第十五話
ゆっくりと動く馬車に揺られ、小窓から立派な噴水や庭園などを眺めること数分ほどで、俺たちはベズビオ男爵家の館の玄関口に到着した。
馬車に乗り込んだ時と同じくメイドさんの手を借りて、俺たちは順番に馬車から降りる。
余計な装飾のない質実剛健なベズビオ男爵家の館を見上げ、貴族が住む家は凄いなとありきたりなことを思う。
前世と今世通して初めて見る貴族の館にそんな感想を抱いていると、玄関を開けたゾランさんとメイドさんがついてきてくださいと歩き出したので、シスター・レリアを先頭にしてあとをついていく。
開けられた玄関から館の中に入ると、埃一つない綺麗な玄関ホールが視界に広がる。
玄関ホールには素人目にも明らかに高価だと分かる絵画や陶磁器などが置かれているが、数は必要最低限で品のある物ばかり。
外観同様に質実剛健といった雰囲気で、無駄のないスッキリした空間といった印象だ。
俺たちはゾランさんを先頭にして玄関ホールから移動し、玄関ホール近くにある扉の前でゾランさんとメイドさんが足を止めると、ゾランさんが扉を開けて中に入るように促す。
シスター・レリアたちに続いて扉の先に足を踏み入れると、扉の先は客人などに対応する応接室のようで、品があり質の良さそうな調度品が揃えられている。
メイドさんはゾランさんとアイコンタクトをすると、綺麗な一礼をして扉を音一つなく静かに閉めて去っていく。
ゾランさんが応接室の椅子を右手で示す。
「皆さん、どうぞ椅子にお座りください」
俺たちはゾランさんの言葉に従い、上質な素材で作られたと分かるソファに腰掛ける。
最初に柔らかさを、次にゆったりとした沈み込みを感じる、個人的にもの凄く座り心地がいい好きなソファだ。
今度ティル・ナ・ノーグに帰った時に、もの作りが好きな職人の妖精たちと一緒に作ってみよう。
そんなことを考えていたが、ソファに腰かけたゾランさんが口を開いたので集中し直す。
「初めてお会いする方もいらっしゃるので、先に自己紹介を。私の名はゾラン。ベズビオ男爵家の執事長の任を務めております。ベズビオ男爵家当主エルバス・ベズビオ様に変わり、皆様のお話をお伺いいたします」
ゾランさんは柔らかく優しい口調でそう告げた。
シスター・レリアは初対面で素性が分からない俺がいることや、立場的に上であるのにも関わらず自分から自己紹介をしてくれたゾランさんに頭を下げ、俺たちのことをゾランさんに紹介していく。
先にクレイさんとビトールさんの紹介がされるが、ゾランさんは二人と面識があるようで、シスター・レリア同様お久しぶりですといった感じで会釈し合う。
その際、ゾランさんからクレイさんが元気になってよかったという気持ちと、元気な姿に戻ったことにどうやってという疑問が感じられた。
俺はポーカーフェイスが上手いゾランさんから感じとれてしまう、どうやったのか知りたいという強い感情に驚く。
もしかしたら、身内に病気などで苦しんでいる人がいるのかもしれない。
そんなことを考えていると俺の番がきた。
「こちらはシャルルさん。今回の訪問に関係している方で、私たちの恩人です」
シスター・レリアの紹介にゾランさんがピクリと僅かに反応する。
ゾランさんの反応が気になるものの、ここで会話の流れを断つのはよくないだろう。
「シャルルと申します」
俺は自分の名前だけを告げて、それ以外の余計なことは言わずに頭を下げた。
ゾランさんは様々な感情を心の奥底に隠し、よろしくお願いしますと丁寧に返してくれる。
それぞれの自己紹介が終わったところで、シスター・レリアがベズビオ男爵家訪問の本題に入った。
まずはクレイさんを苦しめていた呪いを解呪するまでの話をして、次に教会で行った一斉解呪の話をしていく。
そして、最後に見落としている人たちがいるかもしれないという俺たちの懸念を伝える。
