第十話
「母さん!」
「お母さん!」
体を蝕んでいた呪いから解放されてから一週間が経ち、身体機能や肺など異常をきたしていたものが正常に戻り、クレイさんは日常生活に支障なく動けるくらい元気になった。
そんなクレイさんがリビングに朝早くから姿を見せると、ルビオとアルファンが笑みを浮かべて駆け寄り、クレイさんに嬉しそうにぎゅっと抱きつく。
クレイさんは抱きついたルビオとアルファンを両腕でそっと受け止め、 優しく微笑みながら二人の頭を撫でる。
心温まる微笑ましい三人の姿を見て、目尻に涙を浮かべるビトールさん。
ビトールさんは目尻に涙を浮かべたままクレイさんたちに近づき、抱きつく子供たちごとクレイさんを温かく両腕で包み込む。
「……ビトール」
「よかった。……本当によかった」
ビトールさんの頬に喜びの涙が流れる。
その涙を見たクレイさんの頬にも、同じく喜びの涙が流れていく。
俺は家族四人の喜びの抱擁を見て心の底から嬉しくなった。
クレイさんの体に呪いによる後遺症はなく、このまま問題が起こらず何事もなければ、再び子供たちとの楽しい家族の時間が過ごせる。
これから家族の思い出をたくさん作っていけるだろう。
「久々にお母さんが朝食を……」
「皆で作ろう、クレイ」
クレイさんの言葉を遮り、ビートルさんが優しく微笑みながら言う。
ビトールさんの言葉と表情から伝えたいことを察したクレイさんは嬉しそうに微笑み、「そうね。そうしましょうか」と答えた。
クレイさんは左右の手でルビオとアルファンの手をそれぞれ握り、うきうきとした様子でキッチンに歩いていく。
ビトールさんは嬉し涙を流しながらその光景を見つめ、ゆっくりとその嬉し涙を拭い、俺に静かに一礼をしてキッチンに向かう。
そして、家族四人での楽しい朝食作りの時間が始まった。
「二人とも上手よ」
手際よく下準備をしていく子供たちを、クレイさんが優しい声で褒める。
アルファンは無邪気に、ルビオは照れ臭そうに笑って喜び、ビトールさんは喜ぶ二人の頭を優しく撫でてあげた。
幸せを取り戻した家族の日常を見て、ティル・ナ・ノーグで義父さんたちと過ごした日々を思い出す。
(義父さん、キリアさん、俺。俺たち家族も、皆からはこんな風に幸せに見えていたのだろうか)
ティル・ナ・ノーグを出立してまだ少ししか経っていないのに、ホームシックになってしまったようだ。
それくらい皆のいる生まれ故郷は大切な場所なのだと、ビトールさんたちの姿を見て改めて感じた。
「ルビオ、父さんとパンを作ろうか」
「うん!」
ビトールさんの言葉にルビオは元気よく返事をして、二人で魔法を使いながらパンを作っていく。
「アルファン、私たちはおかずを作っていきましょうか」
「は~い!」
アルファンとクレイさんも、簡単な魔法を使いながらおかず作りを始める。
クレイさんの下準備から調理までの手際のよさは素晴らしいものであり、薬師としてだけでなく母としても素晴らしい人なのだと感服した。
四人の息が合った動きで次々と料理が完成していく。
ビトールさんとルビオの作った白パン、クレイさんとアルファンが作った野菜スープに、半熟の目玉焼きと肉汁が滴る厚みのあるベーコンが食卓に並んだ。
全員で食卓の椅子に座ると、クレイさんが平穏な日常に戻ってくることができた感動と喜びを噛みしめながら言う。
「それじゃあ、食べましょうか」
最初に口にしたのは、ビトールさんとルビオが作ってくれたできたてほかほかの白パン。
手触り、食感ともにふわふわもっちりで美味しい。
白パンを小さくひとちぎりして、湯気が出ているいい匂いの野菜スープに浸して口に運ぶ。
ふわふわもっちりの白パンに野菜の旨味が染み込み、その美味しさに頬が緩む。
野菜の旨味が染み込んだ白パンを十分に堪能したら、次は半熟の目玉焼きと厚みのあるベーコンに手をつける。
ナイフで半熟の目玉焼きを半分に分けてから、ベーコンを一口の大きさにカット。
カットしたベーコンをフォークで刺し、切断面から流れ出したとろとろの黄身を纏わせる。
そして、滴る肉汁ととろとろの黄身が合わさったベーコンを口に入れた。
(美味しい)
口の中に広がる美味しさに再び頬が緩む。
ルビオとアルファンが自分たちもと真似をし、ベーコンをカットし黄身を纏わせて口に入れ、その美味しさに頬を思い切り緩ませた。
