Dragon Knight~ドラゴンナイト~
黒宮ゆき
第1話「王国の陰謀」
Dragon Knight---ドラゴンナイト---それは、称号ではない。ましてや歌の名前でも役職でもない。Dragon Knight---ドラゴンナイト---それは・・・
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とある夜半、月は雲に隠れいつもは静寂に包まれる森にただならぬ緊張感が張りめぐらされている。
「はぁはぁ、こんなところで諦める訳には!」
その森の中を、一人の男が肩で息をしながら駆け抜ける。そして・・
「追え、必ず殺せ!」
「あの方のご命令だ! 絶対に逃がすな!」
そのすぐ後を、十数人の兵士が各々の武器を手に声を荒げる。
鎧を着こみ、武器を持っている兵士に対し、男は小さなバッグ一つ。森という環境が味方して、兵士と男の距離は少しずつ開いてきている。
「このまま行けば!」
逃げられるかもしれないという希望を持ったその時、突如として彼の視界が開ける。
「・・そんな・・・」
目の前に道はなく、あるのは切り立った崖となっているその足元の遥か下に大きな川が流れるだけである。
打開策を導き出そうと、辺りを見渡そうとしたその瞬間。
「熱っ!?」
背中に猛烈な衝撃が生じ倒れこむ。飛びそうになる意識を必死に保ちながら、男は熱の発生源である自らの背中に恐る恐る手を持っていく。
(・・何かが背中から生えている?)
普段、自分の背中を見る事は無いが男の背には明らかに不自然なものがそこにはあった。
「よくやった、まったく手こずらせやがって」
自身に何が起こったのか未だに不明だったが、頭上から発せられた声に男の思考はそこで停止した。
「お前も馬鹿だよなぁ、こんな障害物が何も無いところに出るなんてよぉ。」
兵士を率いるリーダーと思しき人物が男を見下しながら男に話しかけるでもなくしゃべり続ける。
「まったく、せっかく月も出てきていい気分で酒がうまそうな夜に仕事増やすなよ。」
言いながら空を見上げたその先、雲で隠されていた月がゆっくりと顔を出し、辺りを明るく照らす。
「なんだ?お前結構若いんだな。」
月明かりに照らされた横たわる男の顔は、悲痛に顔を歪めてはいるもののそこに、傷などはなく、一目で若いという印象を受ける。と言っても相対的な話で、実際は20代後半といったところだろう。
「で、早速で悪いが死んでくれや。なんでかは知らんがあの人の命令なんでね。」
兵士のリーダーが男に剣を突きつける。
「・・くっ」
「そんな目で見んなよ、死ねばその矢で貫かれた痛みも消えるからよ」
男はようやく、熱の正体が理解できた。
(そうか、これは矢か・・でも、まだ生きてる・・俺にはやることがあるんだ!)
「せいぜいあの世で恨んでな!・・うわっ!?」
自らに剣が振り下ろされる瞬間、男は力を振り絞り見下している顔へと砂を投げつける。
完全に油断し、不意を突かれた形になったリーダーはもろにその砂の目への侵入を許してしまった。
その隙に男は立ち上がり、走ろうとするが痛みで思うように足が動かない。そしてさらに追い打ちをかけるように新たな熱と衝撃が背中に走る。
後ろには、怒りと笑みが混ざった表情の顔で血の付いた剣を振り下ろしていた。
(・・しまっ!)
男はゆっくりと崖の下へと落ちていく。
男の意識はそのまま、体と共に深い闇へと落ちていった。
■■■
広い草原、見渡す限り草。そこに一台の荷馬車がのんびりと進んでいた。その手綱を引く青年がぽつりとつぶやく。
「おかしい・・」
「何がじゃ?」
後ろからの声に、青年は前を向いたまま答える。
「平和だ。」
「ほう、主様は平和が嫌いか。」
主様と呼ばれた青年は、ハルト。訳あって旅をしているがその理由については後ろの声の主に関係している。
「主様じゃなくてハルトと呼んでくれと前から言ってるだろうシャルナ。」
「よいではないか、おぬしと妾は主従の契約を結んでおる。傍から見れはそなたは妾の主様じゃ。」
荷台でくつろいでいる長くそして綺麗な紅色をしたこの少女? こそが、ハルトが旅をする理由なのだが・・その話はまたおいおい。
シャルナのからかうような明るいテンションで発せられる言葉に違和感を覚えつつも、ハルトは淡い期待を込めて訪ねてみる。
「なら、その主と操(そう)馬(ば)を変わってくれないか?」
「はっはっはっ、主様はか弱い乙女にそんな事をさせるのかの?」
「いや、か弱い乙女はそんな事言わな・・なんでもない」
背後からの殺気にハルトは大人しく負けを認める。
「で、なぜおかしいのじゃ?平和なのはいい事であろう?」
シャルナは改めて問い直す。
「別に平和なのはおかしくない、おかしいのはこの場所が平和な事だ」
実は、二人が進んでいる草原は『アルタード王国』と『キルヘン皇国』という二つの国の境にある。普段は何気ない平和な場所なのは間違いないのだが。
「この二つの国は戦争中なんだよ。」
ハルトの横に移動してきたシャルナが、心外そうな声で答える。
「それくらい知っておる。じゃからそれに巻き込まれないためにこの何もない草原からのルートを選んだのだろう?」
そう、この二国の主戦場はこの草原ではなくさらに北に位置する荒野である。二人は事前にこの戦争の影響が少ないルートを選んでいた。
「けど、俺たちみたいに考えてこの道を選ぶ人は少なくない。その場合、それを狙って出てくるはずなんだよ。」
「狙う? それはああいう奴らの事かの?」
「え…?」
シャルナが指さす方向を見やると、森への入り口となり気に覆われた場所で馬車を取り囲む男達とそれに応戦する兵士数人が何とか遠目で見える。
「ああ、うん…ああいうのが出る」
戦争が発生した場合、主戦場となっている場所を通るのは自殺行為である。よって、特に力がない商人や女子供などが戦闘を避けるために比較的離れた郊外の道を使う。しかし、それを狙って山賊、盗賊の類が待ち伏せする可能性が高くなる。森に隣接してはいるが見晴らしもよく、気が抜けやすいこの草原も正にそういった場所という訳である。
「ってそんな場合じゃないだろ!」
見れば地の利を活かして奇襲を仕掛けた盗賊が兵士を圧倒している。
「分かっておる、主様!」
「ああ、使用許可!」
「使うのは久々じゃなぁ、どれ蹴散らすとするかの」
瞬間、シャルナは荷馬車から消えたと錯覚するほどのスピードで目の前の小さな戦場へと駆け出していた。
「姫様!お逃げください!」
「こやつらただモノではありません!」
奇襲され、態勢を崩された兵士たちはすでに何人かやられてしまっている。姫様と呼ばれた少女は兵士達の指示通り、何とかその場から離れようとするが、正装に身を包み普段走る事も少ない少女がいきなり襲われた状況で素早く逃げることが出来る訳もなくあっさりと盗賊の一人に捕らえられてしまう。
「へへっ、バ~カ逃がすかよ。」
「離しなさい!私にはやらなくてはいけないことがあるのです!」
「俺もお前を殺さなくちゃいけないんでね!」
男が剣を振り上げ、そのまま躊躇なく振り下ろす。
「・・!」
少女は反射的に目を固く閉じ死を覚悟する。しかし、いくら待っても来るはずの痛みも衝撃もなかった。恐る恐る目を開けるとその視界には、男の姿は無く代わりに紅色の髪をした自分と同い年と思える少女が立っていた。
「・・・綺麗」
