第十四話

 シスター・レリアと出会い、呪いに体を蝕まれ苦しんでいる人たちを助けた日から一週間が経った。

 この一週間の間に俺、クレイさん、ビトールさんはシスター・レリアたちと協力して動き、教会が把握している呪いに苦しむ人たちの家を回り、全員の解呪に成功。

 呪いに苦しんでいた人たちは全員後遺症はなく、教会が全面的にサポートすることもあり、なんの問題もなければ元の生活に戻っていけるだろう。

 しかし、まだ油断はできない。

 シスター・レリアたちの情報網に引っかからない、人知れず呪いに苦しめられている人がいる可能性がある。

 俺はクレイさんとビトールさんにその懸念を共有し、落ち着きを取り戻しつつある教会へと朝早くから三人で向かう。

 教会に姿を見せた俺たちをシスター・レリアは笑みを浮かべて歓迎し、一週間前と同じくシスター・レリアの私室に招かれた。

 俺たちは焦ることなく一息吐いて落ち着いたあと、三人で共有した懸念をシスター・レリアに伝える。

 シスター・レリアは真剣な表情に変わり、伝えられた懸念に教会としてどう動くか考え、教会を預かる者として口を開く。

「呪いに苦しめられていた方々がいたこと、その呪いを私たちで解呪したことをベズビオ男爵様にお伝えして、協力してもらえるようにお願いしましょう」

 シスター・レリアの言葉に、クレイさんとビトールさんが迷うことなく頷いて同意する。

 案を口にしたシスター・レリア、迷いなく同意したクレイさんとビトールさんの様子から、ベズビオを治めている男爵は相当慕われているのが分かった。

 ベズビオ男爵が貴族としてどこまでの力を有しているのか分からないが、ここまで慕われているのは高貴たる者の義務ノブレス・オブリージュを貫いているからなのかもしれない。

 そんなベズビオ男爵ならば、俺たちの懸念を理解して積極的に協力してくれるだろう。

 シスター・レリアがどうしますか?と俺に視線を向けてきたので、俺はシスター・レリアの案に同意することを頷いて示す。

 俺の同意を確認したシスター・レリアは、一分一秒も惜しいとばかりに対策に動き出そうとする。

「まだ朝も早く、今日が終わるには十分に時間があります。今からベズビオ男爵様に会いに行きましょう」

 シスター・レリアはそう言うが、ベズビオ男爵側にもスケジュールがあるのでは?

 俺はそう思い質問すると、シスター・レリアは「これ以上に優先度の高い問題はなかなかないのでは?」と返す。

 それもそうだと納得し、愚問であったことをシスター・レリアに謝罪すると、シスター・レリアは気にしていませんよと優しく微笑んだ。

 シスター・レリアは他のシスターたちに情報共有を手早く済ませ、外出用なのかシスター服の上からローブを身に纏い、すぐにでも教会を出られる状態へと整える。

 出発の準備が整ったシスター・レリアは俺たち三人とともに教会を出て、目的地であるベズビオ男爵家の館へと向かって移動を始めた。

 俺はまだベズビオ全体の地理に詳しくない状態なので、歩くスピードを変えないようにしながら、ベズビオ男爵家の館の位置をシスター・レリアに確認する。

「シスター・レリア。ベズビオ男爵家の館は町の中心部、教会に近い場所にあるのですよね?」

 シスター・レリアは歩きながら「その通りです」と答え、周囲の建物よりも一回り以上大きい、領主が住むに相応しい立派な館に視線を向けた。

 館は周囲の建物から距離が離れるように建てられており、空白地帯のような空間が作られていることから、外庭などを含めて広い敷地を有しているのだろうと予想できる。

 空白地帯のような空間の外側には館を守るように頑丈そうな建物が囲んでおり、ベズビオ男爵家の館を守る私兵もしくは軍人たちが、護衛兼衛兵として詰めている兵舎などで固められているのだろう。

 有事の際にはベズビオを守るための指揮所になることや、貴族社会にあるであろう暗殺者の襲撃などを想定し、すぐに指示を出せるようにしているといったところか。

 色々と考えを巡らせていた俺に、クレイさんとビトールさんが追加情報を教えてくれる。

「館の東側には町の運営を司る行政府があり、書類手続きなどをする際は基本的に行政府へ行くことになります」

「反対の西側には冒険者ギルドが。冒険者ギルドの周囲には各分野の職人たちの店や、様々な品を取り扱う商人たちの店があるので、なにか欲しいものがあれば西側に向かうといいですよ」

