第十三話

 シスター・レリアたちと協力して、女の子の体を蝕んでいた呪いを解呪してから三時間。

 調薬を終えたクレイさんとビトールさんもこちらに合流し、一分一秒無駄にせず動き続けた俺たちは、療養室にいる呪いに蝕まれていた人たち全員を解呪することに成功。

 解呪中に大きな問題が起きることなく、全員を後遺症もなく跡形もなく綺麗に解呪できたことに胸を撫で下ろしていると、涙を流して喜んでいるシスター・レリアが近づいてきて、思い切り体を抱きしめられて「ありがとう」と小さく告げられた。

 俺はシスター・レリアの体を両手で優しく抱き返し、「全員無事に解呪してあげられてよかったです」と返す。

 シスター・レリアは俺の返事に、ほんの少しだけ抱きしめる力を強くした。

 暫くの間静かに抱きしめ合ったあと、落ち着いたシスター・レリアはそっと腕を放して離れ、涙を拭って真剣な表情で俺に問いかける。

「シャルルさん。ここにいる方々はどのくらいで元の生活に戻れるでしょうか?」

「すぐに元通りとはいきません。まずは一週間ほど問題がないか様子を見つつ、食事や丸薬などで栄養をしっかりとってもらい、弱ってしまった肉体を元に戻していきたいと考えています」

 シスター・レリアは分かりましたと頷き、俺の傍から離れて他のシスターたちのところに向かい、これからのスケジュールについての話し合いを始めた。

 長時間に及ぶ解呪作業で精神的に疲れているはずのシスター・レリアたちだが、精神的な疲れなんて些細なことだとばかりにやる気を滾らせている。

 その姿に凄いなと感心していると、クレイさんとビトールさんが笑みを浮かべながら近くに来て、「お疲れ様でした」と口を開く。

 クレイさんとビトールさんは二人で調薬を引き受け、休む間もなく合流して解呪に全力を尽くしてくれた。

 俺は「お二人の方こそ、本当にお疲れ様でした」と返し、二人と抱き合って喜びを分かち合う。

 ここまで後遺症もなく順調に解呪できているが、ここから先の解呪は成功するかも分からない。

 呪術師は間違いなく解呪されたことを察知している。

 クレイさん一人だけならまだしも、療養室にいる多くの人たちの呪いも一気に解呪したことで、偶然でも奇跡でもなく呪いに対応されたと判断するだろう。

 だが、腕が良すぎたことで助かった点もある。

 クレイさんたちの体を蝕んでいた呪いは呪術師が自ら制御しているのではなく、対象にかけられたあとは完全自立型に切り替わるタイプの呪い。

 自らがかけた呪いの存在を感知することはできるが、その手を離れた呪いに干渉することは極めて難しく、今も苦しんでいる人たちにかけられている呪いのアップデートは不可能。

 呪術師が呪いをアップデートするには、呪いをかけた対象に接触しなければならない。

 解呪されたことになにも感じないタイプの呪術師ならば大歓迎だが、もし解呪されたことにプライドが刺激されるタイプの呪術師だったならば、ベズビオまで直接乗り込んでくる可能性が高いだろう。

 それらに対して対策を立てたいが、俺個人が動き回るのは効率的ではないし時間がかかる。

 しかし、協力を得るにしてもベズビオを治めている貴族家、ベズビオ領主に対する伝手やコネは一切ない。

 現状で俺にできるのは、呪いに体を蝕まれ苦しんでいる人たちを救うこと。

 呪術師がベズビオに乗り込んでくる可能性が高まることと、呪いに体を蝕まれ苦しんでいる人たちを救うことを天秤にかけたら、確実に人の命を救える後者を選ぶ。

 可能性が高まるのは間違いないが、呪術師がベズビオに必ず乗り込んでくる訳ではない。

 かなり甘い見積もりであるのを自覚しつつも、今はそうするしかないと自分に言い聞かせて考えを終わらせる。

「お二人とも、ルビオとアルファンは大丈夫でしょうか?」

 三時間もクレイさんとビトールさんを教会に拘束してしまった。

 クレイさんが完全に元に戻り、ルビオとアルファンは心底喜び、はしゃいでいたのを思い出す。

 二人になんの連絡もせずにいたことで、ルビオとアルファンに変な心配をさせているのではないだろうか。

 以前の日常を取り戻したばかりのルビオとアルファンが、二人の帰りを寂しく待っていたらと思うと心が痛む。

 そう思って聞いた俺に返ってきたのは、クレイさんとビトールさんの微笑み。

「シスターさんたちがルビオとアルファンのことを心配して、教会騎士の方々を連れて二人を迎えに行ってくれたんです」

 クレイさんに続いてビトールさんも口を開く。

「私たちが調薬を終えた時には教会にいて、解呪が終わるのを待つ間は孤児院の子供たちと仲良く遊んで、そのまま疲れて昼寝をしていたそうです」

 俺は二人の説明に胸を撫で下ろすと同時に、ルビオとアルファンのことをすっかり忘れていたのを反省。

 目の前に呪いで苦しんでいる人たちがいて救いたかったとしても、クレイさんたち家族のことを一切考慮していなかったのは俺のミスだ。

 そのことをクレイさんとビトールさんに頭を下げて謝ると、二人は「私たちも流れに任せてしまったから」と許してくれた。

 俺たちは話し合いを終えたシスター・レリアに近づき、今後のことを相談する。

 その相談中に話題に出たのが、クレイさんとビトールさんが調薬した薬の数々。

「シャルルさん。私とクレイで作った薬はどうしますか?」

 ビトールさんの問いかけに対して、俺はこういった状況でどうすればいいのか知らないことを素直に言う。

 そんな俺に三人が二つのパターンを教えてくれる。

 教会に薬を買い取ってもらうか献金として納めるパターンと、そのまま自分で使うか保管するために持ち帰るパターン。

 当然だが持ち帰ることを選択したとしても問題はない。

 買取は質や量に見合った金額を払ってくれるそうだし、献金として納めると買取とは違って金銭での見返りはないが、今回の呪いのようなもしもの時には知識と力を貸してくれる。

 シスター・レリアたち教会としては、呪いに対して効果が高い薬を買取であろうとも確保しておきたいのは間違いない。

 しかし、クレイさんとビトールさんが調薬した薬の元である薬草は俺が提供したもの。

 クレイさんとビトールさんが調薬した薬であったとしても、その薬の所有権は薬草を提供した俺にある。

 俺としては献金として教会に収めても構わない。

 薬の元となった薬草たちに関しても問題はなく、妖精たちに頼んでティル・ナ・ノーグから採取してもらい補充できる。

 俺が一番気にしているのは、この件でクレイさんとビトールさんが利を受け取れること。

 確かに薬の所有権は俺にあるが、調薬に尽力してくれたのはクレイさんとビトールさんであり、その行いに対する利があるのは当然だ。

 どうすれば二人に利が生まれるか考えていた俺の頭に、一つの閃きが生まれた。

「クレイさんとビトールさんに薬の所有権を譲渡します」

 俺の言葉に三人は驚き、どうしてという表情で口を開こうとするので、先んじて「お二人がなんと言おうと、薬の所有権はもう譲渡済みです」と告げた。

 クレイさんとビトールさんは少し複雑そうにしつつも、俺の気持ちを察して自分たちの利になるようにと気持ちを切り替え、シスター・レリアと交渉を始める。

 シスター・レリアもこの教会を纏めるトップとして気持ちを切り替え、二人との交渉に臨む。

 そうして始まった交渉だが、三人の間に流れる空気は終始和やかなもの。

 交渉を開始してから十分弱、薬は献金として教会に収めることが決まった。

 懐を痛めずに薬を手に入れることができたシスター・レリア、献金とすることで教会に一つ恩を売ることができたビトールさんとクレイさん。

 それぞれ利を得た三人は笑みを浮かべて握手を交わし、交渉は何事もなく和やかなまま終了。

 俺たちはシスター・レリアたちに家に帰ることを伝え、昼寝をしたお蔭か元気一杯のルビオとアルファンと合流して教会を出て、夕食はなににしようかと楽しく話しながら帰宅のについたのだった。

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