第4話 自覚した日


 何日か彼女に会わない日が続いた。

 電話番号を知っていてもかけるわけでもないし、何となく、どちらもその他の連絡手段について触れたりはしなかった。だから、連絡をしないまま、一週間も過ぎていた。

 一週間が過ぎて、土手にポツンと座る人影を見付けた時、つい、駆け出してしまいそうになった。


「よぉ」


 平静を取り繕って、いつものように声をかける。振り返った彼女は、珍しく制服を着ていた。午前九時。今日、学校に行こうと頑張ったのだろう。


「……よっ!」


 その無理に作った笑顔を見て、何故か、もやっとした。彼女には似合わない笑い方だと思った。それから、なんか腹が立った。


「なにしてんの。入水自殺にするの?」

「……だから、死ぬつもりは無いってば」

「何で消えたいの?」


 あ、訊いちゃった。

 思った時には、彼女も目を丸めていた。もう、取り消す方が不自然だ。「……言いたくないならいいけど」ぶっきらぼうに言葉を続けて、直ぐ隣に座った。


「………上手く、生きられそうに無くて」

「『上手く』」

「みんなに、心配かけてるし……」

「……『みんな』」

「それに多分、親には愛されてないから。此処に居ていいのか、よくわからない」

「……」


 訊いたはいいけど、ほら。俺はこういうことに不得手で、なんと言葉を返していいかわからない。


「………一緒に死ぬ?」

「だからね、」

「地元のニュースが取り上げて、何も知らない人達が俺達のことを『カップルで心中した』と思うかもしれないから、嫌?」

「何それ?」


 あんたが出会った時に言ったんじゃん、と言ったら、そうだったっけ?と彼女は笑った。いつもの笑い方だ。

 少し笑うと、「学校行ってないことが親にバレて。行こうと頑張ってみたけど、行けなくて。引きこもってたんだ。一週間。会えなくて、ごめんね」と言いながら傍の雑草をブチブチと抜き始めた。


「怒られた?」

「ううん。怒られなかった」

「ならいいじゃん」

「良くないよ……」


 ナルホド、彼女はなかなか、複雑らしい。

「怒られたかったの? ドM?」茶化すように訊けば、じとりと睨まれる。「一言余計」言って、「自傷したことはある?」なんて言葉を溜息と共に吐く。


「ジショウ…」

「カッターでさ、指を切ったんだよね」


 ああ、『自傷』。頭の中で、ポンと右の拳を左手の平に打ち付けて叩き、しかし口を挟まずに彼女の続く言葉を黙って聞いた。


「怖かったし、痛いのは嫌だからさ、少しだけ。指先に、数ミリ。じわっと、赤い血が出てね」

「……」

「なんだかホッとしたし、何故か涙が出て。あと、親を悲しませてしまう、と思った。罪悪感みたいなものが込み上げてきて。やっぱり、泣いちゃったんだけど」

「……」

「……お母さんは、気が付かなくて。まぁ、仕事が忙しくて、あんまり会えないんだけど…」

「……」

「結局、構って欲しいだけなんだなって気が付いて。子供だな、自分って、呆れたし、やっぱり悲しくて。誤魔化しながら笑えないのも、そう。学校では、息が詰まる。どんどん学校に行けなくなっていく自分にも、嫌気がさして………」


 あれ、結局、何が言いたかったんだっけ?と彼女は曖昧に笑って話を打ち切った。


「私達って、なんだか似てるよね」

「……何処からその結末になった?」

「不器用に、生きてるところが」


 お揃いだね、と笑うその顔に、初めて、自分が誰の何者でも無いことを、悔しいと思った。いや、訂正する。

 彼女の、『何者』でもない自分を、歯痒く思った。




「誰も愛してくれないなんて思ってるのなら、俺が貴女を愛すよ」




 え?ーーーと、彼女の驚いた声が耳を打ち、初めて、先程の台詞は自分の口が発したものだったのだと自覚した。


「あ、いや、これは、違う、その、励まし、……方を……知らなくて、」


 慌ててつい、首を振ってしまう。自分でも、どうしてそんなことを言ってしまったのかわからない。自分がどうしたいのか、よく理解が出来ていないままだった。ただ無性に、彼女を抱き締めたいと思って、それで……。


「ふふ。ありがとう」


 丸めた目を微笑まし、彼女は、これまで見たどんな微笑みにも敵わない笑みを浮かべた。

「愛されたがりだね、私達」トン、と彼女の体重が俺の左肩に乗る。

「……なんですぐ、一緒にするんだよ」どぎまぎと、紡ぐ。心臓の音が煩くなる。まさか、聞こえやしないだろうな。それが心配で、一層また、鼓動が早くなる。


「一人にしないでよ」

 

 小さく呟く彼女の顔を見ようにも、横を向いて見えるのは彼女の綺麗な髪の毛だけ。

「分かった」と、そう言おうか悩んで、結局、何も言えなかった。でも、流石に自覚する。


 俺は、彼女のことが、好きだ。






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