自分でもなんでその言葉が最初に出たのかが不思議だったが、少女には目の前の光指す女性の光景がまるでおとぎ話の1シーンのように美しく見えていた。
「怪我は無いかの?」
背中を見せたままだったが自分にかけられたその問いに、少女は我に戻る。
「は、はい、大丈夫です。」
「それはよかった」
そこまで話して、少女はようやく事態の異様さに気づいた。
「あ、あなたはどうやってここに!?それにあの盗賊はどうなって・・・」
最後まで言葉が続かなかった理由が目の前にあった。自分を捕らえ、あまつさえ殺そうとした男の腕が・・ない。
「ゔぁぁぁぁ!」
その男からは言葉にならない悲鳴が出ている。
「なんじゃ、騒々しい。やろうとしていたことが自分の身に起こっただけであろう?」
その叫び声で異変に気付いた他の盗賊たちが標的をシャルナへと切り替える。
「なんだお前、何しやがった!」
「絶対に殺す!」
「タダで済むと思うなよ!」
口々に言葉を荒げる盗賊を前に、シャルナは冷静だった。
「ほう、他の兵士たちは全員やられたか少し遅かったの」
「そ、そんな・・」
辺りを見渡し、現状を理解した少女の顔には絶望と悲しみが色濃く出ていた。
「てめぇ、絶対に許さねぇ!」
その言葉にシャルナの声が低くなる。
「・・許さない? ほざけ、許さないというのは妾の言葉じゃ! 心地よい陽気の時に寝覚めの悪いものを見せおって! おまけに助けられなかったという不名誉な事実まで突きつけて、貴様ら全員生きては返さん!」
そう言い放ったシャルナの身体から突如として炎が立ち上る。
「なっ!?」
「まさか、ありえねぇ!」
盗賊たちは明らかに動揺を隠しきれていない。それは後ろにいる少女も同じだった。
「そんな、元素・・魔法?」
この世界には魔法というものが存在する。しかし、人間界で使える者は珍しく例え使えたとしてもそのほとんどが小物を浮かせたり、辺りを照らし足りといった生活魔法だ。元素魔法というのは水・地・風そして火を操る攻撃に特化した魔法で人間で使えるのは全世界で数人しかいないと言われている。
「覚悟はよいな下種共!」
シャルナが炎を纏いながら盗賊の中心へと突っ込む。シャルナの炎は全てを燃やし、剣へと形を変え切り刻み、あらゆる角度や距離から確実に目の前の敵を屠っていく。盗賊たちは一点に集まり、防御陣形を取るがそれを意に介するシャルナではない。
「…相変わらず圧倒的だなぁ」
「…!?」
少女は後ろからの声に驚き振り向く、その顔は明らかに怯えていた。
「安心してください。俺はハルト、あの戦っている女の子の仲間です。怪我は?」
「ハルト…様? い、いえ、大丈夫です。」
「すいません、あなたの仲間を助けるには遅すぎました。」
その言葉に、俯きながらも何とか体裁を保つために答える。
「いえ、助けて頂けただけで・・あのあなた達は・・・」
何かを聞こうとした少女の声をシャルナの声が遮る。
「主様!」
「っ!?」
ハルトは咄嗟に少女を抱き寄せる。
「ひゃっ! な、なにを!?」
少女の反射的な抵抗を無視して抱え込むと、ハルトは何かを前方に放つ。
ハルトが放ったそれは、何かにぶつかり落ちた。
「は・・?」
「どうなってるんだ?」
見るとそれは矢であった。恐らく盗賊の一人が放ったのだろう。それは別段不思議ではない、不思議なのはその矢の状態である。ハルトが撃ち落としたそれは…赤く燃えていた。
「まさか…こいつも!?」
ハルトは少女を抱きかかえたまま、前方をみたまま警戒態勢を崩さない
「こんなの聞いてないぞ!」
「なんなんだよお前ら!」
完全に戦意を失った盗賊たちはハルトたちの存在を認めたくないのかこの場の二人以外の誰もが持つ疑問を投げかける。その問いにハルトは淡々と答える。
「ただの通りすがりの旅人だ」
「ふざけるな!ただの旅人が元素魔法なんか使えてたまるか!」
もっともな主張だが、そんなことはシャルナにとってはどうでもよかった。
「死ぬ時ぐらい、そのうるさい口を閉じれんのか?」
「た、頼む見逃してくれ!」
「命だけは! 金なら払う!」
「俺だけでいいから、頼む!」
シャルナが手をかざすと盗賊たちは口々に命乞いを始める。その内容にシャルナは
「胸糞悪い、去ね!」
「「「ぎゃぁぁぁぁ!」」」
一か所に集まっていた男たちの身体は、真紅の炎に包まれやがては灰となっていた。
「おっと、服は残しておくべきだったか?中々いいものを着ていたからな売ればそれなりになっただろうに。」
「そんなつもり最初からないだろ。それにしても・・・」
「どうした? 主様?」
「いや、なんでもない」
■■■
「助けて頂いて、ありがとうございました。なんてお礼を言ったらいいか・・」
荷馬車に揺られながら少女は頭を丁寧に下げる。盗賊にやられた兵士たちを埋葬したいという少女の願いを聞き、眺めのいい丘に丁寧に埋葬した後、ハルトとシャルナは少女と共にキルヘンへ向かいながら事の顛末を聞いていた。
「私は、レレティア=フィレナント。キルヘン皇国、第三皇女です。」
「だ、第三皇女!?」
「兵士を連れておったから普通の人間ではないと思っておったが、まさか姫様とはのう。」
「いえ、私は王女失格です。何もできないのが嫌で、あがいてみてもいつも何もできません。お父様やお姉様の様に立派に人々に胸を張って生きるなんてできません。現に今回も何も出来ず、護衛の皆さんを死なせてしまいました!」
レレティアは手を固く握り、目に涙を浮かべる。
「あ~、あの、王女さ・・」
「何を言っておる。」
ハルトの言葉を遮り、シャルナは極自然に続ける。
「おぬしは自分は力無き者じゃと自覚があるのだろう? その気づきは普通の人間には無理じゃ。己の力を過信し、理想を掲げ、あまつさえその理想を出来るはずだと信じ込む、それが人間じゃ。じゃがおぬしは、自身の無力を知り認めておる。弱いものは弱いものなりに出来る事をやればよい。道はいつか開くはずじゃ。」
「シャルナさん…」
「というか開けてもらわねば妾が困る! そうでなければ何の為に旅をしているのか分からぬ!」
「あ、あの~…」
ヒートアップしたシャルナを見て、気が軽くなったレレティアは笑顔を取り戻す。
「ふふ、ありがとうございます。シャルナさん」
「お? おう。」
互いに落ち着いたのを見計らって、ハルトが口を挟む。
「それにしても、なぜ王女様はあんなところに?」
「・・実は・・・」
レレティアは静かに告げる。
この日、レレティアはアルタード王国皇太子「ショーン=アルタード」と密会していた。
「密会?」
ハルトの疑問にレレティアはうなづく。
「はい、この戦争を止めるための会談を行うために・・」
「なぜ密会なんです? 会談を受け入れるという事は向こうにもその意思があるのでしょう? 公にしてはいけないのですか?」
そう、普通ならば両国の指標を決める会談等は公に日時と場所をあらかじめ公開し行うのが常識である。
「それがどうもおかしいんです・・・」
今まで、キルヘン皇国とアルタード王国は何度も公に会談を行おうとしているがその度に両国の使者が殺されてしまっていた。そしてそれが、アルタード王国の仕業とキルヘン現国王に伝わり、相手方にも同様にキルヘンの仕業と伝わっていた。
「なるほど、それじゃあ一向に戦争は終結しないわけだ。」
「でも、そんなはずは無いんです! 現にアルタードの使者の一人をかくまっているんですが、まだ生きているにもかかわらず既に死んだことにされているんです。」
