第六話

 なにをやるか決めたなら善は急げ。

 だが、物事には順序がある。焦ってはいけない。

 そう自分に言い聞かせながら、子供たちが一生懸命にしている夕食の支度を手伝う。

 慣れないキッチンでの作業だったが、なんとか子供たちの邪魔をせずに済んだ。

 俺の歓迎会を兼ねてくれているのか、食卓に並ぶ料理の数は非常に多い。

 分厚い塊から大きく切り分けたステーキ肉、新鮮な野菜をふんだんに使った濃厚なスープ、どっしりとした重量感でもっちりとした白パンなど、どれもこれもいい匂いで美味しそうな料理が並んでいる。

 並べられた美味しそうな料理の数々から、ベズビオの食糧事情や経済状況などは安定しており、ベズビオで暮らしている人々は生活に余裕があるのが分かった。

 だが、スラム街や貧民窟ひんみんくつと呼ばれる表の権力が及ばない場所は、どんな都市や町にも存在する。

 衛兵のおっちゃんから教わった情報の中には、ベズビオにもそういった場所があることや、それがどんな位置に存在しているというものがあった。

 スラム街に住んでいる者たちは、町で行われる祭りなどの行事以外では表に出てこず、基本的にスラム街の中で一日の生活が完結しているそうだ。

 衛兵のおっちゃんに教わった情報を思い出していると、クレイさんに付き添い家の奥に行っていたビトールさんがリビングまで戻ってきた。

「とてもいい匂いがするな。ルビオ、アルファン、夕食の支度をしてくれてありがとう。……本当は父さんがやらなきゃいけないのに。二人ともごめんな」

 ビトールさんが申し訳なさそうにそう言うと、ルビオとアルファンは気にしないでと笑みを浮かべる。

「父さん、俺たちなら大丈夫だよ。それより母さんの体調はどうだった?」

「お母さん、大丈夫そうだった?」

 ルビオとアルファンの心配に、ビトールさんが優しく微笑みながら答えた。

「いつもみたいに少し体調が崩れただけだよ。横になって安静にしていればよくなっていくから、二人とも安心しなさい」

「「は~い」」

 ビトールさんの言葉にルビオとアルファンは安堵の表情を浮かべるが、クレイさんを‟みた”俺には、ビトールさんの言葉の中に嘘があるのが分かった。

 しかし、その嘘は二人を傷つける嘘ではなく、二人を安心させるための優しい嘘だ。

 ビトールさんも、クレイさんを苦しめている病の違和感に気付いているみたいだな。

 そうであるのならば、早急にクレイさんの体のことを話し、治してあげた方がいい。

 ビトールさんのためにも、子供たちのためにも。

 ルビオとアルファンが作ってくれた美味しい料理を食べながら、俺はそう決断する。

 子供たちは自分たちの日々の暮らしを楽しそうに語っていく。

 俺は二人の話に笑顔で相槌を打ちながら、興味を惹かれた場所を頭の中にピックアップしていった。

 そんな楽しい食事を終えると、子供たちはしっかりと自分たちで食器を洗い、病人食を持ってクレイさんのいる家の奥に向かっていく。

 俺とビトールさんも自らが使った食器を洗って綺麗にしたあと、隣同士の椅子に座り食後の休憩をとってまったりしていた。

 タイミングよくビトールさんと二人だけになれたので、クレイさんの治療について話を伝えてみる。

「ビトールさん、少しお話してもよろしいですか?」

「遠慮なんてせずに、どうぞどうぞ」

 俺は真剣な表情でビトールさんに言う。

「ありがとうございます。話というのは、クレイさんのことなんですけれども……」

 ビトールさんが俺の言葉に驚き、表情を真剣なものに変える。

「!……クレイがなにか?」

「俺も少しだけ調薬を学んでいて、病についても色々と仕込まれました。その時に学んだ様々な病の中の一つに、クレイさんの症状と合致するものがあります。もしかたらですが……」

