている分、給料はそれなりに貰えていたが、いくらお金があったところで、それを使う時間がなければ、結局は無用の長物。溜まっていく一方である。

 だからわたしは、こうして出かけるために服を選んで、化粧をして、髪の毛を巻いて、そういったことに、そういえば長らく触れていなかったような気がする。毎日、会社と家の往復。ご飯を食べて、お風呂に入って、寝て。起きたらまた会社に行って。そんなことを繰り返して、そりゃあ死にたくもなる。

 だから出かける格好についても、わたしはとても悩んだ。正直、準備にかけた時間のうち、半分は服装にかけたと言っても過言ではない。とはいえ、持っている服、それ自体が少ないので、どうしたって組み合わせには、限りがあるはずなのだが。というかそもそも、何も男の人とのデートでもない、むしろ遊びというよりは、今後のわたし、その命が掛かっていると言っても過言ではない、そんなことを聞きに行くくらいなのだから、正直スーツに袖を通した方が、良かったのかもしれないが。なんだろう。化粧も髪型もそうだが、どうにもわたしは舞い上がってしまっている節がある。

 何せ、久しぶりにプライベートで外に出るのだ。どうせなら、かわいい服装をしたい。なんて思ってしまう。

 結局、ボトムスはミモレ丈でスリットが入った、アシンメトリー気味のチェックペンシルスカートに、トップスは少し大き目なサイズの、白いタートルネックのニット。髪型はワイヤーポニーでアクセントを持たせてみた。靴は、少し悩んだが、トップスと色を合わせて、ミルクティー色のスニーカー。そんな衣装に身を包み、わたしは最後に、玄関先で姿見に自分の姿を映す。

 ……気合い、入りすぎかな。

 眉を顰め、唇を噛む自分の姿を眺めながら、わたしは少し悩む。勿論、だからといってお洒落なカフェに、スウェット姿で行けばいいというわけでもない。雰囲気もあるのだし、それに相手は現役高校生の女の子。ある程度、こちらもお洒落をしていくのは、最早マナーであると、社会に出てから心得ている。だからまあ、これくらい綺麗な服装でも、問題はないと思うのだが。

 如何せんわたしは自己肯定感が欠如している。いっそ、存在しないといってもいい。だから、本当にこんな、お洒落な格好で言って、張り切ってるなあ、なんて思われないだろうか。そんなことを、家の近くの窓に映る姿を見ても、車のガラスに映る姿を見ても、駐車場に停めて、目的地のカフェへ移る姿を見ても、ひたすら不安が拭えないでいた。

 だが来てしまったものは、もうどうしようもない。後には引けないのだ。

 腕時計を確認する。いつも会社で使っている腕時計は、そういえばビルから飛び降りて、着地――もとい、落下の衝撃で、すっかり壊れてしまっていたので、今着けているのは、これまたかわいらしい、文字盤に猫が描かれた、小さいものだ。

 10時37分。待ち合せ時間は11時なので、少し早く着いてしまった。かといって、駐車場へ戻って、車の中で待つには、少し面倒な距離。だからといって、カフェへ先に一人で入っているのも、どうにもおかしいだろうか。

 あーもう、これだから苦手なの。

 わたしはとりあえず、その店から少し道路側へ拠ると、街路樹の近くでスマホを取り出す。本当なら、店からもう少し遠ざかりたいほど、近くには、土曜日ということもあってか、女子高生、あるいは女子中学生たちがわいわいと言いながら、集まって、続々とその店や、近くの店へと入っていく。一体、彼女らにとって、わたしはどう映っているのだろうか。おばさんが一人で、カフェ? なんて思われていないだろうか。張り切った格好して、恥ずかしい、なんて思われていないだろうか。

 本当に良くない癖だ。物事を、どうしてわたしはかくも、最悪な方向へ考えてしまうのだろう。彼女らの目に、今映っているのは、間違いなくわたしではなく、タピオカミルクティーだというのに。

 耐えられなくなって、わたしはスマホをカバンから取り出す。そしてLINEを開いて、すぐに奈野さんのトーク画面をタップ。

 画面は、昨日の晩、待ち合わせ時間を相談したところで止まっている。そこにわたしは、新しく文字を打ち込む。

 ちなみに、こうしている間にも、女子高生たちのキラキラとした、THE・青春しています、みたいな空気を感じて、胃がキリキリしている。吐きそう。え、女子高生って存在がもう暴力じゃん。魔物より恐ろしいかも。

 ごめんなさい、今年30のわたしが魔法少女になってしまって。

 本当に申し訳ない。

 殺してください。

 いや、死ねないんだけど。

『奈野さんは、どれくらいに着きそうでしょうか』

 わたしはストレスによって、震える指で、送信ボタンを押した。

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