第八話

 朝食を食べ終わり、子供たちと一緒に食器を洗った俺は、お友達のところへ出掛けていく子供たちを見送る。

 子供たちが出掛けてから暫くして、クレイさんの部屋からビトールさんが戻ってきた。

 手に持つトレイの上に置かれているのは空の食器だけで、クレイさんは朝食を残さず全て食べられたようだ。

「クレイさんはどんな様子でした?」

「今日は調子がいいみたいです。昨日は久々にぐっすりと眠れたと喜んでいましたよ」

 ビトールさんが嬉しそうに笑う。

 クレイさんの容態がいいのはこちらとしても安心できる。

 調薬を始めていない今の段階でクレイさんの容態が急速に悪化してしまうと、本当に手の施しようがなくなってしまう。

 このままクレイさんの容態が安定してくれていれば、こちらとしても大助かりだ。

「それじゃあ、クレイさんの容態が急変する前に薬を完成させましょう」

「はい。ログハウスへ向かいましょう」

 俺とビトールさんは、クレイさんの体を蝕む呪いを一刻も早く解呪するために、ログハウスへと移動する。

 ログハウスの中に入ると、ビトールさんの表情と雰囲気が真剣なものに切り替わった。

 そこにいるのは四人家族の優しいお父さんではなく、一人の病人を治すために全力を尽くす薬師の男だ。

「シャルルさん、薬草を机の上に並べてください」

「了解です」

 昨夜と同じくバックパックから取り出しているように見せかけながら、影の空間倉庫の中から薬草たちを取り出し机の上に並べていく。

 ビトールさんは、並べられていく薬草たちを昨夜記したメモを見て一つ一つ確かめながら、呪いに対してより強い効果を発揮する順番に並び直す。

 調薬に必要な全ての準備を終わらせ、二人で協力して調薬作業を始める。

 メインの調薬作業をビトールさんに行ってもらい、その他の雑務を全て俺が引き受けた。

 俺はビトールさんが快適に作業ができるよう、ティル・ナ・ノーグで妖精たちと一緒に調薬していた時のように、氣の力を最大限活用してサポートする。

 次々と薬の試作品ができあがっていく。

 粉の薬、液体の薬、そして丸薬の薬など様々な形状の薬が調薬された。

 薬草一つ一つに、それぞれ最も適した調薬方法が存在する。

 粉の薬に調薬すると最も効果を発揮する薬草もあれば、液体や丸薬の薬に調薬すると最も効果を発揮する薬草もある。

 ビトールさんは今、それぞれの薬草が最も効果を発揮する調薬方法を色々と探っている段階だ。

「それでは効果を確かめていきましょう。私が小物に呪いをかけていくので、シャルルさんは液体の薬を呪いがかかった小物にかけてください」

「了解です」

 場数を踏んできた薬師たちは、呪術師たちほどではないが呪いに関してある程度の知識がある。

 なぜなら、薬師として腕を上げるために通る道の一つが、解呪薬を調薬できるようになることだからだ。

 そのためには、呪いに関して豊富な知識や見識が必要になる。

 そして、その知識や見識を深めていくためには、実際に呪いというものに触れなければいけない。

 ビトールさんほどの薬師ともなれば相当な場数も踏んできているだろうし、簡単な呪いくらいならば使えるのも当然だろう。

 ゆっくりと慎重に、ビトールさんが右手を白いハンカチに向けて呪いをかけ始める。

 ビトールさんの右手からどす黒いもやの塊が現れ、ハンカチに向かって飛んでいく。

 どす黒い靄の塊がハンカチに触れると、ハンカチという存在にどす黒い靄の塊が染み込む。

 ハンカチの中にどす黒い靄の塊が完全に染み込むと、ハンカチがどす黒く染まり、周囲に薄い瘴気を放ち始める。

 これで、ハンカチは完全な呪物となった。

「始めましょう」

「分かりました。では、いきます」

 俺は右手に持つ瓶を傾け、どす黒く染まり薄い瘴気を放っているハンカチに向けて液体の薬をかけた。

 ハンカチ全体に液体の薬が染み込むと、すぐに薬の効果が発揮される。

 どす黒く染まり、薄い瘴気を放っていたハンカチが元の白い色に戻っていく。

 そして、放っていた薄い瘴気が一気に浄化され、ハンカチにかかっていた呪いが消えた。

 そこにあるのはなんの変哲もない白いハンカチだ。

「よし、成功ですね」

「次を試していきましょう」

