第七話

「ビトールさん、クレイさんの体は限界に近づいています。呪いをかけた相手を探る前に、まずはクレイさんの体を蝕む呪いの方をなんとかしましょう」

 俺がそう言うと、ビトールさんは困った表情をしながら首を横に振る。

「シャルルさん、私は薬師であって神官ではありません。職業柄呪術に対する知識はありますが、強力な死の呪いを解呪することは私にはできませんよ」

 ビトールさんは、クレイさんの力になれない悔しさからか悲しい表情を浮かべた。

 そんなビトールさんに、俺もクレイさんの解呪に協力すること、希望がまだ残っていることを伝える。

「俺の手持ちの中に、あらゆる呪いに対して強く効果を発揮する薬草が幾つかあります。それに加えて、呪いにも効果を発揮する回復魔法を使うことができるので、薬草を調薬した薬と回復魔法を合わせれば、クレイさんの体を蝕む死の呪いを解呪できる可能性は高いです」

「そ、それは本当ですか⁉」

 ビトールさんが椅子を倒してしまうほどの勢いで立ち上がり、俺の両肩を必死な表情で縋るように掴む。

 突然現れた一筋の光明に感情が昂り、子供たちを不安にさせないよう必死に抑え込んでいたものが、一気に溢れ出てきてしまったみたいだ。

 感情が昂っているビトールさんを落ち着かせ、俺の回復魔法癒しの仙術が一般的な回復魔法と違う特殊なものであることを説明し、解呪についてビトールさんの意思を最終確認する。

「俺は試してみる価値があると思いますよ。ただ、ビトールさんも分かっていると思いますが、死の呪いを相手にする以上なにが起こるか分からないので、極力慎重に動いていきたいと考えています」

 ビトールさんは俺の言葉に真剣に考え、なにかを決意し覚悟を決めた表情で答えた。

「やってみましょう。行動しないままに後悔するよりも、クレイの体がよくなるのならば、私はどんなことでも試してみたいです。シャルルさん、協力してもらえますか?」

「もちろんです。喜んで協力しますよ」

「本当にありがとうございます!」

 ビトールさんが俺の手を両手で包み込むように握りながら、頭を下げてお礼を言う。

 頭を下げ続けるビトールさんの体が微かに震えているのが分かる。

 ビトールさんが頭を上げると、両目の目尻から涙が流れ出ていた。

「まだ泣くのは早いですよ、ビトールさん」

「そうですね。ここからでした。気合を入れ直さねば」

「では、まず薬草の実物を見せていきたいと思うんですが……」

「分かりました。離れのログハウスの方に移動しましょうか」

 俺は一度部屋に戻ってバックパックを手に取り、ビトールさんと一緒に離れに建てられているログハウスに向かう。

 ビトールさんのあとに続いてログハウスの中に入ると、ログハウス内に充満した薬草の独特な匂いが俺の鼻を刺激してくる。

 そんな薬草の独特な匂いによって、ティル・ナ・ノーグで調薬の勉強をしていた頃の懐かしい記憶が蘇ってきた。

「シャルルさん、この机の上にお願いします」

「分かりました」

 俺は影の空間倉庫の入り口をバックパックの中の影に繋げ、あたかもバックパックから取り出したように見せながら、呪いに対して強い効果を発揮する薬草たちを取り出し机の上に並べていく。