「しかし、その皇太子が犯人とは言わないまでも、その情報を信じていたらどうするおつもりだったんです?」
「・・・ショーンとは幼馴染で、二人しか知らないやり取りの方法があってそれでやり取りしていたので・・」
「そうなんですか」
「それで日時を決めて、会談を終えたその帰りに盗賊に襲われてしまいまして。本当にありがとうございました!」
深く頭を下げるレレティアにハルトが戸惑っていると、横から不意に間の抜けた声が場の空気を一掃した。
「好きなのか?」
「はい?」
突然の事にレレティアの返事も随分と間の抜けた声になっている。
「その皇太子の事をどう思っておるのだ?」
「い、いや、単なる幼馴染で…」
「照れるでない、正直になれ、ほれほれ~」
まるで子供の様にからかうシャルナをハルトはため息をつきながら諫める。
「あんまりからかうな、王女様が困ってるだろ。」
「よいではないか、旅というのは娯楽が少なくていかん。こういう話は面白いからの。」
「毎晩あんなに楽しそうに酒を飲んどいて何を言ってるんだ。」
実際、薬草などを道中で採取してそれを売ったりして路銀を稼いでいるがほとんどがシャルナの酒代に消えていた。
「酒は妾の生きる原動力じゃ。それに、主様はそういう話が無いから新鮮なのじゃ、悲しい主様の為に妾で良ければ今晩にでも妾が慰めてやるが?」
「それ以上言ったら三日間酒なしだからな」
「主様、後生じゃそれだけは!」
二人のやり取りで、緊張が和らいだのか今度はレレティアから聞くに聞けなかった疑問をハルトに投げかける。
「あの、お二人はいったい・・あの火の元素魔法、もしかしてハルト様達は伝説の勇者様だったりするのでしょうか!?」
「ああ、俺たちは・・」
「はっはっはっは! 勇者か、これはいい! はっはっは!」
「え、え?」
突然、腹を抱えて笑うシャルナにレレティアは困惑する。
「主様が勇者か、お似合いではないか主様よ!」
「酒・・」
「すまぬ、続けてくれ。」
何一つ話していないのに随分と疲れた気がするが、ハルトは気を取り直して続ける。
「俺たちはちょっとした探し物をしてて、それでその情報を集める為に旅をしているんです。」
「探し物?」
「まぁ、なんというか、とある場所に行くための方法と失くしたものを取り戻す方法ですね。魔法はその~…」
「いろいろ大変なのですね。」
お茶を濁しながら言うハルトにレレティアはそれ以上の言及を避ける。
「それで、あの、お二人はどういった関係なのですか?確かシャルナさんはハルト様を主様と…」
「ああ、それは……」
ハルトが言い淀んでいると、代わりに「お二人」の内のもう一人が答える。
「妾と主様は主従の契約を結んでおるからな、故に主様じゃ。」
「おい、シャルナ…」
勝手に話し出すシャルナを制しようとしたが、逆にシャルナの目がハルトを制した。
「この者ならよかろう、何せ第三皇女じゃ情報を集めるには誰かに聞かねばならぬ。そういう意味では普通の人間に聞くより確かな情報が集まるじゃろう。それに、国の機密を教えられたんじゃこっちが隠したままでは公平ではないだろう?」
「そ、それはそうだけど」
「後の心配はあちこちで言いふらされる事じゃが、仮にも王女様じゃそんな事はせんじゃろ?」
シャルナは横目でちらりと口に出した名前の人物を見やる。それに気付いたレレティアは
「もちろんです! 口外しないと誓います!」
「…だそうじゃ。」
「…分かったよ」
降参だという素振りを見せた後、ハルトは全てを語った。
今から十年前、小さな村で平和に暮らしていたハルト。
ある日、とある絵本が目に留まった。その本は、この世界の果てにはドラゴンと人間とが共存する世界の物語だった。
この世界は、人間界と竜界とが存在している。この二つの世界は互いに干渉する事は無い。それは、この世界の常識だったがハルトにはそれが不思議だった。「なぜ、一緒に暮らさないのか」「なぜ、人間界にドラゴンはいないのか」そういったことを考えていたハルトにとってはその絵本は正に理想だった。周りの大人に話しても相手にされなかった。
その八年後、ハルトの運命を動かす出会いがあった。
「それが・・」
「そう、妾との出会いじゃな。」
ハルトの話を切り、ここからは任せろとシャルナが話始める。
「ドラゴンは人間とは違い、全てが元素魔法を使えるのじゃ。じゃがそれにも例外があっての、妾は魔法の使い方をどこかに忘れてきたんじゃ。魔力はあったがの。」
そう、魔法というのは魔力があるだけでは発動しない。魔力とそれを魔法として返還する能力があって初めて扱えるのである。シャルナの忘れてきたという発言は、生まれつき使えないと言うのはなんか癪に障るかららしい。
「それで、妾は竜界を追放されたんじゃ。」
「え、という事はシャルナさんてドラゴンなんですか!?」
「そうじゃ」
「す、すいません。そうとは知らずこんな口の利き方で…」
「ん? 妾はそっちの方が気軽でよいが・・まぁ、頭の固い奴らが多いからの。」
実際、ドラゴンには魔法を神聖視する者が多く、それをほとんど操れない人間は下等だと言う者がいる事もまた事実で、人間にとってはドラゴンを神と扱う地域があるほどで正に雲の上の存在なのである。そういうドラゴン達から見て、シャルナは目の上の腫物の様な存在だろう。それが追放された主な理由である。そんな時、そんな自分に憧れて友人の様に接してくれたハルトに救われたのは彼女だけの秘密である。
「じゃからおぬしも友人の様に接してくれ」
それを受けてレレティアは恐る恐る口に出す。
「じゃ、じゃあシャルさんと呼ぶのはどうですか?」
「シャルか…はっはっは! それはよい気に入った!」
「よかった…では私の事はティアと」
「うむ、よろしく頼むティアよ。」
「はい!」
二人が友達になったところで「おっと、話の途中じゃったな」とシャルナは話を戻す。
「で、なんだかんだあって主様と会った。偶然主様は妾の魔力と相性がよくての。主様は能力はあるが魔力がないタイプだったから丁度いいって事になってな。」
「いや、実際はもう少しあっただろ?」
「そうじゃが、この話、長くてみんなだいぶ飽きてきたじゃろ?」
「…誰が?」
「それでの」
「だれが!?」
シャルナが誰に気を使ったのかは…お察しを。
「それで、妾は主様の世界の果てまで行ってみたいという願いを叶え、主様は妾が忘れてきた魔法を使う方法を見つける事を条件に主従契約を結んだのじゃ。そうすれば互いの能力を共有できる。まぁ契約の性質上、妾が魔法を使うには主様の許可がいるがの。」
「そうだったんですね。ですが、すいません。世界の果ての情報は持っていないんです。」 申し訳なさそうに俯くレレティアにハルトは努めて明るく振る舞う。
「気にしないでください王女様。そんなに簡単に見つかるなんて思っていませんから。」
「はい、ありがとうございます。それとハルト様?」
「はい?」
「私の事はどうかティアとお呼びください。親しい人はみんなこう呼ぶんです。」
「え、いやそれは」
「…ダメですか?」
涙目で見てくるレレティアにハルトは折れるしかこの状況を乗り切る手段を持ち合わせいない。
「あ、わ、分かりました。ではティアと」
「はい!」
ぱぁっと笑顔を浮かべるレレティアにハルトは安堵したが、その額には冷汗が滲んでいた。
■■■
「さぁ、着きましたよ。ここがキルヘン皇国です! 連れてきてもらって言うのはアレですけどようこそです、お二人とも!」
