第2話 貴方の『誰か』が私だったらいいのに。

 小学六年生になると、母がスマホを持たせてくれたので、早速連絡先を交換して貰った。アドレス帳には、母の連絡先の次に、絶対に朝陽くんのを登録するんだと息を巻いていた。


『今何してる?』

『朝陽くん、もう晩御飯食べた?』

『この前始まったドラマ、観た?』

『小野妹子って遣唐使だったっけ?遣隋使だったっけ?』


 そんな他愛もないメッセージのやり取り。

 朝陽くんは、どんなものでも必ず返してきてくれた。勿論、「いつでも直ぐに」と言うわけではないが。時には、夜にやり取りが中断し、朝起きたら返信が来ているようなこともあった。返信の遅い夜はそわそわとなかなか寝付けなかったけど、朝に届いたメッセージを見て、その日一日上機嫌に過ごしたり。


 中学一年生になった時、初めて、焦りのようなものを覚えた。


「咲桜ってさ、東条とうじょう君か、森本君と付き合ってるの?」

「えっ?!渚と勇志?!付き合ってないよ?!なんでっ?!」

「やー。だって、いっつも一緒に来てるし。帰りだって、部活違うのにわざわざ待ってたりするんでしょ?」

「そうだけど…。それは、家が近所だから…」


 家が近所と言うだけで、帰りまで待ち合いっこしないんだと知ったのはその時で、私達の関係はその友人には不思議に映ったらしい。「じゃあさ、どっちかを好きだったりするの?」続く質問にも、目をぱちくりと丸めた。「え、いや、二人共大好きだけど…。そう言うんじゃなくてだよね?」「そう言うんじゃなくてだね」「うー…ん。無いかな…」

 なんでっ?!と、傍で聞いていた別の子が大きな声で反応し、思いがけず他のクラスメイト達からも注目を浴びてしまう。


「なんでなんでっ?!東条君程のイケメンと幼馴染みなんだよ?!普通付き合うでしょっ?」

「いやいや、森本君だって、クールでいいじゃん!東条君は高値の花過ぎるじゃん!」

「えぇっ?!わかってないな!森本君は女子苦手そうじゃん。口下手だし。東条君は女子にも分け隔てなく話してくれるし、絶対、チャンスがあるとしたら東条君の方だからっ!」


 えぇ…!二人とも、モテるの?意外で驚いている間にも、二人は『東条君派』と『森本君派』として、論争を繰り広げていた。どちらも、違った魅力があるらしい。ーーー結論は、「興味がないなら、そのポジション代わってよっ!」と、私に向けられた妬みのような言葉で締め括られた。

 曖昧に笑いながら考えるのは、朝陽の事。

 じゃあ、朝陽もひょっとして、モテるの…?だって彼は、渚と勇志の良いところを集めたような性格をしている。ざわざわと、心がざわめき始めた。私が中学生になると、彼は高校生になる。当たり前だけど、歳が追い付くことはなく。それをここまでもどかしく思ったことはなかった。

 クラスメイトと話している朝陽の姿を知らない。

 授業中の姿勢。部活動での活躍。同級生の女子との接し方ーーー何も知らない。ひょっとすると、朝陽を好きな子だけでなく、朝陽にも好きな子がいたりするのかもしれない…。考えたことがなかったわけではないけれど、あまり真剣に考えてはいなかった。改めて、不安の色が濃くなる。私以外の女子と並んで歩いている姿を見たことがない。でもそれは、私が知らないだけなのかも知れたい。

 朝陽の家も、両親とも帰りが遅い日が多い。だから、彼女を家に招いたりなんかしてーーー…。


「咲桜はさ、じゃあ、好きな人はいないの?」


 想像の中で、朝陽と想像上の彼女が唇を重ねてしまう前に、そんな疑問が思考回路を一気に現実へと引き戻してくれた。


「……………いるけど」

「えっ?!だれっだれっ?あたしも知ってる人ぉっ?」

「いや、知らない人」


 言えば、露骨に肩を落とす二人。女子ってほんと、恋バナ、好きだよね。

 渚や勇志といる時には絶対しない会話。雰囲気。そんなことに、戸惑ったり、必死になったりした。クラスが違うこともあって、幼馴染み二人とは行き帰り以外であまり絡まなくなった。部活も、二人は陸上部で、私は手芸部だった。まるで違う世界。ーーー…時々、息が詰まるような時がある。

 誰が誰に気があるとか。ファッション誌はこれが面白いだとか。モデルはこの子が可愛い。俳優はこの人がカッコ良い。こいつは意気がってるから好きじゃない。そう言えば、この前の○○先生、かなりイタかったよね。アイツ、自分の事可愛いと思ってるんじゃないの?ーーー…そんな、会話に、息が詰まる時がある。そんな時、私は大体「はは」と乾いた笑いをしてしまう。どっちに対しても不誠実で、胸が痛む。自分は、女子の輪の中には入ることに向いていないんだろう。

 何笑ってるんだろ。ーーー休み時間が終わると、ひたすら自己嫌悪に時間を使った。大好きな英語の授業も、まるで耳には入ってこない。そんな時は、どんなこともマイナスに考えてしまう。思考回路が負の方へ負の方へ行く。楽しいことを考えようと朝陽の事を想ってみても、想像の中で彼は、知らない女の子と笑い合って手を繋いでいる。友人が貸してくれた漫画の中のヒロインは中学生だった。彼女は好きな人と無事に結ばれて、デートをしたり、キスをしたりしていた。ちょっと強引な彼氏の顔が全部、朝陽に置き換わる。


(…………朝陽も、そんな風に、女の子とキスしたいって思ったりしてるのかな……)


 その『女の子』が私だったらいいのに。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る