 ビトールさんが大きく息をつき、クレイさんの体を蝕む病の名を告げた。

「クレイの体を蝕んでいるのは、肺壊症はいかいしょうです。ですが、肺壊症であるにも関わらず、病症の進行速度があまりにも早すぎるんです」

「それは俺も同感ですし、ルビオとアルファンから聞いた発症時期から考えても、あまりにも進行が早く病状が重すぎています。そこから色々と考えた結果、一つの仮説が思い浮かびました」

「一つの仮説、ですか?」

 どういうことだと疑問を浮かべたビトールさんに、クレイさんを‟みた”ことで得た情報からの仮説を伝える。

「それは、呪いです」

「の、呪い⁉」

 ビトールさんは予想もしなかったとばかりに驚く。

 しかし、すぐに目を閉じて思考の海に潜り、クレイさんの体の変化について思い出しているようだ。

 暫くの間、この場に静かな時間が流れる。

 そして、ビトールさんが目を開けた。

「私は肺壊症がなにかしらの要因で変異し、強力になったものだと思っていました。ですが、肺壊症が変異した事例は私が知る限りでは一度もない」

「それについては俺も考えましたが、可能性は低いという結論が出ました」

「私も同じ結論に至りました。しかし、だからといってなにもしない訳にもいかない。確証がもてないまま様々な薬草を調薬してはクレイに処方し、色々と試行錯誤してみましたが、病状が進行するばかりで一向に快復することはなかった。だが、それが呪いの力によるものであったのならば、調薬したものが一切効果がなかったのも納得できます。……ですが、誰がクレイに呪いを?」

「クレイさんが誰かに恨まれていたり、誰かと揉めごとになったことは?」

 俺の質問に、ビトールさんが再び思考の海に潜っていく。

 だが、記憶の中に思い当たることが一切なかったのか、ビトールさんはすぐに思考の海から戻ってきた。

「私の知り得る限りでは、クレイが恨まれていたり、誰かと揉めていたことはありません」

「では、別の角度から考えてみましょうか」

「別の角度、ですか?」

「そうです。同業者である別の薬師の仕業、商人の仕業、裏の世界に生きる者たちの仕業。それらについてはどうです?」

 ビトールさんは、その可能性は信じたくないといった表情をしながら口を開く。

「……この町には、我が家の他に幾つかの薬師の店があります。ですが、他の薬師の方々とは昔から付き合いがあり、それこそ家族ぐるみで仲良くさせてもらっているので、その線は薄いかと」

「では、商人の仕業の可能性は?」

「この町に古くからある商店には長きに亘って薬を納品していますし、その薬も気に入ってもらっています。ですが、この町に進出してきた商人さんの店や、若手の商人さんが営む店とはあまり親交はありません。なので、可能性は半々といったところですかね」

 薬師の線は限りなく低く、商人の線は疑う余地ありといったところか。

 あとは裏の世界に生きる者たちの線だが……

「私たちは、裏の世界なんてものには一切関わることなく生きてきました。これは断言できます」

「この土地に関してはどうです?」

「ここは私の祖父が亡くなった時に受け継ぎました。いわくなどもなく、なにか特別なものがあったわけでもありません」

 ビトールさんの言うことに間違いがないのならば、裏の世界の者に狙われることはまずない。

 こちらの可能性については除外寄りでいいだろう。

 可能性が一番高そうなのが、商人による線だな。

 クレイさんの体を蝕む呪いを解呪した時に、呪いをかけた呪術師、もしくは呪いをかけることを依頼した者がいればどういった反応をとるのか。

 犯人を突き止めるためにも、やることは一つ。

 クレイさんの体を蝕んでいる原因であろう呪いの解呪。

 このままでは、クレイさんの命の灯の方が先に消えてしまう。

 ルビオとアルファンの笑顔のためにも、クレイさんの体を蝕む死に誘う呪いを必ず解呪する。

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