第二話:なんで生きてるの
「いや。いやいや。いやいやいやいや!」
わたしは、何故かもったいぶって、というか何なら少し格好つけた様な、したり顔を浮かべる猫に、全力で首を振った。
「待って、おかしくない?! 何、魔法少女って!」
あの後。
奈野舞香、そう名乗ったコスプレ少女と、ミネットと呼ばれていた黒猫に連れられて、わたしは訳も分からないまま、まだ自分が死んでいるのか、あるいは生きているのか、それすらあやふやな状態で、近くにある公園へ場所を移された。
そこで聞かされた内容。それは、どうにも荒唐無稽というか、それこそ、何かのドッキリとしか疑いようのない話だった。
「何もおかしいことはないよ」
黒猫のミネットは、隣り合って座ったわたしと奈野さんの前にあるテーブルへ、身軽に飛び乗ると、真っすぐにこちらを見つめてくる。
「さっきも言ったけど、君は確かにあの時、死にたくないと願っただろ? その願いを、ぼくが契約の対価として、叶えてあげた。だから君は、死なずに済んだ。……いや、正確には違うね」
一度目を瞑り、被りを振る。
「生き返った、という方が正しいかな」
「……生き返った……?」
そんな違いはどうでもいい。とも言えないで、わたしは眉を顰める。
「そう、生き返り。要は、魔法の力によって、君は確かにあのビルから落ちて、地面に叩きつけられた。それこそ、唯。君の隣にいるこの子みたいに、変身していたとしても、あの高さなら、流石に助かりはしないだろうね」
言われてわたしも横を向く。そこには未だ、フリフリのドレスに身を包んだ少女、奈野さんが、少し居心地悪そうに、姿勢を正した。なるほど、この格好は、私服の趣味がぶっ飛んでいるわけではなくて、いわゆる変身の際の衣装だと。
信じられるかよ。
「だから当然、君も願いが叶えられて、その後すぐ、死んだ」
そんな大切なことを、まるで取るに足らないことかのように、さらりと言ってのけるミネット。
……いや。
だからおかしいんだって。
「だから、そこが気になってるんだけど」
わたしは、落ち着いて口を開く。正直、パニックになるほどの余裕もない。あまりにも訳が分からなさ過ぎて、声を荒げることも、喋る黒猫に詰め寄ることもできない。ただ冷静に、疑問を解消したいという気持ちだけがあった。
「それでどうして死んだわたしが、生き返ったわけ? なに、魔法の力で、生き返ったとでも?」
「だからさっきから、そう言ってるじゃないか」
半分冗談、半分怒りながら尋ねたわたしに、ミネットは肩を竦める。その態度に、わたしはすでに相当頭に来ていたが、いよいよこの猫を、三味線の皮にでもしてやろうか、とも考え始めていた。
保健所送りにするぞこいつ。
「いやいや、勘弁してよ。何、わたし、まだ走馬灯でも見てるの? 本当に訳分からないんだけど。何、死んで、生き返ったって。そんなの、信じられるわけないでしょ?この嘘つき猫……」
「嘘じゃ、無いんだけどなあ」
なんで信じられないかな。そういって、またミネットは落ち着きなく、辺りをぐるぐると歩き回ると、そのまま勢いよく飛び上がる。そして今度は、わたしの隣に座った、奈野さんの元へ飛び乗った。
「わ、わわっ」
「現に、魔法少女が君の前に、こうして居るじゃないか」
そういって見上げられた奈野さんは、しかし苦笑いを小さく浮かべ、わたしに会釈を返してきた。
「ど、どうも、魔法少女、です」
いや、どうも、じゃなくて。とも思ったが、ともかく。
「はあ……。さっきから、やれ魔法少女だ、やれ魔法だって、主にその胡散臭い猫が言ってるけど」
私はあえて、ミネットとは目を合わせないようにして、奈野さんに視線を向ける。
「ねえ、本当なの? 本当に、魔法が使えるの? あなたも、それからわたしも」
「魔法、ですか。えと、綾瀬さんは、生き返る以外に、わたしもどんな魔法が使えるのか、は分からないですけど……わたしは、はい、使えますよ」
事も無げに、そう言った彼女。なるほど、この子は魔法が使えるのか。
……いや。
本当に悪い夢でも見ている気分だ。
早く覚めてくれないかな。
「でも、ですね」
そこで少女は、少し申し訳なさそうに目を伏せる。
「魔法、見せてあげたい、とは思うんですけど、その……」
「な、なによ。……まさか、生贄が必要、とか言い出すんじゃないでしょうね」
ネズミとかトカゲとか。
「ああでも、生贄ならそこに一匹、良いのが居るじゃない。ミミックだかミミッキュだか知らないけど、さっさと生贄にしましょう」