どこまでも続く城壁、その門をくぐると大きな通りがまっすぐに伸びておりそれに面するように様々な店が立ち並んでいた。
「おお、なんじゃ祭りでもあるのかや?」
その光景を見て、シャルナは目を輝かせていた。
「このキルヘンは商業が盛んで、特にこのメイン通りはいつも賑わってますよ。」
テンションを上げるシャルナを見てレレティアは嬉しそうに説明を続ける。
「多くは旅人さんに来てもらえるように食べ物のお店です。夜になるとお酒を出す店が増えるので気になったら行ってみてくださいね。」
「それはいいことを聞いた!主様、すぐ行こう!」
「まだ夜じゃないし、レ・・ティアを送るのが先だ。」
「すいません・・」
「いえ、いつもの事なので」
キルヘンベル中央、そこがレレティアの家。つまり・・
「ずいぶんと立派じゃの~」
「・・まぁ、お城だしね」
馬車から降り、改めて見上げながら呆けている二人に、レレティアは当然というように
「あの、よかったら上がっていきませんか? 父にも説明してちゃんとお礼もしたい
ですし。」
「…今なんか、普通に友達の家に来た感じで王への謁見求められたんだけど。」
「それより酒が飲みたいのう」
「もちろん、好きなお飲み物で歓迎しますよ」
「よし行くぞ、主様」
お預けを食らったさっきまでの落ち込みはどこへやら、急にやる気を見せ城の門を潜ろうとするシャルナの前に二人の門番が立ちふさがる。
「な、なんじゃおぬしら」
「なんだではない、この先をどこか知っているのか?」
「お前のような奴が来るところではない、帰れ。」
「なんじゃ偉そうに、いいだろうなら力づくで・・」
シャルナが臨戦態勢を取ろうとしたその時
「下がりなさい! このお二人は私の恩人であり友人です、無礼は許しません。」
声の主を視界に入れた途端、門番は青ざめる。
「こ、これはレレティア=フィレナント様!」
「し、失礼しました。どうぞお通りください!」
二人は慌てて道を開け、最敬礼で三人を迎え入れる。
「すいません。失礼を・・」
「いや、驚いた。ちゃんと王女らしい振る舞いが出来るではないか」
「そ、そんな、ちょっと失礼な態度が許せなかっただけです。」
「それを言うと妾達も王女様に対して失礼なのではないかの?」
「それは・・その、お二人は大事なお、お友達ですので・・」
顔を赤らめる王女様に友人の一人が
「なんじゃこのかわいい生き物。主様、これ持って帰っていいかの?」
「ちゃんと面倒見るんだぞ?」
「も、もう、からかわないで下さい!」
そうこう言いながら、三人はとある部屋の前に到着した。
「ここは?」
ハルトの問いに、王女様はさらっと
「お父様の自室です。」
「お父様って、現国王!?」
「はい、今回の件の報告も兼ねてお二人をご紹介出来たらと。」
「でもいきなり自室って、本来は謁見用の広間とかあるんじゃ・・」
「それは公の謁見です。今回は私のプライベートの紹介なので、そんなに緊張しないで下さい。」
「そうは言っても・・」
とハルトが動揺しているのを尻目に、レレティアは数回のノックの後扉を極自然に開ける。
「お父様、ただいま帰りました!」
「おお、レレティア! 帰りが遅いので心配したぞ!」
お父様と呼ばれた人物は娘の姿を見ると、走り寄って強く抱きしめる。こうしてみると、どこにでもいる普通の親子だ。
「お父様、苦しいです・・」
「おっと、すまんすまん。ん? ところで、君たちは?」
「そうです、お父様ご紹介します・・」
レレティアは密会の結果、盗賊の事、二人に助けられた事を伝える事が出来る部分を出来る限り全てを話した。
「そうだったか…娘を救って頂きありがとう」
頭を下げられ、ハルトは焦りつつその言葉に答える
「いえ、たまたま通りかかっただけなので。国王様が旅人なんかに頭を下げないでください。」
「いや、これは国王ではなく一人の父親として礼を言わせてもらう。ありがとう。」
「・・はい、よかったです。娘さんだけでも救い出せて。」
ハルトは感謝の言葉を素直に受け取りつつ、こういう人格者だからこそ国王として支持されるのだろうと感じさせられた。
「そして今度はあなた達の実力を見込んで、国王として君たちに頼みごとをしたい。もちろん正式な依頼として報酬も出す。」
「頼み事?」
「お父様、ここからは私が。ハルト様にシャルさん実は・・」
依頼の内容を要約すると、今回の密会で使者の死が双方の策略ではないと証明できた。そこでまた改めて、今度は正式に会談を開き和平条約にサインをする。それには全権代理としてこちらはレレティア、相手方はショーン=アルタードを向かわせるので護衛を頼みたいという事であった。
「ちょっと待ってください、なぜサインするのがティアなんですか?」
「今回、使者の殺害は策略だという誤解から戦争が長引いておるのは知っておると思うが、それを誤解だと証明できたのはレレティアが軍政に関わっていないからじゃ。軍政に関わっていなければ嘘をつく理由がないからの。和平条約も今回に限ってはワシがサインしては互いに何か裏があると騒ぎ立てる者がいるかもしれん。じゃからレレティアなのじゃ。」
「それは、ちが・・」
ハルトが反論を止めたのはその先に続きがあると、その国王の空気から察したからである。
「というのは建前でな、国王であるワシが行けば襲われ、殺された時に政治的混乱が生じる。そこを責められたらどうにもできんからなんじゃ。」
その言葉に、ハルトは思わず
「なら、ティアは襲われても良いと言うんですか!」
待っても口を動かさない国王に、さらに言及しようと息をすった瞬間、その声がそれを止めさせた。
「ハルト様、違うんです! 私がそう言ったんです。」
「ティア…」
「私に何か出来るとすれば、これくらいしかないから・・もう、何もせずに後悔するのは嫌なんです、お願いします!」
レレティアは、深く頭を下げ上げようとしない。
「ワシも反対はしたが、ここまでの覚悟で言われては・・せめて出来るだけ多くの安全の為の手段を手に送りたい。親としてこれしかできないのが不甲斐ないが」
「…それなら尚更俺たちに頼んでいいんですか?」
「娘の為に、打ち首もあり得る事は知っておったうえで国王に異見してくれた君ならいう事は無い。」
ハルトは後ろで黙って聞いていたシャルナに目をやる。それに対しての言葉は無かったが、答えはそのいつもの笑みを浮かべた事で見て取れた。それで自身も覚悟が決まったのか、大きく息を吐くと
「分かりました、その依頼受けましょう。」
「ハルト様!」
涙を浮かべ、嬉しそうに見つめてくるレレティアに照れを隠せずに思わず横を向き
「まぁ、困ってたら手を貸すのが友達…だからな」
「はい…そうですね。」
一人の少女は、その言葉を押さえきれなくなった涙を頬に伝わせながらも笑顔で受け止める。
「ありがとうハルト殿! 会談が成功するまで何があるか分からん、ぜひたった今から始めてくれ!」
「え? いや、そうは言っても一般人が王女様とずっと一緒というのは逆に怪しくないですか?」
「それなら大丈夫だ…おい!」
「はい、お呼びでしょうか」
国王の呼びかけに現れたのは、執事服をまとった中年の男性。名前を勝手に付けるとすれば、セバスチャンだろう。
「我が名において、現時刻をもってこの者ハルトをキルヘン第三皇女レレティア=フィレナント直属の騎士として認める! 城内及び各地にいる兵に通達せよ。」