 俺が行政府のある東側にはそういう店はないのですか?と質問すると、三人がベズビオという町の大まかな区画について教えてくれた。

 行政府のある東側を貴族関係者や大商人向けの区画、冒険者ギルドのある西側を庶民や冒険者、それから普通の商人向けの区画として分けているとのこと。

 取り扱っているものも分けており、東側は貴族関係者や大商人向けの高級志向で統一し、西側は冒険者だけでなく庶民も買えるように価格帯を幅広くしているそうだ。

 高級志向で統一しているからといってぼったくりをしていたり、品質に問題あるようなものを売りつけたりはしておらず、高価で質の高い素材で作られた値段に見合ったものなのだとか。

 西側は東側と違ってピンからキリなので、お金をかければ質の高いものが手に入るが、それなりにしか出さなければそれ相応のものしか手に入らない。

 ただ価格帯が低いからといって質も低いとは限らないそうで、その辺は売り手次第でいかようにも変わると教えてくれた。

 三人からベズビオについて色々と教わりながら歩くこと十分ほど、ベズビオを治めているベズビオ男爵家の館の前に到着。

 ベズビオ男爵家の館を守る立派な門は閉ざされており、腕利きの衛兵と思われる三十代くらいと二十代くらいの男二人が、ねずみ一匹見逃さないといった様子で直立している。

 衛兵二人は館に近付いていく俺たち四人に対してすぐさま警戒態勢をとり、不審者に対していつでも対処できるよう意識を切り替えた。

 しかし、そんな警戒もすぐに消えていく。

 近付いてくる四人の中にシスター・レリアがいることを、衛兵二人が視認したからだ。

 警戒が解けたと判断したシスター・レリアは、微笑みを浮かべながら三十代の衛兵に話しかける。

「ジョンさん、おはようございます。先触れもせず、朝早くから突然訪問して申し訳ありません」

「おはようございます、シスター・レリア。こんな朝早くに訪問してくるなんて、なにかあったのか?」

 ジョンという名の衛兵がそう問いかけると、シスター・レリアは真剣な表情に変わり、非常事態が起きていると告げる。

「緊急性の高い問題が発生したので、すぐに男爵様にお目通りしたいのです。ゾランさんにお取次ぎをお願いできますか?」

 教会のトップであるシスター・レリアから告げられた言葉に、ジョンさんは真剣な表情と雰囲気に変わって迅速に動き出す。

 ジョンさんがもう一人の衛兵に声をかけて指示を出すと衛兵は頷いて返し、ゾランという人物に報告するため館に向かって走っていく。

 館へ走っていった衛兵を見送ったジョンさんは、館の敷地内で門の傍に建てられている小さい兵舎と思われる所に声をかけ、追加人員を配置する指示を出した。

 建物から指示を受けた衛兵たち数人が出てきて、それぞれ門を守るための配置についていくが、どの衛兵もジョンさんに負けず劣らずの腕利きであることが分かる。

 ここまでの人材を何人も集めているところから、ベズビオ男爵家の持つ力の大きさが伝わってきた。

 腕利きの衛兵たちが集まっているのなら、悪意ある者が館へ侵入するのは骨が折れるだろうな。

 そんなことを考えていると、館へ報告に走っていった二十代の衛兵が戻ってきた。

 息一つ乱さず戻ってきた二十代の衛兵の後ろには大きな馬車が一台あり、御者席に背筋が綺麗に伸びている白髪の老紳士の執事さんと、見るからに仕事ができる女性だと分かる二十代のメイドさんが座っている。

 馬車が完全に停止すると、ジョンさんと二十代の衛兵は執事さんに一礼し、自分たちの職務へ戻っていく。

 二十代の衛兵だけでなくジョンさんも執事さんに敬意を表していることから、この人がシスター・レリアが取次ぎをお願いしたゾランさんなのだろう。

 御者席からゾランさんとメイドさんが静かに降りてくる。

 ゾランさんとメイドさんは、クレイさんを見て驚きの感情を示す。

 領主の館で働いていることから、クレイさんのことも情報として把握していたのだろう。

 しかし、二人はその驚きを何事もなかったかのように一瞬で隠した。

 どちらもポーカーフェイスが上手い。

 ゾランさんは親しい友人に向ける柔らかい笑みを浮かべ、落ち着いた様子でシスター・レリアに話しかける。

「お久しぶりです、シスター・レリア。なにやら緊急性の高い問題が発生したと聞きました。立ち話で終わらせる話ではないようですので、館の方で落ち着いて話を聞きたいと思います」

 そう言って、馬車を手で示すゾランさん。

 シスター・レリアは一先ず話は聞いてもらえると胸を撫で下ろし、「分かりました」とゾランさんに答える。

 そして、俺たちの方に視線を向けて指示に従いましょうと頷き、馬車に向かって歩き出す。

 俺たちはシスター・レリアのあとに続いて馬車に向かって歩いていく。

 メイドさんの手を借りて順番に馬車へと乗り込むと、ゾランとメイドさんが御者席に静かに座る。

 ゾランさんが馬に指示を出しすとゆっくりと馬車が動き出し、館に向かってゆっくりと移動し始めた。

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