第九話
あれから様々な製法や組み合わせで薬を作っては試し、色々な情報を収集していった。
その中で嬉しい誤算があり、呪いに対して特に強く効果を発揮する薬草が三種類あるのが判明。
さらに嬉しい誤算は重なり、それぞれ効果が一番高くなる製法が、粉、液体、固形と異なることが分かった。
これら嬉しい誤算に関してビトールさんと相談し、クレイさんに三つの薬を順番に飲んでもらい、そこに俺の
解呪の方法が決まった俺とビトールさんは、三種類の薬をトレイの上に乗せ、クレイさんが休んでいる部屋へと向かった。
「クレイ、入るよ。いいかい?」
「ええ、どうぞ」
「それじゃあ入るね」
「失礼します」
俺とビトールさんがクレイさんの部屋に入ると、クレイさんは上半身を起こして静かに本を読んでいた。
クレイさんは、ビトールさんだけでなく俺も部屋に入ってきたことに驚いている。
「シャルルさんまで?……ビトール、それは?」
「これは、君の体を蝕む呪いを解呪するための薬だ」
「呪い!?……でも、私の症状は間違いなく肺壊症のものよ」
驚くクレイさんに、クレイさんの体の状態について二人で考察した内容を語る。
「恐らくですが、薬師であるお二人にも怪しまれないように、呪いによる苦しみを肺壊症の症状に酷似させたのかもしれません」
「確かに、発症して症状が現れていくにつれ、私たちは完全に肺壊症であると認識していました。しかし、本当に呪いなのですか?」
「クレイさんの体を蝕む呪いを生み出した呪術師は、呪いに対する豊富な知識を有しており、相当な場数を踏んできた一流の腕を持つ呪殺の専門家でしょう」
「相当な場数というのは、やはり……」
「実際に人や物を何度も呪い、簡単な衰弱から殺害までを繰り返し、幾多の命を奪ってきたということです」
誰にも呪いだと気付かせることなく、病気だと思い込ませたまま衰弱死へと誘う。
不審に思われることなく自然に相手を呪殺できる腕を持つ呪術師なんて、相当な修羅場を潜り抜けてきた猛者だ。
そして、それほどの腕を持つということは、普通の魔法に関しても豊富な知識を持っていることが分かる。
ここまでの腕を持つ猛者はそうそういない。
ベズビオにいる優秀な者たちの中に呪術師がいるのならば、収集した情報から呪術師候補者が何人かに絞れるはずだ。
だが、まずはクレイさんの呪いを解呪し、心身を完全に癒すのが先決。
三種類の薬と
クレイさんもビトールさんと同じく一流の薬師であることから、三種類の薬や原料となった薬草に興味を持ち、暫くの間質問攻めにあってしまった。
薬師としてのクレイさんは好奇心旺盛なタイプのようで、一つ答えたら二にも三にもなって質問が返ってきて、それに答えたらまた……と満足するまで永遠に続くかと思ったほどだ。
ビトールさんが途中で止めてくれなかったら、日が暮れるまで続いていたかもしれない。
「クレイ、説明した通りの順番で薬を飲んでいってくれ」
「分かった。……始めるわ」
クレイさんはこれから呪いを解呪するのに緊張しながら、説明した通り最初に粉の薬を水と一緒に飲む。
粉の薬が最も効果を発揮するのは、呪いを解呪していくと同時に、傷つき不安定になっている精神を安定させるというもの。
病は気からという言葉もあるように、粉の薬を最初に飲んでもらい、まずはクレイさんの弱った精神を癒すことにした。
粉の薬の効果が発揮し、ジワジワと強く濃い呪いを解呪していく。
だが、クレイさんの体を蝕む呪いがそれに反応して対抗してきた。
俺は氣を練り上げて高めていき、呪いに対抗されて苦しむクレイさんの背中に両手で触れる。
両手からクレイさんの体の中を巡る氣に干渉し、俺の氣を上乗せしてクレイさんの氣を高め、癒しの仙術を発動して自然回復力を強化。
その際、ビトールさんとクレイさんに回復魔法だと思わせるように、氣でそれらしい光の
癒しの仙術で強化された自然回復力によってクレイさんの心身が呪いを上回り、苦しみを和らげて徐々に乱れていた呼吸が安定していく。
暫くして呼吸が完全に安定し、クレイさんの体の中を巡る氣が正常であることを確認してから、二つ目の薬である液体の薬を飲んでもらう。
「それじゃあ、次の薬を飲むわね」
「お願いします」
液体の薬が最も効果を発揮するのは、粉の薬と同じく呪いを解呪していくと同時に、呪いによる肉体の疲労と傷を癒していくというもの。
癒しの仙術によって高めた自然回復力を長時間維持しつつ、その回復力をさらにブーストして強化することを目的としている。
液体の薬を飲んだクレイさんは再び解呪による苦しみに襲われるが、その度合いは先程の粉の薬に比べると弱く見えた。
粉の薬の効果によって精神が癒され安定し、呪いに対する抵抗力が大きく回復したことで、クレイさんの体を蝕む強く濃い呪いの対抗が弱まったのだ。