 ビトールさんは、机の上に並べられていく薬草を一つ一つ興味深く観察している。

 薬師として夢中になるのも当然か。

 これらの薬草たちはティル・ナ・ノーグでは普通に自生しているものだが、外の世界にはあまり自生していないと、薬師の妖精たちから聞いたことがある。

 その薬師の妖精たちが、昔出会った一人の人族に気まぐれにこれらの薬草たちを渡したら、大喜びで感謝されたと言っていたな。

 机の上に薬草たちを並べ終え、薬草一つ一つの効能をビトールさんに細かく丁寧に説明していく。

 ビトールさんは、俺の説明を聞き逃がないようにと静かにメモを取り続ける。

 全ての効能を説明し終わる頃には日が暮れていたのだが、一分一秒の時間も惜しいとばかりにビトールさんは調薬を始めようとした。

「ビトールさん、今日はもう寝ましょう」

「ですが!」

「寝ていない、集中できないような状況や状態で調薬することの危険さを、ビトールさんも理解していますよね」

 俺がそう言うと、ビトールさんの昂っていた感情が落ち着いていく。

「……そうですね。すみません、焦ってしまいました」

「お気持ちは十分に察します。さあ、戻りましょう」

「はい」

 何日でも徹夜しそうな雰囲気のビトールさんを落ち着かせたが、このまま机の上に薬草たちを置いておくと、深夜に家から抜け出して調薬を始めかねない。

 そう危機感を抱いた俺は、バックパックの中に影の空間倉庫を繋げ、机の上に並べた薬草たちを仕舞う。

 ビトールさんは、仕舞われていく薬草たちを最後の一つまでじっと見続けていた。


   ◇   ◇   ◇   ◇


 夜が明けて日が昇る。

 両目がぱちりと開いて意識がはっきりとしていく。

 昨日は色々あったが、体と心の調子は万全だ。

 水の氣で空気中の水分に干渉し、顔を洗うための水球を生み出す。

 バックパックから顔を拭くタオルを取り出し、水球に顔を突っ込んでごしごしと洗い、まだ少し残っていた眠気をまし意識をスッキリさせる。

 水球の中に突っ込んでいた顔を出し、水滴を床に零さないようすぐさまタオルで拭き取り、生み出した水球を水滴一つ残さず綺麗に消し去る。

 水分を吸って重くなったタオルを乾かすため、右手に氣を集め、性質を変質させて火の氣に。

 火の氣に変質させたからといって、右手から火を生み出すわけではない。

 変質させた火の氣でドライヤーくらいの熱を生み出し、さらに周囲の空気に風の氣で干渉して気流を生みだし、熱と風を組み合わせた温風をタオルに当てて乾かしていく。

 温風を当て続けたタオルは二、三分ほどで完全に乾き切ったので、綺麗に畳んでバックパックの中に仕舞う。

 身だしなみを整え、部屋の扉を開けて廊下に出ると、リビングの方からとてもいい匂いが漂ってくる。

「しまったな。早起きして手伝えばよかった」

 リビングの方からいい匂いがすることにテンションが上がるが、朝食を子供たちが早起きして作っているかもしれないと思い直し、単純に喜んでしまったことに罪悪感を覚える。

 調理の手伝いをするためにも、明日からは早い時間帯に起きることにしよう。

 まだ手伝えることがあるかもしれないと、リビングに向かって歩いていく。

 リビングに近づくごとにいい匂いが濃くなり、ルビオとアルファン、ビトールさんの楽し気な声が聞こえてきた。

「二人とも朝食ができたぞ。シャルルさんを呼びに……」

 ビトールさんの言葉の途中でリビングに到着すると、俺を呼びにいこうとしていた子供たちと目が合う。

「あ、シャルル兄ちゃん。おはよう」

「おはよう、シャルル兄さん」

「おはよう二人とも。ビトールさん、おはようございます」

「おはようございます。私はクレイに食事を持っていきますので、先に三人で食べていてください。……クレイに例の件を話しても大丈夫ですか?」

 ビトールさんが最後に小声でそう聞いてくる。

 気持ちは理解するが、クレイさんに伝えるのはまだ早い。

「申し訳ありませんが、今はまだ話さないでください。薬の実物すらない段階で期待させて、結局だめだったと落胆させたくありません。まずは二人で薬を作ってからにしましょう」

「……分かりました」

 ビトールさんは複雑な表情をしつつも俺の言葉に頷き、クレイさんに朝食を届けに向かった。

 複雑な心境であろうビトールさんに心の中で感謝と謝罪をし、子供たちが待つ食卓に移動する。

 俺と子供たちはできたてほやほやの温かい朝食を食べながら、今日はなにをして過ごすのかを話す。

 ルビオとアルファンは、近所の子供たちと遊ぶ約束があるとのこと。

 絶対に町の外へ出ないことを言い含めると、狼の群れに襲われた恐怖は記憶に新しく、二人とも素直に頷き約束した。

 二人は近所の子供たちとの遊びに俺も誘ってくれたが、クレイさんの体のことやビトールさんの昨日の様子から考え、今日は朝一番から調薬を始めていくのは間違いないだろう。

 クレイさんの体を蝕む呪いが片付くまでは、この家から離れるわけにはいかないからな。

 なので、二人には申し訳ないがお誘いは断らざるを得ない。

「ごめんな。今日はビトールさんの手伝いをするから、二人と一緒に遊びにはいけないんだ」

 そう言うと二人は寂しそうにしつつも、忙しくしている父親の手伝いなら仕方ないと納得する。

「謝らないでよ、シャルル兄ちゃん」

「そうだよ。シャルル兄さんが謝ることじゃないのに」

「でも、せっかく二人が誘ってくれたのに……」

 申し訳ない気持ちを伝えるが、二人はばっさりと切り捨てる。

「「気にしすぎ」」

「……ありがとう。次の機会があれば、二人のお誘いを受けるよ」

 まだ子供の二人に気を遣われてしまったことに再び申し訳なさを覚えたが、これ以上はしつこくなると思い、気持ちを切り替えて感謝の言葉を告げた。

 今回のお誘いを断ってしまったお詫びに、クレイさんの体を蝕む呪いを解呪し、元気な姿を見せてあげることにしよう。

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