終わらない妄執

 結論を言ってしまうと、ご存知の通り私はあいつを殺せなかった。

 武器になるものなんて一つも持っていなかったからと我武者羅に殴りかかったその直後から綺麗さっぱり記憶がない。

 気がついたら自分の部屋だった、日はとっくに昇っていた。

 慌てて部屋から出たら物音を聞きつけたらしい両親がやってきた。

 昨日は何があったのかと聞かれた、両親の話によると私は自宅の前で倒れていたらしい。

 なんでもないただの夏バテだ、と早口で言って、私はあいつを探しに行こうとした。

 その時、テレビの音が聞こえてきた。

 速報です、昨日深夜に勇者候補である……って。

 ニュースではあいつが自分の親族とその他大勢を一方的に虐殺して、国外逃亡したことが話されていた。

 ……結局、私はなんにもできなかったってわけだ。

 それでも、あいつはまだ生きている。

 “厄災“として生き続けている。

 なら、約束通り私はあいつを殺すために死力を尽くそうと、そう思った。

 そこから先は忙しかった。

 まずどうすればあいつを殺せるかを考えた。

 その為にまず勇者候補としてのあいつのことを調べた。

 一つくらいは分かりやすい弱点があるんじゃないかって思ってたけど、なんもなかった。

 調べてみると私が知っているあいつと勇者候補としてのあいつはあまりにも違いすぎて、実は別人なんじゃないかって思ったこともあった。

 だって、人々に語られるあいつはあんまりにも完璧すぎたし聖人じみていた。

 私が知っているあいつはそんな完璧な聖人とはあまりにもかけ離れていた。

 というか多分、結構なろくでなしの類だ。

 でも本人だった、いっそ別人だったらよかったのに。

 ……一体どちらが素だったのやら。

 考えたってきっと仕方がない。

 たとえ私と一緒にいた方のあいつこそが全部演技だったとしても、あいつがただの子供として生きられなかった異常な子供だったっていう事実は結局変わりないのだから。


 あいつを殺すには正攻法じゃ無理だということは調べるまでもなくわかっていた、調べたところでその裏付けが取れてしまっただけだった。

 ただの一般人がどれだけ鍛えたところで勇者候補の中でも一番の天才とまで言われたあいつを殺せるわけがない、というのが当時の私が出した結論だった。

 それでもやめるわけにはいかないので、どうすればいいかを次に考えた。

 あなた達ならもう察しがついているだろうけど、私は自分を鍛えるのではなくあいつを殺すための武器……いいや兵器を作ることにしたんだ。

 昏夏に存在した、世界を一度滅ぼしかけた兵器のうちの一つでも再現できればきっとあいつを殺せるだろう、って。

 だから私は研究者の道に進んだ。

 道のりは厳しかったけど、それでもご存知の通りなんとかなった。

 元々昏夏オタクだったし、というか昏夏オタクでかつ元から研究者志望だったからこそこれが一番手っ取り早いだろとうとこの手段をとったわけで。

 そうして今から五年前にやっと昏夏時代の兵器を一つ、再現したというわけだ。

 どうせならギャラルホルンを作りたかったけど、どう頑張っても無理そうだったし……あれは街一つどころか国一つを吹っ飛ばしかねない威力の兵器だったから、作れたとしても最終手段……

 これを言ったらドン引きされそうだけど、実は何度かやけになっていっそ星ごとあいつを殺してやろうと思ったことが何度かある。

 けど流石にそれはまずかろうと思ったから、極力対人に特化した兵器を選んだけど。


 途中で紆余曲折もあったけど、私はどうにかあいつを殺すための兵器を作り上げた。

 私一人の力ではないけど……まあ八割以上は私の仕事だったから私が作ったといっても過言ではない。

 ……って言ったらみんなに怒られたっけ、もうあれから四年も経ってしまったのか。

 あの時、殺せてればなあ……

 そう、四年前のあの日、あの研究発表会に私があの兵器を……ラーズグリーズ、とその他諸々を持ち込んだのはあいつが要人暗殺のためにあの発表会に現れるという噂を聞いていたからだ。

 あの時は万が一の時の防犯用ってゴリ押したけど、本当はあいつを殺す絶好のチャンスだからと持ち込んだ。

 でも、ご存知の通り結果は惨敗。

 私がラーズグリーズを使いこなせていなかったっていうのもあるけど、あの兵器は捕捉から発射までのタイムラグが長いからあいつには通用しなかったんだ。

 だから次の兵器を、と思って色々作ったりこっそりラーズグリーズの写しを作って使いやすいように改造してるうちに……気付いたら“七年後”が近付いてきた。

 このままじゃまずいとあいつの居場所を探すために突貫で作ったヘイムダルを使ったら情報量に耐えきれず脳がパンクして三ヶ月も昏睡状態になってた上に、その間に”七年後“が過ぎてしまっていたと知った時は心臓が凍ったかと思った。