「かしこまりました。」
「へ? ええ!? 俺が騎士~~!?」
「お願いしますね、私のナイト様♪」
「頼みましたぞ、ハルト殿!」
「国王様、キャラ変わってないですか・・・」
あの後、ハルトとシャルナはレレティア救出のお礼と依頼の前払いとしてかなりの額をもらっていた。
そこで、せっかくだからと評判のいい酒場に来ていた。
「中々いい店ではないか、酒もなかなかに美味い!ほれ、どんどん持ってこ~い!」
「おい、いい加減に飲みすぎだぞ」
「ふふ、本当にお酒が好きなんですね。」
「そうじゃ! こんな美味いものは竜界には無いからの、これに関して言えば妾を追放した奴らに感謝せねばならぬな! はっはっはっは!」
「そこまでか…」
「でも、ここはいいお酒出してるんですよ。料理もすごく美味しいんです。…お父様には内緒ですけど私もよく来るんです。」
そこにウェイターが料理を運んでくる。
「お待たせしました。」
「おお、これは美味そうじゃ!」
「確かにこれは評判がいいのは頷けるな」
運ばれてきた料理の感想を言い合う二人。その料理を運んできたウェイターをみてレレティアは
「あれ、見ない顔ですが新人さんですか?」
「え、ああ、はい。先週から住み込みで働かせてもらってるジュンといいます。」
「…よくここで働けましたね」
「え?」
「ティアよ、どういう事じゃ?」
「ここのオーナーのアルハワさんは、女性なんですけどとても厳しい事で有名なんです。働きたいという人達もほとんど採用されないって噂なんです。」
「ほう、それに受かった訳か。やるではないか。」
シャルナが料理に手を伸ばしながら、そう口にするとジュンは複雑な顔を浮かべる
「それが、僕は面接とかした訳じゃないんです。」
「え? もしかしてスカウトですか!?」
レレティアがさらに感嘆の声をだす。
「いえ、実は僕アルハワさんに命を救われて、名前以外の記憶が無いんです。」
そう言ってジュンは経緯を話す。
「アルハワさんが言うには、僕は背中に矢を刺したまま川を流れてきたらしいんです。」
「川…もしかしてネイラス川ですか?」
「はい、そうです。どういった事で射抜かれたかは覚えていませんが、ろくでもない理由だと容易に想像が出来るはずなのに手当もしてくれて、今こうして住み込みで働かせてもらって、感謝してもしきれません。」
「いいオーナーさんですね。」
「はい」
ジュンは屈託のない笑顔で、首を縦に振る。
「でも、ネイラス川は下流はキルヘン領ですが上流はアルタード領です。生まれはアルタードなんでしょうか」
「さぁ、ただどうしてもやるべきこどがあった気がするんですが、どうしても思い出せなくて。」
そこまで話したところで、店の奥から女性の大きな声が聞こえてくる。
「ほらジュン!料理上がってるよ!油売ってないでさっさと運びな!!」
「あ、はい! 今行きます!」
ジュンは一礼して奥へと走って行った。
結局、店の閉店まで粘ったシャルナを連れて三人は城の離れに泊まることになった。ここなら何かあればすぐに駆け付けることが出来るという判断なのだ。なぜかその離れにレレティアも一緒にいたが突っ込む気力もなかったので、ハルトはそのままシャルナを任せ風呂に行く事にした。
「ああ美味かった、満足じゃ! しかし飲みすぎた…気持ち悪い・・」
そういってシャルナはベッドに倒れこむ。横にあるもう一つのベッドに腰かけながらレレティアはとりあえず聞いてみる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫ではない…ウェェェ」
予想通りの返答に苦笑しながら
「それならシャルさん、手を出してください。」
「?」
差し出された手を取り意識を集中すると、シャルナの身体が温かい光に包まれる。
「お? おお、これは…酔いが一気に醒めたぞ」
「それはよかったです。」
「今のは?」
「魔法です。生命力を吸ったり分け与えたり出来るんです。」
「そんな魔法があるのか、そういったユニーク魔法は遺伝に左右されることが多い、あの国王も使えるのかの?」
「いえ…あの、シャルさん聞いてもいいですか?」
「なんじゃ?」
「シャルさんとハルトさんの主従契約って奴隷契約とは違うのですか?」
「奴隷契約?」
「はい」
「・・・なぜそう思うのじゃ?」
レレティアはしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開く。
「私は本当のフィレナント家の娘じゃないんです。」
「なんじゃと?」
「…私は元々奴隷なんです。とある国では人身売買が未だに色濃く残っていたんです。多額の借金を背負った私は売りに出されました。そこで私を買ったのが、魔法収集家の家だったんです。」
「魔法収集家?」
「はい、奴隷契約の効果は互いの能力の共有、奴隷が逆らえないようにする絶対服従。そして、どちらかが死亡した場合その者の能力が継承される魔法継承です。」
「っ!? つまりは…」
「そうです、奴隷を買いその契約をさせた上で殺し能力を奪う。それが魔法収集家です。私は運よく殺される前にその人が捕らえられ、処刑されました。そしてその人の魔法が私に継承されたままになったんです。今のお父様に拾われたのはその三年後です。」
「そうか…なら妾か主様が死んだら」
「恐らくは継承されると思います…でも私はこの魔法が多くの人の命を奪って来たと考えると忌まわしくて仕方ありません。消えてほしいとつくづく願います。この命を意志のままに出し入れする能力が恐ろしくて仕方がないんです…」
レレティアはあふれる涙を抑えきれずにいた。
「・・ティアよ、そなたは勘違いしておらぬか?」
「え・・?」
静かに放たれた言葉だったが、涙を止めるには十分すぎるほど強いものであった。
「妾のこの主従契約がそなたの言う奴隷契約だったとして、主様が妾を殺して魔法を奪うと思うのか?」
「ち、ちが! 私はただ、その魔法がまだどこかで悪用されていたら辞めさせたいだけで・・!」
「それじゃよ、ティア。魔法は所詮道具でしかない。全ては使うものによって決まる。」
レレティアは口をつぐんだままで聞いている。
「妾で言えば、これが奴隷契約だろうがどうでもよい。そんな事はせんと信じておるからな。ティアよ, そなたの事も信じておるぞ?」
「シャル…さん?」
「ティア、手を出せ。」
今度はレレティアから差し出された手をシャルナが優しく、だがしっかりと握る。
「ほれ、互いに手が握れておる、これが証拠じゃ。」
なんの事だか分からずにいる目の前の少女に、その友人はしっかりと言葉を紡いでいく。
「今妾は魔法は使えぬが、この手を握りつぶすことくらいは出来る。ドラゴンじゃからな。そなたはそれを知っておる、じゃが確かに自分から手を差し出してきてくれた。そしてそなたも、妾の命を吸えるがそれをしないでくれておる。妾はそれを信じたからこそ手を取り今も離さない。そういう事じゃ、どんな魔法でもどんな経緯で手に入れた魔法でもそなたが望む、人々の為に使える魔法にすることが出来る。」
「……」
「使いたくなければ使わんでよい。じゃがなティアよ、忘れてはならぬ。本当の魔法は少しの勇気と少しの優しさじゃ、それで救われる者もおる。どうするかはそなたが選べ。」
シャルナが話終えてどれくらい経っただろうか、長くも短くも感じた時間、その間声も出すことなく何事もなかったがその時間はきっと無駄ではなっかったのだろう。なぜなら・・・