「ミネットだよ。ミミ=ミネット。さっきまで言えてたのに、なんで急に間違えだすんだい」
「うるさいわね、本当に生贄にするわよ」
「いやいや、生贄は、大丈夫です、必要ないですから!」
猫につかみかかろうとするわたしへ、必死に手を振って制止する奈野さん。
「そうじゃなくて……えっと、何処から話せばいいのかな。その、わたしたち魔法少女って、魔力を使って、戦ったりするんですけど、その魔力って、要はガソリンみたいなもので、その都度補給する必要が、あるんですよ」
「……よく漫画とかであるみたいに、休んだら回復、みたいな感じじゃないんだ」
魔法の存在を疑う、というより、魔法の性質について、こうやって認識の擦り合わせをしている辺り、わたしももう、この現状を認め始めているようで、どうにもすごく嫌な気持ちになりながら、尋ねる。
「はい、むしろ、ただ休んでいるだけだったら、ちょっとずつ、魔力は減っていくくらいです」
「不便なのね」
奈野さんは、そんなわたしのつぶやきに、少し肩を竦める。
「そうなんです。……だからこそ、わたしたち魔法少女は、魔物を倒して、魔力を奪い取る必要があるんです」
そういって、彼女はスカートのポケットに手を突っ込む。そしてごそごそとしてから、何かを握って、取り出した。
わたしは思わず、それを覗き込む。見るとそれは、黒いビーズのような、大小さまざまな大きさの、つぶつぶだった。
「……なにこれ」
なんだかよく分からないけど、あまり見ていて気持ちの良いものではない。むしろなんていうか、気持ち悪い。色も真っ黒から灰色の混じったような色があり、大きさも大小さまざま。こういっては何だが、まるで虫の卵のような、そんなグロテスクさを憶えさせられる。本能的な恐怖を煽るビジュアルだ。
それを、奈野さんは再び、落としてしまわないように握り込むと、上を向いて、口の中へ放り込んだ。
「…………は?」
そして首を戻し、平気な顔で、今度は顎を動かす。
ごり、ごりっ、ぷちっ、ぐに。
思わず耳を塞ぎたくなるような音が聞こえてくる。いや、先ほどのあのビジュアルを、虫の卵のよう、だなんて思ってしまったから、噛み砕く音もグロテスクに聞こえてしまうのだと、分かってはいるが。それでもなんだか、あまり真似したくはない。
というか、さっきからこの子、何を食べてるんだ。
ごくん。喉を小さく動かし、どうやらその摂取は終わったらしい。軽く息を吐くと、彼女はようやくわたしの質問に答えてくれる。
「今のは、魔物のドロップです」
「節子ー」
「それはサクマドロップ」
「なるほど」
魔物、それがどういった存在で、どんな見た目をしているのかもわからないわたしに、いきなりそんな、魔力の種みたいなものを食べるところから見せられても、いまいちピンとこないというのが、正直なところなのだが、ともかく。
一通りの説明を受けたわたしは、なんとか理解しようと頑張った。
「つまり、魔物を倒すと、さっきのつぶつぶみたいなのが――ドロップ、だったっけ? が、手に入って、それを食べて、魔力を回復するってこと?」
「はい、そんな感じです。そして、今ので、かなり魔力も回復できたので――」
そういって彼女は、ゆっくりと目を閉じる。それから、大きく息を吸い込んだ。
「――駄目だな、なったばかりの魔法少女に、ちょっかいをかけようだなんてっ!!」
そう小さく叫んで、手を向ける。丁度、わたしと奈野さんが座っていたベンチ、その向こう側にある、垣根へ。
すると、どういう仕組みか、その手、いや、五本指から、何かキラキラと月明かりを反射したものが、勢いよく伸びていく。わたしは慌ててそれを目で追うと、それはあっという間に、それぞれが別の意志を持っているが如く、近くの電柱や、遊具、自動販売機に、街灯。その至る所へ、まるででたらめに奔っていく。
その動きが止まり、それが視認できるようになったころには、公園中に、本当にありとあらゆるところに、何かキラキラしたものが、縦横無尽に張り巡らされていた。いや、正確には、わたし、それからミネットは、幸いにも奈野さんの後ろへ立っていたため、その範囲からは逃れられていたのだが。
それは、恐らく糸だった。それも、光の反射で辛うじて視認できるほどの、とても細い、糸。
そして、そんな糸が張り巡らされたことにより、垣根の向こうから慌てふためいて飛び出してきた、何かには、どうにも逃げ場がなくなってしまったらしい。