ゾランさんは途中で口を挟むことはせず、シスター・レリアが全て語り終わるまで静かに聞いていた。
語られた内容に対して所々で反応する場面があり、強く反応を示したのは呪いがベズビオに蔓延しかけていたこと。
それと同じくらい反応が強かったのが、俺とビトールさんがクレイさんにかけられた呪いを解呪したことと、シスター・レリアたちと協力して呪いに苦しむ人たちを解呪したことの二つ。
なかでも特に反応が強かったのは、クレイさんにかけられた呪いを解呪する際に発動した、癒しの仙術のことを聞いた時。
一瞬だけとはいえ、ゾランさんから鋭い視線を向けられたほどだ。
「肺懐症の症状が出ている者が急速に増えているという報告を受けていましたし、エルバス様もベズビオ男爵家の力を使い各方面に働きかけ、状況に迅速に対応しようとしておりました。……まさか呪いであったとは」
ベズビオで起きた小さな異変や変化を見逃さず、迅速に対応するために持てる力を一切出し惜しみしないところから、ベズビオ男爵家の情報収集能力の高さや行動の早さが分かる。
ベズビオ男爵家の優れた情報収集能力ならば、肺懐症ではなく呪いだと俺たちより先に見破っていた可能性があるな。
しかし、呪いだと見破ったとしても解呪できるかどうかは分からない。
薬師として一流の腕を持つビトールさんであっても、一流の呪術師によってクレイさんにかけられた呪いを解呪するのは難しかっただろう。
他の薬師たちと協力したとしても呪いを完全に解呪することはできなかっただろうし、もしかしたら呪いの反抗によってクレイさんは死んでいたかもしれない。
それくらい厄介で
ゾランさんが目を閉じて静かに思考の海に潜ると、シスター・レリアたちは少し心配そうにゾランさんを見る。
俺たちの話を聞いてベズビオ男爵家が対応しないはずはないと思っているが、明確に答えが返ってくるまでは心配してしまうのも無理はないだろう。
ゾランさんが思考の海に潜って三分ほど経った頃、静寂に包まれている応接室の扉からコンコン、コンコンとノックの音が四回響く。
そのノックの音でゾランさんは思考の海から戻ると、相手が誰だか分かっているのか、入りなさいと扉の向こうの相手に告げる。
ゾランさんの言葉に従い扉の向こうにいる相手が扉を開けると、扉の向こうにはゾランさんと一緒に門まで来たメイドさんが立っていた。
メイドさんの傍にはカートが一台あり、ティーポットとカップのセットと、一口サイズのクッキーが用意されているのが見える。
「失礼いたします。ゾラン様、お茶のご用意が整いました」
ゾランさんがメイドさんに頷いて答えると、メイドさんは綺麗に一礼し、音を立てずにカートを引いて応接室に入り扉を閉めた。
メイドさんはカートを応接室の隅に止め、綺麗で無駄のない流れるような動きでお茶――紅茶の用意をしていく。
ティーポットからカップに紅茶が注がれていくと、柑橘系の爽やかな香りが周りに漂う。
恐らくは、アールグレイと呼ばれるすっきりとした味わいの紅茶だろう。
一緒に出されたクッキーも見た目から美味しいのは間違いなく、紅茶もクッキーも高級なものを出してくれたのは俺でも分かった。
皆で紅茶を飲み、クッキーを食べて一息吐いて落ち着くと、ゾランさんが口を開く。
「これからエルバス様と情報を共有し、皆様との会談の場を整えてまいります。紅茶とクッキーを楽しみながら、今しばらくこちらでお待ちください」
俺たちはよかったと心の中で安堵して顔を見合わせると、シスター・レリアがゾランさんに分かりましたと答える。
ゾランさんはメイドさんにアイコンタクトをして、それでは失礼いたしますと言って応接室の外へ出ていった。
ベズビオ男爵家の協力を得る第一段階は問題なく突破できたようだ。
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