対抗が強かった最初に比べて乱れた呼吸が完全に安定するのも早く、体力の消耗においても予想よりも少なくすんでいる。
だが、強く濃い呪いを
一流の腕を持つ呪殺の専門家ともなれば、相手が解呪薬や回復魔法を使ってくることも想定内だろう。
「――ぐっ!」
「クレイ!」
順調に弱まっていた呪いが息を吹き返すかのように再び暴れ出し、クレイさんの心身を傷つけていく。
暴れ出した呪いによる強い対抗によって、クレイさんは再び激しい痛みに苦しむ。
俺はさらに氣を練り上げて高め、クレイさんの体を巡る氣に俺の氣をさらに上乗せし、呪いの強い対抗にも十分耐えられるようクレイさんの氣を大幅に強化する。
大幅に強化したクレイさんの氣が呪いの強い対抗を抑え込み、クレイさんの痛みを少しずつ和らげていく。
「はぁ、はぁ……最後の薬を飲むわ」
「無理は……いや、なんでもない。絶対に私たちが死なせはしない」
「クレイさんは絶対に死なせません」
ビトールさんと俺の言葉にクレイさんは微笑み、それぞれの手で薬と水の入ったコップを持つ。
「二人を信じている」
クレイさんが最後の薬である固形の薬――丸薬を水と一緒に飲み込む。
丸薬が最も効果を発揮するのは、他二つの薬のような複合効果があるものとは違い、呪いを解呪するということのみに特化したもの。
粉や液体の薬と違い、肉体の疲労や傷を癒したり精神を安定化させたりはできないが、呪いを解呪するという点においては他二つの薬の追随を許さない。
他二つの薬で心身を癒して安定させつつ呪いを弱体化させ、最後の丸薬で呪いを完全に解呪する。
丸薬の効果が発揮され、クレイさんの体を蝕む呪いが一気に弱まっていく。
しかし——
‟
呪いはそれを直感的に感じ、生存本能に従って今までとは比較にならないほど激しく強く反抗する。
(ここが正念場!)
俺はクレイさんの丹田に氣で干渉。
丹田でクレイさんの氣を練り上げ高め、一気に凝縮し活性化させることで内丹を作り上げる。
作り出した内丹によってクレイさんの体は一時的に頑強になり、生命力が大きく強化され高められていく。
強化され高められた生命力は、激しく強く反抗していた呪いをものの数秒で凌駕する。
内丹の力はまだ止まらない。
クレイさんが飲んだ三つの薬の効果と持続時間を瞬間的に強化。
弱まっていた呪いが風前の灯火へと追い込まれていく。
ここに至り、呪いの動きが変わる。
存在が消される前の最後の足掻き、鍛冶場の馬鹿力だと言わんばかりに、残りの力全てを凝縮させて反撃に打って出ようとしてきた。
だが、そんなことはさせない。
これ以上クレイさんを苦しませることなどさせるものか。
クレイさんが元気になって心からの笑みを見せてくれるのを、ルビオとアルファンが待っているのだ。
(やらせはしない!――大人しく消えろ!)
呪いが残りの力全てを凝縮し終わる前に、クレイさんの心身に負担がかからない領域まで生命力を強化。
薬も過ぎれば毒となる。
クレイさんが耐えられない領域まで生命力を強化すれば、それがそのままクレイさんの心身を傷つけてしまう。
自分とクレイさんの氣を精密かつ丁寧に制御と操作しつつ、同時並行で内丹の力で三つの薬の効果をさらに一段階上昇。
強化され高められた生命力から練り上げられる氣と、一段階上昇した三つの薬の効果で畳みかける。
呪いはこのまま残りの力全てを凝縮し終えるか、こちらの攻撃に対して防御するのか迷う。
迷いが一瞬の間を生み出し、呪いにとって致命的な隙となった。
その致命的な隙に、効果が一段階上昇した三つの薬の力が一斉に襲いかかる。
呪いはこちらの攻撃に反応し、凝縮し終わる前の中途半端な力で攻撃しようとするがもう遅い。
ろくに反撃することもできずに攻撃は消し去られ、呪いは為す
そして、風前の灯火となっていた呪いは残っていた力を全て失い、クレイさんの体から存在の欠片一つ残すことなく綺麗に消え去った。
呪いと全力で戦ったクレイさんが、心身の疲れから意識を失い眠ってしまう。
起こしていた上半身がそのままベッドに倒れこんでいくが、ビトールさんがすかさず抱きとめ、ベッドの上にゆっくり優しく寝かせてあげる。
ビトールさんは、静かに寝息をたてるクレイさんの頬を愛おしそうに撫でると、心配そうな表情で俺を見た。
そんなビトールさんと視線を合わせ、クレイさんはもう大丈夫だと、呪いは完全に解呪できたと伝えると静かに涙を流して喜び、「ありがとう」と小さく言いな俺の事を抱きしめる。
俺はビトールさんの背中をぽんぽんと叩き、溢れ出ている喜びの気持ちになにも言わずに寄り添い続けた。
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