第3話 かけがえのない時間になった日々
特別な約束をしていたわけではないが、彼女とは殆ど毎日のように顔を会わすようになった。会えない日もある。時々はちゃんと、学校に行っているらしかった。
駅。線路。河川敷。公園。ーーー色んな所で、彼女と過ごした。他愛ない話をしたり、コンビニで買った昼食を食べたり。
「練炭自殺は、死に顔は綺麗らしいけど実は動けなくなっているだけで、そこから、かなりしんどいらしいよ」
ハムサンドを頬張りながら、そんな話をする。
昼にはまだ少し早い十一時。広い公園のベンチに座り、木々の間に見える停められたワゴン車を見ながら、彼女は徐に口を開いた。……不謹慎過ぎやしないか?
他にも、飛び降りは本人の体感時間が長くて地面に辿り着く前に後悔しちゃうらしい、とか、首吊りは……ちょっと反復したくない……。そんな風に、彼女はよく耳にするそういった死に方を「どれもきっと、とっても痛いし苦しい」とまとめて評価した。
「……そんな痛みなんて、どうでもいいんだよ。今の苦しさや痛みから逃れられるなら」
「でも、死ぬその瞬間まで痛いのは、嫌じゃない?」
「一瞬だから、いんだよ。生きてたら、一生しんどい」
「一生?」と彼女はその小首を傾げた。ちまちまと噛っていたハムサンドがいつの間にか残り一口になっていて、それを一気に口の中に放り込む。
「日本人の平均寿命を知ってる?」
物知顔でそんなことを言い出したくせ、スマホを取り出して何やら検索をかけて始めた。
「八十四歳だよ、八十四!」
「……あんたも知らなかったんじゃん」
「今知ったから、お揃いだね!」
ふふふ、と悪戯を叱られた子供のように笑う。
「八十四歳になるまで、辛いままだと思うの?」
「その人がその人である限り、何年経っても、環境が変わっても、変わらないんだよ」
「そう思うんだ?」
「……『今』が辛いから、未来のことなんて、どうでもいいんだよ」
なるほど、と傍に置いていたレモンティーのペットボトルに口を付けた。
「………あんたは、」
その間の沈黙に、つい、訊いてしまいそうになる。「何?」ペットボトルから口を離して訊いてきた彼女に、首を振る。「何でもない」そう言った後に、少し考えて、「オススメの死に方とか、ある?」……考えたわりに、変なことを訊いてしまった。
「オススメ?」彼女も、苦笑する。「私は、死ぬのはやだなぁ…」
でもあんた、『消えたいなら分かる』って、言ってたじゃん……。
会えば会う程、わからない。何故、彼女がそんな言葉を紡いだのか。
学校に行っていない日が多いのと関係ある?イジメ?それともやっぱり、ただ、俺を死なせない為の安っぽい同調だったのだろうか。
ーーー『あんたは、何で、消えたいと思ったの?』
そんなことを、うっかり訊いてしまうところだった。
踏み込み過ぎだ。そんなの、訊いてどうするわけでもない。どうなるわけでもない。傷を舐めあったり、つまらない同調や励ましをするくらいなら、やっぱり、こんな縁は必要ない。
「出来れば、君にも生きていて欲しいな」
ほら。俺は、その言葉が嫌いだ。
「そんな無責任な言葉紡いで、あんたはどう、責任を取るの?」
「……そうだね。一緒に生きていくよ。それでまた、こうして、時々会おうよ。それじゃ、ダメ?」
「あんたは俺の、救いにはならない」
そうかぁ、と彼女はいつも見せるのとは少し違う笑い方をした。……傷付けたのだろうか。傷付いたのだろうか、……どうか。
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