「シャルさん、ありがとうございます。私自分の力ともう一度向き合ってみます。」
「そなたなら正しい道に行けるはずじゃ、何せその魔法のおかげでわざわざ金を払って食った飯を吐き出さんで済んだからの。」
「もう、これからは飲みすぎないで下さいね。」
「それは約束できんな。はっはっは!」
「ふふふ、あはははは!」
もうそこには枯れかかった様な表情はなく、満開の花のような顔をした一人の少女がいるのだから。
そして、その話を外で聞く影が一つ…そして、何か決意を秘めた空気を纏いながらその場を後にした。
■■■
翌日、ハルト達三人は国王に呼び出されていた。
「・・悪い知らせじゃ、アルタード王国皇太子ショーン=アルタードが幽閉された。」
「な!? それはどういうことですかお父様!」
「…それは同じアルタード王国の誰かによってではないですか?」
「…っ!?」
突然の声に、驚きを隠せないレレティア、しかしそれよりも動揺を隠せないでいるのは三人を呼び寄せた国王その人であった。
「ど、どうしてそれを・・知っていたのか? 確かに国境付近に陣を構えているカロナ公にだが」
「いえ、ただそう考えると辻褄が合うんです。」
「どういう事ですかハルト様。」
レレティアの問いにハルトは順を追って説明する。
「まずティアが盗賊に襲われた件、あれは盗賊じゃありません、盗賊に扮したアルタードの兵士でしょう。訓練されていなければ、不測の事態に対し素早く防御の陣なんて組めませんし、着ているものがちぐはぐです。鎧こそ古びた物を着ていましたが、中に来ている服がそれなりの職に就いていないと着れないものばかりです。一人なら奪ったものか分かりませんが、全員がというのはあり得ません。恐らく盗賊の仕業に見せかけて殺害するように命令されたんでしょう。」
「そんな・・・」
「そして、使者の殺害。こんなことが出来るのは、両国の境で陣を取っているどちらかの指揮官のみ、間違った情報がこちらにも流れている事から恐らく内通者がいます。」
「なんと! ならばこの城内にも・・!?」
「いえ、今日は和平条約の為の会談当日で王自ら全指揮官に護衛するように通達なさっていますから、残っていては逆に不自然に思われるので、形としては前線に出ているでしょう。恐らく、会談の現場に集まってますよ。まぁ、目的は護衛ではなく殺害でしょうが。」
「そんな、いったい何の為に・・」
「理由はまだわからない」
ハルトには理由はなんとなく察しはついていたが、この場で敢えて言う事は無かった。
「それより問題はこれからどうするかじゃ、策はあるのかの主様。」
「簡単。場所が分かってるんだから突入して救出、その場でサイン!」
ハルト、シャルナ、レレティアの三人は初めて会った草原を今度はアルタード王国に向けて進んでいた。
「主様、国王率いる軍が陽動として正面から仕掛け、妾達が側面から潜り込むための回り道なのは分かる。じゃがなぜこの草原なのじゃ、川を上っていく方が早いし正確じゃろう。」
シャルナの意見にレレティアもうんうんと頷く。
「ジュンさんだよ。」
「「・・・はい?」」
少女二人の声がきれいに重なる。
「あの酒屋で合ったジュンさんだよ。覚えてない?」
「いやそれは分かる、なぜそやつの名が出てくる?」
「それは、彼が川から流れてきたからだ。」
「あの、ハルト様・・もう少し分かりやすく説明してもらえませんか?」
「ああ、つまりね、どうして使者でもないジュンさんが襲われるのか、たぶんそこを通る人物を全員殺せとかいう命令が出されてるんだと思う。あの川から陣営までの間に森があるから奇襲とかには売ってつけだし、身を隠すところも多いから使者とかはその道を使う。だから特に警戒されてるんだよ。会談の当日である今日は特にね。この草原も警戒はされてるだろうけど、ティアを襲ったことでもう使われないと思ってるはずだから逆にね。」
「なるほどの、じゃがジュンが本当にアルタード領でやられたと断言は出来まい?」
「ほぼ、確実にそうだと思うぞ?」
「なぜじゃ?」
「地図で見てみたんだよ、アルタード領のネイラス川は切り立った崖になっていて陣営も近い。それに比べて、キルヘン領のネイラス川は一般の人達が多く使うし、街が近いんだ。だからアルハワさんが見つけられたんだよ。そんな場所でそんな事が起こったら、流石に誰かに見られてるよ。」
「なるほど…すごいですね!!」
「まぁジュンさんの一件が無ければ確信が持てませんでしたから。彼には悪いですが、助かりました。」
■■■
「ジュン! いつまで寝てんだい、さっさと仕込み手伝っとくれ!」
恰幅のいい女性がジュンの布団を引きはがす。厳しい口調だが、相手の事をよく見ているし気配りも上手い、正に女主人といった感じだ。
「お、おはようございますアルハワさん。」
「間の抜けた声出してんじゃないよ、さっさと仕事しな!」
「は、はい!・・今日は随分と外が騒がしいですね。」
店内を箒(ほうき)ではきながら、外を眺めていたジュンがいつもとの違和感に気づく。
「なんでも今日は重要な会談があるらしいねぇ。」
「会談ですか?」
「ああ、和平条約に関する会談らしいね。最近使者が殺されたり物騒だったらしいから無事に終わるといいんだが・・」
ジュンはアルハワの言葉に妙な引っ掛かりを覚える。
「使者・・殺され・・・?」
「どうしたんだい?」
「・・!!」
突然飛び出そうとするジュンを、アルハワが慌てて呼び止める。
「ちょっと、どうしたんだい急に!」
「すいません、僕どうしても行かなきゃならないんです!」
「まさか戦場にかい!? 行かせないよ、それにお前に何が出来るってんだい!」
「でも、行かなきゃダメなんです!」
アルハワの制止を振り切り、ジュンは店を飛び出す。
「こら、ジュン!・・・ああそうだ、あいつは人の話を聞かないタイプのだったよ。馬鹿息子と同じだ、自分勝手に危ない橋を渡りに行っちまう!」
今まで何人もの客や従業員を見てきた彼女は、この二か月でジュンの人と成りをしっかりと見抜いていた。アルハワはジュンが見えなくなった道を見つめながら大きくため息を付き、彼女には似合わない小さな声でつぶやく。
「・・・あんたは、ちゃんと帰ってくるんだよ」
■■■
「あそこか・・」
「・・まだ始まってはいないみたいですね。」
「それにしても手薄じゃのう」
ハルト達三人は標的であるカロナ公率いる陣営を見下ろせる丘に身を潜めていた。
「それにしてもあれが本当に戦争の拠点なのかや?まるで城じゃ。」
「はい、元々は実際に使われていた城ですからね。」
「はぁ、王になれなかったからといって廃城に陣取って王様気分とは悲しいのう。」
「なんにしても、全力で叩くだけだ。」
「よいよい、分かりやすくて実に妾好みじゃ。・・主様。」
「ああ、分かってる。拘束解除、全能力使用許可。」
ハルトの声に合わせて、シャルナの身体が赤い光に包まれる。
「久しぶりに全力じゃな!」
「期待してる。」
「ハルト様、シャルさん、あの・・」
レレティアが改まって、申し訳なさそうに、気恥ずかしそうに、だがしっかりと素直に自分の気持ちを二人に伝える。
「最後まで付き合わせてしまってすいません・・ありがとうございます。危なくなったら遠慮せずに逃げてくださいね。元々関係のない事に巻き込んでしまってる訳ですし・・」
「あのなティア・・俺たt・・」
ドーーン!