そんなルビオとアルファンの様子を、ビートルさんとクレイさんが微笑ましく見ている。
二人の微笑ましい光景に、俺も先程とは違う意味で頬が緩んでしまう。
クレイさんたちとの朝食の時間は和やかに過ぎていった。
「父さん、母さん、いってきます!」
「いってきます!」
朝食を食べ終えたルビオとアルファンは声を弾ませながらそう言って、お友達の待つ場所へ楽しそうに歩いていった。
元気あふれるルビオとアルファンを見送ったあと、俺はクレイさんになにかあってもいいように薬草と薬を入れたバックパックを背負い、ビトールさんたちと一緒に家を出て町を歩く。
向かう先は、ビトールさんたちが普段からお世話になっている人たちのところ。
クレイさんが苦しんでいたのが呪いであったことなどを伏せつつ、病気が完全に治って体調がよくなったこと、またいつもの生活に戻れるようになったことを伝えてまわる。
まずはご近所さんたちに伝えてまわり、一通り伝え終わると薬師として親交のある人たちのところへ。
ビトールさんたちが皆から慕われているのが、その喜びようからよく分かる。
俺のことも獣人だからと嫌悪や差別をせず、一人一人が手を差し伸べて握手と自己紹介をしてくれた。
「いい人たちですね」
ビトールさんとクレイさんは俺の言葉に嬉しそうに微笑む。
「私があのようになってしまってからも、親身になって助けてくれた人たちですから」
「皆の支えがあったからこそ、私たち家族は今日まで生活してこられました」
二人から詳しく話を聞くと、ルビオとアルファンが一緒に遊んでいる子供たちは親交ある人たちの子や孫たちだそうで、ルビオとアルファンが寂しがらないよう気にかけてくれたとのこと。
幸い子や孫たちとルビオとアルファンの関係は元々良好であり、子や孫たちは両親や祖父母の願いを快く引き受けてくれたそうだ。
ルビオとアルファンが寂しさを感じながらも日々を過ごしてこられたのは、周囲の人たちがビトールさんたち家族を大切に思い守ってきたからなのだろう。
「次はどちらへ?」
「日頃からお世話になっている教会があるので、そちらに向かおうかと」
「私たち薬師が手に負えないような怪我や病気の時には、教会の方々にご助力いただいています。教会の方々も、体調が悪化していく私やビトールたちのことを気にかけてくださいました」
教会に属している聖職者たちは、効力に差はあるものの全員が回復魔法を使用することが可能。
クレイさんの体が呪いに蝕まれていくなかでも教会の人たちは力を尽くし、命の灯火が消えてしまわぬように現状を維持し続けていた。
教会の人たちが優れた力だけでなく、優しい心を兼ね備えているのがよく分かる。
俺はビトールさんとクレイさんについて歩き、ベズビオ中心部に建てられている教会に向かう。
ベズビオはフレグレイ王国の辺境にある町だが、若い人が少ない寂れた田舎というわけではない。
老いも若きも元気な人が多く、大通りだけでなく色々な場所に活気があり賑わっている。
穏やかな時間が流れる治安がいい町であり、子供たちも元気一杯で騒がしく走り回って遊ぶ。
活気があり賑やかな光景を見ながら歩き続けて十分ほどで、俺たちは目的地である教会に到着。
人々の心の拠り所である教会は汚れ一つない綺麗な状態で維持されていて、ベズビオの人々に大事にされているのが十二分に伝わってきた。
ビトールさんとクレイさんについて歩き教会の中へ。
教会の中はほこり一つないのかと思うほど綺麗に掃除されており、清らかで心が安らぐような空気に満ちているのを感じる。
入り口から奥に向かって左右に横長の椅子が並べられ、中央奥に優しい微笑みを浮かべた慈母のような女性の像。
恐らく、この女性が教会で信仰されている存在なのだろう。
俺が女性の像を興味深く見ていると、黒きシスター服を身に纏う、六十代くらいのおばあちゃんシスターが姿を現した。
セミロングの茶髪に赤茶色の目のおばあちゃんシスターは、元気な姿のクレイさんを見て驚き、目尻に涙を浮かべながらクレイさんに真っ直ぐ向かっていく。
「クレイさん!ああ、また元気な姿を見られるなんて!」
おばあちゃんシスターは両手を広げ、クレイさんとぎゅっと抱きしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます