第十二話

 俺たちの快諾を聞いたシスター・レリアが頭を上げる。

 目尻に涙を浮かべ、その涙が喜びや感謝とともに頬を流れていく。

「ありがとう……ございます」

 流れた涙が机の上にぽたぽたと落ちる。

 クレイさんとビトールさんが椅子から立ち上がり、涙を流すシスター・レリアの傍へ。

 二人はシスター・レリアの右手と左手を包み込むようにそれぞれ両手で握り、昂った感情が落ち着くまで黙って静かに寄り添う。

「……二人ともありがとう。もう大丈夫です」

 一、二分ほどで落ち着きを取り戻したシスターレリアは、優しい微笑みを浮かべてそう言った。

 その優しい微笑みを見たクレイさんとビトールさんはよかったと胸を撫で下ろし、包み込んでいた両手をそっと放して椅子に戻る。

「お見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした」

 シスター・レリアは少し気恥ずかしそうにしながら俺にそう言う。

 そんなシスター・レリアに、気にしていませんよと優しく微笑んで返した。

 気持ちが落ち着いたシスター・レリアの雰囲気が再び厳かなものに変わる。

「シャルルさん。呪いを解呪した時に使用した薬草たちは残っているでしょうか?」

「残っています。ビトールさんと一緒に調薬した薬も余裕があるので、数百人規模にまで被害が広がらない限りは、手持ちの分ですぐに対応できるかと」

 俺は足下に置いていたバックパックを持ち上げてぽんと叩く。

 シスター・レリアは一呼吸置き、もう一度深く頭を下げた。

「呪いに苦しめられている方々のこと、どうぞよろしくお願いいたします」

 俺たちは「任せてください」と答えて椅子から立ち上がり、シスター・レリアとともに部屋を出る。

 シスター・レリアのあとについて移動し、病状が重い人が看病されている療養室へと歩いていく。

 静かな教会の廊下を歩くこと数分、俺たちは療養室の前にたどり着いた。

 療養室の扉の向こう側から濃い死の気配を感じ、俺たちは改めて気合を入れ直す。

 シスター・レリアが療養室の扉を開く前に俺たちを見る。

 俺たちはシスター・レリアにしっかりと頷き返し、濃い死の気配を感じる療養室の扉を開けてもらう。

 療養室の中にいる人たちに気を遣い、シスター・レリアはゆっくり静かに扉を開く。

 開かれた扉の先には——地獄のような光景が広がっていた。

 療養室には幾つものベッドが並び、その全てに病状の重い人たちが横になっていて、体を蝕む呪いに苦しんでいる。

 その光景を見たビトールさんとクレイさんが、薬師として真剣な表情で口を開く。

「予想はしていたが、大人だけでなく子供もか」

「大人も子供も関係なく私と同じ症状がでているわ」

 療養室を見渡すと、ベッドに横になっている人たちの中に子供たちがいた。

 子供たちも体を蝕む呪いに苦しんでいて、シスターたちが「頑張って」と励ましながら薬を水と一緒に飲ませ、楽になってほしいと願いながら回復魔法をかけている。

 シスターたちの励ましを受けた子供たちは薬をしっかりと飲み干し、弱々しくも笑みを浮かべて応えてみせた。

 子供は大人と違い体力が少なく免疫力も低い。

 今の病状でも非常に危険だが、まだ体を動かすことは出来る。

 しかし、この状態からさらに弱っていくと救える可能性は極めて低い。

 今すぐ行動に移れば、子供たち全員を救える。

「クレイさん、ビトールさん」

 俺は二人の名を呼ぶ。

 クレイさんとビトールさんも子供たちを今なら救えると判断し、俺の言いたいことを察して頷く。

 俺たちはベッドに横になっている人たちのストレスにならないよう、静かに素早く動き出す。

 療養室の入り口傍に置かれている長いテーブルの上に綺麗な布を敷き、影の空間倉庫を繋いだバックパックから粉、液体、丸薬と一緒に複数のトレイを取り出し、三人で手分けして三種類の薬をトレイの上に乗せてテーブルに並べていく。

 それに加えて、なにかあった時のためにと予備の薬と薬草たちも取り出し用意する。

 手際よく準備をしていく俺たちを見て、シスター・レリアも動き出す。

 シスターたちが動揺することがないように情報を共有し、冷静にシスターたちを落ち着かせる。

 療養室にいる全員分の薬を取り出し終えた俺たちに、シスターたちを落ち着かせたシスター・レリアが声をかけてくる。

「シャルルさん。私たちに手伝えることはありますか?」

 シスター・レリアだけでなく、療養室にいるシスターたちもその目に決意を宿し、真剣な表情でこちらを見る。

 俺は間髪入れずに「あります」と答えた。

 クレイさんを助けた時はクレイさんにだけ集中していればよく、ビトールさんがクレイさんがどういった状態なのか詳細に教えてくれたので、クレイさんの体を蝕む呪いを解呪することに成功したのだ。