 ……けど、あいつは死んでいなかった、殺されていなかった。

 勇者のうちの一人であるあいつの弟と対峙はしたし実際殺されかけたらしいけど……最後の最後で逃走した、逃げ切ったんだ。

 どうしてそうしたのかはわからない、ひょっとしたら私との約束を覚えていたんじゃないかという自惚れも少しはしたけど、多分別の理由があったんだろうって思ってる。

 けど、つい先月、あいつは死んだ。

 右手を残してこの世から姿を消した。

 その知らせを聞いた私は、この先どうすればいいのかわからなくなった。

 だって、今までずっとあいつを殺すためだけに生きてきた。

 血を吐いても身体中がボロボロになっても、ただそれだけの為に頑張ってきた。

 それなのに、その目的が消えてしまった。

 この先、どうやって生きればいい? なんのために生きればいい?

 今更、ただ楽しいことをしているだけの無邪気な自分には戻れなかった。

 そういう風に生きるには、私はたった一つの目標に依存しすぎていた。

 それに……やっぱり私はあいつを殺したかった。

 約束を守りたかった。

『私』があいつを殺したかった、そんな絶望じみた妄執がどうしても消えてくれなかった。

 だから、私は思った、思ってしまった。

 それなら、生き返らせて殺せばいい、と。

 昏夏には人間を生き返らせる技術があったと伝わっている。

 みんなも知ってると思うけど、くろーんとやらがどうこうという例のアレだ。

 ただの伝承かもしれない、たとえ真実だったとしても私がそれを再現することは不可能に近いのだろう。

 それでも、それが叶うのなら、あの男を生き返らせることができるのなら……そうすれば、この手であの男を殺せると、そう思って。

 ……わかっているんです、こんなのは狂ってる。

 殺すためだけに生き返らせるだなんて、自分でもおかしいと思っているんです。

 あいつはやっと死ねたのに、やっと“厄災”の役から降りられたのに……私は私の身勝手な願いでそのおしまいを台無しにしようとしているんです。

 ええそうですよ、わかってます、こんなのは間違っている。

 ……それでももう、止められないんです。


 それでも、ただあの男を生き返らせるためだけに、その目的のために無関係の人を殺してはいけないと今の私はまだそう思える。

 だから私はあなた達にこのデータを託したのです。

 もしも私が目的のために人すら殺すようになったら、そこまでの狂気に堕ちたらこのデータを確認してほしい、と。

 私はついさっき自分にとある魔術を掛けました。

 とても強力な洗脳魔術です、あらかじめ指定した言葉の羅列を発動のキーとして、その言葉を聞いた直後に自らを自らの手で殺す……そういう古くて強力な呪いです。

 これから発動キーとなる言葉の羅列を記載した場所を伝えます、そこに書いてあるものを昏夏語に訳して私に聞こえるように唱えてください。

 場所は「私の机の上から三つ目の寄木細工の箱の中」

 パスワードは「Ráðgríð」

 中身はいつも作ってるクッキーのレシピです、少し長いですけど私と同じ道を行くあなた達ならばすぐに訳せるでしょう?

 だから心配はしていません。

 それでは最後に謝罪を、手間をかけさせてしまいごめんなさい。

 それと感謝を、そしてもう一度謝罪を。

 今まで散々迷惑をかけてしまってごめんなさい。

 持ち出し禁止の兵器を勝手に持ち出したり、それ以外にもやりたい放題の私を、見捨てないでくれてありがとうございます。

 ……野放しにした方が危険だからクビにしなかっただけだ、って怒られそうですけどね。

 本当にもう……思い出せば思い出すほど、私ってどうしようもないろくでなしですね……

 あいつなんかよりも私の方がよっぽどろくでなしなのかもしれません。

 でも、きっと死んでも治りゃしないんです、実際悪かったなあとは思っても改善する気も反省する気も全くと言っていいほど出てこないので。

 本当にどうしようもなくてごめんなさい。

 そして、さようなら。

 ……どうかあなた達がこれを聞かずに済んでいることを、その上で私の八年に渡る妄執が終わることを祈る。

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私が殺し損なった男の話 朝霧 @asagiri

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