突如として、轟音と地響きが鳴り響く。
「「「・・・っ!!」」
「始まったみたいですね、行きましょう・・」
「・・その前にいう事がある。」
「ハルト様?」
「俺たちは友達なんだろ? なら遠慮なく巻き込め、関係ないなんて今更言うなよ。」
「そうじゃ、妾の友人をここまで虚仮にしてくれたんじゃ。これはもう国の問題とか関係ない。」
「「これは・・」」
「俺『妾』達の問題じゃ!」
その言葉に、レレティアは泣きたくなるのをぐっと堪え、笑顔を作る。
「ティアはほんとうに涙もろいのう」
「な、泣いてませんよ!」
「ほほう、あの夜の事はどうなのかの?」
「そ、それを言うのは反則です~!」
「はっはっは!さぁ、くだらん話はこれくらいにしてさっさとぶっ飛ばして帰るぞ!」
「そういう事、行くぞ二人とも」
「おうさ『はい』!!」
城内に侵入したハルト達は、順調にショーンが捕らえられているであろう部屋へと進んでいた。
「しかし、階段を上に上ってよいのか?閉じ込めるなら普通地下じゃろう。」
「この城は牢獄が塔の一番上に作られているんです。なので捕らえられているとしたら最上階のはずです。」
「…詳しいの」
「調べましたから」
えへんと胸を張るレレティアは、前を歩いていたハルトが止まっていることに気づかずぶつかってしまう。
「ど、どうしたんで、むぐ!?」
「シーッ」
口を手でふさがれ、一瞬身体が緊張したがその緊張はすぐに別のものへと変わった。
「あそこ」
ハルトが指さす方向は、少し開けた部屋で一人の男が立っている。
「あれは、カロナ公! 間違いありません!」
小声だが興奮を隠せないレレティアに対し、ハルトは冷静に
「あの男の奥、上へ続く階段が見える。恐らくあの奥にショーンさんがいるんだろう。」
「どうするんですか?」
「他に道がない以上強行突破です。煙幕を張ります、その隙にすり抜けよう。」
「ぶっ飛ばしてはダメなのか?」
「恐らく奥にはキルヘンの内通者がいる。騒ぎに気付いて皇太子が殺されたら元も子もない。ぶっ飛ばすのは助け出した後。」
「なんじゃ、面倒くさいのう」
方針が決まったところで、ハルトは大きく深呼吸する。
「・・ふぅ、じゃあ行くよ三、二、一、今だ!!」
合図と同時、三人は一斉に駆け出す。ハルトにより煙幕が張られると同時に部屋に突入する完璧なタイミングだ。
「・・・っ!!??」
カロナの横を抜け、レレティア、シャルナと階段へと到達するしかし、ハルトが階段の一段目に足をかけるほんの前。ハルトの身体は何かに弾き飛ばされた。
「なっ、これは・・・」
「驚いたかね? 私も驚いたよ、まさかこんなところに三人だけで来るなんて。」
煙が徐々に消え、姿が確認できると不気味な笑みを浮かべる中年の男が余裕をあふれさせながら立っている。」
「・・・お前がカロナか」
「いかにも」
「・・何をした?」
「いや別に、ただ風の結界を張っただけだよ。」
さも何でもないというように淡々と言うカロナに、レレティアが叫ぶ
「嘘です! あなたは魔法は生活魔法も使えないはずです!」
「これはこれはレレティア皇女殿下、お久しぶりです。覚えて頂けてるようで感激でございます。」
心にもないという事がひしひしと伝わってくる男の言葉に嫌悪感を覚えながらも一王女は続ける。
「答えなさい。あなたが魔法それも元素魔法だなんて。何をしたのです。」
「それはあなたがよくご存じでは?」
「まさかカロナ、あなたは!!」
三人の敵意の中心にいる男は面白そうににやりと口角を上げる。
「そう、奴隷契約! 丁度相性のよい奴隷がいてよかった!」
「この!」
「ダメだ!」
「!?」
ハルトの制止でシャルナは動きを止める。
「なんじゃ主様、妾ならこんなもの!」
「いや無理だ、壊すのは簡単でもあいつがいる限り新しく作られる。」
「ならどうする!」
「やることは変わらない、救い出してサイン書いてこいつをぶっ飛ばす! ただ、ぶっ飛ばす役は俺に譲ってもらうけどな。だからそのまま行け!」
「そんなこと出来る訳が・・」
「シャルナ!」
「っ!?」
一対のドラゴンと人間は数秒、互いの目をじっと見据える。
「・・・ゆくぞ、ティア。」
シャルナはレレティアの腕を掴み強引に足を進ませる。
「シャルさん!? まだハルト様が、それにいくらハルト様でも元素魔法どうしの戦闘なんて…」
「そんなの分かっておる!」
いつになく感情的で大きな声にレレティアはそれ以上の抗議が出来なかった。
兵士等が相手ならまだしも、元素魔法使い同士の争いは文字通り命の保証はできない。そんな事を知らない二人ではない、視線を交わしたあの数秒で二人はそれに対する覚悟、信頼、それら全ての意志のやり取りを終わらせていた。だから・・
「じゃから、こっちは絶対に予定通りいかせる!」
最上階につくと、予想通り牢屋とその中にはショーンの姿があった。
「やっぱり…でもその見張りはキルヘンでも指折りの実力者達です。まさかあの人達が裏切っていたなんて…どうしますか、シャルさ…ちょ、シャルさん!?」
気にすることもなく歩き続けるシャルナにレレティアは必死に声をかけるが、止まる気配はない。
「なんだお前、とまれ!」
「ここがどこか分かっているのか? 子供が来ていいとこじゃあ・・」
「黙れ…」
「あん?」
「黙れ下種共、妾は今気がたっておる故手加減は出来んから覚悟しろ。死にたい奴からかかってこい、全員妾の八つ当たりの相手になってもらう!!」
■■■
「いいから行け!」
ハルトは二人を見送った後、改めてカロナに対峙する。
「いいのかな? 見たところ、彼女の方が強そうだが」
「お前なんて、俺で十分だ。」
「あまりなめるなよ小僧!」
その瞬間、得体のしれないものがハルトめがけて飛んでくる。
「!!」
ほぼ何も考えずに行動したのが功を奏したのか、それはハルトが元いた空間を通り後ろの壁に深く斬撃痕を残した。
「ほう、よく避けましたねぇ」
「へあまり小僧なめんなよ、おっさん!」
お返しにとハルトは巨大な炎の塊をカロナに向けて放つ。
相手がよける事を予測し、その周りごと焼くように広範囲に放った炎はカロナを完全にとらえる。
(避ける素振りもなかったぞ、諦めた?)
状況を把握しようと、思考を重ねようとした瞬間耳障りな声が炎の中から聞こえてくる。
「効きませんねぇ。」
「・・・うそ、だろ」
(無傷!? 何かで防いだとしても、少しはダメージ与えれていいだろう!)
「おやぁ? もう終わりですか?」
「くそ!」
ハルトはそれならと今度は凝縮した炎を、カロナに向けて放つ。
「無駄ですよ」
カロナが放った風の刃は炎を切り裂き、ハルトの身体を切る。
「ゔぁっ、ガハ!」
切られると同時に壁に叩きつけられ、ハルトは体内からせりあがる自らの血を押さえられず吐血する。
「無駄なのですよ、炎は威力さえ大きいですが風で簡単にいなせます。当たらなければどうという事はありません。おまけに、あなたはもう一人きりです。この密閉されたこの空間には誰も入っては来られないし、誰も出られません。そろそろ自分が無力でダメな人間であることを自覚しなさ~い」
(・・・密閉?)
「は、はは。そうだな、俺はダメなやつだ。友達に嘘つくなんてな」
「はぁ? なんの事です?」
ハルトは答えず、ゆっくりと立ち上がる。
「立っても何もできませんよ?みじめに死になさい!」
ハルトを切り裂いた刃が無数に生み出され、全方位から飛んでいく。
「もう避けられませんよ!」
ハルトは避けなかった。
「うおおおおおおおおおおおお!」
ただ、己の全力を持って炎を生み出した。それは風を飲み込み、正に獄炎となりその空間を埋め尽くさんと燃え盛る。
「なんですか、輻射熱で焼こうという魂胆ですか甘いですね! 皮膚の周りに空気の層を作れば、熱なんて簡単に防げるんですよ!」
その声が聞こえてるのかいないのか、ハルトは炎を弱めるどころかさらに強くする。
変化が起こったのはそれからわずか数秒後、炎の勢いが弱まっている。ハルトは力を使い切ったのかその場に倒れこむ。
「はは! もう終わりですか。やはり子供ですねぇ!……っ?」
カロナが違和感を覚えたのは、この場に起こっているもう一つの変化が原因だった。
「息が苦しい?・・・ふふふ、あははは! そうですかそういう事ですか、なるほどなるほど惜しかったですねぇ。一酸化炭素中毒にしてという事でしたか。密閉状態だからこそ出来る事です。しかし、まだあなたは分かっていないこの空間は私が管理しているのです。換気をすれば終わり、それに私自身に薄い空気の層を張っています。あなたの方が先に中毒になってしまいましたねぇ。この空間はさぞお辛いでしょう、実に呆気なかったですねぇ。」
結界を解こうとしたカロナが素直に解くことが出来ない理由がもう一つあった。
「・・・何がおかしいのです?」
倒れているハルトの口に笑みが宿っている。ハルトは息が出来ない状況の中でかすれながらなんとか言葉にする。
「一緒に、帰ると・・約束したのにな・・うそついちまった・・」
「それがなんだというのです」
「俺が死ねば・・あいつは・・力を・・取り戻せる・・」
「・・・はぁ?」
「だから・・俺は・・ここに・・・勝手に・・死に場を・・探してた」
シャルナとレレティアが友情を確かめたあの晩、外で話を聞いていたのはハルトだった。
カロナは呆れた表情で目の前の最後の言葉を聞いている。
「この死は・・俺の・・エゴだ・・けど・・・お前にも付き合ってもらう・・!」
「はんっそうですか、しかしそのお誘いには乗れません、あの世へはお一人でどうぞ。」
カロナは、ついに周りの空間に張っていた結界を解いた。
刹那
白い閃光が辺りを包み込む。
そして、次に起こったのは熱、爆音、そして衝撃波。すなわち「爆発」
それは、密閉された空間において炎の燃焼により充満した一酸化炭素ガス。熱された一酸化炭素ガスと換気による酸素との化学反応により引き起こされる爆発現象。その現象の名は『バックドラフト』
その爆発はその部屋だけでなく、城の半分以上を吹き飛ばす。火気に敏感なシャルナはいち早く行動を起こした。
「ティア、ショーン! 捕まるのじゃ!」
真竜性解放
シャルナの姿が、本来の巨大な真紅の竜に変わる。こうなればもうちょっとした爆発では傷一つ付かないだろう。その竜は二人の少女を自らの子を守るような慈愛に満ちた体制で閃光に包まれた。
爆発の衝撃が収まった後、爆心である部屋であった場所に動く影があった。
「ふふふふ、ははははは! どうだ、私は生きてるぞ! あのクソガキなんかに私の計画が邪魔されてたまるか! はははは」
運よく衝撃波の直撃を免れたカロナは、歓喜の声を上げていたが頭上の天井が目に入りその笑いを止めた。
(天井? ばかな、あの爆発で吹き飛んだはず・・)
その正体に気づいたカロナは打って変わって恐怖で体中を震わせる。
「あ、ああ…ああああ!」
目に映ったのは巨大な竜。その鋭い眼光には明らかに、怒りと殺意が込められている。
「ああああ! たすけ・・・・」
カロナが命乞いをする前に、その体は灰と化した。
少女の姿に戻ったシャルナは、炭になった男の事など眼中になく今までここにいたはずの少年の姿を必死に探す。
「主様! 主様! ・・・ハルトぉぉぉぉぉ!」
シャルナは目の端に人間の様な影を捕らえる。
「主様!」
目に見えて骨は折れ、皮膚はほとんどが焼け焦げた少年をシャルナは優しく抱きかかえる。
そこにレレティアとショーンが駆け付ける。
「シャルさん! ハルト様は・・・」
彼女が抱える変わり果てたものこそがハルトだとしり、言葉が消え胸がつぶされたように痛くなる。
「ハルト、ハルトぁぁぁぁ!」
抱える少年に顔をうずめ、人目憚らずになくシャルナを誰も見たことがない。
その体に触れ、最後のお別れとレレティアがハルトの手を握ったその時
「・・動いた・・・」
「な、に・・?」
「わずかですが、今確かに脈打ったんです!」
「!? 主様!!」
シャルナは少年の胸に耳をあてる。通常の耳では聞き取れないほど微弱だが、確かに心臓は動いていた。
「ティア! 時間がない、妾の生命力を吸って主様に!」
レレティアは、そのまま両者の手を握り意識を集中する。
「頼む、頼む、頼む・・ハルト!」
その呼びかけに答えるように、わずかなうめき声が上がる。
「ぅ・・ぁ・・・」
「ハルト!」
「ハルト様!」
「・・・あれ・・みんな・・・なんで?」
「主様、まったく・・心配かけおって・・」
「はは、なんだよ・・俺助けたら・・お前の忘れ物とって来れねぇじゃん・・」
「たわけ! 死んで取りに行くような物など捨てておけ、そんなもの嬉しくもなんともないわ」
ハルトはシャルナの腕の中をゆっくりと起き上がる
「すごいな・・流石ドラゴンの生命力もう回復したよ・・・心配かけてごめんな、ただいま。」
「もう、勝手に死ぬことは許さんぞ・・」
生きていることを確かめるように、胸に顔をあずけるシャルナの頭をなでながら、レレティアに視線を向け頭を下げる。
「ティアのおかげだよ、ありがとう」
「いえ、よかったです。本当に・・・」
ぐすんと鼻をすする王女様に、成果を聞く。
「条約は・・?」
レレティアは、ふふふ~と自慢するように証書を広げてみせる
「ばっちりです! これは全て二人のお陰です」
「いや、それは違うよ。ティアが今まで頑張ったから成しえた事だ。ほら、外で待ってるみんなに教えてあげな。」
「・・・はい!」
レレティアは壊れた壁から姿を見せ、澄んだ声で宣言する。
「皆さん!」
その声は下の兵士全員に広がり、辺りは静寂に包まれる。
「皆さんのお陰で、会談は成功し、講和条約は成されました!キルヘン皇国第三皇女レレティア=フィレナントの名において宣言します。このばかげた戦争は終わりです!!」
つかの間の静寂、後に
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」
割れんばかりの大歓声に包まれた。レレティアが国王の元に着くのを確認した二人。
「・・さて、依頼完了だな。」
「そうじゃな、帰るとするかの」
「・・久しぶりにさ、乗せてくれない?」
「なっ・・・今回だげじゃぞ?」
そう言って、シャルナは竜の姿へと変化し、ゆっくりと飛翔する。その背にのり、地平線を見つめるハルトにシャルナが問う。
「なぁ、主様。次はどこへ行くんじゃ?」
「そうだな~」
そこになんともこの雰囲気に似つかわしくないぐ~~っと音が響く。
「とりあえず飯屋だな!」
「酒もじゃぞ!!」
■■■
ようやく戦場へとたどり着いたジュンが聞いたのは、割れんばかりの歓声だった。
「はぁはぁ、僕は真実を伝えようとしてあの時…けど、あの人達がやってくれた!」
そこから飛び立つ真紅に輝く竜を少年をみて、ジュンは
「これだ、この光景を後世に伝えるために僕は! 物語だ、そのタイトルは・・・!」
Dragon Knight(ドラゴンナイト)-それは、称号ではない。ましてや歌の名前でも役職でもない。Dragon Knight(ドラゴンナイト)それは、一人の少年と一匹のドラゴンが互いの為に世界を駆け抜けた、一つの物語。
Dragon Knight~ドラゴンナイト~ 黒宮ゆき @kuroyuki-cafe
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