第3話 ありったけの、一握りの勇気
渚がインターフォンの音を聞いて玄関に出向けば、見飽きた顔の幼馴染みが立っていた。訪問について事前に連絡を貰っていた彼は、別に驚かない。
「この、馬鹿」
「……すまん」
一言悪態つくと、言われた勇志は項垂れる。渚はそれ以上責め立てる事もせず、ふぅっと息を吐くなり、家の中へと案内する。
「………この件は触らないって言ったのに、本当に、すまなかった……」
渚の部屋に通されると、勇志は更に頭を下げ、まるで土下座をするようにして渚に謝罪の言葉を繰り返した。
「………言ってしまったことは仕方がないだろう? もう、いい。それに、誰に謝るようなことでも無いからな」
「……」
「……運の悪い事故だった。咲桜には、堪えきれなかったんだろう。記憶を失う程に。……それを知ることを、彼女が望んだんだろう……? なら、私だって、きっと言ったよ」
そう言うなり、すっかり許容する顔をして笑うその幼馴染みに、助けられたことは多い。勇志は「すまない」ともう一度繰り返して、顔を上げた。
「それで、どうだった?」少し掠れた声がかかって、勇志は「ああ」と短く返事をし、宙を仰いだ。
「……やっぱり、事故の事は覚えていなかった。
「……違うよ」
「え?」
「……お前、咲桜に告白したんだろう……?」
渚の長い睫毛が震えた。その奥の瞳も、心なしか揺れている。けれど、真っ直ぐに勇志のことを見ていた。絶対逸らすものかと言う、強い意思を感じる。
それには首を傾げ、勇志は返答の為に、苦笑いを浮かべた。
「………してない」
「え、」
「このタイミングでするわけないだろ? 咲桜はまだ混乱してて、アイツとの関係についてもまだ、決めかねている。おれが今、告白なんてしようものなら……ますます、しんどくなるだろ?」
「…………お前はいつも、そうやって……。結局、遂に告白しないんだろうな……」
「……そうかもな」
ふぅと息を吐く渚の想いを、勇志は知らない。
渚でさえも、それが安堵の為なのか、呆れの為のそれなのか、判断しかねていた。さっさと振られてしまえーーー実はそんな残酷な本心を胸に秘めているのだと、誰にも打ち明けられるはずがない。
何故、人は人の幸せを願えないのか。否、これでは語弊があり過ぎる。
(何故、私は。
じわじわと侵食してくる自己嫌悪に、首を振る。
「……明日、アイツと話してみる」
「……アイツ?」
「サボり魔の後輩」
実は、その後輩に感謝していた理由は二つある。
一つは、咲桜が直ぐに彼を心の支えにしたことだ。朝陽のことを、……忘れたいとまで思った記憶を、思い出さなくても済んでいたこと。
もう一つは、彼が『咲桜の彼氏』であったこと。それが例え、ねじくれた嘘だったとしても。
咲桜に『彼氏』が居たから、この目の前の幼馴染みは遂に咲桜に告白しなかった。ーーーそれは、願ってもいないことだった。
誠実な勇志が、いくら突然現れた謎の彼氏であろうと、咲桜の笑顔を奪うわけが無いのだ。まさか、付き合っている者の存在を知りながら、告白なんてするわけがない。
記憶を失った咲桜に、渚達が出来ることは少なかった。
戸惑いが大きく、直ぐにはどうしていいか解らずにいた。ましてや、『彼氏』なんてそんな機転、回るはずがない。
(勇志は、突然現れた『彼氏』に、何を思ったろうか)
狡い!ーーーきっと、そのようなことを思ったはずだ。と渚はその心情を思案した。
あいつは、私達の大切にしてきた時間、関係性、想いを、何にも加味せず、ひょいっと無遠慮に飛び越してしまったからな。と。
(……狡いのは、私かな。醜いかな、この想いは……)
そっと自虐的に浮かべた笑みに、勇志は気が付かない。
「………夏祭り。今年は、私と二人で行かないか……?」
ありったけの勇気だった。
去年、朝陽は「彼女が出来たから、夏祭りは彼女と行く」と言って、それを聞いた咲桜がショックを受けて、その場から逃げるようにして道路に飛び出してーーー…咲桜を庇った朝陽が、車に轢かれた。
二人は入院。
去年、夏祭りには行けなかった。物心がついて、初めての事だった。
「………まだ、わからない」
期待しているのだろうか。咲桜が、アイツと別れる未来を。
勇志は、渋い声で答える。
渚の勇気には、気が付かない。
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