 ビトールさんはそう言って、再び右手からどす黒い靄の塊を生み出す。

 そして、今度は自らの左腕に向けてどす黒い靄の塊を飛ばした。

 飛ばされたどす黒い靄の塊は左腕に触れると、そのまま左腕の中に染み込んでいく。

 左腕に呪いが定着すると、指先から黒く変色して薄い瘴気を放ち始めた。

「ぐっ!……いきます」

 ビトールさんは痛みに呻く声を上げながら粉の薬を飲み、水を口に含んで一気に飲み込む。

 粉の薬を体内に取り込んだ瞬間に薬が効果を発揮し、呪いを一気に解呪していく。

 左腕は元の肌の色に戻り、放っていた薄い瘴気も消え去っている。

 ビトールさんは左手を握ったり開いたりと繰り返して左腕の調子を確かめ、完全に呪いが消えていることを確認して俺の顔を見た。

「呪いを完全に解呪できていますが、僅かな倦怠感はあります。この薬草は粉の薬に調薬すると効果が減少してしまうようですね」

「了解です。しっかりと記録しておきます」

「お願いします。では、次にいきましょう」

 そう言って再び自らに呪いをかけようとするビトールさんを止める。

 ビトールさんだけに負担を負わせるわけにはいかない。

 このままビトールさん一人が体を張り続けると心も身体も衰弱していき、呪いに対抗できなくなってしまい蝕まれていく。

 そうなってしまうと、クレイさんを治すどころの話ではなくなってしまう。

「ビトールさん。次は俺が」

「……分かりました。お願いします」

「任せてください」

 俺はビトールさんと同じく右手からどす黒い靄の塊を生み出し、左腕に向けて飛ばす。

 どす黒い靄の塊は先程のビトールさんの時と同じく、左腕に触れると中に染み込んでいく。

 呪いが左腕に定着したことを確認してから、水を口に含み、丸薬の薬を口に入れて飲み込む。

 丸薬の薬は体の中で急速に溶けていき、その効果を発揮する。

 黒く変色していた左腕は元の肌色に戻り、放たれていた薄い瘴気が消え去った。

 外見的な変化はビトールさんと変わらない。

 体に異常はなく、ビトールさんの言うような僅かな倦怠感もなし。

 それらの情報から、粉の薬より丸薬の薬の方が、使用した薬草の効果をより発揮させられるということが分かった。

 次に試すのは、最初に実験として使用した液体の薬だ。

 先程はハンカチだったが、生物にも効果を発揮するのかを確認する。

「このまま続けて俺がやります。液体の薬をこちらに」

「体は大丈夫なんですか?」

「大丈夫です。なにかあれば回復魔法を使うので安心してください」

「……分かりました」

 先程と同じことを繰り返し、再び左腕に呪いを定着させる。

 肌が黒く変色し、薄い瘴気を放ち始めたところで液体の薬を一気に飲み干す。

 液体の薬は飲み干した瞬間に効果を発揮し、先程の丸薬の薬より早く呪いを消し去っていく。

 左腕が元の肌色に戻っていくのも、薄い瘴気が消え去っていくのも、どちらも丸薬の薬より液体の薬の方が上だ。

 丸薬の薬同様体に特に異常はなく、倦怠感などもない。

 それどころか、体が少し軽くなっているのを感じる。

「この薬草に関しては、液体の薬に調薬した方が最も効果を発揮しますね」

「了解です」

 ビトールさんは調薬した三種類の薬について事細かにメモをしていく。

 俺も調薬や実験から感じたこと、気付いたことをメモする。

「シャルルさん、このまま次を試していきましょう」

「分かりました。ただ、体の不調を隠すのはやめてくださいね。ほんの少しでも違和感を覚えたら、すぐに教えてください。回復魔法をかけますから」

 ビトールさんは分かっていますと頷いて返した。

「クレイの体を治す前に私が倒れてしまったら、ルビオとアルファンは二人で生きていかなればいけない。それだけは絶対に避けなければなりません」

「ビトールさんが呪いに蝕まれても俺が必ず治します。クレイさんの呪いを解呪して、家族四人で笑い合う姿を見せてください」

「……ありがとうございます。ご迷惑をおかけすることになるかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」

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