第4話 束縛の地下要塞

毎日嫌な機械音で無理矢理に目を覚ます。


世に溢れる機械音がどうも好きになれないのはそのせいだ。どうしてこういった音はいつも、不意に俺を邪魔するのだろうか。


シャトルランの音も無意識に拒否感をすり込まれている。それは恐らく俺だけということはないだろう。


……


「チリリリリリリ--」今朝も変わらず俺はしんどい朝を迎えた。


昨日の夜から開けっぱなしだったカーテンから優しい日の光が朝を告げている。


俺は眩しい目をしょぼつかせながら朝の支度をするため部屋を出た。


「よしっ、どうやら瀬奈が起こしに来る前に起きれたようだな。」


瀬奈はまだ寝ているのだろうか。

今日はこちらが起こしてやろう。


そう思って瀬奈の部屋の前に行ったら、少し抵抗を感じた。


そういえば、何も言わずに女の子の部屋に入るのは倫理的にどうなのだろう、、、。


盲点だった。今まで瀬奈が起こしに来ることはあっても俺が起こしに行くことはなかった。


ある程度の時間を瀬奈の部屋の前で費やした後、心を決めて扉を開けた。


        「いない」


なぜだ?もう下へ降りたのか?


いや、部屋の扉はしっかり閉めてあった。

あいつはいつも朝起きて下へ行った時、部屋の扉を開けっ放しにして行く癖がある。


その瞬間、両親の失踪が頭をよぎった。


急いで階段を駆け降りた。


心が苦しい。


嫌な気分だ。


頼む、これ以上俺から幸せを取り上げないでくれ。


身体の震えが止まらなかった。階段を降りる途中、足が絡まってこけそうにもなった。


震える右手を震える左手で抑えながら恐る恐るリビングの扉を開けた。


--。冷たい風がリビングから流れ込んできた。その風を受けて、どうしてか身体の震えは一瞬にして消えた。


また、俺の『幸せ』が儚く散った。


「あの時と一緒だ。」


部屋の電気は消えていて、室温はこの季節の外気のように冷たい。また、物音ひとつしていない。部屋が荒らされたあともない。


この目に映った景色は、まるでついさっきまであった日常がそのままタッパーにでも詰められたような、跡形もなく消えた残骸。すっかり風味の抜けた出汁殻。そんな光景だった。


思考がとまり、全身の力が抜け、リビングの真ん中に崩れた。声も出る気がしない。


どこかで「カチッ」と機械音がした。

その方向に目を向けると砂嵐画面のテレビがあった。


   「お前の両親を、知っている。」


     「一緒に来てもらおう。」


俺は沸き起こる怒りと悔しさを原動力にそのテレビの元へ行き、その両脇を鷲掴みにして嗚咽を伴った大声で怒鳴った。


「貴様何者のつもりだ!!早く連れていきやがれ!!ただ言っとくが連れて行って後悔するなよ!!お前は善悪に関わらず傍観者だ。ただ殺しただけじゃ俺は満足しない。」


自分でも恐ろしいほどに感じ取れる、殺気に満ち溢れた言葉を俺が放ち終えて少ししてから、テレビはこう答えた。


「恨んでもらって構わない。我々を利用して頂いて結構だ。我々も元よりお前を大事にするつもりなどないのだからな。」


心の底から殺してやりたいと感じたのはこれが初めてだ。


それを聞いて、俺が絶望感で言葉が詰まった瞬間、テレビは再びこう切り出した。


「目が覚めたら抵抗はするな。悪いようにはしない。命令には従ってもらう。」


テレビが話し終え、とうとう頭に血が登りきったその途端、魚眼レンズでも覗いたかのように周りの景色が歪み、遠ざかっていった。


……


次の瞬間、俺は車の中にいた。


一瞬恐怖で自分を見失ないそうになったのが自分でもよく分かり、慌てて冷静にするよう努めた。


この車には俺の他にも何人も人が乗っていた。


その全員、容姿からだいたい歳が近い成人していない10代の少年少女だろう。


俺も含め全員、表情が重い。


瀬奈は?沙那恵母さん、昭久父さんは?