 だが、今回は違う。

 子供から大人まで不特定多数の人がいる状況であり、ベッドに横たわっている人たちがどんな状態なのか、俺だけでなくクレイさんとビトールさんも知らない。

 今も苦しみ続けている人たちの状態を一番よく分かっているのは、ずっと寄り添い支えてきた教会のシスターたちだ。

 彼女たちの協力なくして、療養室にいる人たちを救うことはできない。

 クレイさんがシスター・レリアたちに薬師として告げる。

「まずは子供たちを最優先で救います」

 シスター・レリアたちはクレイさんの言葉に異を唱えず頷く。

 全員の目的意識を統一できたところで、ビトールさんが分かりやすく丁寧に、シスターたちに呪いを解呪していく手順を説明する。

 トレイの上に乗せられている三つの薬の効果、どの順番でどの薬を飲ませるのかなど、シスターたちは一言一句聞き逃さずに真剣に記憶していく。

 そして、最後に最も重要なことである、一人ずつ時間をかけて慎重に解呪していくことを伝える。

 ビトールさんがシスターたちに質問があるか問うが、シスター・レリアが事前に情報共有してくれたこともあって問題はなく、短い時間で説明を終えることができた。

 俺たちは療養室にいる人たちを救うため、心を一つにして動き出す。

 クレイさんとビトールさんはバックパックから取り出した薬草を調薬するため、療養室の隣にある教会の調薬室に移動していく。

 シスター・レリアたちと子供たちの病状を細かく情報共有し、一番病状が重い十歳の女の子から解呪を始める。

 女の子は体を動かすのも苦しそうで、呪いに体を蝕まれていた時のクレイさんと同じく痩せ細っていた。

「説明した手順で解呪していきますので、ご協力お願いします」

 俺の言葉にシスター・レリアたちは頷いて答えた。

 シスターたちが十歳の女の子を励ましながら、粉の薬を水と一緒に飲ませてあげる。

 俺は氣を練り上げ高めていき、女の子の左手を包み込むように両手で握り、氣で回復魔法だと思わせる光の演出エフェクトと魔法陣を作り出して癒しの仙術を発動。

 女の子の左手から体の中を巡る氣に干渉し、俺の氣を上乗せして女の子の氣を高めることで自然回復力を強化。

 心身が呪いを上回り苦しみを和らげていき、不安定で辛そうであった呼吸が安定していく。

 暫くして呼吸が完全に安定し、体の中を巡る氣が正常であることを確認してから、液体の薬を女の子に飲ませてもらうようシスターたちにお願いする。

 ここまではクレイさんの時と同じだが、ここからは違う。

 クレイさんの時にあれだけ呪いに反抗されたことを考え、ビトールさんとクレイさんを交えて話し合い、三つの薬に手を加えて呪いに対する改良を施してある。

 俺も癒しの仙術を一部改良し、自然回復力を高めるだけでなく、呪いや病に対する抵抗力を大幅に強化することで呪いに対抗させないようにした。

 クレイさんのように呪いの対抗が襲い掛かってくることはなく、女の子の呼吸は乱れることなく安定したまま。

 女の子の病状を慎重に確認した俺は、シスター・レリアと目を合わせて頷く。

 シスター・レリアは頷いて返し、女の子に液体の薬を飲ませる。

 液体の薬の効果が発揮されるが呪いに反抗されることはなく、女の子が苦しむことなく解呪は進む。

 そして、シスター・レリアが最後の丸薬を水と一緒に女の子に飲ませる。

 二つの薬と癒しの仙術によって力を削がれて弱った呪いは、効果が発揮された丸薬による最後のダメ押しにより完全に消え去った。

 俺は苦痛から解放され穏やかな寝息をたてて眠る女の子から、心配そうに見守るシスター・レリアたちに視線を移す。

「解呪成功です。この子を苦しめていた呪いは完全に消え去りました」

 シスター・レリアたちは静かに涙を流すと、傍にいる人たちと抱き合い、喜びと興奮を分かち合う。

 まず一人、呪いに苦しんでいた子供を救うことができた。

 このまま療養室にいる全員を呪いから解放する!

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