第十一話

 おばあちゃんシスターは頬に涙を流しながら、「よかった……よかった」と呟く。

 クレイさんの頬にも涙が流れ、おばあちゃんシスターの体を両腕でぎゅっと抱きしめた。

 嬉しそうに抱きしめ合う二人の姿は、血の繋がった本当の親子のように見える。

 そんな二人の姿を見ていた俺に、ビトールさんがおばあちゃんシスターのことを教えてくれた。

「彼女はシスター・レリア。ここを取り仕切っている最古参のシスターで、クレイの体調が悪化し動けなくなっても私たちを根気強く支え続け、力を貸してくれた恩人です」

 ビトールさんの柔らかい表情から、シスター・レリアへの厚い信頼が窺える。

 教会にいる他のシスターたちの表情や雰囲気からも、シスター・レリアは身内から慕われている人だというのが伝わってきた。

 故郷にいる時に妖精たちから聞いた話によると、この世界で人族が信仰している大きな宗教は一つであり、その信仰対象は万物を生み出したとされる創世の女神ただ一柱である。

 人族以外の種族にもそれぞれ信仰しているものが存在し、信仰の対象はそれぞれの種族によって様々。

 義父さんやキリアさんたち妖精が信仰しているのは、妖精たちの国であるティル・ナ・ノーグの支配者であり、妖精の頂点に君臨している妖精王オベロンと妖精女王ティターニアだ。

 シスター・レリアは抱きしめていた両手を放して涙を拭い、クレイさんの頬を流れる涙を右手でそっと拭って、優しく撫でながら問いかける。

「あの状態から一体どうやって回復したの?」

「それについて色々と話したいことがありまして……」

「……場所を変えましょうか」

 クレイさんが少し濁したように話すと、訳ありということを察したシスター・レリアが奥にある自室へと招いてくれた。

 シスター・レリアの自室は十四畳ほどの広さで綺麗に整頓されていて、読書好きなのか多くの本が本棚に並べられている。

 本の背表紙や表紙は宗教関係のものだけでなく、純文学や大衆小説と思われるものも並べられていることから、色々なジャンルを選り好みせずに読んでいるのが分かった。

 俺、ビトールさん、クレイさんはシスター・レリアに促され、キッチン傍のリビングに置かれている椅子にそれぞれ座り卓を囲む。

 足下にバックパックを置き一息ついて落ち着くと、クレイさんが話を急かそうとするシスター・レリアを宥め、俺のことをシスター・レリアに紹介してくれた。

「私たち家族を救ってくれた恩人のシャルルさんです」

 俺はクレイさんの紹介に合わせて、「シャルルです」と言って頭を下げた。

 クレイさんは続けてシスター・レリアのことを俺に紹介する。

「この方はシスター・レリア。ベズビオの頼れるシスターで、私たちも日頃から非常にお世話になっています」

 シスター・レリアがクレイさんの紹介に合わせて優しく微笑み、綺麗に一礼。

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。レリアと申します。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 最後にシスター・レリアと握手をして、和やかな雰囲気のまま互いに自己紹介を終えた。

「それで?なにをしてここまで元気に?こう言ってはなんだけれども、クレイさんの容態は……」

 シスター・レリアが本題に入ろうとクレイさんに問いかけると、クレイさんは薬師として真剣な表情で答える。

「薬師として断言しますが、まず間違いなく私は助かることはありませんでした」

「でも、問題なく元気になっている。どうして?」

 クレイさん、ビトールさんが俺に目配せをする。

 その目配せに俺は教えても大丈夫ですと頷いて返す。

 ティル・ナ・ノーグの外では貴重な薬草を所持していることは明かしたが、癒しの仙術を回復魔法であると偽っていることは明かしていない。

 二人とも癒しの仙術のことを特殊な回復魔法だと認識しているので、シスター・レリアに知られても特に問題はないと判断した。

 俺の返事を見たクレイさんは真剣な表情と雰囲気に変わり、自分の体を蝕んでいたのが肺懐症ではなく呪いであったこと、ビトールさんと俺の協力によってその呪いを解呪したことをシスター・レリアに伝えていく。