どうやらこの中に『みんな』はいないようだった。


彼らを見てみると、まだ目を覚ましていない人も何人かいたことから、みんな眠らされ連れてこられたのだろう。


俺たちは車の側面を背に、中央を向かい合う形で乗っていた。


テレビで見たことのある護送車によく似ていたが、監視は愚か運転手も居なかった。


その代わりというか、身体はシートベルトのようなもので背もたれ付きの座席に固定されていた。


シートベルトを外そうと思ったが、そもそも外すためのボタンが見当たらなかった。


車は自動で走っているようだ。しかもなかなか大きめの車で、かなり手の込んだ犯行だ。


少し頭が痛い。酸欠に似た感覚がする。


外を見ると俺たちが乗せられている車と同じであろう車がずらっと縦に列をなして、ところどころ木々の生い茂る広い草原を走っていた。


全体で何台ほどあるのかまでは詳しくわからなかった。


目を覚ました人数が多くなるにつれて発狂が発狂を呼び、車内はパニックに満ち溢れて行った。でも俺はなぜかやけに冷静だった。


車内の空気感がこれ以上ないほど最悪なものになった頃、発狂にも勝る大きな音で放送があった。


突然、車内は静かになった。


〈お前たちには今日からある施設で暮らしてもらう。それぞれの使命の為にこの世を渡り歩く日まで。〉


放送が俺達にそう告げると、車は地下へと入って行った。


なかなかしっかりした造りで、割と新しめだった。


「誘拐、自動運転の護送車、しっかりした施設。これは並の組織によるものじゃないな。」


うっかり小声で独り言をしてしまった。


「やっぱりそう思うか?俺はこんな所ごめんだ。」


俺が口を滑らせるのを待っていたかのように隣に座っていた男が俺に声を掛けた。コイツも年は俺とあまり変わらなさそうだ。


「まだよく理解のできない内に行動を起こすのは危ない。」


俺は小声ながら必死でそう止めた。


「ん?もちろんだ。俺も今すぐと言うわけじゃない。」


少し安堵した。


地下へ入ってしばらく経った後、車は眩しい光の前で止まった。


何事かと外を見れば、俺の座っていた座席の向かい側の窓からライトに照らされた大きなシャッターが待ち構えていた。


「いったいなんだここは。」


そう口を漏らすとまた例の彼が割り入ってきた。


「ここに来る少し前、いくつも分かれ道があったんだ。んで、俺らが乗る車が入って行った道には〈terminal No.13〉と書いてあった。」


よく見ているな、、。


「なるほど、これは思ってたよりかなり大掛かりな計画のようだ。」


いつのまにか、お互いとうの昔から知り合いだったかのような口調だ。


2人が思考を巡らせていると、いきなり大きなシャッターのある方の車両側面が上にスライドし、俺たちは座席の土台ごと車両本体に取り付けられたレールに沿って車外へゆっくりと出された。


車は地下鉄の駅のような所に横付けされており、その駅のような所にも車両とピッタリ噛み合ったレールが敷かれていた。


俺たちが完全にターミナルへ出きったあと、俺たちを乗せた台車の進行方向の少し先で待ち構えていたシャッターが、ゆっくりと低めの大きな金属音と共に口を開きだした。


このターミナルに停車しているのは俺たちの乗っている車両だけではないらしい。数えてみるとどうやら1ターミナルごとに12車両が停車するようだ。


今俺がいるのは13ターミナル。1車両の中には

最終列を除く左右にそれぞれ22人、最終列だけ進行方向に向かって前向きに3人、計25人乗っていた。


もし、全てのターミナルで条件が一緒であれば少なくとも3900人がこの施設に居る計算になる。


いや、恐らくもっといるかもしれない。


そう推測する俺の意思をよそに、俺たちの乗った台車は無慈悲にも、とても大きく口を開けたシャッターへ吸い込まれて行く、、、。




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めぐりの彼方 しゃんぷぅ @kimiteru0823

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