「……なにあれ……」
わたしは思わず、驚きに口元を押さえる。その余りに、奇怪な見た目は、先ほどのドロップ、と言われた魔力の種、のようなものよろしく、いや、それよりも恐怖を煽るというか、どうにも受け付けないような見た目をしていた。
少なくとも、生き物ではない。
大まかには、球体関節人形のような見た目。だが、その手足や首、その他の至る関節は、まるで踏みつぶされて死ぬ前に藻掻いている蛾のように、じたばたとでたらめに動かしている。その動きがどうにも、生き物染みていないというか、とにかく生理的な恐怖を煽ってくるのだ。なんというか、気持ち悪い、という言葉で済ませられないような、とてもグロテスクな動き方である。
髪の毛が本来生えていたであろう頭部は、すでにぼろぼろに砕け、わずかに植え付けられた髪の毛の残骸が、二、三束残っている程度。
でたらめに動く手足は、時々動きを止める。そうして、どうやら右手は二本、左脚は膝のあたりから、二つに分かれて、その両方の膝下から、足がそれぞれ生えている。
と。
そこで、張り巡らされた糸の中を、それでも俊敏に、あちらこちらへと動きを変えながら、徐々にこちらへ近づいてきていたその人形。それが右端の方まで到達したかと思うと、そのまま、一直線に跳んできた。どうやら、わたしのことを言っていた奈野さんの言う通り、わたしを狙っているその人形は、糸の切れ目が、わたしの元まで一直線に続いている、抜け穴を探し回っていたのだろうか。事実、飛びついてくるその人形が、糸に阻まれていないのを、わたしも目視していた。
次の瞬間、わたしは思わず腰が抜けそうになるほどの、根源的な恐怖を感じて、足の力が一気に抜ける。そして、情けなくもその場に、悲鳴を上げながらへたり込んでしまった。
だが、その必要はなかったらしい。
しばらくして、自分が何事もない、そう思ったわたしが、ゆっくりと目を見開いて、見た光景は。
手足を依然、がたがたと動かしながら、距離にしてわたしの手がぎりぎり届く程度の空中で、固定された様子の人形だった。
「まんまと、罠にかかったみたいだねえ」
公園の砂の冷たさを感じるわたしに、ミネットは近寄って喋りかける。
「罠……?」
「そう、罠だよ。……まさかとは思うけど、舞香が、あんな抜け穴を、うっかり作ったと思ったのかい?」
あれは、あのルートに、こいつを誘導するためのものだったんだ。そういって、ミネットは、ガタガタと未だ藻掻いている人形を見上げる。そのでたらめに、そして不規則に振り続けられている首。その右目には、綺麗なガラス細工のような目玉が。そして左目は、どこかで落としたりしてしまったのだろうか。ぽっかりと、孔が開いていた。
と、そこへ。
「すみません、いきなり驚かせてしまって。タイミング良く、低級の悪魔がうろついてたので、折角だから魔法を見せておこうかと思いまして」
腰を抜かしたわたしとは対照的に、まるで何事もなかったかのように、右手を掲げ、その人形に向けたまま、奈野さんは明るく笑って、近づいてくる。
「……これが、魔法?」
「はい。といっても、あんまり派手なものじゃないですけどね。それこそ、魔法のステッキとか、そんなものは無いですし」
戦うのだって、こんな風に、至って現実的な方法です。と、奈野さんは続ける。
いや、何をしたのかは分からないけど、少なくともこれは。
現実味がない。
わたしは、取り敢えず危険が去ったことを理解して、ようやく足が動くようになったのを認める。それからすぐに、これでも30代手前の大人として、子供にいつまでも恰好悪いところは見せていられない。そう思い、お尻に着いた砂を払って、立ち上がる。
そして、相変わらず、じたばたと藻掻く人形に目を向けた。
「……改めて見ると、本当にグロいなあ」
とはいえ、蜘蛛の巣の様な、魔法? の糸に、今やこの人形は自由を奪われているらしい。この状態なら、いやまあ、気持ち悪いし、出来ればどこかへやってほしいという気持ちはあるけれど、それでももう少し近くまで寄れる。
何よりわたしは、この悪趣味な人形よりも、実はもっと気になっていることがあった。
先ほどから月明かりを受け、キラキラと輝く、この糸である。
試しに触ってみよう。そう思い、ふっと何の気なしに、手を伸ばし――
「だ、駄目っ!!」
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