 シスター・レリアはクレイさんから伝えられる情報や、俺が使用した一般的なものとは違う特殊な回復魔法癒しの仙術に驚きつつ、呪いが関わることから一つ一つの情報を聞き逃さないよう真剣に聞いている。

 しかし、呪いが関わっているとはいえ鬼気迫るものを感じてしまう。

 そんなシスター・レリアの鬼気迫る様子に、クレイさんとビトールさんも驚いている。

「……なるほど」

 クレイさんから全てを聞き終えたシスター・レリアは、少しの間を置いてからそう呟き、両目を閉じて思考の海に潜っていく。

「シスター・レリア?」

 ビトールさんが思考の海に潜っているシスター・レリアに声を掛ける。

 その声を聞いたシスター・レリアは両目を開いて思考の海から戻り、「申し訳ありません」と頭を下げてから口を開く。

「現在、ベズビオ内でクレイさんと同じ病、肺懐症であると思わしき方々が増えてきているのです」

 告げられた言葉に驚き、俺たちは息を呑む。

 シスター・レリアは一拍の間を置き、驚くべき話を続けていく。

「なぜなのかと関係各所で協力して調査していたのですが、クレイさんから呪いであったと聞き全てが繋がりました」

「つまり、私と同じように呪いによって苦しんでいると?」

「全員がそうであるとは限りませんが、まず間違いないでしょう」

 シスター・レリアからもたらされた情報に、今度は俺たち三人が驚くことになった。

「ビトールさんには、クレイさんの看病に集中してもらうためお伝えしませんでした。他の薬師の方々も、これ以上ビトールさんの負担を増やしたくはないと」

「「お気遣いくださり、本当にありがとうございました」」

 ビトールさんとクレイさんが感謝の言葉とともに頭を下げる。

 シスター・レリアは頭を下げた二人に優しく微笑み、「困った時はお互い様。家族のことなら尚更よ」と優しく言う。

 その姿から、創世の女神に平穏無事な日々を心から祈り続け、人々を支え、癒し、長い時をともに生きてきたシスター・レリアという人の暖かさを感じた。

 この暖かさを感じられる人だからこそ、色々な人から厚く信頼され、心から慕われているのだろう。

(クレイさん以外にも呪いがかけられている可能性は考えていたが、ベズビオ全体に影響を及ぼすほど大規模に仕掛けているとは)

 呪術師本人の思惑からか、誰かの思惑によって呪いを仕掛けたのかは分からないが、どちらであろうともベズビオという町に対する攻撃と考えて間違いない。

「呪いに体を蝕まれている人たちはどこに?」

 クレイさんが心配そうにシスター・レリアに問いかけた。

「病状の進行具合によって分けている状況で、病状の軽い方にはご自宅で薬の服用をお願いし、病状の重い方には教会に移っていただき、薬と回復魔法を併用して痛みを和らげています」

 ビトールさんも心配そうに問いかける。

「亡くなった人はいるんですか?」

「幸いにもまだおりません。ですが、病状の重い方は時間の問題かと」

 シスター・レリアの言葉に、クレイさんとビトールさんが沈痛な面持ちになる。

 クレイさんも重篤な状態まで病状が進んで苦しんでいたことから、病状が重く苦しんでいる人たちの辛さや痛みがよく分かるのだろう。

 ビトールさんは苦しんでいたクレイさんを一番近くで見ていて、支え続けている側の心の痛みや苦しみを十分に知っていることから、苦しんでいる人たちを支える家族のことを思い胸を痛めているようだ。

 部屋に重い沈黙が流れる。

 静かに、そして揺るぎない決意で重い沈黙を破ったのは、厳かな雰囲気を漂わせるシスター・レリア。

「クレイさん、ビトールさん、シャルルさん。死の運命を乗り越えたその力と知識を、今苦しんでいる人たちのために貸していただきたい。どうか、よろしくお願いいたします」

 親しい友人としてではなく、ベズビオの教会を預かる者として願い、シスター・レリアは深く頭を下げた。

 その心からの願いを聞いた俺たちは、迷うことなくシスター・レリアに声を揃えて答える。

 もちろんです、と。

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